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アンドロイドは涙を殺す方法を知っている  作者: 和本明子
第四章 完全人間計画
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-2- 『簡単に言いますと、ただの“人の形をしたロボット”です』

 甘い誘いには、必ず“裏”がある。

 デンジャーが、ナイツたち……身寄りのない子供たちを求めたのは、ていのいい“実験体”が欲しかったのである。

 改造人間としての素体が―――


 確かに最初の頃は、暖かな食事や適度に仕事を与えてくれた。そして程無く、ナイツたちは本来の目的に利用されるようになった。

 ある日、栄養補給という口実で一本の注射を射たれると、ナイツは記憶を失った。


 自分が何者なのか、名前すらも喪失したのである。それは博士たちに言われるがままの人形に化したことを意味した。

 ナイツに注入されたのは栄養剤ではなく“ナノマシン”だった。


 ナノマシンが脳にある記憶や空間学習能力に関わる海馬などを破壊し、その代わりをナノマシンが代替作用しているのである。様々なナノマシンが注入され、ナイツの身体に影響を与えた。やがて、身体にも直接手を加えられる……つまり改造された。


 ナノマシンは改造に身体が耐えられるように、または改造した身体を順応させるために注入したものであった。何度も改造され、ナイツの身体の八割ほど様々な機械が組み込まれてしまい、中身はもはや人間とは言えない身体になっていた。

 ただ、人体にナノマシンを注入し身体を改造するのは、珍しいことでは無い。この世界にとっては、それが普通なのである。酷く汚れた世界にとっては。


 他のメンバーもナイツと同様に改造を施されたが、ある者は改造に耐え切れず。また、ある者は実験によって、記憶どころか命をも失われた。

 記憶を失い、人としての正常な判断を持てなくなったナイツは、昔の仲間など当然のように覚えておらず、気にすることはなかった。デンジャーの部下になると決断した最大の理由にも関わらず。


 ナイツが今まで生き延びられたのは、ここでも運が良かったに過ぎない。上手くナノマシンが身体と適合し、改造も致命的な失敗をしなかったからだ。

 改造のお陰で、ナイツは常人の域を遥かに超えた身体能力を手に入れ、世界が灰色の世界ではなくなった。

 その代償として、ナイツは本当の自分を、生きる理由を、失ってしまっていた。

 しかし―――


「ナイツ」


 自分の名を呼びかけられたナイツは声の主の方へと顔を向けると、そこにはあどけない少女がナイツを見つめていた。


「どうしたの? なんか、ぼーとしてたけど」


「いえ、気にしないでください、ティア様」


 一人の少女……ティアの護衛を付くように命令されてから、ナイツの身に異変が起きていた。

 いや、正しく言えば、ティアと屋上で会う前――博士から、あるデータを脳内のメモリーにインストールされた。

 それ以来、ナイツの脳内にノイズのようなものが響くようになってしまった。実験の後遺症で、何かしらの障害が発生するのはよくあることだった。


 だが、そのノイズは、徐々に誰かの声が聴こえ始めてきたのである。


 そして、屋上でティアと対面した時。

 記憶を失い、仲間との絆すら失われたナイツだったが、ティアを他人とは思えなかった。

 脳内に響いているノイズは、


『……僕は、ずっとティアを守ってあげるよ……』


 ハッキリとした声で聞こえるようになった。

 ノイズ……声の正体は解らなかったが、ティアの側にいることが、ナイツはなんとも言えない冥利に尽きていた。

 この気持ちが何であるかは不明だったが、ただティアを守りたいと、声に促されるままに心から思っていた。


「ねぇ、ナイツ。これから何処に行くの?」


 ティアは、あの一件の後初めて部屋を出て、エレベーターに乗せられていた。

 エレベーター内にはナイツの他に博士なども居り、先ほどのティアの質問をナイツの代わりに博士が答える。


「ティア様、本日は特殊な検査を行います。それで地下にある特別室に向かっております」


 検査という言葉に、ティアは嫌そうな顔を浮かべた。

 階を示すランプは下へと点灯していき、やがて目的の階でエレベーターが止まった。ティア達は細く暗い廊下を暫く歩いていくと広い空間に出た。目的の場所へと辿り着いたのであった。


   ***


 ティアはガラスケースの中に入れられていた。

 ケースは一昔の電話ボックスのようなもので、大人が一人ぐらいしか入れないほどの広さだったが、子供のティアにとっては、それほど窮屈ではなかった。


 ティアは透明な壁に手を触れ、辺りの様子を覗う。

 薄暗い空間……天井はそれほど高くはなく、よくある地下の駐車場のような場所だった。所々の地面や柱はヒビが入っていたり、剥がれていたりとボロボロだった。

 ここは、かつてナイツが自身の性能を計るために複数の男と闘わされた場所であったが、それをティアが知る由もなかった。


 ティアは、このケースの中に入って、指示が有ったらその通りにして欲しいと博士に言われただけである。それに伴いティアの耳に小型のインカムが付けられていた。

 これが何の検査かは詳しくは説明されなかった。ティアは不可解な面持ちで、検査が始まるのを待っていた。


 博士は、ティアがいる場所とは別の一室にデンジャーたちと共にいた。そこにはナイツや、博士と同じ白衣を着た人たちも同伴していた。

 各々、ディスプレイに映し出されるティアを眺めていた。すると、博士はおもむろにデンジャーの方を向き、伝える。


「デンジャー様。準備の方が整いました」


「そうか、ならばさっさと始めさせろ」


「解りました」


 博士は踵を返し、他のメンバーたちに指示を出す。


「これより“完全人間計画”のプロト実験を開始する。実験体たちを放ち、COM電波を放出せよ」


――ビィー


 高い音が鳴り響いた。

 暫くすると、ティアがいる広場に複数の男たちがぞろぞろと姿を現し始めた。


 男たちの顔はどれも厳つく荒々しく、身体のアチラコチラには機械が備え付けられていた。男たちの手には拳銃などを所持し、とても真当な人間とは思えなかった。

 そんな男たちの姿を目の当たりにして、ティアは怯える。


「な、なに……?」


 瞬時に、インカムから博士の声がティアに届けられる。


『ティア様、落ち着いてください。何も怖いことはございません』


「で、でも……あれは?」


『あれは、アンドロイド(改造人間)です』


「アンドロイド?」


『簡単に言いますと、ただの“人の形をしたロボット”です』


「ロボット……」


 記憶を失ったティアだったが、それがなんであるかは覚えがあり、そもそもナイツと同様の存在であるということだ。


『そうです。これはロボットの動作実験です。これより、あのロボットたちが“人間に危害を加えず、忠実に命令を聞く”かを調べます。しかし、どうか心配はなさらずに。決して、ティアを傷付けることはありません。それに今、ティア様が入られているケースは特殊な防弾ケースですので、どんな事が有っても壊されたりしませんので、ご安心ください』


 そうは言っても、見た目的に威圧を感じさせる男たちがいるのに、ケースの中にいても独りでいるティアは安心を感じることが出来なかった。

 そんなティアの気持ちを差し置いて、博士は違うマイクのスイッチを押して、話し始める。


『さて諸君、こんにちわ。私の声が聴こえているな』


 博士の声が周囲に響き、その声に反応する男たち。


「なんや、こんな陰気な場所に呼び寄せやがって」


「顔を出せや、顔を! 失礼やぞ! ゲャッハハハハッ!」


『静粛にして頂きたい。諸君たち』


 博士や男たちの声は、ケースの中に入っているティアには聴こえて無かった。防弾だけではなく、音も遮断する構造にもなっていた。


 音の無い世界。

 ただティアは怯えつつ、外の……厳つい男たちを注視していた。


『さて。本日、諸君たちにやって貰いたいのは、奥にあるケースの中に入っている少女に危害を加えて貰いたい』


 ざわつく男たち。自ずとケースの方に入っている少女ティアに視線を向けた。


「おいおい、オレたちにそんなヒドイことをしろってか? まぁ、普段からしてるけどな」


 その言葉に同調するかのように、男たちは下卑た笑い声を響かせる。


「てか、なんで、あんなガキの相手なんかしないといけないんだ? 処刑か? リンチか?」


『そんなことを諸君たちが気にすることはない。ただ、わしの言う通りにしてくれれば良い。さぁ、いつでも始めてくれたまえ』


「ちっ。まぁ、ガキ一人をヤルだけで、それなりの報酬が貰えるのは、なんか嘘臭いが……」


「とっとと片付けて、酒でも飲もうや」


「そうだな」


「しかし、よう。さっきから、変な耳障りな音がしねーか?」


「そうか? そんなこと気にするなよ。それじゃーと……バイバイ、おじょーちゃん」


 男の一人が手にした銃をケースに向け、引き金に指をかけ、躊躇なく引こうとしたが――


「な、なんだ……あ、あれ……?」


 引き金を引くことが出来なかった。引き金が錆びていて硬く引けない訳ではない、指が動かないのだ。


「おいおい、何チンタラやってるんだよ?」


「ゆ、指が動かないんだ……」


「あん? 何言ってるんだか……っん?」


 他の男たちも引き金に指をかけるが、同様に動かすことが出来なかった。


「ど、どうなってやがる?」


 戸惑う男たち。

 その光景をモニターで観ているデンジャーは、うっすらと笑みを浮かべていた。


 銃が撃てない中、一人の男がティアの方へと駆け出して行き、手にした斧を振り上げた。

 ティアは思わず目蓋を閉じ、身構えるものの……何も起きない。

 恐る恐る目蓋を開くとケースの向こう側で、男は勢いをつけて振り下ろそうとしていた斧を頭上高く上げたままだった。


「ど、どうなってるんだ、身体が動かない……。おい! どうなってやがる! 俺たちに何をしやがった!」


 自分たちをここに呼んだ、姿を見せない責任者に対して声が荒ぶる。だが、博士は聞いておらず、そっちのでデンジャーに現状の光景について伺う。


「如何ですかな、デンジャー様」


「ここまで実証されるとはな。見ろ、荒くれ者たちがティアに傷つけることも出来んとは……」


「ええ、ここまでとは思いませんでしたが、先の実証例は確かだったということですね」


「皮肉なものだな。今ではもっともか弱き生命体である人間が、我ら人間の頂点に立てるのだから……」


 デンジャーは小気味な表情を浮かべつつ呟いた。

 実験は一定の結果を示すことができたので、締めくくろうとしたが、


「さてデンジャー様。本実験はこれまでに……」


「いや。続けて次の実験も行え」


 唐突の命令に戸惑う博士。


「しかし、次のシークエンスは少々過激でして……。幼いティア様には刺激が……」


 しかし、デンジャーは睨みを効かせて、大きな声で粗雑に言い放つ。


「いいから、ヤレと言っているだろう! ここでのボスは誰だ? 私だ! デンジャー・トーギスだ!」


「……はっ、かしこまりました」


 博士は出来る限り平常を装うものの、自然と渋い表情が浮かんでしまった。しかし、すぐにデンジャーに背中を見せて、マイクへと口を向けた。


『ティア様、聞こえますか?』


 ガラスケースの中で縮こまっているティア。博士の声が聞こえると、ふと顔を上げたが目の前に男が立ちはだかっており、また顔を伏せてしまった。


「博士……まだなの? まだ終らないの?」


 涙混じりの声で呟いた。その声に博士だけではなく、他のメンバーたちの心を揺らした。指示された内容が凄惨だと知っていたが、ボスであるデンジャーが睨みを利かせており、完全人間とは別の権力により逆らえない。気持ちを押し込めるしか出来なかった。


『ティア様……これから、私が言うことを口に出して言ってください』


「え? な、なんで? そんなことより、ここから早く出してよ! 私……ここ、イヤだよ……」


『私が言うことを言ってくだされば、すぐに終わります』


「……本当?」


『はい』


「……わかった……」


『ありがとうございます。それでは、今から言うことを言ってください。では……』


 博士は、ゆっくりと明確に言葉を伝える。

 ティアは、ただ検査を早く終わらせたいがために、深く考えることも無く博士の言葉を口にした。


『そのてに、もっている、じゅうを、じぶんにむけて』


 ティアの声が地下場のみに響いた。


「なんだ、この声は?」


「おかしな事を言いやがっ……」


 突然、聴こえてくる少女の声と内容に男たちは気に留めつつ、自然と手にしていた銃の銃口を自分たちに向けたのである。


「な、なんだ……手が勝手に……」


 無意識の行動だった。

 続けてティアは言葉を口にする。


『ひきがねを、ひけ』


 その言葉が広場に響くと共に、乾いた軽い音が響いたのである。

 銃声だった。

 男たちは躊躇無く、自身が手に持っている銃の引き金を引いたのだ。自分に向けて。


 銃撃を受けた男たちは、その場に倒れ、ピクリとも動かない。やがて男の周辺に赤い水たまりが湧きだした。

 その光景を見たティアは、呆然としていた。

 今、自分の目の前で繰り広げられた光景が理解出来なかった。


 どうして、倒れたのだろう?

 どうして、自分の銃で自分を撃ったのだろう?

 どうして、動かないのだろう?

 どうして、赤い水たまりが……。


 それが血だと気付いた時、ティアは悲鳴をあげた。

 ティアの声は、博士たちがいる室内には聞こえてはいないが、モニターにはティアの悲痛な顔が映し出されている。

 それを見たナイツは、咄嗟に身体が動き、目の前に有る窓ガラスを叩き割り、そこから飛び降りてティアの元へと駆け出したのだった。


「……チッ」


 ナイツの勝手な行動にデンジャーは舌打ちをし、機嫌を害してしまった。


「博士、今回の実験をレポートにまとめておけ」


 そう言うとデンジャーは席を立ち、その場を後にした。

 博士はデンジャーを見送った後、モニターに映るティアとナイツに視線を向けると、そこには、ナイツがガラスケースに入っているティアを守るように立っていた。


 “完全人間計画”のプロト実験は成功だった。

 だが、デンジャーは大きな失敗をしてしまった。


 この一件以降、衝撃的なシーンを目の当たりにしたティアは、心を閉ざしてしまったのである。

 ティアは、デンジャーたちとは一切、口を開かなくなったのである。


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