[五話] 偽り
「ん……」
目を開けようとすると、瞼の隙間から光が入る。
目が慣れてなかったのでもう一度閉じた。
……あれ?…エフと帰って……その後どうしたっけ?
記憶を辿ったが、寮に着いた覚えはないし、寝た覚えもない。
だが現実は瞼を閉じている。
まあ、まず現状把握。
……あ、あれ? 体が動かない……。
異常に気づき、命令拒否している瞼を、無理やりこじ開けた。
俺の体は椅子に縄で固定されていた。
確認の為、体の各パーツを順に動かしたが、全て固く縛られており取れる気配が全くない。
何の作用かは知らないが、その情報でなぜ自分がこういう状況に置かれているか大体思い出した。
だが、思い出したところで今の自分にはどうすることもできなかった。
辺りを見渡すと、ドアが俺の正面にあるだけのさほど広くない部屋だ。
家具は一切なく、唯一あるものは俺を除くと隣にある一脚の椅子で、そこにエフが俺と同じように縛り付けられている。
エフはさっきから項垂れているだけだ。
まだ気絶しているのだろう。
「おい、おい! エ―」
「お目覚めのようだね」
ドアが急に開き、女の声が狭い部屋に反響した。
「案外大人しく座っているじゃない」
開いたドアから入ってきたのは、褐色の肌をした、背の高い女性だった。
「気分はどうだい?」
「ここはどこだ! 俺達に何をする気だ!」
女性はこちらに向かってきて、平和的な質問をしてきたが、こっちはそんな質問に返答できるほどノー天気ではなかった。
「質問を質問で返すって…あんた、自分の今の状況分かって言ってる?」
その質問には黙るしかなかった。
「次は黙るか……。こういうときは隠し事がない限り、ちゃんと正直でいないと…命、削るよ? トオル・カンナギ君。」
女性が笑顔で言う。
何で俺の名前を…?
みるみる血の気が引いて行くのが自分でも分かった。
相手がテロ行為もしていることも考えて言動はするべきだった……
「なーんてね。嘘だよ。そんなに青ざめるないでよ。私たちがそんな残虐非道な行為をする訳がないでしょ?」
……完全に思考が固まった。
「まあ、いいや。こうなったのはこっちの責任だし、仕方ないからあんたの質問に答えてやるよ。
ここはどこなのかは、流石にあんたには言えない。あんた達の素性が分からないからね。
次にあんた達をどうするか? 上の人の決断がどうなるか分からないけど、取りあえず命の安全は保障するよ。あのこが来るまではここから動かすことは出来ないけど、今後とも故意的な危害は加えないのは約束する」
「……本当か?」
「あんたを騙しても何の得にもならないよ」
あきれ顔で言われ、また黙るしかなかった。
「ハンナ・ヴェルバン…」
「……?」
「ハンナ・ヴェルバン! あたしの名前。覚えておいて損はないだろう?」
いきなりの自己紹介で少し戸惑ったが理解はできた。
「俺は……」
「ああ、いいよ、いいよ。第三学業区 アトゥム高校 二年一組 トオル・カンナギ君」
「さっきから、なんで俺の名前を…?」
「え? あぁ、これだよ。少し拝借させて貰った」
そう言い、ハンナと言う太陽信仰者はポケットから何かを出した。
それは俺の学生手帳だった。
「あんたに返したいが……今の状態じゃ無理だねぇ。もう少し待っててくれる?」
俺がゆっくり頷くと、ハンナは すまないね と言い、学生手帳を再度ポケットに入れ直した。
……こいつは本当に太陽信仰者なのか?
女なのはともかく、黒の目出し帽とか……脅す道具とか……持っているものじゃないのか?
テロリスト……だろ…?
俺のハンナについての考察はドアが開く音によって消えた。
なぜなら、ドアの向こうに立っていたのは、俺らを気絶させた張本人だったからだ。
「お、お前は――」
うまく口が動かない。
声も思ったより出ない。
……恐怖?
そんな……女子に…?
「やっと来たかい。こいつらをどうするんだい?」
「連行する。手首以外の縄をほどいて」
「りょーかい」
少女に命令され、ハンナが俺の縄をほどこうとした時、
「ん……」
エフが微かに動いた。
どうやら意識が戻ったらしい。
「あら、そっちのお客もようやくお目覚めのようだね」
俺と違い、初めて聞くその声にエフはすぐさま反応した。
「ト…トオルに何をする気だ!」
状況判断が早いし、現実はそれらしいが、情報不足のおかげで間違った結論を信じてしまったらしい。
「何って…縄をほどいてやっているんだが?」
「どこへ連れて行く気だ!」
「まあ、連れていくんだが……お前がどんなこと思っているかは知らないが危害は加えない…待ってろ。お前の縄もすぐほどく」
「そう言っときながら政府に対しての囮か何かに利用する気だろ! 太陽信仰者の言葉なんか信じられるか!」
小部屋に沈黙が流れる。
しかし、沈黙は長くは続かなかった。
「…なんで太陽信仰者の言葉は信じられないの?」
今まで、ドア口から一歩も動いてなかった少女がゆっくりエフへと近づく。
「そんなもん! 世の中に犯罪しか残してないテロリストに本当なんてあるか! サッカースタジアムを爆破するような、そんな残虐非道な奴らなッ――」
そこでエフの言葉は止まった。
同時にイスに縛られたまま後ろへと倒れる。
少女は倒れたエフへと馬乗りになり、その両手はエフの首を掴んでいる。
「……おまえらが…お前ら一般人が……そう言った間違った考えを持たされているから…私達は! ロアナは!」
少女の両手に力がこもっていく。
エフの顔がみるみる歪み、うめき声も小さくなっていく。
「ミナッ!」
その言葉によって手が離される。見るからに苦しそうにエフが咳込む。
少女はゆっくりと立ち上がり、出口へと向かう。
「……博士の所へ」
それだけ言い残し、少女は部屋を出て言った。
「大丈夫かい? すまない……あの娘にもいろいろあってね……」
エフの縄をほどきながら、ハンナが謝罪する。
「だけどね……これだけはお覚えておいてほしい。あたし達はあんなテロ行為はしないし、メディアに流されているテロ行為の大半はした覚えはない」
ハンナは俺を見るわけでも、エフを見るわけでもなく、そう呟いた。
「じゃあ……お前らは一体…何なんだ…」
エフは顔を歪めながらも質問を返した。
「あたし達は……太陽信仰者だ」
ハンナはエフに顔を合わせることもなく、そのまま縄をほどく作業を続けた。