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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

削りつみ

掲載日:2026/07/02

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほらほら、どうです先輩。りんごのうさぎ切り、少しうまくなったと思いません?

 いや~、わたしはリンゴが大好きですからねえ。一年中でも食べていたいくらいです。どうせなら見栄えを少しでもいいものにしたいじゃないですか。

 ぼちぼち旧暦では秋の気配だそうですし、これから涼やかな気配が来ることを期待して、月でも眺めながらかじりましょうよ。ささ、どうぞどうぞ。


 う~ん、甘みという点ではもう一声、といったところでしょうか。

 先輩は問題ありません? わたしの舌が肥えちゃったんでしょうかねえ。今は蜜のたっぷり詰まったものにかぶりつきたい気分なんですよ。

 甘いものって、やばいですよね。脳の報酬系? がやたら欲しがるらしくって。安らぎ成分のセロトニンを出さなきゃ、と思ったら糖分を求めてしまうんだと。体に必要な栄養素が足りていないのも一因とされていますね。

 いずれも活動を続けるために、求められること。命あっての物種といいますし、あらゆる可能性をつなぐために体も必死になるのでしょう。

 積み重ねたもので、結果を得る。きっと多くの人が望むもの。その結果を信じて、あえて苦行に望むこと、先輩にはできそうですか?

 わたしが少し前に体験した話なんですけれど、耳へ入れてみません?


 友達のひとりが、教えてくれたんですよ。自分は削り節ばかり食べているのだと。

 それだけなら、わたしもツッコミどころはありません。かつおの削り節であるなら、和食の定番のひとつ。それが好きという人に「お前、変だろ」とか言い出す人のほうが神経を疑われるでしょう。

 しかし、削り節は削り節でも、彼女が相手していたのはかつおのものではありませんでした。他にも削ることが考えられるような魚たちの干物相手でもありませんね。


 その友達の家へ何度か遊びに行く機会がありました。

 彼女が毎度、おやつ代わりに出してくれるのが、その削り節なんですがこれがなかなか。

 その日のわたしの調子に合わせて、欲しい味を提供してくれるんです。先のりんごのように甘みを求めたら甘みを。辛みを求めたら辛みを。しょっぱいものを求めたらしょっぱいものを。

 それを用意する直前、彼女はわたしの顔色をうかがってきます。比喩ではなく、文字通りにまじまじとですね。

 かつお節は、お客の顔を見てから削れ、という言葉があります。

 風味を大切にするためには、使う直前に削るのが一番というわけですね。それを彼女もまた実践したといえるかもしれません。ただし、味にしぼった意味合いで。

 先輩も味わえたなら、他のお菓子などは不要であると実感できると思います。別の味を欲するなら削り直して新しく用意する手間がいるとはいえ、そのときに求めていた味をほぼ再現できるわけですからね。

 ただ、あまり頻繁に注文するのははばかられました。新しく削り節を用意してもらうのに10分前後かかります。その間に友達は席を外し、ときに苦しそうなうめき声を洩らしたのちに小皿に乗せて持ってきてくれる運びですから。


 ――なにか、苦しい思いをしながら用意してくれているのかな? だとしたら、申し訳ないなあ。せめて、わたしの手間だけでどうにかできないかな。


 自分が用意できるようになれば、いちいち友達に苦労や負担らしきものを掛けずに済むし、自分の家でもこの美味を味わい放題だし……などと頭の中で考えをめぐらせつつ、友達にこの削り節の秘密を尋ねてみたんです。


 彼女は最初、断りましたね。

 人によっては苦しすぎるからと。

 例のうめきを伴う痛みなら、大丈夫とわたしは胸を張ります。痛みに対しては耐性があると自負していましたからね。伊達に、父からびしばししごかれていません。

 しかし彼女は、そうとは限らないといいます。

 削り節のもと。これをこさえようとすると、何かしら自身に苦しいものが現れ、自分にとってはそれが痛みであっただけのこと。

 もしわたしが試したならば、どうなるか分からない。自分が嫌だと思うならばすぐやめることを約束させられ、わたしは削り節のもとを分けてもらいました。


 端的に申し上げると、板状のチューインガムのようなもの。それは全体的に黄土色で、ガムより木片という印象が強かったですね。


「ガムなら噛んでいるうちに、やわらかくなる一方。けれどもこれは、いったんやわらかくなった後で、どんどん固くなっていく。歯が立たなくなったら、口から出してよく洗って乾かすの。3分もあれば十分。

 そうしてカチコチになったそれを削っていけば、削り節ができるけど……ほんとに気を付けてね?」


 彼女にさんざん釘を刺されて、わたしは帰宅後にさっそく試してみます。

 もらった削り節のもとは、ガムと呼ぶにはあまりに無味乾燥。いくら口の中で噛んでも引き伸ばしても、味もうま味もちっとも出てこず。これは思考停止して、耐えるべき苦行と思うよりありませんでした。

 やがて、友達のいうようにガムは固くなってきます。かつお節は世の中でも屈指の硬さを誇る食べ物と聞きますが、よもや先ほどまでたいした歯ごたえもなくフニャフニャしていたものが、噛む歯のほうが痛みを感じるほどになるなんて。

 友達に教えてもらった通り、口から出してよく洗い、タオルの上で乾かすこと3分間。手でノックしてみると、ざらつきの残しながらも力強く跳ね返してくる「節」ができあがっていたんです。

 わたしは手元にあったカッターナイフで、慎重にふちをそいでいきました。何度も刃を滑らせて、わずかに剥けた節のカス。それを舌へ乗せた時に友達の家で体験したものと同じ。私が味わいたいと思った味が口内を支配しました。

 が、直後に夕ご飯の時間を迎えて、わたしは友達の話したリスクを知ります。


 味を感じなかったんです。

 その日はわたしの好物のリンゴがたっぷり出されたんですが、わたしの望んだような甘みを一切感じませんでした。おそらく蜜はたっぷりで、液体が口の中を席巻するのは感じるのですが、それだけ。

 あの「節」となるガムを噛んでいたときと大差ない、存在感が触れてくるばかりです。

 ほかの食べ物に関しても同じです。親に心配されるほどに、しょうゆを始めとした各種調味料をかけてみましたが、いずれも変わりません。

 あの削り節以外の味を、わたしは失ってしまう。悟ったわたしは、夕飯直後に友達へ電話をし、やめたい旨を伝えました。

 初回ということもあり、その克服は半日の断食という軽いもので、わたしの味覚は回復しました。しかし長引くと回復にはさらに厳しい条件が求められ、ついには人間にはとても耐えられそうにない領域にまで達してしまう恐れもあるとか。


 友達とは3年間、同じクラスでしたが年々にやせていくのが見て取れました。体のあちこちから骨が浮かんでくるような、およそ健康的とは呼べない様子です。

 それでも友達は「やらなきゃいけないことがあるの」の一点張りで、校内においても、ひたすら例の削り節と水以外を取る様子は見せませんでした。

 卒業後の彼女とは連絡をとっていませんが、ひょっとすると長くはないのかも……などという不安もあります。

 彼女が自分の望んだものを手にすることができたか。あるいは、すでに積んだ負債をゼロにするために重ねているのか……謎のままですけれど。

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― 新着の感想 ―
欲しい味をぴたりと与えてくれる不思議な削り節が、ほかの食べ物の味を奪っていく展開にぞっとしました。便利さや快楽を積み重ねるほど、やめるための代償も大きくなる仕組みが恐ろしく、痩せながらも続ける友人の姿…
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