-1- 「レベルEの依頼か……」
薄暗い室内―――
所々に壊れたモニターや使い道が分からない機械類が置かれており、骨董品ともガラクタとも言い様がないもので埋められていた。
そんな物々の奥で、片目に機械の義眼を埋め込んでいる年配の男が、パソコンのキーボードを巧みに打ち込み、カタカタと心地よく音を響かせていた。
義眼の男は薄型モニターを眺めながら、
「ろくな情報が入っていないな……しかも、ほとんどがダミーだろうが……おっ、これは……チッ。ウィルスか……」
独り言をボヤいていると、横にある階段から降りてくる足音が伝わってくるのに気付いた。
義眼の男は音が鳴る方へと顔を向けると、一人の若い男が姿を現した。
「おお、身体の方はどうだ? クール」
名前を呼ばれた若い男は、冷凍睡眠されていた“ティア”を発見したトレジャーハンターのクールだった。
「ああ、なんとかな。お陰様で、万全の九割程度までは、って所かな」
「それは良かった。それじゃ、さっさと治療代と世話代を支払ってくれ。料金は、こんなもんだ」
義眼の男は薄型モニターをクールの方に向けると、そこには桁外れの数字が表示されていた。
「なっ! なんだよ、おやっさん。その料金は、打ち間違えているだろう!」
「ああ、言い忘れていたよ。治療代の他にも、その取り替えた足代や新しい弾丸代とかも含まれているよ」
それならばと、クールは納得……。
「いや、それでも高いよ!」
しなかった。
「ちっ、しかたねぇな……」
おやっさんは、義眼では無い方……正常の瞳の方の目蓋を閉じ、料金を再計算を行う。
この義眼の男性は情報屋を営んでいる店主であり、クールなどから『おやっさん』と呼ばれていた。
情報屋とは、要はクールみたいなトレジャーハンターたちに仕事を仲介、紹介してくれる所である。
「しかし言っただろう。デンジャーがらみの仕事は引き受けるなって……」
「うるせーよ」
「例の“ブツ”を見つけたまでは良かったみたいだが、その時点でオレに報告しててくれれば、ヘリから落とされることは無かったのによ」
「おっさんに通したら、すっげー手数料を踏んだくるくせによ」
「オレに通せば、色んな所に情報が拡散されるからな。オマエを口封じすれば……ということにならねぇーからな。まぁ、賞金を独り占めしたいというのは解らなくは無いが……。大事の前の小事を怠ると、そういうことになるということだ。戒めにしとけ」
「へいへい。肝に銘じておきますよ」
おっさんのお小言に、クールはしかめ面になりながら答える。
「しっかしよう、クール。本当に、よく助かったな」
「うん?」
「ヘリから落とされて、義足破損と全身打撲程度で済んだのは奇跡だよな」
「奇跡ね……。確かに……」
***
あの時―――
クールがデンジャーのヘリから落とされ、約千メートルの高さからパラシュート無しで、その身を投げ出された。
「うわッッッわわワワワッッッッッワワッッッッッーーーーーー!」
激しい速度で落下し、まるで空気の壁にぶつかり続けるようで、息すらままならない状態だった。このまま地上に落下すれば、運が悪ければ……いや、良くても無事では済まないのは明白である。
クールは落ちる中、混乱と動揺しつつも、出来る限り冷静かつ実直に、この危機的状況を打破しなければと考えを巡らせていた。しかし、思い浮かぶ案は限りあり、悠長できる時間なども無い。
クールは直感的に自分の砲銃を取り出し、背負っていたショルダーバッグを探る。落下していく中で生じる激しい風の抵抗で、思い通りに身体を動かせない。それでもやるしかなかった。
バッグに入っているものを取っては投げてと、お目当てのものを探す。
空中に物々が乱舞する中、バッグの奥底からお目当てのモノ―弾丸(薬莢)―を見つけた。
『あった!』
心の中で叫びつつ、クールは精一杯手を伸ばして弾丸を掴み取り、無心となりて砲銃に弾丸を装填する。
気づけば大地が目前へと迫っていた。
クールは瞬時に銃口を大地に向け、躊躇なく引鉄を引いた。
――シュゴゴゴゴコォォォォォ――
銃口から、空気を振動させる高音と共に、ロケットエンジンのような高圧ガスがジェット噴射された。そのジェット噴射の反動により上昇への推進力を生み、落下速度を中和させてクールは浮き上がった……が、それは一瞬の出来事であった。
銃口の噴射が止まり、再びクールは落下し始めて、そのまま大地へと。
しかし、高度からの落下衝撃を緩和したので、義足が壊れて打撲程度のダメージを受けたものの、
「はぁ……はぁ……」
命の問題は無かった。
恐怖と安堵で息が絶え絶えになりつつも、己の無事を確認する。
「ウォォォォォッッッ! いってぇぇぇーーーー! スッゲー! オレ、スッゲー! 生きてるーーー! いったたた……シャッーーー! 」
腹の底から大声で叫び、両手をグッと高らかに挙げた。絶体絶命の状況下から見事生還した喜びを爆発させた。
生きていることと身体に走る痛みを堪えるため噛み締めつつ、ゆっくりと起き上がる。やがて冷静になり、怒りも爆発させる。
「てかっ、あのヤロー! 絶対にぶっ殺してやる!」
***
クールはその時の事を思い出し、今こうして生きていることに感慨深く息を漏らした。
「本当に、あの状況化でよく行動したよ……オレ。そして助かったな……」
「危機的な状況で、そういった行動が取れたのは大したもんだ。まぁ、一流のハンターならば、そういった事態もちゃんと想定しているもんだがな」
「うるせーよ」
「しかし、こんな事もあるんだから、オマエさんも身体のほとんどを改造(サイボーク化)すれば良いんじゃないのか? 今、機械化しているのは目とか腕とかの一部だけだろう。良い技師を紹介するぜ」
「別に良いよ。まぁ、確かに目は機械のお陰で暗闇とかでも周りが見えるけど、この身体でやってこそ意味があるんだから、人間として……。」
「人間ね……。こだわりを持つことは悪くは無いが、こだわりだけじゃ生きてはいけないのが、今の世だ」
おやっさんはキーボードのエンターキーを強く打ち込み、再びモニターをクールの方へと向けた。
「それで、クール。世話代はこんなもんだ」
金額を確認すると、クールは怪訝な表情で返す。
「うっ……まだ、高くね?」
「適正価格だよ」
クールは「う~ん」と唸りながら、渋々と懐から携帯端末機を取り出して操作をし始める。自分のバンク(貯金)データを確認していた。しかし、表示されている数値は提示された金額には足りなかった。
「なんだ無いのか?」
「おやっさん、何か良い仕事入ってないか?」
「やれやれ……。そうだな、ガラクタ集めとかで、そそくさと稼いで……ん?」
パソコンを操作していると、画面にメッセージウィンドウが表示された。
メッセージは幾何学で意味不明な文字が羅列されていたが、これは暗号メッセージであり、情報屋の義眼を通して見ると、正常の文章と表示されるのであった。
(珍しいな、レベルEの依頼か……)
心の中で呟く。
情報屋が扱う仕事(依頼)は内容によってレベルが振り分けられている。
レベルが高ければ高いほど仕事(依頼)内容の難度や重要度が高度になっていくが、その分報酬も高くなっていく。
レベルEは、そのレベルの中でもっとも高く、別枠扱いのものである。おいそれと、誰にでも公開や委託するものではないものだった。
(内容は……)
依頼内容を確認しつつ、画像データが添付されていることに気付く。ウィルスでは無いと検査してから添付データを確認すると、
「これは!」
思わず声が漏れた。
「どうしたんだよ?」
「いや、ちょっとな……」
しばし考え込み、クールの方を見た。
「なぁ、クール。オマエさん、冷凍睡眠された人間を見つけたんだよな」
「ああ、そうだけど」
「そうか……。それじゃ、その人間はこういう娘さんだったか?」
クールの方にモニターを向けると、そこには一人の少女が映し出されていた。
「それは……」
クールは、その少女を見た覚えがあった。
そう冷凍睡眠装置に入って眠っていた少女―ティア―だった。
「ああ、オレが見つけた少女に似ているな……てか、なんでこんな写真が?」
「ちょっとな……。さて、クール」
「なんだ?」
「せっかく助かった命を、もう一度賭けてみないか?」
「な、どういうことだよ?」
「仕事だよ。依頼内容は、この娘をある場所から連れてきて、ある場所へと連れて行くだけの簡単な仕事さ」
「それって、誘か……いや。元々はオレが見つけたものなんだ。取り返すようなもんだな」
やっていることは盗掘と似たようなことをしているクールでも、流石に“人間”を盗むということは、後ろめたいものがあった。
だからこそ、自分の良心に基づいた理由をでっち上げ、無理やり納得しようとした。
ただ、おっさんにとっては、
「どっちでも良いよ。ただ、この娘をある場所に連れて行けば良い、そういう仕事だ。で、どうする? 報酬金も中々のものだぞ」
既にクールの心の中では、ある“決意”が大半を占めていた。
それは報酬を支払わずに奈落の底へと落としたデンジャーに対しての恨みを晴らすこと。
ならば、答えは決まっている。
「おやっさん。その依頼、もちろん受けるぜ」
強い口調でハッキリと答えた。
「そう言ってくれると思ったよ。それじゃ、この依頼は受諾と。世話代は、この前払い金で賄って……」
「あっ!」
突然、大声をあげたクール。
「どうした?」
「もしかして、これ……罠ってことはないだろうな?」
「落とされて、そういう所まで頭が回るようになったか。学習しているが、心配するな。絶対の信頼できる所からの依頼だ。そういう信頼を築けていないと、こんなご時世で情報屋はやってられないよ」
「そ、そうなのか……。まぁ、おやっさんのこと信頼しているぜ」
「ふふ。最高の褒め言葉だよ」
口元をニヤっと微笑するおやっさん。
「それじゃ、準備するか……」
クールはズボンのポケットに入れていた、自分のトレードマークでバンダナを取り出すと、今度こそヘマをしないように万全の態勢を整えようと意気込み、強く頭に巻いた。
「……それよか、やっぱり世話代をもう少しまけてくれよ?」
「たくっ……だったら、こういうことでどうだ」
おやっさんは渋い顔をしつつ席を立ち、自分の背にある戸棚を探り出した。それをクールは黙って覗っていたのであった。