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太陽信仰  作者: 七都
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[七話] 苦悩

「着いたよ。ここがあんた達にしばらく使ってもらう部屋だ」


 博士の部屋を出てから数分後、一つの扉の前で止まった。

 縄を解いてもらい、何時間かぶりに自由になった両手でドアを開ける。


「あはぁ……」


 見た瞬間、思わず感嘆が漏れた。

 ドアの先に、俺達を待っていたのは、ゆとりを持った快適空間がだった。

 調理器具類は置いていなさそうだが、テレビやベッドなどの、一般的な家具は一通り揃っており、何より寮の俺達の部屋の二倍程の面積がこの部屋にゆとり感を持たせていた。

 この部屋をそのまま寮に持ち帰りたいぐらいだ。


「…いいのか? こんな部屋使って?」

「別に構わない。余っているし、何よりお前らを捕虜のように扱う気はない。まあ、捕まえられている実感がほしければ監禁所で寝泊まりしてもいいけど?」

「…ここを使わせてもらいます」


 有無を言わせず、即答した。


「ここでのあんた達の生活だが、一応、施設内ならあんた達は自由に出入りできる。これも、あんた達を捕虜として扱いたくないのと、信頼からできていることだ。万が一、疑わしい行動を起こせば、残念だがコンクリートの床に寝てもらうしかなくなる」

「はい」


 起こす気は全くないが、一つ一つの行動には十分に注意を払おう……。

 信頼か……。

 ここに来て、聞くとは思わなかった。


「よし。それじゃあこれを渡す」


 俺の返事に一つ頷いたハンナは、俺に、小型電子タブレットが渡した。


「これにはこの施設の地図が入っている。なかなか広いから迷子にならないようにだ。簡単な通信機能もついているから、私に用がある時はこれを使ってくれ。飯は三食。ここへ持ってくる。まあ、2週間程で解放してやれるから、それまで辛抱してくれ…」


 ハンナは苦そうな顔で二週間と言った。

 二週間後……本当に俺達は解放されるんだろうか?


 説明が終わったところで、カードキーを渡された。

 印刷されているQRコードで解除するタイプだ。


「それじゃあ…後でな」


 本当に部屋の説明だけだったらしい。

 ハンナは、後ろを向き、ドアへと向かう。


「ハンナ!」


  その声に、ハンナの足がドアの手前で止まる。

 呼び止めたのは、俺だ。

 呼び止めた訳は、聞きたいことがあったからだ。


「俺達をここへ連れてきた、あの娘のことを、教えてくれないか…?」


 政府に追われ、俺達を誘拐した黒髪の少女。

 ここらで、正体を聞いておかないといけない。


 ……と言ったのはいいが、ハンナがそう安々教えてくれるかは微妙だ。

 自分達を襲った相手の事を知ると、感情変化が起こって襲う可能性もあるだろう。

 でも、俺達が為す術無く速攻無力化され、エフが首を絞められた相手を襲う気は毛頭ない。

 襲ったらまた気絶させられるのが、関の山だ。

 襲いたくもない。


 少しの間が空いた後、ハンナの声が聞こえてきた。


「……あの娘の名は…ミナ・ルシア。…お前らと同年代だ」


 唐突の質問だったが、答えてくれるようだ。

 だが、明るい声ではない。


「あの娘は、同じ東密集地区内でも、違うドームの太陽信仰者のグループだった…。だが、あんた達も知っていると思うが、そのグループは治安官に襲撃されて、逃走。結果、ミナだけがここへたどり着いた。

 そして、逃げている最中に、仲間が一人政府に捕まっている。その一緒に逃げてきた仲間は、ミナの親友とも言える幼馴染だった。だから、彼女は焦っている」

「……ん? 友達が捕まって焦るのは分かりますが、なぜ、あれだけ目の色を変えているのですか? 長くても何年か経てば、釈放されて帰って来るでしょう?」

「捕まった太陽信仰者は……帰ってこない」

「……殺人でもやったんですか?」

「そんな事、あたし達がやるわけないでしょ! 有罪でも、無罪でも関係なく、あたし達は捕まったら殺されるんだよ、政府に!」


 ハンナの張り上げた声が部屋に反響する。


 有罪でも、無罪でも殺される…?

 聞き返したかったが、背中越しに伝わる剣幕に圧倒され、口をパクパクしただけだった。

 ハンナは続ける。


「太陽信仰者は捕まったら最後、罪の有無を問わず絞首刑にされる。

 あの捕まった皆が、刑を執行されるのも時間の問題だ。

 だから今、ミナにはさまざまな感情が圧し掛かっている。だから、顔を少し見られただけであんた達をここに連れてきたのも、イェフの言葉に敏感に反応したのもそのせいだと思う…。許してやってくれ……」


 …何も言い返せなかった。

 頭に言葉が浮かばない。

 知らないことばかり……その上に「死」と言う言葉が重くのしかかる。

 学校でも、メディアでも、ネットでも、こんな事実はなかった。

 今まで信じていた、太陽信仰者の情報が嘘ばかり。

 どうなっているんだ……。


「博士に…」


 こんがらがる頭の中に、ハンナの声が聞こえる。

 そして、背を向けたまま、こちらへ語りかける。


「…博士に渡された作戦概要……。あれは逮捕されている無実の太陽信仰者を出す作戦なんだ…。これは近々実行される予定だった。

 だが、今回の一斉逮捕で、今回の作戦の要だった、あんた達ぐらいの年の仲間も捕まってしまった。ここのグループにはあんた達ぐらいの年齢の仲間もいない。だから今、ここにいる仲間は皆、焦っているんだ。あんな博士でもな……。

 ……ミナがあんた達を連れて来た時、まさかと思った。それと同時に

図々しいが嬉しくも思った。やってくれるんじゃないかと。

 一般人を巻き込むのは、あたし達にとっても気が引けるし、出来ることなら巻き込みたくない。でも、今となっては、あんた達にしか頼める人がいないんだ……」


 ハンナはこちらを見る。

 その瞳は少し潤んでいる。


「頼む……、あたし達に…、ミナに…、少し、力を貸してくれないか……この通りだ」


 ハンナは頭を下げる。


 協力……テロ組織に…?

 でも、テロはしてないと言う。

 それどころか、誘拐はしたものの、こんなに優しくしてくれる。

 ……でも、協力して捕まりでもすれば、絞首刑。

 何をするかも分からない。

 どうするんだ…?

 俺はどうしたいんだ…?


「…俺達には関係ない」


 答えが出た。

 でも、言い切ったのは俺ではない。

 エフだ。


「そう…だよね……。すまないね……色々とあんた達を巻き込んでしまって…。いつもの日常に戻ったら、今までのことは忘れてくれ…」


 最後に、謝罪の言葉だけ残し、出て行った。

 何も言えなかった無力さと、答えの出せない自分への嫌気が、事の重大さの重みを、俺に初めて実感させた。


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