-2- 「私のような改造人間(アンドロイド)は夢を見ないそうなのです」
大きなベッドで、ティアは何かに怯えるようにして毛布の中に潜り込み、身を屈めていた。
ここはティアの部屋。
あの実験以来、ティアは極度に“人間”を怯えるようになってしまい、デンジャーや博士といった者にすら畏怖を感じてしまっていた。
しかし、毛布の中からティアは小さな手を出し、その手はナイツの手を握りしめていた。
ナイツは黒い特殊素材の布手袋をしており、直接体温を感じることは出来ないはずなのだが、ティアは僅かながら温もりを感じていた。
ナイツが側にいてくれているだけで、安堵を与えてくれていたのである。
あれほど怖い思いをしたのに、ナイツが駆けつけてくれた途端、怖くなくなった。
こうして同じ部屋にナイツと二人きりでいても、目の前にいる青年が普通の人間ではなく……改造人間だと知っていても、他の人たちに感じてしまう畏怖を感じなかった。
心を許すのはナイツだけだった。
そもそもナイツに会った時…一目見た時から、特別な感じがしていた。
「なぜだろう……。こんな風なことをしたことがある、ような気がする……」
恐くなった時、眠れなくなった時、誰かにこうして一晩中、手を繋いで貰ったような記憶が、薄くもぼやけながらも浮かんでは消えていく。
ティアは毛布の隙間から外を眺め、ナイツの横顔を見つめる。
誰かの顔が思い浮かび重なる――その思い浮かんだ顔の人物は、ナイツに似ていた。ただ、ナイツとは違って優しい表情だった。
「あっ…痛い……」
突然、頭痛がし始める。
何かを思い出そうとすると、頭の奥深くの場所で痛みが発生するのであった。
その度に、
「どうかしましたか、ティア様」
ナイツがを案じてくれる。
「だ、大丈夫……大丈夫だから、心配しないでナイツ……」
ナイツは無表情のまま、ティアの言葉に従う。そんな素っ気ないナイツの行動に、自分が言ったにも関わらず、腑に落ちなかった。
(もう少し気遣ってくれても良いのに……)
やはりナイツは、普通の人間ではない。だけど感じる安らぎはなんだろうか?
ふとティアは、前にナイツに似た人を夢で見たことを思いだす。
「そうだ、ナイツ……。あなたは夢を見たことがある?」
「夢ですか? 申し訳無いのですが、私は夢を見た覚えが無いのです」
「え……あっ…」
ナイツが記憶を失っていることを察するが、
「で、でも、夢を見たぐらいは……」
「博士曰く、私のような改造人間は夢を見ないそうなのです」
「そう、なの……」
寂しい返答だった。
ティアはその寂しさを紛らわせるために、ナイツの手を強く握りしめた。
夢を見たいと望んだ。出来れば、幸せな夢を。
せめて自分が夢を見て、その夢をナイツに伝えてあげたいと。
そんな風に思いながら、ティアは痛みを鎮静させるために瞳を閉じ、やがて眠りについたのだった。
ティアが眠っても、ナイツは繋いだ手を離さなかった。いや、離せなかった。
自分の意思とは別の意思が働いているかのように―――
身体のほとんどが改造を施されたナイツは、眠らなくても良い身体になっていた。仮に眠りついたとしても、それはパソコンの電源が落ちた(シャットダウン)みたいになってしまう。つまり、何も考えることは出来ず、暗闇に包まれてしまうのである。
だから、夢を見ないのである。
ナイツは、安らかに眠るティアの寝顔を見守るように見つめ続けた。
ティアは、夢を見た――
ナイツに似た人が自分の隣に座り、本を読み聞かせてくれていた。
どんなだったのかは、明確には解らない。ただ、それは自分自身が好きだった物語だったのではないかと、なんとなく感じた。
ナイツに似た人は、自分にとって大切な人だったのだと……ティアはそう感じとった。
久しぶりに……いや、冷凍睡眠から目覚めて、初めて心地よく眠ることが出来たのであった。