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第11話〜20話

第10話までのあらすじ


 事故死だった浩一がふと目覚めたところは、そこはなんと産婦人科で、自分が今、母体から女として産まれてきたところだった。

 前世の記憶を持ったまま過ごす毎日の歯がゆさや、楽しみの中で、浩一(現世ではことみ)は、成長し続けてきた。

 そして保育園に入園して、いよいよ外界との接触。

 果たして彼(彼女)の生き方は今後どうなっていくのだろうか。。



第11話  成長著しいことみ


 月日が経ち、俺は年長組になっていた。

 赤ん坊の頃は言いたい言葉も言えず、かなりなストレスと共に生きてきた俺だが、もうすぐやっと小学1年生になろうとしているこの年頃になると、多少は年齢にそぐわないことを言っても『大人びた子供』『頭の良い子供』『将来、大出世する子供』という具合に大人たちから高く評価されるようになった。


 ついこの間、保育園の行事のおゆうぎ会でも、俺は牛若丸役で、自分で言うのもなんだが、来客の父兄たちに見事な立ち回りを見せ、喝采を浴びた。同年代の年長組にもランクの違いを見せ付けてしまったのには反省したが、わざとヘタな芝居をするのも苦手だし。。。

 まぁ万が一、天才少女として世間で注目でも浴びたら、TVや雑誌の取材が来るだろうから、俺んちにも出演料やら報酬が入ると美香も助かるだろうし、良しとしよう。

それにしても、俺が女の子なのに、あえて牛若丸役に抜擢したちひろ先生もたいしたもんだw


 それよりも俺がいまいち不満なのが、毎日のおやつだった。

 美香(母親)は俺にチョコレートとガムを禁止している。

 それでさえもこの俺の立場上、酒やたばこは我慢してるのに。。

 前世の俺と付きあってた美香の面影がなくなってきたようだ。

 まぁ、母子家庭だし、子供のしつけには特に厳しいのかもしれない。


 そんな中で、ごくたまに俺はじいさんと一緒に買い物に行くことがある。そのときは俺の好きなお菓子が自由に買えるのでチャンスだった。

 俺は辛いのもが大好きなので、ハバネロスナックを選んでも、じいさんはすぐ買ってくれる。俺は美香に見られないように、別部屋でそっと食べるのだ。

 でもさっき、ついに美香に見つかった。


「ことみ!!こ、こんな辛いものを食べてたなんて…ダメよ!まだ子供がこんなもの早過ぎるわ!」

「おいしいよ?ママにもあげるから。好きだったでしょ?」

「好きだった?」

「あ、いや・・ママも辛いもの好きそうだから…ママにも食べさせてあげようと思って…」

「もぉ〜!うまいこと言って!おじいちゃん、おじいちゃんてばっ!ことみにこんなの買わせたらダメよ!」


 隣の部屋にいたじいさんがやってきた。

「ええ?普通のお菓子じゃないのか?チョコレートじゃないからいいかと思ったが?」

「じゃ食べてみてよ。ほら」


じいさんはハバネロを無造作に手にとって口に運んだ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!(T□T)げほっ!げほっ!げほっ!ななんじゃこの食いもんはぁぁ〜!み、みみみ水、水水〜!」


 じいさんは一目散にキッチンへ走って行った。俺はおかしくてたまらず、笑い転げていた。

「もう、ことみったら。。その笑い方全然女の子らしくないわ」

「だって・・おじいちゃんが・・|* ̄m ̄)ノ彡☆ププププ!!バンバン!☆」

「ことみにはもっと早くからピアノでも習わせてあげたかったけど、うちの家計じゃ無理だったのよねぇ…はぁ〜」


 美香も最近ため息が特に多くなったようだ。

「ママ、ことみ1年生になったら女の子らしくするから!」

「ほんとにぃ?ママと約束できるぅ?」

「うん、絶対の絶対に約束するー!」

と、言っておけば美香も少しは気が楽になるだろう。


「じゃあ、ママがことみに可愛いお洋服たくさん選んであげるね!」

「ママお金だいじょうぶ?」

「ヘ( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ!・・・あんたが心配しなくていいのよっ!ほんとにこの子って子供らしくない鋭いこと言うんだから。。」



 いろいろあった保育園時代だったが、なんとか無難に切り抜けた俺は、4月に入り、ついに新1年生として小学校に通う日々を迎えたのだった。



 

第12話  新入学と家庭訪問


 新1年生になった俺は、数日前に母親の美香と一緒に、入学祝いをもらった親戚やご近所の家々に、お祝い返しをして廻った

 1件1件、顔見世挨拶するのは正直めんどくさい儀式だ。儀礼的な言葉のやりとりがわざとらしくて、大人の世界がアホらしく思える。


「あの・・うちのことみがこの度、無事に新入学致しましたのでお礼と言ってはなんですが・・これを・・」

 「んまぁ〜!そんな気を使わなくたっていいんでございますわよぉ。ことみちゃんも知らないうちこんなにに大きくなって」


 このように、どこの家を廻っても同じセリフのオンパレードだった。

 この言葉を鵜呑みにして、ほんとに気を使わなかったらとんでもないことになるのは衆知の事実だろう。

「あの家、お礼のひとつもなかったわよ。全く最近の若い人は、世の中の常識も知らない人ばっかりで・・これからが思いやられるわ」

と言った具合に聞こえてくるようだ。


 思いやられるのはこっちじゃボケ!このクソババァどもめ!


 そう心に思いつつも、俺は丁寧に1件1件テキパキと挨拶をした。

 なぜなら、その方が相手方も感心して、おやつをくれたりするからだ。

 この日は10件ほど、お礼返し用の調味料セットを持って廻ったが、帰り道はもらったお菓子でいっぱいになった。


 ちょろいもんだなw でもまぁ、子供でいるうちの特権だからな。


 俺はじいさんに買ってもらった新品の真っ赤なランドセルを背負って学校へ通っていた。服装も美香が選んだロリ系の可愛い洋服を着せられた。

 さすがにこっ恥ずかしくて抵抗はあったが、美香との約束もあるし、俺はフリフリのスカートを履かせられても我慢した。


 そういえば美香のやつ、昔からロリータファッションが好きだったんだよな。。


 4月の終り頃になると、家庭訪問が始まった。

 俺の家の順番は初日の4件目。

 うちの担任の先生は、36歳独身の小太りな男で、モテそうな感じではなかった。見た目はオタクっぽくて、家で人形の着せ替えでもしてそうな男に見えた。

 美香もこの担任は生理的に受付けしづらそうで、彼が座った位置から少しあとずさりして、腰をおろしたようだった。


 「あの・・お子さんはすごく優秀なようで・・他の子より1歩も2歩も進んでるようなんですが・・お宅ではどのような教育をなさってるんですか?」

 と、担任が気持ち悪い口調で言った。

 「は、はぁ…いえ別にうちは・・何にもしてあげてないんですけど?」

「それにしたって、ひらがなもカタカナもすいすい書いてるんですよ?新1年生とは思えませんよ」


 俺は担任がいる応接間の扉に、外から耳をくっつけて、成り行きを聞いていた。

「やっぱ字を書いたのがヤバかったな…」

 

「うちの子は私は言うのもなんですが、IQが高いように思えるんです。赤ちゃんのときからお風呂も喜んで泣かないし、2歳のときにはひとりでトイレも用を足してきたんです」

 「ホホゥ( ̄。 ̄*)それはすごい」


 よく覚えてるな美香のやつ。さすが母親だ。立って歩けるようになりゃ、いつまでも人にケツ拭いてもらいわけにもいかなかったからだよ。

 でも髪を洗うのはめんどくさいから、まだやってもらってるけどねw


と、俺はひとり自分の心の中で弁明しているのであったw


「でもですね、ことみがトイレに行けたことはびっくりしたんですけど、なんせ体が小さかったですから、洋式の便器の中におしりからハマってしまったことがありまして・・w」

と、美香は思い出し笑いしながら言った。


 ヘ( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ! そんなこと思い出させるなぁぁぁ〜!


 「お子さんは今のところ、非のうちどころがないくらい活発で、頭の回転も良いので、あとは友達がもう少し増えればいいと思うんですが・・」

「…え?ことみには友達がいないんですか?」

「いえね、全くってわけじゃないんですが、ことみちゃんはちょっとだけ、1匹狼的なところがありまして…」

「はい・・わかるような気がします。。」


 うん。当たりだ。俺も自分でそう思うぜw


「でも全然問題ありませんから、お母さんは気になさらずに」

「はい・・」

「じゃ僕はこれで。お邪魔しました」


 担任が席から立ったので、俺はサヨナラの挨拶しに部屋へ入っていった。

「先生お疲れ様でした」

「おう、いたのか。そうだな。また明日学校でな」

 そのとき美香が言った。

「先生、お茶でもいかが?」

「いえ・・まだ訪問がもう1件あるので・・」

「ママ、家庭訪問の先生ってあちこちでお茶飲んでるから、もうほとんどいらないかもしれないよ?」

「( ̄ー ̄; ヒヤリ」


 美香はたまに俺の顔を見ながら考え込んでいる。

 担任が帰ったあとも俺をじっと見つめていた。何か不安でもありそうな目だった。


 その日の夜、俺は先に寝かしつけられたが、夜中の12時ごろ、トイレに起きると、まだ部屋の灯りがあって、美香とじいさん、ばあさんたちがしんみりと話していた。




第13話   家族会議


「でもどうして、ことみはこうも男っぽいのかしら?」

 夜中の居間に、じいさんとばあさんと3人で、美香はため息まじりにこぼしていた。俺は扉の陰からそっと聞いていた。

 

 そんな中、じいさんは楽観的なセリフを言う。

「うーん。。まだ1年生だし、そんなに心配することはないんじゃないか?」

 続いてばあさん。

「自由奔放に育て過ぎたのかねぇ?別にお前がことみをほったらかしにしたってわけじゃないよ。あたしらから見ても、ことみはのびのび育って来たからねぇ」

「あたし、別に男言葉とか教えたわけでもないのにことみは平気でしゃべるし、たまにあたしのこと『美香』って呼び捨てにするし」

「生まれ持った性格かもしれんぞ」

「お父さんは何でもすぐ割り切れて考えられるからいいわね」

「言葉遣いってのは親が教えなくても保育園で覚えてくるからな。それにテレビ観てても影響されるだろうが」

「じゃお父さん、もうお笑い芸人の番組とかVシネマとか観ないでね!ことみもそばで一緒に観て『乱暴な言葉』をすぐ覚えてしまうから」

「お笑いネタは関係ないと思うがなぁ…」


 俺はそばで聞いていてショックだった。俺の大好きなバラエティ番組が禁止されるなんて!美香よ、もっと楽に考えろよ。思いつめるなよ。。


「中学生になれば、変わってくるんじゃない?体だって変化してくるんだし、好きな男子だってできるかもしれないでしょう?」

「お母さん、それがね。ことみってなんか…男の子に興味なさそうで。。」

「そりゃまだ1年生だもの」

「いえ、そうじゃなくて・・その・・女の子の方が好きみたいの」

「Σ('◇'*エェッ!?でもそれはお友達って意味で好きってことでしょ?」

「それが・・あたし保育園の先生から何度か聞いてたんだけど、ことみがいつも一緒に遊んでたミホちゃんとか、ゆりかちゃん、もえちゃんにキスしまくってたらしいの」


 ぬおっ!ヤバい…俺の行動バレてたのか。。

 ちくしょうめ…ちひろ先生チクリ魔だったのかぁ〜!


「キスなんてどこで覚えたのかしら?」

「お父さんがことみ可愛さにいつもペロペロ舐めてたから、覚えちゃったんじゃない?」


 んなわけないじゃんばあさん!そんなこと思い出したくもないぜ!じいさんの顔舐め攻撃には、吐き気や悪寒も我慢してるのによ。


「あたしが隣りに寝てるときだって・・知らないうちに胸をさわってるのよ」

「おっぱい飲みたいんじゃないか?w」

「お父さんっ!もうっ!」

「お父さんはほっといていいから。で、ことみはそんなことずっとしてるの?」

「たま〜にだけどね。でもその触り方が・・大人の触り方なの」

「??」

「えと・・あたしのおっぱいをもてあそんでるような感じ?強弱つけたり…あたしの着替えをじっと見てたり。。」

「ぶほっ!!」

 じいさんが飲んでいたお茶を噴出した。


「それはちょっと変わってるかもねぇ・・頭はかなりいいみたいだけど」

「そうなのよ。なんせ、ことみは人並み以上に学習能力が高いみたいなの。嬉しいことなんだろうけど・・でもなんか怖いわ」


 俺は自分が思っていた以上に、まわりが深刻なのに気が付いた。

 まだまだ、自重しなきゃなんないのか。年相応に行動するってのがこんなに難しいとは。。


 俺はこのときの美香たちの会話を聞いて反省し、少しは真面目になろうと決心して、休みの日曜日にはしっかり勉強することにした。

 だが、1年生で習うことなんて、ひらがなの書き方と数字の数え方くらいだ。俺は時間がたっぷりあるせいで、退屈しのぎに数字を1000までノートに順番に書いてしまった。

 しかも漢字の書き取りも、1年生では到底習わないものまで、思うがままに書き連ねてしまった。そしてこれがまた、俺のうかつな行動だったのに気づいたときにはもう遅かった。


 美香は電話していた。

「すいません。ことみの担任の先生のお宅ですか?日曜のお休みにすみません。ちょっとお聞きしたいことがありまして・・」

 美香の顔は真剣だった。

「1年生で習う漢字って、昔に比べて進みが早いんでしょうか?」

「いえ、むしろ難しい漢字はカットされてるくらいで、今はごく初歩の段階ですよ」

「じゃあ『新幹線』とか『小泉内閣』とか『徳川家康』っていう漢字は習ってないんですか?」

「あははははwwいきなりそんなの習うはずないでしょう!」

「そう・・ですよね。。変なこと聞いてすみません。先生」


 美香は早々に電話をきったが、思い悩んでいる面持ちは変わらなかった。俺はまたまた深く反省したが、美香の刺すような視線が来るだろうとあらかじめ予測していたので、電話を切る直前にたぬき寝入りをすることにした。

 俺は芝居をしながら目を閉じて横になっていたが、それでも美香の視線がそそがれているのを肌で感じた。


 美香がひとりごとを言った。

「浩一・・・この子には浩一が乗り移ってるのかしら?」




第14話 美香の困惑


浩一が乗り移っている。。


 美香からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。

俺は狸寝入りはしていたが、内心マジで度肝を抜かれていた。

 でも、だからといってどうなるだろう?

『はい、そうですよ。俺は浩一さ。よくわかったな美香。』

とか言えるはずもない。


 翌朝、俺は冷静になって考えてみた。

 美香がほんとにそう思っているのか?

 だとしたら、俺だってよっぽど事実を言いたい。

 でも事実を知った美香はそれからどうなる?幸せか?

 いや違う。悩み苦しむだけだ。我が子が、かつての恋人だなんて知れば想像もできないくらいのショックと、これから先の生き方も見出せるかわからなくなるだろう。


 生き方としては、俺の今後もそうだ。このまま中学、高校、大学は行かないまでも、社会人になって、俺はそのときどうすればいい?

 がむしゃらに仕事だけしてるつまらない人間になるだけか?

 まわりから結婚もせかされるだろうが、俺は絶対男となんか結婚しねぇからな!でも俺が女を好きになるってことは、世間的にはレズってことになるのか…

 美香が俺の正体を知ったとして、今の俺が将来、結婚するとしたらどういう心境になるんだろう?想像を絶することだ。。


 まぁいい、やっぱりしばらくは子供らしくしておこう。

 いらぬ波風は立てない方が、美香にとっても俺にとってもいいのだ。



 その年の秋、小学校に入学して初めての運動会がやってきた。

 どこの学校もそうだろうが、前日に入場行進からの総練習があった。

 俺は前世から徒競走は早い方なので、リハーサルでも楽しかった。

 だが、ダンスはダメだ。オクラホマミキサだなんて。。今の時代もやってるなんて信じられない!マイムマイムもかよっ!こっぱずかしくてできるか!上級生にやらせろ!

 とは思うものの、心とは裏腹に渋々やらざるを得なかった。


 本番ではダントツで俺は1等。先生から走り方が男だと言われたw

 美香も、じいさんやばあさんも感激して喜んでくれた。

 俺が1等になったら、じいさんが何でも好きなものを買ってくれると約束してたので、俺はパソコンを要求しようかと思っているのだが、多分無理だろうw


 本番でのオクラホマ──は最悪だった。気色の悪いガキ共が代わる代わる順番に手を繋いでくる。なんでやねんと思うくらいに、汗ばんでネッチョリした手…すかさず俺は相手の指先だけをつまむ。

 そんな中でも極めつけなのは、水っ鼻を拭いた手で俺と手を握ろうとしているクソガキだ。俺はそいつの手首をつかんでいた。よっぽどそのまま投げ飛ばそうと思ったが、思いとどまった。


 その後、学習発表会の時期が到来し、1年生は、各クラスからの選抜で、器楽演奏することになった。何をやっても優秀な俺は当然選ばれた。

 かつての前世時代、こんなに優遇されたことは全くなかった。


 人生をやり直すのもいいもんだw 復習しながら生きてるようなもんだしな。


 俺は木琴の担当になり、メインのソロの部分も任されて、そつなくこなした。元々高校時代、文化祭でドラムを叩いていた俺には造作もないことだった。

 発表会当日も、美香が来てムービーに収めてくれていた。

 美香はいい母親だ。仕事のかたわら、学校行事には必ず参加するし、お金もないのにこの日のために、わざわざ12回払いで、ビデオカメラを買ったし、ほんとに頭が下がる。こんな美香を悩ませたくはなかった。

 しかし、俺はまた、うかつなことをしてしまったのである。


 学習発表会が終って、みんなで音楽室に楽器を片付けに行ったときだった。俺は楽器の倉庫に初めて入って、真新しいドラムがあるのに気づいた。


 すげぇ…しばらく触ってもいないし…ちょっとだけ叩いてみっか


 そのちょっとだけ叩いた曲がまずかった。

 X−japanのYOSHIKIが叩く激しいサビのパート・・


 いきなりのドラムの大音量に、同学年生も先生も全員、仰天してしまった。悲鳴をあげる子もいた。


 あ・・やっぱまじかった・・;^_^A アセアセ・・・


 だが、まずかったのは、そればかりではなかった。

 美香がビデオカメラで撮影したまま、会場からこの音楽室までついてきていたのだった。美香が呆然としていた。彼女の仰天の意味は、他の連中とは明らかに違っていた。


「浩一・・・なの?あなた。。」


 決定的になった。

 俺がかつて美香の前で練習して聴かせていた曲だ。


 

 俺はどうすればいい?どう言い訳すればいいんだ?




第15話  幽体離脱


 そこに担任の先生が割って入ってきた。


「ドラムができるなんて驚いたよ。でもね、倉庫の楽器を勝手に触っちゃいけないな。クラスのみんなもびっくりしてるじゃないか。誰もドラムのうまさに驚いてるんじゃないんだぞ!突然の大きな音にびっくりしてるんだ。人に迷惑かけないことも覚えていかないとね。わかるね?」

「はい・・ごめんなさい。先生」

「ほら、お母さんもこんなにびっくりしてるじゃないか。今日はもうこれで解散だから、お母さんと一緒に帰りなさい」

「はい先生」


 なんとかこの場はしのげた。

 その後、俺と美香は、手を繋ぎながら帰り道を無言で歩いていた。

 なんとなくいやなムードだ。美香は俺を横目でチラチラ見ている。

 案の定、美香がさっきの音楽室での質問を再び問いかけてきた。


「浩一なの?あんた」

 俺はしらばっくれるしかない。

「こういちって・・ことみのパパのこと?ママ」

「・・・・・」


 美香は歩きながら考え込んでいた。そしてまた質問。

「ことみ、さっきのドラムはいつ覚えたの?」


 この美香の問いかけに、俺は苦し紛れの言葉しか出なかった。

 まさにとっさに出た俺の白々しいセリフ。


「なんか・・手が勝手に動いちゃって・・知らないうちにドラム叩いてたの・・・あは」


 そんなわけないだろ!と、普通の人なら当然そう思うはずだが、美香は真顔で驚き、本当に信じたようだった。


「パパが・・ことみに会いに来てくれてるのかもね・・」


 もっと手こずると思ったが、意外にもあっさり美香が俺の言い訳を納得してくれたので、俺にとってはこれでなんとか救われたようだ。

 つまり美香の解釈はこう想像がつく。

 俺自身である浩一が、ことみの体に突然進入してきて、たまに衝動的な行動をする。つまり浩一の霊のしわざ。

 だから、ことみの心の中までが俺(浩一)であることには気づいていないということだ。


 週末の土曜日、俺は美香に連れられて、墓参りに行った。

 まさに俺自身の墓参りだった。前世の自分の墓を自分で見物するのはとても複雑な心境だ。


「ほらことみ。ここにパパが眠ってるのよ」

「うん・・」

「パパが好きだったエビスビールも買ってきたからお花と一緒にお供えしましょう」


 (!o!)オオ! 今ここで飲みてぇぇ〜!


と、言うわけにもいかず、俺は生唾をゴックンと飲みこむにとどまった。

 美香は丁寧に墓の周りを掃除して、お供え物をセッティングし、花をたむけ、線香とろうそくに火ををつけた。

 すると俺は急に、何か体がふわふわしたような、ものすごく心地よい気分になってきた。

 「さぁ、ことみ。パパに手を合わせてお参りするのよ」

 「うん・・・」


 美香が俺の墓前に手を合わせた瞬間、俺自身なぜか空から、墓参りしている美香とことみを見下ろしていた。そしてだんだんと俺は降下してきて、美香たちの拝んでいる正面の姿を見ていた。つまり、墓側から見ていたということだ。

 でも・・なんか変だ・・俺自身でもあることみが、美香と一緒に手を繋いで墓参りを終えて去ってゆく姿・・俺はそれをここから見送っている・・

 なぜだ?なぜなんだ?俺はことみでもある。俺が今ここにいる以上、ことみがひとりで動けるはずないじゃないか?

 そう思いつつも、俺はあまりの心地良さに、意識がもうろうとなり、そのまま眠りについてしまった。



 俺が意識を取り戻して気づいたとき、なぜか俺は美香とスーパーに買い物に来ていた。

「ことみ!こんなにいっぱいダメ。おやつはどれかひとつだけよ!」

 

 ん????/( .ー .)\ はて?なんのことだ?


「さっきパパのお母さんからも、おやついっぱいもらったでしょ!あなたのお婆ちゃんだけどね。カゴに入れたもの返して来なさい」


 見ると、ショッピングカートには、ハローキティのチョコレートや、アンパンマンキャンディ、プリキュアガム、マジレンジャースナックetc・・がたくさん入っていた。

「さぁ、早く!ことみ」


 俺は理解できずにしばし呆然としていたが、美香の強制的な命令にハッとして我に返り、品物を元にあった場所に戻しに行った。


 俺が全部このお菓子を運んできたって??うそだろ?

 俺は寝てたはずだ・・あ、でも確かにことみの体にはいなかったが・・

 でも今はこうして元に戻っている・・


 じゃ一体誰がこんなことを。。。




 第16話  たとえようもない不安


 俺は今の自分自身が、知らないうちに記憶にない行動をしていることに衝撃を受けていた。


 理由は何なのか?単に俺が健忘症になっただけなのだろうか?

 いや、それは違う。俺自身がそう思いたいだけだ。それですむならたいした問題ではない。


 あのとき・・自分の墓参りのとき、確かに俺は空気のような存在になって、墓側から自分の姿を他人のように傍観していた。そしてその自分が美香と一緒に歩いて去って行った。

 つまり・・別な誰かがいる!

 俺は生まれ変わったはずだ。生まれた瞬間から俺だった。

 だとしたら、俺は分身の術でも使えるんだろうか?

 もし、全くの他人がこの体に入りこんでいたとしたらと思うと、言い知れぬ恐怖を感じてしまう。


 数日が経って、その兆候が再び現れた。

 学校も休みの土曜日、俺はいつものことだが、休日の朝はゆっくりと起きる。だいたい起床は9時頃だろうか。。

 この日もいつものように起きて、俺は美香におそい朝食を要求していた。


「ママ、ごはん食べる。」

「Σ('◇'*エェッ!?なんなの?ことみ。さっき食べたばっかりでしょ!おやつと間違ってるんじゃないの?」

「?????????」

「この子ったらもう。。食べ盛りなのはわかるけど、あまり太ってもらっちゃねぇ」

「ことみまだなんも・・食べてないよママ。。」

「何寝ぼけてんの!さっきタマゴかけごはん食べたばっかりでしょ!珍しく早起きしたと思ったらすぐまた眠くなって部屋に行っちゃったじゃない!食っちゃ寝の繰り返しはいけませんよ!」

「・・・・・」


 この俺が・・さっき起きてメシ食ったって??

 

 なんだか鳥肌が立ってきた。再び恐怖も感じてきた。

 俺は何かの霊に取り憑かれているのか?

 それとも部分的な記憶喪失のようなものか?


 俺の不安をよそに、このような現象は度々起きていった。

 しかも毎回朝で、俺が起きたときには、その不可解な行動はすでに終っているようだ。

 つまりいつも俺が知らないうちに、俺の体では朝食が済んでいるのだ。

 俺の意識の中ではしばらく朝めしを食った記憶がない。

 それなのに満腹感はあるのだった。


 ある日の夕飯のとき、美香から面白いことを聞いた。

「あら、ことみ。せっかく食べ方が直ったと思ったら、また戻っちゃったのね?」

「σ(・_・)ン?なんのこと?」

「またカレーとごはんを全部ぐちゃぐちゃに混ぜてから食べてるでしょ!こないだの朝に食べてたときはきれいな食べ方してたのに」

「ふぅ〜ん。。そうだっけ?」

 「実はね、ことみのパパも何でも混ぜるクセがあったのよ。納豆もそうだし、ごはんにかけるものは全てかき混ぜてから食べるクセだったの」

 

 う・・美香め。よく観察してやがったな・・


「ことみは朝だけはマナーがいいのよねぇ。逆に半分寝ぼけてるからかしらね?w」


 どうやら俺の知らない人格が現れてるらしい。

 ひょっとすると俺は多重人格者だったりして?

 

 たとえそうでも、今のところ勝手に悪さするわけでもないし、あんまり気にしない方がいいかもしれない。精神的なことから現れてくる現象とも考えられるからな。


 事実、俺のもうひとつの人格は朝のみで、他には特に目立った行動もせず、学校で現れることもなかった。

 少し利口になった俺も、人より優れた行動を控え、美香やまわりに迷惑をかけることなく、自然な流れで月日が経っていった。


 そして再び俺の体に変化が起き始めたのは、中学に新入学したばかりの春先だった。




第17話 ことみと浩一

        

 俺は産まれて初めて経験する生理に悩まされていた。

 人によって痛みは個人差があるらしいが、俺はどうやら重い方かもしれない。腰は痛いわ、下半身がズンと重いわ、頭痛さえもする。

 女ってすげぇやっかいな体をしてるもんだ。つくづく男だった前世をうらやましく思ってしまう。

 ディスカウントのドラッグで初めて生理用品を選んでいるときは、自分が何か変態ぽく思えて気恥ずかしくなった。今の俺は誰から見ても中1の女の子なんだから(しかも結構可愛いしw)堂々と買えばいいはずなのはわかってはいるものの、レジに誰も並んでいない瞬間を確かめてから、走ってその場に行き、精算してもらうとすぐ足早に店から出たのだった。


 しかしなぁ、この俺が赤ん坊産める体になったなんてなぁ。。

 でも絶対男になんか抱かれないぞ!想像しただけで気色悪っ!


 痛みがひどいときには美香から薬をもらって飲んだ。

 そのせいか、薬が効いてくるとだんだんと頭がぼーっとしてくる。

 こんな日は早寝に限る。いつまで起きていても辛いばかりだ。


 こうして俺が寝てしまうと、いつものように別な自分が決まって現れて、勝手に早起きをして朝食を食べていた。

 でもここ最近は、それだけでは収まらないようで、夜中に部屋で本を読んでいるようだ。俺の机のスタンドが点きっ放しで、本を読んだ途中にちゃんとしおりが挟んでいた。



 そんなある日、生理が収まって体が楽になった頃、俺の体からシグナルが発せられた。

 それはうちのじいさんの誕生日を祝っているときだった。

 美香が手作りのケーキを作って、口の臭いじいさんをはじめ、みんなで和やかに会話を楽しみながら食べていた。

美香のケーキはいつもうまい。俺の毎年の誕生日には必ず苺を年齢の数だけ載せてくれる。でもじいさんの場合はレーズンを年の数まで載せていた。さすがに苺をじじいの年の数まで載せるケーキのスペースなどないし、そんな贅沢はできなかったw


 ばあさんも加えた4人みんなで小分けしてケーキを食べたのだが、まだテーブルの真ん中にはケーキが残っていた。でも今日はもう腹もふくれたことだし、残りはは明日にでも食べようと思った瞬間だった。


 もっと!!


 ・・・え?


 俺の意識の中に、明らかに別な声が響いてきた。

 それはむろん、美香やじいさん、ばあさんには聞こえない。

 俺の脳の中枢だけで感じることだった。


 もっとケーキ食べたい!


 『お前・・誰だ?』俺は心で問いかけた。

 すると、さっきよりは小声で未知なる相手から返答がきた。

『あたしはことみだよ』

『んなわけねぇじゃん!ことみは俺だ!お前はどっからこの体に入ってきた!?ずっと長年、朝めし食ってきたのもテメェだろが?』

『うん・・だって朝お腹すくんだもん・・ごめんね。パパ』

『Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lパパって・・え??・・え??どうゆうことだ?一体』

『どうやらあたし、パパと体を共有してるみたいなのね?』

『工エエェェ(´д`)ェェエエ工!んなバカなぁぁぁ!!ならなんで、最初から現れなかったぁ?』

『そんなの無理よ。だってあたしまだ赤ちゃんだったもん。言葉なんて知らないよ。言葉はみんなパパから徐々に教わったんだよ』

『そんな・・俺は・・生まれ変わったんじゃなかったのか?』

『あたしもよくわかんないけど、パパの力が大きすぎて、あたしがパパに入り込む余地がなかったの。』 

『ずっと俺のしてきたことはわかってるのか?』

『うん。ずっとパパと一緒に体験してきたよ』

 ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!

『だから途中であたしのパパだってわかったんだもん。ママは可愛そう。。パパがここにいるとも知らないで』

『ちょ・・ちょっと待て!でもな、俺がこんなしゃべりでここまで生きてきてるのに、なんでお前はちゃんとした普通の女の子のしゃべり方なんだ?おかしいだろが!』

『だって・・あたしだってバカじゃないもん。ママの話し方や学校のお友達の方が女の子らしいってすぐわかったよ。だからパパの言葉遣いは間違ってるってわかったの!』

『それにしても・・・これからどうすればいいんだ?』

『わかんないよ。でも今はママのケーキ食べたい。パパお願い』

『でもなぁ、俺は腹いっぱいなんだよなぁ・・とりあえず部屋でゆっくり話そうや』

 

 俺は立ち上がろうとしたが、体が思うように起こせなかった。

 しかも自分の手が勝手に、ケーキに向って伸ばそうとしているのを明らかに感じていた。

 俺ではない、真のことみの力が俺を徐々に支配し始めようとしていた。


『おい、ことみ。話し合おう。これからの俺たち二人のことを。。』

『はい、パパ。でもケーキ食べてからね!』



「ことみ、さっきから何ひとりでブツブツ言ってるの?ケーキ食べたいならさっさと自分で取りなさいよ。」

 美香がそう言うと、俺の中のことみが大喜びしていた。




第18話 ひとりディスカッション


『あのさぁ、俺がなんで中1になるまで1回も話しかけて来なかったんだ?』

『たまに話してたよ。でもパパには何にも聞こえてなかったんだよ。』

『じゃあお前はずっとこの13年間、誰とも会話をしてなかったってことになるのか。。』

『うん…寂しかったよ。パパだけずっとお友達とかママやいろんな人としゃべれて。でもね、あたしは最近までそういうもんだと思ってたの』 

『ん?そういうもんだって?』

『うん。パパとあたしの体が一緒なら、親が体を支配する権利があって、子供は自由にならないものなんだなぁって』 

『でも今はどうだ?お前はだんだん自分の意志で体が動かせるようになってきているじゃないか』

『なんか不思議とそうみたい。でもパパ、これからあたしが何かしたいと思ったとき行動してもいいの?』

『ええ?そ・・そりゃ絶対ダメとは言わないが・・なんせ今は俺自身まだ戸惑っている段階なんだぞ!俺はこの体が自分自身ひとりのものだと思って生きて来たんだからな。それが急にお前の存在がわかって…』

『ねぇパパ。あたしがまだ子供の頃はこう思ってたの。他の家の子もみんな父親と体を共有してるもんだってね。でもね、学校に入って父親参観のときに何か変だって思ったの』

『うむ・・』

『どうやって共有している体から抜け出して参観日に来るんだろうってね』 

『それで、お前そのときはどう解釈したんだ?』

『んとね、すぐ思ったのは・・パパは1度死んでるじゃない?だから抜け出せる体がないと思ってたの』

『(*≧m≦*)ププッ じゃ他の家にはお父さんの体をした抜け殻があると思ってたんだ?』

『うん。マジでずっとそう思ってたよ』 

『すごい発想だな。。;^_^A  お前天才かもしれんな。』

『でも13歳にもなったらハッキリわかったの。うちだけ特殊なんだなぁって。それでさっきケーキ食べたいって意思をパパに思いっきりぶつけてみたの。そうしたらパパにあたしの声が届いたのよ』 

『なるほど。そうだったのか…ひとつ聞きたいことがあるんだが?』

『なあに?パパ』 

『俺は今までずっとこの体で生きてきたわけだが・・行動はともかくとして、俺の頭の中の考えも読めていたのか?そして今もか?』

『ううん。それは全然わからない。パパが行動に移すまでパパの心は読めないわ。パパだってあたしの心は読めないでしょ?』

『うむ・・そうだな。わからん。つまり俺たちは一心同体ではないわけだ?』

『そうみたい。二心同体ってことよね?パパ』

『ということになるか。。脳のパテーションでも分かれてるのかな?』

『でもパパが、女の先生をえっちな目線で見てたのはわかったよw』

『Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lぎくっ!』

 

 こうして二心同体の俺たちは、今まで生きてきた流れをさかのぼりつつ、お互いを納得させ、理解していった。


『さて・・ことみ。問題はこれからだ』

『うん。体の分担のことね、パパ』

『そうだ。どっちがどうやって優先するかだ』

『パパ・・できればあたしもそろそろ自由に動きたいよ・・』

『そう・・だな。。』


 俺は迷った。ことみの気持ちはよくわかる。今までが閉ざされた世界でひっそりと自分の意志も尊重されることなく生きてきたんだ。これ以上束縛するのも可愛そうだ。

 しかし、そうなったら俺はどうなる?俺の意思は?

 俺はもう死んでる人間だからそろそろ潮時ってことか?

 たしかに俺はラッキーな2度目の人生を送っている。

 ここでことみにすべてを譲ってもおかしくはない。

 いや、親ならそうすべきなのかもしれない。

 でも・・でも・・未練がましいかもしれないが、俺だってまだいろんなことをしてみたい!せっかくもらった2度目のチャンスをまだまだ生かしたい!これは俺の勝手なわがままなんだろうか?


『ことみ・・こういうのはどうだ?体の優先権利を1日交代ってのは?』

『うーん。。あたしもそれは考えたけど・・1日じゃ短すぎると思う』 

『そうか・・じゃ、お前の希望を言ってみろよ』

『んと・・せめて1週間交代で』

『1週間かぁ・・長いな。。』 

『パパが我慢できなさそうね?』

『う・・いや。。よし、わかった。お前は今まで閉じこもった世界にいたんだ。お前の意見を聞いてやるよ

『え?ホントにいいの?パパ。嬉しい〜!すごく嬉しいパパ!ありがとう〜!やったぁぁぁ〜!』

『その代わり、自分の順番で体を優先してるとき、相手の邪魔は絶対しないようにな!』

『YES!パパ!』

『返事が軽いな。ホントにわかったのか?ことみ』

『オフコース!』


 なぜか不安がよぎる俺。

 本当にこんなんでうまくやっていけるんだろうか?




第19話  ジレンマ


「この問題は、さっき教えた基本をちょっと応用しただけなんだぞ!誰もわからんのか?」


 5時限目の数学の授業だった。5時限目といえば、給食も終って昼休みを思いっきり遊んだあとで、1番眠くなる時間帯だ。

 そんなときに数学だなんて頭が働くはずがない。

 しかしまぁ、この程度の問題なら解けないわけでもない。


「おい、相沢!前に出てみんなにお手本を見せてやれ」


 さっそくご氏名がかかった。

 ちなみにこの物語で俺の苗字が始めて登場した。

 そう、今この先生に呼ばれた通り、俺は相沢ことみなのだ。


 そして俺自身、前世から見て2度目の中学生ということになる。

 数学の問題も復習の意味もあって、中1程度の問題なら簡単に解ける。

 だからこの仏帳面な先生にも、俺のIQが高いとみなされていて、信用が高い。


「相沢、何モタモタしている?早く来て黒板の問題を解きなさい」

「は、はい・・」


 でも今週はまずかった。

 この体の支配権は俺の娘のことみにある。

 娘のする行動を邪魔してはいけない約束だ。


『パパ、パパ、わかんないよ。教えてお願い!』

 ことみが脳に話しかけてきた。


『だって俺が口出したら違反だろ』

『そんなこと言ったって・・あたしみんなの前で恥かくじゃない』

『ときにはそういうことも必要さ』

『パパのいじわるぅ〜。。ねぇお願いだから教えてよ〜!』

『違反してもいいのか?』

『違反にはならないわよ。体はあたしが支配してるもの。脳で話すのは自由よ』

『そりゃ都合のいい解釈だなw』

『それに問題解けないと信用ガタ落ちだよ。来週まで引きずったまま、パパに支配権うつるんだからねっ!パパだってそんなの嫌でしょ?』

『まぁ、そう言われれば、そうかもしれないな。じゃ教えてやるか』

『やった!すぐ教えてすぐ!』

『んじゃ言った通りに黒板に書けよ。まずは・・○△■×etc・・』


「うん…それで?…うん。そっかぁ…え?あぁ、なるほどね。。」


「相沢、お前ブツブツ言いながら問題解くクセあったっけ?」

「あはw聞こえました?ちょっと難しいから色々考えちゃったんです。せんせw」



 なんとかこの場はしのいだが、これからの授業もみんな俺が助っ人しなければならないんだろうか?( ̄ー ̄;

 それでも、どうしても助っ人できない科目があった。

 体育だ。

 頭脳では応援できても運動に至っては、体の権利が譲られない限り、どうしようもない。

 先週の体育での跳び箱は、俺がなんなくクリアしたが、今週も引き続き跳び箱があって、娘のことみは見事4段も飛べない始末だった。

 

 先週との運動能力のギャップがありすぎて、さすがにまわりからも言われた。

「ことみ、何カマトトぶってんの?」

「ことみ、何でそんな芝居する意味があんの?」


 さすがにこうまで言われると、本人はショックなようで、帰宅してから部屋でひとり、ことみは泣いていた。


『パパ・・見てたでしょ。あたし悔しい!』

『そうだな・・あれは辛いわ。気持ちはよくわかる』

『ホントにパパにわかってるの?あたしの気持ちが!!』

『そ、そりゃ…』

『パパは何でも出来過ぎなのよっ!もっと考えてよ!普通レベルでいいからあたしの過ごしやすいようにしてっ!困るよこんなのって!!』

『・・・・・』

『あたしは目立たなくていいから普通の女の子として生きて行きたいの!それだけなの!』

『・・・悪かったことみ。俺は何も知らないで。。』

 

 ことみが泣き出した。

 大粒の涙がたくさんあふれ出した。

 体の支配権はことみでも、その感覚は俺にも感じられる。

 涙が口に入ってしょっぱかった。



 翌朝、ことみはすごく明るかった。

 何かふっきれたように朝食もおかわりするほど食べていた。


『パパ、昨日はごめんね。あたしまだ、自分の体に慣れてなくて・・あたしが努力してパパくらいの技量を身につければいいんだよね?』

『ことみ、そんなにあせらなくてもいいんだぞ』

『うん。でもね、よく考えてみれば、パパが支配権のときだろうが、あたしの支配権のときだろうが、この体はちゃんと覚えててクリアしてるわけよね?ということは、やっぱりあたしの意識の問題なのよ』

『うん・・』

『この問題はあたし自身が解決することだから、パパは心配しないで。あたし頑張るから!そう決めたの!』 

 俺の娘は立ち直りが早いようだ。少し安心した。

 いい子だな。ことみは。。

 俺はつくづくそう思った。


 この体の中で何年もの間くすぶっていたのに、世間に出ても怖がらずひるまず、気持ちも前向きだ。

 俺の方こそ逆に、ことみの重荷にならないようにしなければ。

 

 それに…俺もいつかは完全に、この体をことみに返さなくてはならない日が来るだろう。

 それがいつ、どんなタイミングのときに来るのかわからないが、そのときまでことみとの共有を楽しんで行こう。


 その日まで。。。




第20話 思春期


 間もなく夏休みに入ろうとする時期になっていた。

 ここまで、ことみの体の所有権の交代制も順調に進んでいた。

 

 期末テスト時期はことみがこなしたが、俺の手伝いもあって、学年順位はベスト5入りで満足した結果だった。だが、ことみ自身も勉強はかなり努力していたようだ。中間テストに比べれば、俺が助っ人する場面は激減していた。


 テストが終ると特に授業にも身が入らなくなっている。

 どうせもうすぐ夏休みだし、次のテストは2学期だ。

 こんな開放的な気分の中、登校最終週は俺がこの体の所有権を握っていた。


 朝の登校時、この日は快晴で俺の気分もすこぶる爽快で、行きかう同級生たちとも満面の笑みで挨拶を交わしていた。


「ことみおはよう!」

「おはよう、みずき」

「ね、ね、里中くんだけどさ、なんかことみのこと好きみたいよ」

「Σ('◇'*エェッ!?なんでそんなことわかるの?」

「んとね、ちょっと小耳にはさんじゃったの。男子同士でね、どの女子が好きか話してたことがあったの」

「てか、選別してたってことね」

「うん。でね、ことみの評価は全員高かったんだよ」

「(・。・) ほー」

「その中で、ある男子が『相沢は男の前だけぶりっ子してないか?』って言ったの」

「なんだとぉぉ!誰だその野郎は!!?」

「ことみ・・・言葉遣い怖いよ・・;^_^A 」

「あ・・ごめんみずき。あたし気が短いの」

「うん、まぁいいんだけど・・でね、続きだけどそのとき里中くんが『相沢はそんな子には見えないな。ごく自然な笑顔で・・俺は可愛いと思う。』って言ったんだって」

 「へぇ・・里中くんねぇ。。」


 俺にとっては中1の男子なんてみんなクソガキに見えるので、相手にもしてないんだが、彼らは彼らなりに思春期に入ってきているようだ。

 俺はことみに脳で話しかけた。


「ことみさぁ、俺たちって可愛いから結構モテてるのかもなw」

「パパ、自惚れないで。あたし自分を可愛いなんて思ったことないよ」

「じゃブサイクだって思うのか?」

「そうは思わないけど・・」

「ほら。やっぱり可愛いと思ってるじゃん」

「違うったら!他にも可愛い子ならいっぱいいるもん」

「謙虚な奴だな全く」


 こんな会話をしながら歩いていると、学校の校門に到着した。

 今の時間は生徒が登校するピークでごった返している。

 そんな中、なにげに上級生らしき男子生徒の群れを見ると、そこには見覚えのある顔があった。

「あれ?あいつ昔見たことあったような・・」


と次の瞬間、俺の鼓動が『ドックン!』と鳴った。

「え・・?なんで?」

 俺自身がびっくりして、持っているカバンを思わず落としてしまった。

 立ち止まって胸を押さえている俺をまわりの数人が気づいて振り向いた。その中に、さっきの見覚えのある男子の顔もあった。

 

 次にだんだん俺の動悸が激しくなってきた。

『う・・何なんだいったい・・俺は病気なのか?変な病気に感染でもしたのか?』


「ことみ大丈夫?苦しいの?」

 みずきが声をかけてくれている。

「うん。。でも…ちょっと落ち着いたかな」

「保健室行った方がいいよ、ことみ」

「うん。そうするかな…悪いけど先生に言っておいてくれる?」

「わかった。軽い貧血かもしれないね」

「…かもね」

とは言ったものの、貧血で心臓の鼓動や動悸が激しくなるものなのか?


 

 1時限目が終る時間になると、保健室で仮眠していた俺はまるで何事もなかったように元気に回復した。

「相沢さん、もう次の授業に戻れるわね?」

「はい。もう大丈夫です。ありがとうございました」


 俺は保健の先生にお礼を言うと、部屋から出ようと扉を開けた瞬間、例の顔見知りらしい上級生が入ってきた。

「先生すいません。今やってた体育のバレーで突き指しちゃったもんで」

 その男子がそう言いながら、俺の方を振り向いた。

 俺はそのときまた、心臓の鼓動が大きくドックンと鳴り響いた。


「お前・・相沢ことみ・・か?」

 俺の動悸が激しくなった。


 えぇぇ??何でだよぉ?何で突然こうなるんだぁ〜!


「人違いだったらごめん」

「いえ・・そうです。相沢ことみです。。」

 俺は胸を押さえながら返事をした。

「俺を覚えてるはずはないだろうなぁ・・まだ小さいときだったし」

「いえ・・何となくは・・」

「どっか具合悪かったのか?」

「はい…貧血かも?──先生、すいませんけど、もう少し休ませてもらえませんか?」


『ダメッ!!パパ』


『え?ことみどうした?』

『ごめんなさいパパ。あたしのせいなの』

『へ?』

『だからその・・あたしが片思いの人が目の前にいるから。。』

『なにぃ!?この見覚えのある野郎がかぁ?』

『うん。。パパその人、龍之介先輩だよ』

『ん??』

『ほら保育園時代、パパが1発でやっつけた人。。』

『(!o!)オオ! あのハナタレガキかぁ〜!』

『ハナタレじゃなかったよ。ハナクソはほじってたけど。。』

『しかし2歳のときのことをよく覚えてたなぁことみ』

『だってあれは一生インパクトに残るよパパ』

『でもまぁ、よりによって何でこいつが好きになったんだ?』

『だってそのとき以来、龍之介先輩はあたしに近寄らなくなったでしょ。でもあたしは見てた。おゆうぎ会でもすごく目立っててカッコ良かったもん』

『ふぅん・・お前そんな見方してたのか。それでずっとその思いを中学まで持ってたのか?まさかなそんなこたぁないだろ?』

『悪かったわねパパ。そうなんですっ!あたし一途なの!』

『こりゃごめん。。;^_^A アセアセ・・・』

『それで・・中学生になって偶然見かけたとき・・龍之介先輩のおもかげもちゃんと残ってて、すぐわかったんだ』

『ははぁ、なるほど。それで相手も気づいてこっちを見つめてたから動悸も激しくなったわけだな』

『うん。。今も恥ずかしい。。ドキドキする。一緒に部屋にいられない。パパ早く保健室出て!』

『しゃーないなぁ。ったく…』


「先生、やっぱり2時限目から授業出ます。失礼しました。それじゃ龍之介先輩またです。」

「思い出してんじゃん。相沢」

「あは・・あははは・・」


 俺は動悸もままならないまま、部屋を出た。

 するとまたたく間に、心臓のバクつきもおさまり、いつもの健康状態に戻ったのだ。


  ことみの初恋か・・・思春期だしな。

  これからも色々ありそうだ。。


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