[六話] 博士
殺風景な廊下を三人で歩く。
今の状態は傍から見ると、ハンナが治安官、手首を縛られている俺達は罪人だ。
しかし、ハンナが連行らしい行動をしてないので、場の雰囲気はそれほど重重しくない。
手首を縄で縛られていなかったら、普通に三人で廊下を歩いている姿となっただろう。
「俺達をどこへ連れて行く気だよ!」
連れられるというより付いて行っているエフが問う。
「あたし達の博士の所だ。お前達に興味があるらしい」
「何にもされないんだな?」
「あんたは用心深すぎる。もう少しあたし達を信用しな」
「そんなの…信じられるかよ……」
エフはさっきからずっとこの調子である。
付き合いが少しばかり長いので分かるが、エフは一度決めつけたことに対しては、頑固すぎることがある。サッカーチームがいい例だ。
ちなみに、ハンナはエフの生徒手帳も持っていたので、自己紹介は俺と同じ調子で終わった。
まあ、そのせいでエフの罵倒の回数は増えたが……。
「ほら、着いたよ」
廊下の突き当たりに着いた。
前には頑丈そうなドアがある。
横には指紋認証及びパスワード入力キーがある。
ハンナはそこを……無視し、平然と部屋へ入った。
……スルーかよ。何の為にあるんだ?
心の中ではずっこけている自分がいる中、ハンナの後に続いた。
訳の分からない電子機器…大量のパソコン…床、机の空きスペースに山積みにされた書類…床を覆い尽くすように伸びたさまざまな色のケーブルの数々……。
入った瞬間、目の前に広がったのは、それらがひしめき合っている光景だった。
中央を中心に、何台か並べてある、業務用っぽい灰色のデスクの上には、パソコンが数台乗っている。
そのパソコンも、現在主流となっている薄型、折りたたみ式、電子キーボードのタイプではなく、大型、持ち運び不可、三次元キーボードの旧型の為、場所をとり、その空きスペースにも書類などが山積みにされてあるので、デスクが悲鳴をあげているようだった。
旧型の大型パソコンは、今では一部の機械マニアしか持っていないと聞いていたが、ここには見える限り5台が稼働していた。
「博士~連れてきたぞ~」
ハンナが叫ぶが、博士の姿は見えない。
もしかして、耳が遠いのか?
それならやっぱり老人か?
ハンナは叫びながら、大惨事ともいえる部屋を躊躇なく進んでいく。
俺もその後に付いて行ったが、5歩、足を進めた時点で、3回はコードに足を引っ掛けそうになった。
「お~い、博士。どこだ~?」
「うるさいな~聞こえてるよ!」
やっと返答が聞こえ、一台のパソコンの陰から、白衣を着た人がこちらへ向かってきた。
「遅いのよ。いったい何してっ――」
……こけた。
盛大に転んだ。
その足下にはコードが伸びている。
「あ~あ。だからあれほど片づけろって言っただろ。博士?」
「コードが一ミリずれてたの! ずれていなかったらこのような事にはなってない!」
子どものような言い訳をしている、白衣を着た子ども……。
容姿は一応博士らしく白衣だが、顔からして女の子で、その一応の白衣も3回りぐらい大きいものである為、袖が何回かおられており、下の方は少し引きずっている。
見た所、決して白衣が大きいサイズと言う訳ではなく、博士の体格が標準以下だからそういうことになっている。
顔つきからして十代は過ぎていると思うが……こいつが博士?
「あ……え~、コホンッ。お前達が連れてこられた一般人か。わしの名はディアナ・アンダーソン。どう呼んでくれたって構わんが、大体の人からは博士と呼ばれる」
胸を張り、自信に満ちた自己紹介をする。さっき盛大にこけたことが嘘みたいだ。
しかし、隣に背が高いハンナが立っているせいで、子どもにしか見えない……。
「俺は……トオル・カンナギ」
「……」
「こっちはイェフ・ブルーメ」
エフは黙ったままだったので、俺が変わりに言う。
まだ、警戒を解いてないらしい。
まあ、無理もない。
……俺がノー天気すぎるだけかもしれないが。
「カンナギくんにブルーメくんだな。うむ、これからよろしく」
握手を求めてきたので手首を拘束されたまま一応した。手が小さかった。
隣でエフも渋々とやっている。
「ところでミナは?」
「ああ、少し気が立っていてね。多分、自分の部屋じゃないかな?」
「そうか……まあ、仕方ないか。ミナも一緒にこの場にいてほしかったが……まあいい。そうだ、先にお前達だけに渡しておく」
そう言い、博士は近くの机の引き出しを探る。
そして、持ってきたのは冊子だった。 それを俺とエフに一部ずつ渡す。
「……何ですか? これ?」
表紙には「大救出作戦!」とだけ大きく書かれており…
「今回の作戦概要だ」
笑顔で言う。
「「「…えっ?」」」
同じタイミングで、同じ言葉が、博士以外の三人から出た。
「お、おい、博士。こいつら太陽信仰者じゃ…」
「分かっている。分かっている。学生さんだろ? もう学校のパソコンにハックして、帰省の為の無期限欠席を2人とも申し出ていることになっているから、そっちの方の心配は……」
「ふざけんなっ! やっぱり利用する気じゃねーか! お前らの手伝いなんてしねえ! 早く帰せよ!」
今にも博士にボディいタックルをしそうになったエフを両腕でなんとか抑制する。
「落ち着けエフ。博士? この2人はただ捕らえているだけの一般人だよ? そんな奴らをあたし達の問題に巻き込むなんて聞いていないよ!」
「……えっ? えぇっと……ミナが…救出の手助けの為につれてきた…ボランティアじゃないの?」
博士の声がどんどん小さくなる。
「俺達は急に気絶させられて、無理やり連れてこられたんだ!」
エフが正解を言う。
「えっ、えっと…あ~。だって……。わしの早とちりだった…。すまん」
最後には呟くような声になり、俯いた。
下を向く博士の目は少し充血している。
女の子を泣かせるのはあまり気持ちのいいものじゃないが、無期限欠席って……洒落にならないぞ……。
「わしからは以上だ…。あとは好きにしていいよ…」
半分鼻声で、すっかりテンションの下がってしまった博士は、最初操作していたパソコンへと戻った。
どうしたらいいか分からずハンナの方を見ると、
「…まあ、そんなに気にしなくていいよ。実験が失敗した後とかはいつもああだから…。時間が立てば治るよ。次はあんた達の部屋でも行こうか」
こうして博士の研究室を後にした。