[二話]下校
今日の授業も終わり、卵達が参考書片手に、教室を出ていくのを横目で見送る。
俺は机の上に広がる教材も片付けず、ただ、自分の席で、ぼ~っとしている。
「お~い、トオル! 何してんだ? 早く帰ろうぜ~」
クラスに残っている生徒が、俺を合わせ二、三名になった頃、俺の名前がクラスに響いた。
声のした、教室のドアの方を見ると、案の定、イェフ・ブルーメがこちらに視線を送っていた。
イェフは、俺とルームシェアをしている、数多くない友達の一人だ。
『純粋なドイツ人の家系だ』と、本人は言っているが、実際、綺麗な黒髪のおかげで、日本人には見えるが、ドイツ人には見えない。
「なんだ、その憐れむような目は? もしかして、また、強制補習か? どうしようもないやつだな」
「今日はないよ、エフ。少しそこで、待っていてくれ。すぐに準備する」
「早くしろよ。特進クラス様」
エフの冗談混じりの皮肉を聞き流しながら、机の上の、教科書用大型電子タブレットを、デザイン性の無い通学カバンに入れる。
なぜ、服装は私服なのに、カバンだけを統一するのは、入学して二年間、未だ謎のままだ。
「まだかよ~」
「待ってくれ。今行く」
エフの催促に、返答を返し、後ろのロッカーを確認してから、教室を出た。
教室を出ると、エフと一人の女子生徒が近づいてくる。
「トオル。遅いよ?」
「ああ、リタもいたのか」
「いたら何か悪いの?」
今、エフの腕を抱きながら、こちらに向かって頬を膨らましている金髪サイドテールは、リタ・ラフォンだ。
俺達より一学年下だが、相変わらずラブラブなようだ。
そういえば、今日は週に一回の一緒に下校する日だったか……。
あちらは何も思っていないようだが、ガールフレンドの一人作れない俺にとっては、正直見ているのがつらい。
……べつに羨ましいというわけではない。
羨ましくはない…絶対……。
「ほらほら、早く帰るぞ」
エフに言われ、その場は収まる。
まあ、いつものことだ。
そして、いつも通り三人で歩き出した。
廊下の脇でだべっている女子や男子の集団を横目に見ながら、話に華を咲かせているエフとリタの、すぐ後ろを歩く。
すごく居心地が悪いが、仕方がない。
リタも加えての下校が始まった頃に、『俺、邪魔じゃないか?』と、エフに言ったが、『大人数で帰った方が楽しい』と、返されてから半強制的に連行状態が続いている。
いろんな意味でこっちの身にもなってほしい。
「おい、トオル。何かしんどそうだな?どうせ、また授業中寝ていただろ?」
エフが振り返りに言う。
外れてはいない。
お前達も原因に含まれるが……。
「そう見えるか? まあ、正解だけどな」
「トオルはそんな所がダメなのよ! トオルぐらいのルックスで、特進クラスの上位だったら絶対にモテモテなのに! まあ、イェフには敵わないけどねっ!」
リタさん。フォローを入れてくれるのはありがたいですけど、好きな男子の腕にしっかりと抱きついている女子に言われてもかえって傷口が広がるだけです。はい。
そうされたエフも、止めろよ、とは言っているものの、満更嫌そうでもないし…。
はいはい、ラブラブでなにより……。
◆
そんな感じで、いつも通り廊下を進んでいるうちに、エレベーターホールに着いた。
俺達の学校があるこの区、第三学業区の全体を覆うトンネル状の壁、その側壁を這うように幾つもの大型エレベーターが行き交っている。
昔のエレベーターというとだいたいが上下移動だったらしいが、このエレベーターはレールが敷かれている限り、縦横無尽に動く。
昔のもので言うと、資料で見たモノレールに近いのかもしれない。
このエレベーターは区内での移動手段だ。
区内での移動手段として使えるのは、エレベーターの他に車がある。
しかし、道路と面積が狭く、立体道路も通ってない上に、学生の割合が区内の約七割のここでは車は無縁の長物となっている。
それに、エレベーターは学生証か、出身証明書の提示で無償になるので、金のない学生にとってはエレベーターを使う方が都合がいい。
普通、学校には中央エレベーターホール行きのエレベーターしかないのだが、俺達の高校は少し名の知れた高校で生徒数も多いため、専用のエレベーターホールが作られている。
このおかげで、中央エレベーターホールを一回経由してから寮に行かなくても、そのまま直で行ける。
ちなみに、ここからは、中央エレベーターホール、男子寮、女子寮、商業エリアの四箇所に行ける。
時間も時間なので、エレベーターホール内は帰宅の生徒でごった返している。
正直鬱陶しい。
でも、やっとこの拷問から解放されると思うと少し気が軽くなったが、着くや否やのリタの一言。
「今からショッピング行こうよ!」
その一言で、軽くなるどころか、よけいに重くなった。
無論エフは賛成。
対し、もちろん俺は反対。
と言っても、口に出して言うと確実に反対に反対されて強制連行されるのは目に見えている。
そういうことで、昔、日本人の血が通っている俺とは縁もゆかりもない祖国日本にあったという忍び足を実践してみる。
俺は男子寮行きのエレベーターに乗るん――
腕を掴まれる。
振り返ると、笑顔のリタ。
こちらも笑い返すが、掴まれた腕はびくともしなかった。
リタの力が強いのか、俺の力が弱いのか…。
後者か両方だろうな……。
「トオルも!」
そして、俺は笑顔の二人に引っ張られ商業エリア行きのエレベーターへ連行された。
◆
学業区と言っても、学校ばかり建ち並んでいるわけではない。
人がたくさん集まる場所には必ず消費が生まれる。
需要があるなら供給する。
昔からか続いてきた商売の原則だ。
まあ、これによって消費と生産が起こり、繰り返され、社会がまわる。
だが今、俺ははその原則を恨む。
「ねえねえ、これかわいくない?」
「こっちも良くないか?」
中が良さそうな男女が、ラブラブしながら、俺の目の前でストラップを選んでいる。
まあ、どう考えてもエフとリタだ。
結局、連行され洋服店などを転々とした結果、雑貨店へと落ち着いた。
ここは、最近出来た店だが、立地が良く、第三学業区を二分割するように通る唯一の道路に面接するビルの一等地に建っている上、中央エレベーターホールも比較的近い位置にあるおかげか、開店間もなくトレンド雑誌に掲載されるようになった店だ。
人気の秘訣は他にもあり、種類の豊富さや、流行物の取り入れの早さで、ここの区の消費の要ともいえる学生層をがっちり捉えている。
名前は確か……シークレットガーデン。
まあ、いいんじゃないか?
そして、彼女も金もない手持ちぶさたな俺は、適当に最新のイヤホンを見ている。
今一番売れているのはピアス型イヤホン……か、まあ、女子がするものだろうなぁ…。
そんな感じで、しばらくぼんやり物色しているとエフとリタが寄ってきた。
手には紙袋を持っている。
買い終わったようだ。
「やっと選び終わったか」
「待たせたな」
「ごめん、ごめ~ん」
二人あわせて笑顔。
罪悪感は微塵もないようだが……まあいいか。
「結局、何買ったんだ?」
待たされたのだから、一応聞いておく。
「お揃いでこれ買ったの! いいでしょ~」
そういって二人がストラップを見せる。
エフは青、リタはピンクのサッカーボール……
遠目から見ればそうなるが、よく見てみると、楕円形の鼻と短い足が四本付いて豚になっている。
豚の背には、それぞれのイニシャルJとRが刻まれており、青にはRピンクにはJとお互いのイニシャルを刻んでいる。
「ほんと、お前ら仲良いな」
本心だから言っておく。
その言葉に対して、二人は顔を合わせて笑う。
幸せそうで何より。
「少し腹減ったし、フードコート行くか」
「いいね! それ」
俺はタブレット式の携帯を見る。
現在四時半……夕食は七時半だからちょうどいいか。
「いいよ、行こう」
「よし! 決まりだ」
そして、俺達は近場のエスカレーターへ急いだ。
◆
フードコートはこのビルの屋上にある
屋外となっているため太陽の光が直に降り注ぐ。
夏なら暑かっただろうが、幸い今は春だ。
このビル自体が大きい為、屋上も自然と広くなる。
ここではその広さを生かして、草木を植えたり、噴水を作ったりして、ちょっとした自然公園のようになっている。
そして、その木々の合間や、噴水近くに店が立ち並ぶ。
もちろん、フードコートと呼ばれているだけはあり、その店のほとんどがファストフード系の飲食店である。
「おいし~い!」
「噂には聞いてたが、うまいなぁ! なあ、トオル?」
「おう、美味しい」
迷ったあげく、俺らは今ドーナツを食べている。
でも、ただのドーナツではない。
中に空洞を作った輪型のドーナツの中に、タピオカ入りの溶けないソフトクリームが入っている。
揚げたてのドーナツに、冷たいクリームと、もちもちとしたタピオカの触感がたまらない。
その上、アイスが溶けないので手が汚れないところも良い。
少し前に話題になったが、少し並んだことを考えると、まだまだ人気は続いているらしい。
味としては並んだだけはあってうまかった。
隣では、リタがエフの頬についたクリームをとっている。
ほんと、絵に描いたようなカップルだな……。
思い返してみると、二人の出会いも絵に描いたようだった。
前の人のキャンセルにより偶然取れたスタジアムの指定席。
出会いは観覧席。
隣で熱心に応援していた女子と意気投合、二人揃って一目惚れ……。
そして終いには高校が同じときた。
……世の中分からないもんだ。
そういうわけで、2人を繋ぎ、こんなに仲良くさせたともいえる共通の趣味と言うのがサッカー観戦だ。
さっき買ったストラップでも見られるように、二人とも大がつく程熱狂している。
そして、数多くあるサッカーチームの中で、取り分け応援しているのが…
「明日はどこと試合するんだ? イースト=メンズは?」
イースト=メンズ。
強豪チーム……とまではいかないが毎年、三、四位にはランクインしてくるチームだ。
理由は知らないが、エフとリタはそこに全力の応援を注いでいる。
「フラン=クラウンとだ。 最近、あのチームに負けっぱなしだからな。今日こそお灸をすえないとな!」
「大丈夫! 私が応援するもん!」
「リタ! 俺の分まで応援頼むな!」
「うん!」
……燃えてるね。
エフが試合を見に行けない分、リタの気合いの入り方が違う。
おお、熱い、熱い。
元々、明日は休日なので本当はエフも一緒に行ける予定だった。
しかし二週間前、あの社会の中年男教師から突如告げられた、社会見学byパイプライン建設記念館 によってその予定は潰れた。
このことを聞かされた日のエフは、一日中『あのハゲおやじ』って連呼してたっけ?
ちなみに、この見学は第二学年だけなので、一年下のリタは影響を受けなかった。
結局食べている間はエフとリタのサッカー魂に火が付き、太陽の色が変わるまで今後のイースト=メンズについて討論していた。
◆
「さすがに帰宅ラッシュか……」
中央エレベーターホールは案の定人で溢れている。
その中で俺とエフは帰宅するリタを見送っている。
「それじゃあまた、明日ね!」
「おう! 明日楽しんでこいよ!」
「うん! 絶対イースト=メンズを勝たせてくる!」
そう笑顔で言い、前に並んでいた人混みと共に女子寮行きのエレベーターに乗る。
中から笑顔で手を降っているのでエフと一緒に振り返す。
出発口に設置された信号が青に変わり、エレベーターは動き出した。
強化ガラス張りのエレベーター越しからまだ、リタは手を振っていた。
しかし、すぐに見えなくなった。
確か、エレベーターの最高時速は三十キロだったか? なかなか早い。
「俺達も帰るとしますか」
エフに言われ、俺達は男子寮行きのエレベーターの列へと向かう。
乗り場の手前にあるスキャナーに学生証をかざし、エレベーターを待つ。
何分か待つかと思ったが、思いのほかすぐに来た。それに乗る。
俺たちを含む帰宅生達が乗り込むと、すぐにドアが閉まり動き出した。
加速によるGが体にかかり、すぐにその感覚は消える。
何度も乗っているが、どうもこの感覚は嫌いだ。
なんと言うか、股がこう……。
そんな俺の感情を上の空で、エレベーターはエレベーターホールを出た。
大型エレベーター側面のほとんどがガラス張りとなっているため、茜色から暗色にだんだんと変わっていく区のビル群を見渡すことができる。
なかなかロマンチックで綺麗だ。
しかし、各エレベーターホールが、大体高層ビルの中核にある為、それらを繋ぐため、地上よりも大分高いところを行き来している。
そのため高所恐怖症の人にとっては拷問ような移動手段である。
幸い、俺もエフも高所恐怖症ではないので、何も心配せず区の素晴らしい景色を一望出来る。
……見飽きたが。
「明日は記念すべき日だって言うのに、ほんとついてないな……」
「記念すべき日?」
「忘れたのか? 明日は俺とリタが出会ってちょうど一年だぜ? それなのによぉ…」
もう一年経つのか……エフには申し訳ないが興味がない
「はぁ……俺も行きたかったな……」
ふてくされた顔でエフが呟く。
「エフ。明日休むなんて言わないよな?」
「……休むかよ。休んでやりたいところだが……」
そう言い、深いため息をつく。
俺には無縁な悩みだ。
でも、もし俺が、エフの立場だったら多分同じように休みたいと思う。
でも、休めない。
通常授業ならともかく郊外学習の場合、休むとその学習に関係する教科の単位がごっそり落とされるからだ。
理不尽だが仕方ない。
噂では、過去に大金をかけた郊外学習に、単位が取れればそれでいい奴らが集団欠席したせいらしい。
まあ、俺らもそいつらと考えは似たり寄ったりだが、それでもはた迷惑な話だ。
「まあ、元気出せって。次の代休にでもリタと一緒に行けよ。」
「けどよぉ」
そんな感じでエフを慰めていると、ドアが開いた。寮に着いたようだ。
携帯を見ると現在七時。
腹の減り具合から見てこのまま食堂に直行したいが、少し早い。
仕方なくまず自分達の部屋へと向かうことにした。
途中、食堂の横を通る。
食堂の入り口にあるメニュー表を横目で見る。
今日の晩飯は照り焼きチキンだった。期待十分!
エフをずっと慰めているのも何なので、明日のサッカーの話に話題を変え、エフのサッカー愛を再確認した頃、 俺らの部屋に到着した。
いつものように「421」と記されたドアに、鍵代わりのカードをスキャンし、中へ入る。
中はいつも通り、女の子を呼べるか呼べないかの瀬戸際の汚さを保っており、一瞬にして男部屋と分かる。
わずかにある家具は、二人分のイスと机、一台のテレビと、二人分の勉強机、小型の冷蔵庫一台、二段ベッドといったところだ。
それらは、脱ぎ散らかした俺や、エフの服でところどころ装飾されている。
二人とも掃除はすきではない。
「夕飯まだか~腹減ったな~」
エフは帰るなり、通学カバンを勉強机へと置き、イスへドスンと座り天井へ顔を向ける。
俺はテレビをつける。
特に理由はない、何となくだ。
電源をつけた瞬間ついたのは、この時間帯で唯一やっているニュース番組「ラインカヴァー」だった。
“「――続いてのニュースです。第二商業区内で、第一学業区メティア高校三年 セリア・シュウさんが昨日から行方不明となっております。
セリアさんは昨日四時頃、友人別れた後から行方が分からなくなっており、本人との連絡も取れない状況が続いているため、政府はこれを誘拐事件の可能性も踏まえて、治安隊による捜索を強化する事にしました。
なお、この失踪事件によって、今年に入ってから少女失踪事件は六件目となりました。政府は他の五件の失踪事件もこの失踪事件と何らかの関連性があるとし、これまで以上に探索を強化すると共に、商業区、学業区での警備を厳重にするとこにしました。
なお、セリア・シュウさんの失踪時の姿は、黒髪に黒の瞳、緑のパーカーに、青のジーンズとなっています。もし、目撃した方は下に映っているLC688-599までアクセスよろしくお願いします」”
少女失踪……。
今年でもう六件目か。
一件目はかすかに覚えている。
確か日系人だったような……。
「怖いなー。女子ばかりだから俺達は大丈夫だが、リタが心配だな。それにしても、もし誘拐事件なら飛んだド変態だな」
エフがそう感想を述べながらチャンネルを変えた。
「そうだな」
テレビも変えられた所で考えは止まった。
エフが変えたチャンネルは「アクティブリポート」主ににスポーツ中継などをやっている番組だ。
今は、元サッカー監督が、現在のサッカーチームに対して毒舌混じりの解説をしている。
……興味がない
でも、選局権はエフが握っているので、仕方ない。
やることもないので通学カバンを枕にし床に寝転ぶ。
「俺は女…持っていないからなぁ」
呟くがエフには届かなかったらしい。
でも実際、そう言いながらも、俺は愛せる彼女がいるという事に対して嫉妬心は湧かなかった。
決してBLというわけではない。
でも、これを言ったら何か虚しくなるので、また心の中に伏せておく。
それより今はそういう欲より食欲が勝ってる。
現在七時十八分…夕食までもう少しだ……。
例え血反吐を吐くほど好きでも、女の子の誘拐 ダメ 絶対です。