雪月花火
消毒液が空気だった。
青い照明は太陽で、沈黙と咳とがオブジェだった。
白過ぎるベッドの中に僕はいる。
丁度、窓に写った自分の顔とその向こうに広がる悲しい程に美麗な空と壮大な海を見ていた。
考えているのは彼女の事。
彼女とは一般的に女性を指していう代名詞だけれど、ここで言う彼女とは、僕の、彼女の事だ。
さっき迄僕と笑い合っていた彼女だ。
もう居ない、ここには居ないと繰り返しの真実が更新されて、彼女の感触、温かみはその都度薄れて消えていってしまう。
瞬きを続けるごとに彼女の姿が薄れていく。
どれだけ熱した金属もいづれは赤みを失い灰色に戻るように。
その場合、熱は無くなったわけではない、逃げただけなのだ。
だから僕のこの思いも、僕から失われただけで、世界から失われたと思いたくない、何処かは分からないけれど、それでも何処かで生きていてほしいと思うのだ。
僕は死んで居なくなって吹けば飛ぶような灰に変わったとしても、感情だけは残っていてほしいと願うのは我儘なのだろうか。
灰色に戻った僕は、まだ赤みを残している右手首の傷を少し舐め、目を閉じた。
僕は僕の感情を探しに行かなければならない、どれだけの時間が掛かっても、どれだけの犠牲を払っても。
僕は今、動かなければならない。