第九話
「ティア!」
ドアの前で2分ほど待機し、ティアからの合図がないことを確認したガイナールたちは扉を開け、内部に侵入していた。
「誰もいない…わね…」
しかしそこには、ここの関係者もティアもいなかった。
「もう地下に行っちまったってことだろ。サラ!戦闘になりそうだ、準備しとけよ」
「心得ている。主こそ気を抜くではないぞ」
今まで静かにしていたサラマンドに、待機状態を命じる。
もう今すぐ敵が出てきても、おかしくはない状況なのだ。
「おい2人とも!隠し階段があったぞ!」
ニックの声で、ガイナールとリーシャが集まる。
どうやらついさっき誰かが使ったようで、開けっ放しになっていたようだ。
「ティアが独断行動をとるとは思えないわ。やっぱりなにか不測の事態があったと考えるべきね。気引き締めていくわよ!」
「ったりめぇだ!おら、さっさと行くぞ」
ガイナールが先陣を切って、階段を駆け下りていく。
罠などは、気にもかけていないようだ。
「ちょっとガイ!しょうがないわね…。ニック!私たちも行くわよ!」
「りょーかい!」
焦る気持ちは全員にある。
やはり1人で行かせたのは間違いだったかと、リーシャが後悔しかけていると階段が終わりを告げた。
「ここが…」
犯罪者たちの住処と聞いていたが、驚く程に人の気配がない。
少し狭い通路のようなところを抜けると、開けた場所に出た。
3人がそこに足を踏み入れた瞬間、薄暗い部屋に目がくらむほどの光がたかれた。
「誰かいるの!?」
リーシャが叫んだ時には、さっきまでなかった人の気配が7ほどあった。
気配を消していたのか、それとも今どこかから現れたのか。
3人にそれを判断するすべはない。
「ようこそ、キャッツハウスの御三方」
聞こえた声は、ドスの効いた低い男の声。
逆光になっていて、目も慣れていない3人にはシルエットしかわからなかったがかなりの大男のようだ。
「探しているのは精霊かな?それともこの子かな?」
ようやく目が慣れてきた3人の目に映ったのは、白髪の大男に捕まって気を失っているティアだった。
「ティア!?てめぇ、ティアに一体何しやがった!」
ガイナールが捕らえられているティアを見て、爆発寸前の叫びをあげる。
すぐにでも殴りかからなかったのは、ティアが相手の手にあるからだろう。
「気を失っているだけだ、命に別条はない」
「あなたたちは何者?何が目的なの!」
「そうだな、その話をしなくちゃあな。俺たちは暗殺屋シェーアン、そして俺はそのリーダーのヴァンだ」
「シェーアン…!?」
その名前を聞いた瞬間、リーシャの表情が驚きと嫌悪に染まる。
「知ってるのは嬢ちゃんだけみたいだな。そして要求は、てめぇらに死んでもらうことだ」
「やっぱり罠だったってことか。それならティアちゃんが捕まったのも納得がいくな」
「納得?ティアを捕まってるのがあらかじめ罠があったせいだと思ってんのか?ならそりゃあお門違いだぜ」
「なんだって?」
ニックが怪訝そうな顔をする。
「ティアを簡単に捕らえれたのはな、ティアの技を俺が完全に把握していたからだ。もちろん見破る方法もな」
「お前は何を言ってやがる…」
「男2人は知らねぇようだから教えてやろう」
ヴァンの言葉を聞き、リーシャが制止しようとするがその前にヴァンの言葉が部屋に響き渡る。
「ティアはな、もともと俺たちの仲間だったんだよ」
「なんだと…」
ガイナールとニックの表情に、一瞬戸惑いが混じる。
だがそれは一瞬のこと、突然明らかに敵意がある相手にそんなことを言われて信じる者がそうそういない。
「てめぇ…。言うに事欠いてティアがてめぇらの仲間だっただと?」
相手の言葉を挑発ととったガイナールは、今にも飛びかかりそうに言葉を吐き出す。
「信じられねぇか?ならそこの嬢ちゃんに聞いてみな。そいつは知ってたみたいだぜ?」
「んなわけねぇだろうが、戯言は大概にしろよ…」
すでに聞く耳を持たないガイナールに、リーシャが手で制する。
「2人とも…信じられないでしょうけど…あいつの言っていることは本当よ」
「「!?」」
リーシャの言葉に、2人は言葉を失う。
沈黙が部屋に立ち込める。
実際は数秒だったが、3人にとってはもっと長いその沈黙をガイナールがやぶる。
「おい…リーシャ。そりゃあなんの冗談だ?」
「冗談じゃないわ。ティアは生まれてまもなく親に捨てられた。それをこいつらが拾ったのよ。そして暗殺の技術教え込み、服従させるための洗脳紛いのことを受けさせた…」
「嬢ちゃんの言うとおりさ。そりゃあ自分の子供のように可愛がって育てたさ。それをギルドの奴らが俺らのアジトの1つを襲った時に、保護とか言って掻っ攫っちまいやがったんだ。ひでぇ話だろ?」
リーシャの言葉に、ヴァンがわざとらしい表情を貼り付けて続ける。
「あんなにひどいことをしといてよくもそんなことが言えるわね!!」
「おー怖い怖い。まぁ説明はこんなもんだ、理解したか?そしてもう1つ」
それぞれの理由でショックを受けている3人に、ヴァンが1拍開けて言葉を紡ぐ。
「てめぇら最近精霊売買のことに集中的に首突っ込んでるみたいだな?運が悪かったな、精霊売買の噂を流してかかった獲物をすべて皆殺しにしろってのが今回俺たちの受けた仕事だ」
ヴァンが言い終わると、脇に控えていた6人の骸骨のお面をつけたヴァンの仲間がそれぞれの武器を構える。
6人全員が同じ骸骨のお面をつけている様は、不気味であり異様な光景だった。
「お前らは俺らの金のために死んでくれや。ティアは返してもらう。本当は殺しても良かったが、ずいぶん強くなってるじゃねぇか。手放すのはもったいねぇや」
ヴァンの最後の言葉を聞き、リーシャの周囲に膨大な魔力が渦巻く。
「ガイ、ニック。何ぼさっとしてるの。ティアを奪還に行くわよ」
静かなリーシャの声に、今まで聞いたこともないほどの怒気が混じっているのを2人は感じた。
リーシャの言葉で半分機能停止していた頭を、ガイとニックは無理やり起動させる。
わからないことは多いが、今分かっていることとしなければいけないことを整理する。
ガイナールが現状を把握しきり、怒りに爆発する寸前にリーシャの指示が飛ぶ。
「私がティアを奪還しに行くわ、2人は邪魔者をどかして!」
返事をする間すら待たず、リーシャは槍を構えティアのもとへ一直線に進む。
「雷光一閃!!」
叫んだ瞬間、リーシャは一筋の雷となり速度をあげる。
「はは!おもしれぇな。この嬢ちゃんは俺が相手する、てめぇらはそこの2人を殺しとけ」
「殺せるもんならやって見やがれぇ!」
「おいガイ!突っ込み過ぎんなよ!」
ガイナールも頭の整理を無理やり済ませ、サラマンドを纏う。
こうして、地下での暗殺屋とガイナールたちの戦闘が幕を開けた。
「嬢ちゃんはこっちだ、特別待遇にしてやる」
ヴァンはそう言い残し、奥の部屋に姿を隠す。
「逃がさない!」
6人の暗殺者たちのど真ん中を、突破してきたリーシャはその速度のままドアを槍で斬り飛ばしヴァンを追う。
「逃げやしねぇよ…。おらぁ!」
部屋の真ん中まで逃げ込むと、リーシャの方に向き直る。
問答無用で襲い来るリーシャの槍を、ヴァンはしゃがんでかわしそのまま下段の蹴りを繰り出す。
それをリーシャは、後ろへの短いステップでかわす。
距離を開けず攻撃をかわしたリーシャは、再び槍による刺突をヴァンに放つ。
「少しだけ見せてやろう。暗黒拳!白刃取り!」
白刃取り、日本に昔あったとされる刀を両手で止める技。
しかし、ヴァンが出した腕は片手のみ。
黒い炎のような魔力をまとったその右手は、リーシャの放った突きを手のひらで止め、勢いのなくなったその槍を掴んだ。
「なっ!?」
「お前らもやってんだろうが、武器に魔力を込めて魔法を弾く技術。あれの素手版みたいなもんだ。まぁ少々無理矢理ではあるがな」
槍を封じられたリーシャは、槍を片手に持ち替え空いた手で電撃を放つ。
「多才な嬢ちゃんだ、だがやはりまだまだだなぁ!」
ほぼゼロ距離で放たれた電撃を、ヴァンは左手にも漆黒の魔力をまとわせその電撃をはらう。
電撃とヴァンの左手が衝突し、2人の間に爆発が起きる。
爆発の勢いに身を任せ、リーシャは槍を奪い返し後方へと下がった。
「さっきまでの威勢はどうしたよ、嬢ちゃん」
「くっ…」
明らかに強敵、下手したら勝てないかもしれないと冷静になったリーシャの頭に後ろ向きの考えがよぎる。
その考えを知ってか知らないでか、その場を動かずヴァンがリーシャに話しかける。
「少しは冷静になったか?今なら話が通じそうだな。1つ俺の戯れに付き合え」
「戯れ…ですって…」
「あぁそうだ。なに、お前にも悪い話じゃないはずだ。」
そういうとヴァンは、後ろを指差す。
するとさっきまで意識を失っていたティアが、目を覚まし立っていた。
「ティア!?大丈夫なの!?」
しかしティアは、リーシャの呼びかけに答えない。
聞こえていないかのように、無視を決め込んでいる。
「ティア!?聞こえないの、ティア!」
「聞こえてるさ、必要がないと判断して返事をしねぇだけさ」
「必要ないって…。まさかあなた、ティアにまた洗脳を!?」
「こんな短時間でできるわけねぇだろうが、だがなぁ。逆に長期間による洗脳がそんな簡単に解けると思ってるのか?」
「なんですって…」
ティアの洗脳は、ギルドの医師も完治したと言っていたはずだ。
リーシャの頭の中を、黒い何かが埋め尽くしていく。
「身体的に、魔法的には解けていてもな、こういうのは精神的なものだ。そう簡単には治らない。そこでだ、お前がこいつの洗脳を解けたら、ティアはお前らに返してやろう」
「そんなことをして…。あなたは一体何がしたいの!?」
「なんだ、洗脳を解く気はないのか。さっきも言ったろうが、戯れだよ。たまには楽しみのひとつも欲しいもんさ。見せ物をやれって言ってんだよ」
そしてヴァンは、リーシャの返答を待たずにティアへと近づく。
「悪いがこのイベントは強制だ。お前の意思とは関係ない。ティア、命令だ。あの女を…殺せ」
「!?」
ヴァンの言葉に、リーシャの背筋が凍る。
ティアが私を殺すわけがないという思いと、もし殺しに来たらどうすればいいのかという2つの感情がリーシャを襲う。
しかし、リーシャに心の準備する余裕は与えられなかった。
「了解。マイマスター」
「ティア!」
リーシャの叫びは虚しく部屋に響き渡るのみで、ティアには届かない。
瞳を金色に輝かせたティアは、獲物を静かに見つめる。
「そうだ、嬢ちゃん。ティアを殺した場合も洗脳を解いたってことにしてやるからよ。精々頑張れや」
「くっ…。あんたは人じゃないわ、人の皮を被ったなにか別のものよ」
「はは!面白い冗談だ。それとも言葉遊びかなにかか?どっちでもいいんだがよ、おしゃべりはこれまでだ。やれ、ティア」
「了解」
無表情のティアは、無情に冷酷に、戦闘マシーンのようにリーシャに襲いかかる。
「ティア…。絶対助けてあげるからね…」
変わり果てた仲間を見、リーシャは小さく、しかし力強くつぶやいた。
思ったより早く投稿できました。そして短い期間で投稿すると、後書きとかに書く事がないですね。前書きは省略させていただきました(オイ。さて物語も中途半端なところで終わってしまっているので、なるべく早く次の話も出せるように努力いたします。それでは、今回も拙い文を読んでくださりありがとうございました。