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薔薇の中で貴方と

作者: 恋慕のめろ
掲載日:2015/02/11

 『……ってーな、前見て歩けよ』


 あれは……そうだな、二年ほど前だったかな。久しぶりに城の外に出てはしゃいでて、私がミカエルにぶつかっちゃった時。初めて聞いた彼の言葉は、そんな乱暴なものだった。ちょっとムカついたけど私達はすぐに仲良くなって……相手がこの国の姫だと分かったときのあの顔の青ざめ様……今でも思い出す度、笑えてくる。

 ミカエルは元々隣の国の兵だったらしいんだけど、強い集団に襲われて城も町も家族も恋人も――全部失った。色々落ち込んでた時期に人にぶつかられたら、そりゃあちょっと暴言も吐きたくなるよね。事情があったにせよ姫にそんな事言っちゃったもんだから、速攻取り押さえられて牢獄行き。私がなんとか説得して出してあげたんだから!

 まぁ、色々あって今。ミカエルは私の城で兵隊として働いてる。

 行き場が無いのを雇ってあげてるんだから、私には感謝してほしいものだよね……。

「……ア様、ノア様! 何やってんスか、置いて行きますよ?」                     

「あ、うん。今行くよ~」

 護衛としてついてきたミカエルが私の方を振り返り、溜息を吐く。だってあれから町に出るのって久しぶりで、色んな物が輝いて見えるんだもん。姫だという事を隠す為、メイドに無理矢理着せられた麻布の服も、慣れてくると意外と気持ちいい。

「ほら早く。いくら変装してるとはいえ、危ないんですから」

 私の手をとり、腰につけた鈴をチリンと鳴らしながら歩き出すミカエル。ひんやり冷たい手の感触が心臓の鼓動がよりいっそう大きくなる。ミカエルみたいなかっこいい人にこんな事されたら……誰だってこうなるでしょ? 髪はサラサラだしいい匂いはするし意外とたくましいし……嫌でも意識しちゃうよね。                        


「ノア様、好きな花ってなんですか?」

 お茶を飲んでる時に話しかけないでほしい……いきなりの質問に少し迷う。好きな花って言われても……。

「コスモスとかかなぁ? あ、でも、薔薇は見たこと無い! この国で薔薇って咲きにくいのよね……」

「薔薇ですか……城の庭一面に薔薇の花を咲かせたら想い人に愛の告白でもしましょうかね?」

 悪戯っぽく微笑む彼に思わず見とれてしまう反面、想い人という言葉に胸が痛む。ミカエルの好きな人って誰なんだろう……。

 胸を押さえ、ミカエルと私が結婚したらどうなるか~なんて考えてみる。ミカエルが好きとかそんなんじゃないんだよ? 城の人間として信頼もしてるし、素敵だと思う。


 でも、絶対に恋はしちゃいけない。

 姫と兵士は近くて遠い存在で、決して近付こうとしてはいけないんだ――。



 私とミカエルは日が暮れるまで遊びまわった。城の外なんて久しぶり! 木も草も小鳥もみんな自由で楽しそう! 部屋で日に当たらない生活をしていた私にとってそこはまさに楽園だった。町の人はお城の生活に憧れる、なんて言うけど姫も大変じゃないんだよ? 仕事はしなきゃいけないし、親と会うのは一ヶ月に一回くらい。それに最近なんかメイド達がお見合い相手なんか選んでくるのよ? 無理! 絶対無理!

 突然しかめっ面をした私に驚いたのか、ミカエルが目を丸くしている。

「どうしたんですか? 不細工な顔して」

「うるさいなぁ……メイド達が城に戻ったらまたお見合い相手の写真見せてくるんだろうな~って」

「はは、そりゃノア様ももう十八ですから。そろそろ結婚も考えなければいけないでしょ? この国を守るのが貴女の将来の仕事ですよ?」

「わかってるけど……あんまり気が進まないなぁ……」

「まっ、このまま気が進まないままだったら俺が求婚でもしましょうかね……」

「へっ?」

「冗談です」

 子供のようにニッと笑い、再び歩き出すミカエル。私の心臓が一気に跳ね上がったのを、この人は知ってるのかしら、もぅ。ぷくっと頬を膨らませて彼の横顔を見上げていたときだった。中年の男の人がどたどた駆けてきた。騒がしい。

「ミっ、ミカエル殿! 大変でございます!」

 えっ、ミカエルの知り合いだったの? 彼は途端に真剣な顔になり、自分を見上げる私の方をチラリと見た。

「話は後で聞く。ノア様、残念ながら今日はここまで。もう帰りましょう」

 どういう事……? 事情がよく分からない私は大人しく頷くことしか出来なかった。



「うわぁ~! とっても可愛らしいですよ、ノア様!」

「そ、そうかしら……」

「はい! ノア様は肌の色が雪のように白いのでこういう色のドレスはすごくお似合いなんですよ!」

 毎日のように新しいドレスを仕立ててもらい、私に着せる。これがメイドのルカの日課だった。ま、まぁ褒められて悪い気はしないし? 私も一応女の子だから可愛い服とか好きだし……嫌じゃない。服を着るのだけ、ね。

「お似合いといえば……K国の王子様、男らしくてまさに紳士のような方でしたよ……ノア様も一度お会いになったらどうです――」


「嫌」


「……S国の王子様はこの間ノア様を見て一目惚れされたようで――」


「や、だ!」


「……もう、どうしてそんなにお見合いや結婚を嫌がるのですか? 素敵な殿方は沢山いらっしゃいますのに」

「結婚とか、考えたことないし」

 すねた様子のルカは唇を尖らせる。茶色い真っ直ぐな髪が揺れる。いいなぁ。私もルカみたいなさらさらな髪になりたい。昔彼女にそう言うと顔を真っ赤にして、何言ってるんですか! ノア様みたいな生まれつきふわふわで綺麗な髪のお方はそうそういませんよ! って言われた。このクセっ毛嫌いなんだけどなぁ。くるんと丸まった毛先を手で軽くほぐす。ルカは唇を尖らせたまま、ぼそりと言った。

「今日もミカエル様といちゃいちゃしていらっしゃいましたし……」

「は、はぁ? べっ、別にいちゃいちゃなんかしてないわよっ!」

「楽しそうでしたけどね~。あ、もしかしてミカエル様の事……?」

「なっ、ばっ、そ、そんな訳っ」

 うろたえ始めた私を見てルカは下品な笑みを浮かべた。音も無く近付いてきて、私の前に座る。な、何も話してあげないわよ。


 バンッ


「大変でございます! 急いで大広間にお集まりください!」

 メイド達が部屋に駆け込んできた。大変……? 私の頭の中にさっきのミカエルと中年の男の人が思い浮かぶ。何かが起こっている……? 

 嫌な予感がした私は、ルカと一緒に走って大広間に向かった。


「どういうことよ!」

 私の声がホールに木霊する。どうなってるの……? 私の目には、門をくぐろうとする鎧姿のミカエルしか映っていなかった。裸足で庭へ出ようとするのをルカが必死に止めてくる。

「ミカエル! 説明しなさい!」

「ノア様……」

 ルカのガードに抗おうと暴れる私を見て、お守りだという腰の鈴を鳴らしながらミカエルが近付いてきた。そして――


   ぎゅ


 硬い鉄の鎧が頬に当たる。耳にかかる彼の熱い息。頭に添えられる大きな手。

 えっ……? 黄色い悲鳴を上げるメイド達の声が遠く感じる。私今……ミカエルに抱きしめられてる……?   

耳に触れている唇が、少し、開いた。

「俺の国を攻めた奴等が……この国を襲います」

「えっ……?」

「怪しい集団がいるという情報を得て少し調べてみたんです。そしたらあいつら、次のターゲットはこの国だって……」

 目の前が真っ暗になった。この国が襲われる? もっとも平和な国と噂されてるこの国が?

 信じ難い現実にみんな騒然としている。「俺が……守りますから」ミカエルはそう呟いた。他の兵士達も口々に言い出す。この国を守る。町を守る。誰も殺させない――。

 そんな彼等とは対照的に、私に出来ることは何も無い。運動神経は悪いし頭も良くない。この国の姫でありながら何も出来ない無力さに涙が出てくる。

「ノア様にもきっと、出来ることがありますよ。今は見つからなくても貴女にしか出来ない、何かが」

 優しく微笑みかけられる。スッとミカエルの身体が離れ、顔を覗き込まれる。

「……俺は隣の国の兵士だったって言いましたよね。仕事も充実してたし、家族とも仲が良くて、恋人もいた。毎日が楽しかったんだ。――奴等に襲われる前は。何かの組織みたいな、大きな盗賊だった。自分達の力を試したかったのかそいつらは俺の国を滅ぼし、残ったのは俺一人。死のうかと思ったときもあった。だがそれを救ってくれたのはノア様……あんただったんだ。世界に絶望していたその時、あんたが現れて、俺の人生を変えてくれた。俺みたいな人間をこの城に勤めさせる、あんたにしか出来ないことだろ? 感謝してるよ」

「ミカエル……」

 好き、そんな言葉がつい出てしまいそうになった。いけない。こんなところでミカエルに迷惑をかけては。

「俺はこの国の兵士として、奴等を倒しに行ってくるよ」

 姫と兵士は結ばれない。わかってる。

「戻ってくるのがいつになるかはわからない。でも、待ってて欲しい」

 だから私は我慢して、精一杯の笑顔で見送るんだ。そして色んな想いを込めて笑う。


「いってらっしゃい」


 ミカエルが帰ってくるのを待つ。




 ――時は流れ、三年が経った。

 国の中でも特に強い者達を率いたミカエル達が帰ってくることは無く、かといって盗賊達が国を攻めてくることも無かった。

「……ノア様、またお外を見ていらっしゃるんですか? そろそろ窓を閉めないとお体に障ります」

 ルカはすっかり大人しくなってしまったノアに向かってそう言った。ミカエル様達が行ってしまってから外を見ることが多くなったノア。王が亡くなった後、彼女は結婚することも無く跡継ぎがいないこの国の勢力はどんどん衰えていった。

「――花が」

「はい?」

「花が……咲いてる」

 ノアが指す方向には、庭一面を埋め尽くす大量の薔薇が。土が悪いのか、この国で唯一咲かなかった薔薇が庭を埋め尽くすように咲いていた。

「綺麗ですね~! ここ何年かはみんな庭に出てなかったから蕾になってたのも気付かなかったんですね! いったい誰が植えたんでしょう……」

「……ル」

「えっ?」

「ミカエルだよ……」







 ――ノア様、好きな花って何ですか?



 ――あ、でも、薔薇は見たこと無い! この国で薔薇って咲きにくいのよね……



 ――薔薇ですか……城の庭一面に薔薇の花を咲かせたら想い人に愛の告白でもしましょうかね?








「想い人に……告白……」

「ノア様?」

 そう呟いたノアを不思議そうな目で見るルカ。その時、一人の兵士が勢いよく部屋に入ってきた。三年前、病気で寝ていたために戦いにいけなかった奴だ。


「の、ノア様! 今ミカエル様の無線機から連絡が入りまして……」


 

 ――ミカエル様達と盗賊団はほぼ互角。敵の大将の首を取ったのはミカエル様だそうです。しかし全員大怪我を負っており、一年ほどS国で治療を受けていたそうです。ですが……敵の槍に毒が塗ってあったらしく、次々と逝去され……昨日、ミカエル様も……



 ノアの頬を一筋の涙が流れた。

「嘘よ……嘘!」

「皆様の遺体はこの国まで運んでいただけるそうです……」

「……夢、そうよ、これは全部夢よ! じゃなきゃおかしいわ。ミカエルが死んじゃうなんて……夢でしかありえないもの!」

 崩れ落ちながら泣き叫ぶノアに兵士は俯くしかない。ノアの気持ちはみんなわかっていた。ミカエルに対する恋心も、いけない事だとその気持ちをを隠そうとしていたことも。だからこそ、自分のことのように辛いのだ。その場から一歩も動かなかった。いや、動けなかった。



 突然ルカがノアの前に跪き、彼女を抱きしめた。赤ん坊をあやすようにゆっくりと、震えた声で話し始める。

「ノア様、あなたはミカエル様に恩返しをしなければなりません。命を懸けてこの国を守ってくれた彼に」

「恩返し……」

「はい。それが今のノア様に出来ることじゃないですか……?」


 ――俺みたいな人間をこの城に勤めさせる、あんたにしか出来ないことだろ?


 彼女の声とミカエルの声が重なって聞こえた。ノアは涙を乱暴に拭い、立ち上がった。







『町のみなさん、聞いてください』

 ノアの声が町に響き渡る。

『私、ノア・エスポワールは来年からS国に嫁いでいくことになりました。したがって、この国はS国と合併することになります。反対の声も多いと思いますので、私の意見を聞いてください』

 今まで考えても見なかった演説。自分の語彙力と知識をすべて出し切った、ノアの想いだ。

『先日、三年前にこの国を守るといって戦いに出た兵士達が亡くなったという知らせを受けました。このくにが襲われると聞いたとき、私は何も出来ずにただ呆然としていることしか出来なかった。何の役に立たない自分が情けなかった。でも、彼等は命を懸けてこの国を守ってくれた。私は恩返しがしたいんです。彼等が守りたかったものを――彼らの想いを、受け継ぎたい。国をもっと安全に、平和にするためにはこの方法しかないと思った。S国は自然が豊かで笑顔が絶えない国として有名です。それに武器もいっぱいある。S国となら、この国をしっかり守っていける、そう思えたんです――』


 ミカエル、あんなにたくさんの薔薇を咲かせて誰に告白するつもりだったの? 貴方の机に指輪が二つ並んでて、一つは私の指にぴったりだった。ねぇ、私自惚れてもいいのかな? 

 貴方のおかげで変われた気がする。だってほら、こんなにたくさんの町の人の中でも大声で話せるようになった。勇気を、もらえた。

 大好きだっよ。ありがとう。











 一厘の風が吹き、薔薇の花びらが町を包むように優しく舞い上がる。

 チリン、と鈴の音が鳴ったような気がした。 







                                           



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