第五話
第四話に引き続き連続投稿です。
「とうとうやってまいりました!これよりAブロック決勝戦をはじめます!」
ついに始まったAブロック決勝戦。
ここで勝てば、決勝ブロックに進むことができる。
「あなたがあの有名なガイナールね」
「なんだ、引っかかる言い方だな」
「気分を害したならごめんなさい。ただギルドにいるとよくあなたの噂を聞くもので」
「んなこたぁどうでもいいんだよ、おらさっさと始めようぜ。まさかここまで来てびびったなんて言わねぇよな?」
「ふふ、噂とまったぐ違わない性格の方のようね、いいわ。始めましょう」
そういい、モニカは両手を前に突き出す。
「我が契約に従い、我をよるべとし顕現せよ!神域の森を守人、フォレストゴーレム!!」
言い終わると同時に、モニカの足元に巨大な魔法陣が現れる。
その魔法陣からまるで生えるように、ニック戦でみたゴーレムが出現する。
ゴーレムに押し上げられる形で、モニカは一瞬でガイナールの遥か上空まで持ち上げられる。
「へ、なるほど。そりゃあ便利な乗りもんだな」
「便利なだけじゃなくて強いのよ?さぁあなたはここまでたどり着けるかしら?ガイナール」
「あ?たどり着くだ?てめぇは1つ勘違いしてやがんな。俺がてめぇのところまで行くんじゃねぇ、てめぇが俺のところまで降りてくんだよ!」
ガイナールの作戦は、しごく単純。
作戦といえるほど、立派な策でもない。
モニカのもとまで登るのではなく、足場であるゴーレム自体をぶっ飛ばす。
これがガイナールの作戦だった。
「まぁ確かに主らしくはあるがの、変に頭を使うよりはいいかもしれぬな」
「余計なこと言ってんじゃねぇ、いくぞサラぁ!」
「任せよ。精霊武器サラマンド、参る!!」
四肢に炎を纏い、サラマンドを展開する。
「私をここから降ろす…ね。できるならやってみなさいな!」
モニカの言葉に合わせて、ゴーレムの巨大な拳が振り下ろされる。
「やってやるさ、かかってこいやデカ物がぁぁ!」
当然、その拳をガイナールはかわさない。
足のブーストを稼働し、迫る拳に急接近。ゴーレムと同じく、ガイナールも拳を振るう。
その大きさは2倍3倍では収まらない。
しかし両者の拳は拮抗する。
ゴーレムはその圧倒的な質量で、ガイナールはサラマンドによる力技でお互いを圧倒せんとする。
その拮抗は長かったであろうか、短かったであろうか。
その冗談のような巨大な二つの力のぶつかりが、ついに傾きを見せる。
「うおぉぉぉ!!」
ガイナールの叫びとともに、その拳が振り切られる。
拳を振り切ったということは、ガイナールの拳がゴーレムの拳に打ち勝ったということだ。
「オ゛オ゛オ゛ォォ」
ゴーレムの体が、その低いうめき声とともに傾く。
もちろん、ガイナールの攻撃はこれでは終わらない。
さっきの一撃の勢いをそのまま利用し、ゴーレムの腹部あたりに肉薄する。
「そのままぶっ倒れやがれ!烈火連衝撃!!」
ガイナールの右手による打撃が、ゴーレムの体を揺らす。
しかしガイナールの猛撃は、まだ終わらない。
右手を引き戻す前に左手による打撃が、左手を引き戻す前に右足による蹴りがはいる。
荒れ狂う炎の嵐となったガイナールの連撃は、ゴーレムの表面を削りながら進み続ける。
「喰らいやがれぇぇ!」
「オ゛…オ゛オ゛ォォ…」
ガイナールの叫びに圧倒されたかのように、ついにゴーレムの巨体が倒れる。
ゴーレムは倒れきる前に、淡い粒子となって霧散し跡形もなく消えた。
足場を失ったモニカが、ガイナールの前に着地する。
「ほら、次の召喚獣を出せよ。それとももうネタ切れかぁ?」
「人形使いは人形が敗れた時点で敗北である。私の師匠の言葉よ、今回は私の負けよ」
モニカの言葉を聞き、試合終了のコールが鳴り響く。
「頑強なゴーレムを倒し、決勝ブロックへの進出を決めたのはガイナール!ガイナールです!これより全ブロックの試合が終了いたしました。決勝戦ブロック開始前に、これより一時の休憩を挟みます!なお時間は…」
司会がしゃべり続けている中、ガイナールは待機室へと向かう。
「主よ、召喚士は嫌いではなかったのか?随分楽しそうだったではないか」
「うっせぇ、ニックのかたきをとってやっただけだよ」
「まったく素直じゃないの」
サラマンドにからかわれ待機室につくと、そこにはニックがいた。
「よぉおつかれさん。それと決勝ブロック進出おめでとう」
「誰かさんが情けなく負けちまうから、尻拭いしてきてやったぜ」
「ったく可愛くねぇな。さてちょいと休憩時間があることだし、リーシャちゃんたちと合流するか。お互いの結果報告も含めてな」
「ついで飯にしちまうか、朝からなんも食ってないだろ」
「うむ、私も腹が減ったぞ。」
「そうだな、場所は…まぁいつもんとこでいいか」
3者の意見が合致し、リーシャとティアに連絡をとったガイナールたちは、通いの酒場へと向かった。
「ふーん、じゃあブロックAはガイナールが優勝したんだ」
酒場でリーシャ達と合流したガイナール達は、試合結果について報告をしていた。
「まぁな、そういうお前等はどうだったんだよ。ティアがBでリーシャがCだったか?」
「リーシャは準決勝で負けちゃった…。私はBで優勝したから次の試合はガイナールとね」
Aブロックの優勝者がBブロックの優勝者と試合をすることは、すでに決定している。
同じチーム同士が決勝ブロックで試合をすることを喜ぶか憂うかは、人によるだろう。
当然ガイナールは、喜んでいたのだが。
「次はティアとか。いつのもお返しをきっちりしてやるぜ」
「私達のチームからは、決勝ブロックに2人…か。負けた私が言うのもなんだけれども上々といったところね」
マッチングの仕方にもよるが、ギルド内上位4人に2人も組み込めたということだ。
充分賞賛されることであろう。
「まだ優勝じゃねぇじゃねぇか、むしろこれからが本番だぜ」
「敗残兵2人の前で結構なこと言ってくれるじゃねぇか。まぁ2人とも勝ち進んだからには頑張れや、俺とリーシャちゃんは後ろで応援しててやるよ」
「…リーシャは誰に負けたの?その人がブロックCの優勝者なんでしょ?」
「リンダナよ、聖騎士リンダナって言えばわかるかしら?」
「あのいけすかねぇ女剣士か、人形使いのやつのリーダーじゃなかったか?」
Aブロックでガイナールと戦ったモニカのチームリーダーであり、聖騎士の異名を持つリンダナ。
聖剣を持つ者としても有名だが、女だけで構成されたチームのリーダーであることでも有名だ。
もともとは彼女が頭一つ抜けているだけで、強豪チームではなかったが、最近モニカがチームに加入し一気に上位に食い込んできたチームでもある。
「ブロック別のメンバーを見てみるとうちのブロックは、随分と平和だったみたいだな。うちのブロックの優勝候補者はモニカとガイと俺の3人なのに対して、他のブロックは優勝候補者が5人以上はいたみてぇじゃねぇか。ティアちゃんは、よくまぁ上がってこれたもんだな」
「もっと褒めてもいいのよ…。とは言っても私もともと個人戦向きだし…」
ティアの言うとおり、この個人戦での優勝者=もっとも優れた魔法使いというわけではもちろんない。
集団戦に適しているものもいれば、個人戦に適しているものもいる。
ニックもそのタイプの魔法使いだ。
「それでも大したもんだよ。さて、そろそろお前等は待機室へ移動しなきゃいけない時間じゃねぇのか」
「…そだね。もう行かなきゃ」
「ティアとガイが分かれてくれればほんとは一番よかったんだけど、しょうがないわね。ささ、行ってきなさい」
「言われなくともわかってらぁ、サラ!行くぞ!」
「了解じゃ、我が主」
こうして2人は待機室へ、もう2人は観戦席へと向かい足を進めた。
「さぁいよいよ始まります!Aブロックのコールに引き続き、決勝ブロックのコールも私が勤めさせていただきます!」
試合の審判員も兼ねている司会の男の声が、会場に響き渡る。
ガイナールとティアは、すでにお互い見合わせた状態でスタンバイしていた。
「仲間だろうが俺ぁ容赦しねぇからな、楽しませろよな」
「ガイナールこそ…。怪我しないように気を付けてね…」
いつもナイフで脅されているガイナールは、反射的に一瞬ひるむが気を取り直し向き合う。
「ではこれより個人戦決勝ブロック、準決勝を始めます!!」
試合開始のコールがかかる。
同時に、両者とも武器を展開する。
「サラ、こっからは気合いれてくぞ。」
「先ほどの戦闘も本気だったと思うがの、相わかった」
「…いくよ」
ティアはつぶやくと同時に、ガイナールの視界から消える。
「わかっちゃいたがやっぱはえぇな…!」
姿が消えると同時に、ガイナールは前方に跳ぶ。
その瞬間、ガイナールがいた場所がティアによって切り裂かれる。
「…次」
ガイナールが体を反転させ、ティアを視界に入れるとそこには無数に分身するティアの姿があった。
計8人となったティアは、ガイナールを中心に円を描くように高速で移動する。
「月花包殺陣…」
周囲を回る8人はそのままに、もう4人の分身が増え空中からガイナールに攻撃を仕掛ける。
そのタイミングに合わせ、地上の8人も同時にガイナールにダガーを構え向かう。
「しゃらくせぇぇ!!」
ガイナールは回避のアクションをとらず、右の拳で足元を殴りつける。
地中に逃げきれなかったエネルギーは、地上にあふれだし、炎という形でガイナールの周囲を荒れ狂う。
やけどでは済まないエネルギーを持った熱波は、ティアの分身を瞬く間に消滅させる。
しかしその中で1つ、熱波を魔力障壁で無効化しながら進む人影があった。
「本体はそこかぁぁ!!」
右斜め後ろ。
ティアはそこにいた。
「荒っぽいことは私嫌いよ…」
ばれたことを察し、だが速度を緩めない。
ガイナールは体をひねり、その勢いで拳をティアに振るう。
普通なら刃物を持つ相手に、装甲があるとはいえ拳を振るうなどありえないだろう。
だがガイナールの拳の持つ質量は、その不利関係を逆転させる。
刃が通る前に、その圧倒的な威力で刃自体を粉砕しうる。
だがティアも、もちろんそんなことは知ってる。
伊達に同じチームで行動を共にしてはいない。
「おらぁぁぁ!!」
自分を行動不能に追い込もうと迫る拳に、ティアはダガーを向ける。
刃で切り裂くためではない。
直撃を避け、軽く拳にダガーを合わせ軌道をそらす。
「動きが乱暴ね…」
肩すかしをくわされたガイナールは、体勢を崩したままティアを目で無理やり捕捉する。
そこにはすでに、ダガーを構え切り込もうとするティアの姿があった。
ティアはそのまま、ガイナールが行動不能となりうる斬撃をあびせる。
が、刃がガイナールに触れた瞬間、ティアは攻撃の手をやめ後方に素早く跳躍した。
そして飛びのいたティアのいた場所を、ガイナールの炎をまとった左足が引き裂いた。
「あぶねぇなぁ、同じチームの俺に刃物を向けるたぁ…」
「刃物を向けてるのはいつものことじゃない…。それにガイナールなんてわたしを殴ろうとしたくせに…」
すねたように言うティアの目は、すでに次の動きを見据えていた。
「今度はこっちからいかせてもらうぜぇ!!」
ティアの跳躍によって空いた距離を、炎をまとった超加速でつめる。
至近距離に接近しきる前に、右腕を大きく構え前に突き出す。
「烈火猛進撃!!」
突進の勢いをそのまま拳に乗せ、ガイナール自身が炎の弾丸のようになりティアに直進する。
しかし、さっきのガイナールへの意趣返しつもりか、ティアは回避の動きを見せない。
「…はっ」
鋭く息を吐き、再びティアはガイナールの拳にダガーを合わせる。
そしてガイナールの突進に合わせて体を回転、さっきのように拳だけでなく突進そのものを受け流す。
「桜流し…」
突進を受け流したティアがつぶやくと同時に、ガイナールの右腕に浅い切り傷ができる。
「いってぇ…なんだっけなあれ」
「桜流しじゃな。相手の攻撃を受け流しながら斬撃を与えるティアの特技じゃ。
主の攻撃がもう少し浅ければ、致命的な反撃を受けていたかもしれぬな」
回避を主とするティアの戦い方を体現したかのような技、桜流し。
攻撃がワンパターンになることが多く、軌道も一直線で読まれやすいガイナールとの相性は抜群だ。
「めんどくせぇなぁ…。とりあえずもう1発殴っとくか」
「主よ…。まっすぐなのは主の良いところじゃが今回はそれではティアの思うつぼじゃぞ」
「だぁー!めんどくせぇ!!触んなきゃいいんだろうが!」
苛立たしげに、ガイナールは拳を地面に叩きつける。
「炎神砕塵波!!」
叩きつけた場所から扇形に亀裂が走り、灼熱の炎が噴き出す。
かわしにくい扇形の攻撃を、ティアは斜め前に走り抜けかわす。
「二発めぇぇ!!」
かわした先に、もう一発。
回避先を読んだガイナールの衝撃波を、今度は回避困難と判断したティアは魔力障壁を展開。
足を止め、無理やり受け止める。
紅蓮に包まれていたティアの視界が、一瞬ひらける。
「っ…!」
ひらけた視界には、すでに拳を振るっているガイナールがいた。
この程度の魔力障壁では、ガイナールの一撃を受け止めれるわけがない。
かといって魔力障壁をとき、回避するには距離が近すぎる。
桜流しは、相手の動きを読み切ってこそのカウンター技。
ティアの技術の上に成り立つ、高度な体術だ。
そう簡単に、いつでもどこでも使える技ではない。
「さすがガイナール…。おもしろいね…」
ティアが、今回の模擬戦で初めて戦闘に高揚を感じたその瞬間。
ティアの黄色い瞳が、金色に発光する。
「ティアぁ!これで終わりだぁぁ!!」
回避不可能防御不可能。
この状況での、ティアの勝機は1つしかない。
(さきに…殺る…)
魔力障壁が、一瞬ガイナールの動きを妨げる。
戦闘を見ている者からすれば、その障壁はほとんど意味をなしていなかったかのように見えただろう。
ガイナールすら、ないものとして考えていたかもしれない。
それほどあっさり、障壁は破壊される。
だがそこに障壁があった事実は変わらない。
一瞬であってもガイナールの動きが、阻害されたことに変わりはない。
その刹那の隙に、ティアの反撃準備は整う。
ガイナールは気づいていない。
だが、それも当然のことなのかもしれない。
ティア自体は、何もアクションを見せていない。
ただガイナールの拳を見つめているだけだ。
が、ティアの得意技であるティアの分身は、すでにガイナールの死角で刺突の構えをとっていた。
(これなら私のほうがはやい…ガイナールを殺せる…)
瞳が金色に輝いてから、今この瞬間まで1秒程度。
戦闘本能にあわせて動いていたティアの意識が、ここで初めて冷静な状態に戻る。
(今私…ガイナールを殺す…って…?)
数瞬前に自分の考えていたことに、ティアは困惑する。
これはただの模擬戦だ。
失敗はそのまま自分の死につながることはないし、相手の生がそのまま自分の死につながることもない。
何より、相手は仲間であるガイナールだ。
そのガイナールを、数瞬前まで本気で殺そうとしていたことに困惑を覚える。
そして、今冷静に戻れていなかったらガイナールを殺してしまっていたという事実に、心の底から恐怖した。
(私は…やっと手に入れた仲間を…殺そうとしていたの…?)
思考の停止は、行動の停止を意味する。
今の状況に置いて、その隙は当然致命傷となりえる。
障壁を突破したガイナールの拳が、ティアの顔をかすめる。
「さすがに殴るわけにはいかねぇからな、これで俺の勝ちだ」
「そうね…ガイナールの勝ち…私の負け…」
ティアの言葉を聞き、試合終了のコールが響いた時には、すでにティアの分身は消えさり瞳ももとの黄色に戻っていた。
「…。」
ティアは待機室にいた。
沈んだ表情で、部屋の隅で膝を抱えていた。
「ティア…」
待機室に現れたのは、リーシャだった。
ティアは顔を上げない。
他の者が見れば、試合に負けて落ち込んでいるのだろうと思い励ますだろう。
だがリーシャは知っていた。
チーム内でも、リーシャだけが知っていた。
ティアの過去を。
暗殺屋として育てられていた、ティアの過去を。
それゆえに、今のティアの状況を理解していた。
「ティア…あなた…ガイナールを殺そうとしたわね?」
「っっ!?」
ティアの表情が、恐怖に染まる。
過去の自分を捨てられていないことに、恐怖した。
仲間を殺そうとしていたことを再認識し、恐怖した。
そして、仲間を失うことに、恐怖した。
「リーシャ…わたしは…」
震えた声でつぶやくティアを、リーシャは優しく抱きしめる。
「私はここにいるよ、もう仲間を失うことはない。ずっといるから」
「ぅ…ぅ…」
リーシャの腕の中で、ティアは静かに泣いた。
変われていない自分の弱さに、抱きしめてくれるリーシャの温かさに、そしてまだ自分には仲間がいるという安堵に、ティアは泣き続けた。
チームの仲間のために、強くなろうという固い決意を胸に抱きながら。