グール
「ここら辺は90年前とかわんねぇなぁ」
辺境の小さな集落を歩きながら、俺は苦笑いを浮かべる。
「ん?これは懐かしい」
かつて俺が魔王だった時に作った、鎧が武器や日常細工を売っている鍛冶屋に置いてあった。
「おう、兄さん。これが何だかわかるのか?」
鍛冶屋のオッチャンの声に、俺は苦笑いを返した。
「90年前に終わった大戦の後期に作られた魔王軍の鎧だろ?」
「ほぅ、若いのにわかるのか……」
俺はこつんと鎧をたたく。
「おっちゃんはなんで、こんな鎧を?これは魔王軍でも一部の人間にしか、くばられなかったはずだが?」
「内緒だが……この集落には90年前に魔王軍にくみした人間がたくさん住んでいるんだ」
そういわれ、俺はちらりと集落の方を見る。あぁ、なるほどこの村はもともとそういったはぐれ者の村だったな……でもなんでこの地に戻ってんだ?
「何故教皇国に近い場所に?」
「隠れ蓑にちょうどいいと考えたんだろうね?」
世界がいろいろ変っても、そこに根付く人々の意志は変わらないことを俺は実感させられる。
「おれない意思を持っていれば、それは未来永劫続く」
そう、オッチャンが言う。
「兄さん、貴族だろ?こいつは魔王様が最後に伝えた言葉らしいんだが、兄さんに一番合っていると思ってね?」
その言葉が俺に突き刺さる。
「……兄さん、何か迷っているだろ?」
「解りますか?」
俺は促され店の中にある椅子にすわる。
「目は何かを決意しているように見えるのに、兄さんの行動には何か迷いが見えたからな」
迷いか……
「なぁおっちゃん……あの鎧と魔王縁の剣があったら売ってくれないか?」
「……いいが、いったい何に使うんだ?」
俺は目を細める。
初対面の人間に、俺の内心を暴かれるなんて実にすがすがしい気分だった。
「あー何をするかいうまえに、オッチャンありがとうな?ちょっと教皇国に喧嘩売る決意が整ったよ!!」
唖然としたオッチャンに続ける。
「勇者を助ける。そのために勇者を利用する連中に喧嘩を売る!!」
「……そうか、だがその鎧資格のないものが使えば……」
「知ってるよ」
俺は小さくつぶやく。
「……資格のないものが使うとこいつはただの上等な鎧でしかないが……」
俺はその鎧をつかむ。
俺の腕には、まるで機械のような鎧が現れる。
「魔導式強化外装骨格!!『朧』」
人の身は脆弱で弱い……故に戦場に人がいると邪魔になった……
だから……俺はこの鎧を作ったんだ。
「人の身にて他種族と渡り合うための鎧!!それがこいつだ!!」
「……新規の許可は許可されたものの子供か、初代魔王が認めになった者しか……兄さんあんた一体……」
俺はにやりと笑う。
「俺か?カーライアだ。みんなには内緒だぜ?」
◇
「おや、魔人の方がお屋敷にいるとは……アルバートさんは?」
「初めまして、領主代理をやっているエリクです。あいつなら俺に仕事を押し付けて、旅行に行きましたよ。ちょっと教会に喧嘩売ってくるらしいです」
代行として働き始めた時の初めてのお客はドワーフ族の男性だった。
「これはこれは、私はドワーフ族代表のフュンレフです」
軽く握手を交わすと、ソファーに座るように促す。
「まさか、本当に和平を実現した街を作ろうとしているなんてね?」
「まぁ、人間がそんなことをやり始めたら、信じられないですよね~」
少し苦笑いをしながら談笑する。
「さて、フュンレフさんは一体何のご用で?」
「いや何……鍛冶場がどうして森の中に建設予定なのかを……」
あぁ……
「森の部分の伐採計画があるので町の拡張を行うつもりですね。こちらに炉の建設と同時期に建設予定の商業地区案が出ています」
俺は彼の書いた街の略式地図を見せる。
「鍛冶屋を中心とした複合商業地区だな……なるほど、あの人はこんなことを考えて」
「どうも一つの地区で買い物を済ませて、そこを中心として街を広げるつもりみたいですね」
あいつの考えは手に取るようにわかる。
「へぇもうそんな案が……」
「どうやら手回が終わっているようで、森を切り開くために獣人や建物の建築に人間等々いろいろな種族を野党予定みたいだ。虎人からの手紙が今日も届いていた」
少し溜息を吐きながらそういう。
「脅威的ですな……110年前の魔王城を思い出しますわい」
「あれ?フュンレフさんは110年前の魔王城を知っているのですか?」
ぽつりともらされた言葉に、俺は反応する。
「えぇカーライアと名乗る人間がやってきて、ぼろぼろだった街を復興させ、魔王城を作り我らの指揮を執っていたのですよ」
……まさか、この人も魔王を?
「あの頃は本当に楽しかった。一人の人間が魔族を友と呼び亜人を集め国を興したあの頃が……」
戦争がなければ、あの平和はずっと続いていたのかもしれないなとつぶやく。
「でもまぁ、あの人が本気であの方と同じ考えを持っているようなら、また魔族と亜人は負ける」
なにに負けるとは聞かない……
「ぷっ、心配ないと思いますよ。彼はこの国の王になる可能性のあるお人ですから」
そんな人がなんで教会に喧嘩を売っているのかはわからないが……
「……人間族の王に……なるほどすごいお方だ」
◇
「最小の護衛人数に絞って正解でしたね」
返り血でべとべとになった剣をふきながら、俺をそういう。
「兄貴、心配はしていないけど大丈夫か?」
「心配はしろよ!!」
俺たち兄弟は少し笑いあう。
「仲がいいんですね?」
「あーまぁな、爺さん除けば二人きりの家族だし」
フレイトの言葉に俺は笑って返す。
「二人きり?」
そう尋ねられて、俺は苦笑いを浮かべる。
「爺さんの息子……父さんが死んだ後に、俺たちは母親に捨てられてな?」
「え?」
「あー忘れてくれ。人によっては怒る人もいるからな……俺たちは別に気にしてねぇからなぁ……」
ケラケラと笑っていると、不意に嫌な気配がし始める。
「……兄貴」
「いるな……奴が」
俺は拳を構えると、目を細める。
「……何が?」
「兄貴!!対抗魔法を腕にかけておいたよ。手加減はいらない」
小さくあぁとつぶやく。
◇
いつの間にか、先に教皇国に向かったはずのあいつらを追い抜かして、次の町に来てしまったみたいだ。
「ふむ……で?」
魔王と名乗った瞬間オッチャンから頼みごとをされた。
「……えーと、貴方がお父さんが言っていた」
目の前にはオッチャンの娘が座っている。
遺伝子が仕事をしてなくて本当に良かったなとおもうほどの見目の麗しき少女を見ながらうなずく。
「うん……なんか娘にこの村で起きている事件を聞いてくれと言われたんだが」
「……どこから話したものでしょうかね……つい3年ほど前から、村人の死体がグール化する事例が発生してまして……どうも血を吸われた後もないんですよ」
死体?血を吸い取られていたらそれは吸血鬼の仕業だが……
「その死体は……普通に死んだんだよな?」
「えぇ……病気や事故で死んだ人ばかりです」
……アンデットか!!
「……ある程度その原因に心当たりがある……3年前か……教会はまたあの実験をやっているのか……」
「あの実験?」
置かれてある水を少し飲むとため息を吐く。
「……魔族や獣人に対抗するために、不死者の兵隊を作ろうとしてたことがあったんだよ。その実験の過程で、大量の魂喰……死んだ人間の魂を喰らうものが生まれた」
そう、それこそが今回の原因……
「魂喰にはいくつか特性を持っていてね?生きている人間の魂を喰らった瞬間そいつをグールにする能力を持つ。能力というよか呪いだな……魂を喰らわないと生きていけず本能的に喰らっているだけなのだから。当の本人の意思はそこにはない」
その言葉を聞いた彼女は驚いている。
「……でも……グールになった方々は……」
「死んですぐは魂は再処理所……まぁ天国とか呼ばれる場所だな……あっこには上がらないんだ……それは魂と、体のパスがまだつながりっぱなしになっているせいなわけだが……」
まぁ理由は単純で、神のせいだったりするのだが……
「たちの悪いことに食われた魂は転生やらなんやらの輪から外れて、完全に無にきすんだ……」
あいつらが来る前でよかったと思う、あの二人なら対処法を教えられているはずだが、あれも施されていたらムリゲもいいところだ。
「そんな……その状態でもまだ自制心が働いているだろうな……生きている人間を襲わないという点では……だが」
さてと……
「これ以上の説明は無意味だが……よくグールを倒せたな」
「えぇこの村にいるシスターが浄化をしてくれて」
シスター?なぜあの魔法が使えるシスターがいる教会が在住しているのか……
「なるほど、まずシスターに逢ってみるか」
俺は立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。
◇
「っち、呪い憑きのグールの集団かよ!!」
獣や魔物のグールが俺たちをかこっていた。
「倒せないんですか?」
フレイトの声が俺の耳に届く。
「ここら一体をブッ飛ばしてもいいのならいけるぜ?」
弟がにやりと笑う。
「却下だ。ほぼ陛下が使われていた魔法だからな」
「さてと、退魔魔法もこいつらの呪いじゃ無理だろ」
弟に目を合わせると、弟がウインクをしフレイトを連れて馬車に戻り、馬車を走らせていく。
「OK……」
パンと手をたたくと、俺の体から力があふれてくる。
「邪魔者が居なくなったことだし、本気出すか」
体中が炎に焦がされていく感覚がする。
「来いよ!!」
犬型のグールが飛び込んできて、俺はそいつの顔を殴る。
瞬間破裂音がし、俺の体が一瞬にして真っ赤に染まる。
「呪いの対処法、確か細胞の一片まで破壊しつくせばいいんだったよなぁ」
少し溜息を吐き、後ろ回し蹴りをかますと飛びかかってきた犬型グールの顔にヒットする。
「細胞の一片でも生きて残ってたら生き返るから面倒だよなぁ」
しかしこの量のグールは……一体何年この森に元凶がいるのだろうか……
「暫く調査がすむまでは次の町でとどまった方がよさそうだな……ある程度時間がたったら撒くか」
◇
「何が起きたんですか?」
姫様はあわてて馬車を出した俺たちを見てそうつぶやく。
「不死者の呪いがかかった獣に囲まれてしまいましてね?」
「グールですか?」
殿下は知っておられるのか……
「えぇ兄貴が殿を務め、抑えてますよ」
まぁあの兄貴なら拳ひとつでグール吹き飛ばしてそうだけどなぁ。
「倒す方法がなかったはずですが?」
「あります、再生できないレベルで吹っ飛ばすってやつが」
「でもそれは……」
少し俺はにやりと笑う。
「兄貴もマスターと呼ばれるほどの武術使いです。通常の武術以外にも東の気と呼ばれるものを扱うことができるんですよ」
まぁあれ、原理しらねぇけど魔法よりとんでもないことをしでかしてたからなぁ……
「俺より周りに被害を出さないように……町に入れば、結界があるので安心できます。教皇国への生き方はそこでゆっくりと考えることにしましょう」
少し笑いながら、俺はそういった。