-4- 「あんたが、依頼者のDって人か?」
『シックスツリーポイント』と書かれたボロボロの看板が立てかけられていた。
かつては、駅のホームとして利用されていた場所だが、今は見る影も無く廃れている。 ここが依頼者との待ち合わせの場所だった。
その場所から、十数メートル先の物陰に隠れて様子を覗うクール。用心深く警戒しているのだった。
「ここから、見る限り変なものとかは無いな……んっ?」
約束の時間に近づくと、奥から綿菓子のような白髪の初老の男性が姿を現した。その人物は、デンジャーの側近の博士。
クールは面識が無かったので、当然老人が何者なのか解らなかったが、警戒を続ける。
その他にも誰かいないか注意したが、どうやら老人だけのようである。
「あれが依頼者か?」
その可能性は高い、と自問自答する。なぜなら滅多に人が来ることが無い場所にやってきているからだ。そこでクールは、静かに砲銃を手に取った。
老人も辺りを覗っていた。誰かを探しているかのように。
ここで、じっとしてもラチがあかず、行動を起こさないといけない。クールは覚悟を決めて老人の前に姿を現し、声を掛ける……銃口を向けながら。
「あんたが、依頼者のDって人か?」
「いかにも……おやおや、遅刻してきた割に物騒じゃないかね?」
「万が一に備えてだよ」
「万が一?」
何のことかと、白髪の老人は首を傾げる。そんな老人の態度にクールは乱暴な口調で言い放つ。
「ここまで来るのに大変だったんだよ!」
「ほう、そうかい。確かに路はきちんと整地されてはいないから、歩きにくかったかも知れんが、探知レーダーとか監視カメラとかの機能をオフにしていたのだから、幾分かは歩み易かっだろう?」
「なに? 監視カメラとかが動いてなかった……」
この地下通路はデンジャータワーへと続いており、何らかの警備がなされてもおかしくはない。クールは、この地下通路を歩いていた時に感じていた“違和感”の正体を知った。
しかし、監視装置の機能をオフにしているならば――
「ちょ、ちょっと待ってくれ。よく言うぜ、あんな兵器をオレに差し向けやがって」
「兵器? なんのことだ?」
「とぼけるんじゃねぇーよ! ここに来る途中に襲われたんだからな!」
「襲われた?」
「ああ、変な戦車型のロボットに」
クールの言葉に老人は焦りの表情を浮かべる。
「なに? 馬鹿な、ここのセキュリティ機能は全て切っていたはずだが……まさか!」
「ど、どうしたんだよ?」
「急げ。悠長にしている時間は無い。仕事の要件は走りながら説明する!」
そう言うと老人は踵を返し、駆け出した。
「あっ。ちょっと待って……」
走り去っていく老人に戸惑いつつも、クールは慌てて後を追いかけた。
「つまり……あれは、別の警備ロボットだったのか?」
「うむ。おまえさんの話しを聞いた限りでは。普段稼働している警備ロボットとタイプが違うみたいじゃ。おそらく新型……ちっ、デンジャーめ。わしの知らぬ間に、そんなものを導入していたとは……しかも、それを破壊したとなると……」
「なんだ、やっぱりあれを破壊してしまったらマズかったのか?」
「何かしらのデータがデンジャーに送信されているだろう。それで、緊急事態を既に察知しているはずだ。早くしないとな」
クールと老人は地下通路を抜け、デンジャータワーに進入できる扉の前にやってきた。
入ろうとした時、
「そうじゃ、入る前にこれを飲んでおけ」
老人は一粒のカプセルを取り出し、クールに手渡した。
「なんだこれ?」
「ワクチンじゃ。今すぐこれを必ず飲むんだ」
「なんでだよ?」
「飲まないと、大変なことになるぞ。これも仕事だ……」
訝しげながらも、クールはカプセルを口に入れ飲み込んだ。それを確認して、老人は扉を開きタワー内へと進み入った。
二人が通路を駆けていく道中で、あちらこちらで出会う人間たちが気を失って倒れていた。
「なんだ、こいつら?」
不可解な状況にクールは、思わず声が漏れる。先頭を行く老人が走りながら説明を入れる。
「そいつらはナノマシンウィルスで麻痺させている」
「ナノマシンウィルス?」
「一種のコンピューターウィルスのようなものだ。それで体内にあるナノマシンを一時的に麻痺させている」
「なんで、そんなことを……んっ? その前に、オレ達は大丈夫なのか?」
「ここに入る前にワクチンを飲ませただろう」
「ああ、あれか……」
「さぁ早く行くぞ。麻痺も一時的にしか効かないからのう」
用意周到な準備と実行、これまでの経緯……差し障りなく進行していく目の前の老人に対して疑問と疑心が噴き出す。
「あんた、一体何者なんだ? 一応、デンジャーの関係者の様だけど……」
老人の足が止まる。目の前に扉があり、エレベーター前だった。老人は、すぐ側の壁に設置されているボタンキーを入力しつつ口を開く。
「一応デンジャーの元で、ある研究をしている研究者だ。周りから博士と呼ばれているよ」
“博士”という言葉に、老人の見た目などから納得するクール。
「そして……簡単に話せば、わしは別の国のスパイだよ」
「スパイっ!」
突然の告白にクールは驚いてしまう。
「ああ。デンジャーたちが研究していることを調査して流出させるのがわしの役目なのだよ」
「そんなことをしていたのか……よく、まぁ。バレなかったな」
博士は軽く笑う。
「表の顔と裏の顔を使い分けていたからな。だが、地下の警備ロボットを配置していたということは薄々……。いや、あの用心深いデンジャーのことじゃ。こういったことも想定していたのかも知れんな」
敵の懐に、スパイを送りませたりするのは昔からの常套手段ではある。しかし、それが研究の責任者である立場の人間がスパイというのは珍しかった。
なぜスパイなのかと詮索しようとしたが、依頼者が何であろうと関係無い。それに情報屋のおやっさんが絶対の信頼を置くところからの依頼らしいので、探りを入れるのは野暮だろう。
「……それで、オレは何をすれば良いんだ?」
クールは自分の役目を果たすべく為に、何を成すべきかを改めて確認する。
「そう言えば、まだ君に詳しく依頼内容を話して無かったな。ある人間の少女……ティア様を、私の国に無事届けて欲しい」
「ティア様? それは、オレが見つけた冷凍睡眠の人間か?」
「なんと……ほう。それならば話しが早いな」
話しの途中で、ピンポーンと音が鳴る。
思わずクールは砲銃を取り構えると、エレベーターの扉が開いたのだった。
「さぁ、付いてこい。ティア様のもとへ案内する」
率先として博士が中に入っていき、クールは砲銃をホルダーに仕舞い込み黙って後を付いていった。