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王都はずれの魔法修理屋 〜三人魔女と焼きたてパン騒動〜

作者: うめやす.
掲載日:2026/06/04

王都の外れにある魔法の修理屋は、朝から少し焦げくさかった


そこには、店主のスズネと、その弟子であるコハクとヒナタ、三人の女魔法使いが暮らしている


焦げくささの原因は、昨夜のヒナタだった

残り物のパンを温め直すと言いだしてから、店の奥はずっとこの匂いがしている


コハクは赤茶色の髪を揺らしながら、店の奥で昨日の残りのパンをかじる


ガリッと歯が跳ね返された

硬い、かなり硬い


「スズネ、このパン、石みたいなんですけど」

「武器にできるよ、これ」


スズネがさらりと答えた

「できません」


「できるって、角で殴れば相当痛いよ」


コハクがパンを机に打ちつけると、コン、といい音がした

「食べ物で机を叩かないでください」


スズネはそう言いながら、棚の上に積まれた魔法具の帳簿をめくっている

長い紫の髪は、後ろできれいにまとめられていた


机の横には、いつものそろばんが置かれていた


スズネが開いている帳簿には、修理待ちの魔法具の名前が並んでいる

壊れた魔法灯

喋りすぎる時計

夜中に勝手に歌う水差し

持ち主の悪口だけ正確に覚えている鏡


この店に持ち込まれるものは、だいたいろくでもない


「ねえ、ほんとに今日の朝ごはんこれだけ?」


「はい、それしかありません」

「昨日ヒナタが温め直したものです」


「だめじゃん、食べられたものじゃないよ」


スズネは帳簿から目を離さずに答えた

「大丈夫、食べられますよ」


帳簿の端には、今月の残りの銅貨の数が小さく書かれている


コハクはそれをのぞきこみ、少しだけ顔をしかめた

「……もしかして、今月けっこう危ない?」


「少し節約すれば大丈夫です」


「スズネがいつも修理代を安くしすぎるからでしょ」


「困っている方から高いお金は取れません」


「それで朝ごはんが石パンになるのは困るんだけど」


またコハクがパンで机をたたいた

コン、と硬い音がする

「食べられるものの音じゃないよ」


そのとき、店の扉が勢いよく開いた

「た、助けてください!」


入ってきたのは、粉まみれの男だった

髪にも、肩にも、眉毛にも白い粉がついている


コハクはパンを持ったまま、男を見る

「どうしたのおじさん、なんか白いよ」


「窯が! 窯が変なんです!」


「窯?」


「うちの魔法窯が、勝手にパンを焼き続けているんです!」


コハクは少し考えた

「いいことじゃない、勝手に焼いてくれたら楽だし」


男は泣きそうな顔で叫んだ

「よくありません! 止まらないんです! もう店じゅうパンだらけで!」


その声に反応したのか、二階からどたどたと足音がした

ヒナタが、寝ぐせのついた明るい茶色の髪を揺らしながら階段を降りてくる


眠そうな顔をしているのに、まばたきのたび、瞳だけが白く光っていた

「なに? 朝からうるさいんだけど」


コハクが答えた

「パンがたくさんで困ってるんだってさ」


「パンが?」


ヒナタはパン屋の店主の身なりを見て言った

「おじさんパン屋なんでしょ? 売ればいいじゃん」


「売るにも限度があります!」


スズネが帳簿を閉じた

「修理のご依頼ということでよろしいですよね」


パン屋の店主は首を縦に何度もふった


「コハク、行きますよ」


「え、わたしも?」


「あなたのさび魔法が必要になるかもしれません」


スズネはヒナタに視線を向けた

「ヒナタはお留守番をお願いしますね」


「えー、わたしも行きたかったなー」


「あなたはもう少し魔法の練習をしてからにしましょうね」


コハクが硬いパンで机をコンコン叩きながら言う

「朝ごはんの途中なんだけど」


「その石みたいなパンは置いていきなさい、食べられませんよ」


「あれ? さっき食べられるって言ってなかった?」


二人は修理屋から出た


それから店主に案内され、問題のパン屋に向かう

すると、パンの焼けるいい匂いが漂ってきた


煙突からは煙がもくもくと上がっている

どうやらあの店のようだ


そのパン屋は、王都はずれではよく知られた店だった


朝になれば焼きたてのパンを買いに人が並び、昼には甘い菓子パンが売り切れる

スズネもたまに利用している


店の扉を開けると、辺り一面がパンだらけだった

床にパン

棚にパン

椅子の上にパン

天井から吊るされたランプの上にもパン


店の奥では、赤く光る魔法窯がごうごうと唸っている

扉が勝手に開いて、生地を飲み込み、閉じ、焼き上げ、また開く


そのたびに、こんがり焼けたパンがぽん、と飛び出してくる

ぽん

ぽん

ぽん


コハクは足元のパンをひとつ拾った


あたたかい

ふわふわしている


朝食べようとしていた硬いパンより、ずっとおいしそうだった

「これ、もらっていい?」


スズネが即答した

「だめですよ、お代を払わなければいけません」


「もらってもいいじゃん、余ってるんだから」


「だめですよ」

「仕事中ですから、きちんとしましょうね」


その間にも、窯はパンを焼き続けている

ぽん

ぽん

ぽん


粉まみれのパン屋が叫んだ

「先生! このままだと店が埋まります!」


「いつからこうなりました?」


「今朝です! いつも通り魔力石を入れて、火入れの呪文を唱えたら急に……」


「昨日、なにか変えましたか?」


「ええと……新しい発酵箱を入れました。中古で安かったので」


スズネは静かに目を細めた

「中古の魔法具を、点検せずにつなぎましたね」


「安かったので……」


「安いものには理由があります」


「はい……」


スズネが窯の横にしゃがみこんだ


床の魔法線が、うっすら赤く滲んでいる

発酵箱から伸びた魔法陣と、窯の古い魔法陣が変なところで絡まっていた


「まったく噛み合っていませんね」


コハクも横から覗きこむ

「どういうこと?」


スズネは指で床を示した

「発酵箱の魔法が、窯に向かって生地を送れと命令し続けています」

「きちんと対応表を見てから交換しないからです」


その瞬間、窯が大きく震えた

ごう、と火が強くなる


窯の口が開き、今度は普通のパンではなく、人の頭くらいある丸パンが吐き出された

それは床に落ちると、ぼよん、と跳ねた


「動いた!」

パン屋が悲鳴を上げる


丸パンは店内の壁や天井を跳ね回り始めた


それがコハクの頭に当たった

「痛っ! ……くもないや、やっぱりパンだね」


「やれやれ、パンがパンらしからぬ動きをしていますね」

「早く止めないと大変です」


店主がスズネに泣きつくように言った

「はやく、なんとかしてください!」


スズネは跳ね回る丸パンを一瞥した

「危険度は低いですね」


店主が慌ててうったえる

「パンに店を壊されるんですが!」


「命に関わるなら先に止めます。でもこれはパンです」


スズネはそろばんを片手にパチパチと弾いた

そして店主にそれを見せる

「修理代はこのくらいでお願いしますね」


店主はそろばんの数字を見て、目を丸くした


コハクが横から口をはさむ

「またそんな値段にしてる」


「困っている方から、高いお金は取れません」


「そのせいで、うちの朝ごはんが石パンなんだけど」


店主は少し気まずそうに笑った

それから、自分のそろばんを取り出し、パチパチと弾いた

「では、このくらいで……」


スズネがそれを見てにこりと笑った

コハクはその瞬間、あ、と思った

スズネは怒るとあの顔をする


「なるほど、そういうことですか」


スズネはもう一度、そろばんを弾いた

そして店主に見せる


店主の顔が曇った

「さっきの倍じゃないか!?」


「はい」


「どうして!?」


スズネはにこやかに言った

「わたくし、困っている方には安くします」

「ですが、朝から人が並ぶほどの繁盛店の店主様が、相場の半分以下をさらに値切ろうとなさるなら、話は別です」

「その場合は、正規料金に近づけることにしています」


店主は言葉を失った

その間にも、また丸パンがひとつ生まれて跳ね回り始めた


コハクが丸パンを両脇に抱えて言う

「ねえ、どんどん増えちゃうよ」


店主は慌てて叫んだ

「わかった! 払う! 払うからなんとかしてくれ!」


スズネはそろばんを指で押さえ、にこりとした

「まいどありがとうございます」


コハクは横目でスズネを見た

「スズネって、こういう時だけちゃんと商売人だよね」


「いつも商売人ですよ」


「だったら、せめて朝ごはんくらい食べられる代金はもらってよね」


「あら、朝ごはんはありましたよ」

「石みたいになっていただけで」


「それは朝ごはんって言わないよ」


スズネはそろばんをしまった

「では、仕事にかかりましょう」

「コハク、絡まっている魔法陣を朽ちさせてください」


「え、いいの?」


「はい。古い魔法陣まで傷みますが、今は止めるのが先です」


コハクが手を窯に向けた

すぐに赤い砂が空中を漂いはじめた


店主が驚いて声をあげる

「そ、それはなんです? 魔法ですか?」


「はい、コハクのさび魔法、あらゆるものを朽ちさせる力」


「窯に掛けられた魔法から力を奪います」


砂は勢いよく窯の魔法陣に流し込まれた


すぐに魔法陣はかき消え、パンは新たに出てこなくなった

「よくできました、お手柄ですよ、コハク」


「えへへ、ちゃんと止まったでしょ」


店主が困った顔をしていた

「あの~……」

「窯の魔法陣全部消えちゃって、これじゃ本当にただの窯なんですが……」


スズネが答えた

「そう言われても困ります。ご依頼は、暴走している窯を止めることでしたから」

「薪を使ってご自分で焼かれては?」


「そんなこと、もう十年以上もやっていませんよ!」

「これじゃパンが焼けない」


「それは困りましたね……」

「それでは窯に新たな魔法陣を書いて差し上げましょうか?」


「おお! それは助かる! ぜひお願いします」


またスズネがそろばんをパチパチと弾きはじめた


店主の顔がその瞬間曇る


スズネはそろばんを店主に見せる

「今回は追加依頼ですから、割引しちゃいますね」


コハクがそれを覗き込んで言った

「また安くして、そんな必要ないよ」


「困っている方から、高いお金は取れません」

「ね、そうでしょ? 店主さん」


店主は自分のそろばんに手を伸ばしかけた

けれど、すぐに手を引っ込める

「ええ、もちろん!」

「これで、お願いします……」


スズネはにこやかに答える

「まいどありがとうございます」


その後、スズネは窯に新しい魔法陣を書き直した

窯の奥に小さな火が灯り、試しに入れた生地が、今度は一つだけ焼き上がる


ぽん、と小さな音を立てて、丸いパンが窯から出てきた

「ちゃんと直りましたね」


スズネが言うと、パン屋の店主はそのパンを両手で受け止め

心底ほっとしたように息を吐いた

「よかった……これで店が続けられる」


店主は報酬を払い、さらに紙袋いっぱいのパンを持たせてくれた

コハクはその紙袋を抱えながら、少しだけ機嫌よく店を出る


帰り道、修理屋へ向かう細い通りで、腰の曲がったおばあさんが二人に声をかけてきた

「あら、スズネさん」


スズネが足を止める

「こんにちは。魔法灯の調子はいかがですか?」


「おかげさまで、夜も針仕事ができるようになったよ」

「この前は安く直してくれてありがとうね」


おばあさんはそう言って、手にしていた布袋をスズネに差し出した

中には、人参とじゃがいもと玉ねぎが入っている

「畑で採れたものだけど、よかったら持っていきなさい」


スズネは少し困ったように微笑んだ

「そんな、いただくわけには」


「いいのいいの」

「あんたはいつも安くしてくれるんだから、これくらいさせておくれ」


コハクがすかさず布袋を受け取った

「ありがとう、おばあちゃん、助かるよ」


スズネは少しだけ困ったようにしたあと、丁寧に頭を下げた

「ありがとうございます」

「大切にいただきます」


おばあさんは嬉しそうに笑って、ゆっくり通りの向こうへ歩いていった

コハクは紙袋と布袋を見比べる

「パンと野菜がそろったね」


「はい」

「今日は、美味しいものを食べましょう」


二人は、少しだけ足取りを軽くして修理屋へ戻った


店に戻ると、奥の机にヒナタが座っていた

朝の石みたいなパンを、まだ両手で持っている


「ただいまー」


「あ、おかえり」


コハクはパンがたくさん入った紙袋を、ヒナタの前の机に置いた

ヒナタが手にしている硬いパンを見て言った

「それは食べられないよ」

「パンならもらってきたから」


「いや、スープにつければいけるかなって」


スズネが口をはさんだ

「おやめなさい。そんなものを食べたら体に悪いですよ」


ヒナタは紙袋の中をのぞきこんだ

「おいしそうなパンだね」


「でしょ。さっきまで増え続けてたやつ」


「増えるパン!?」

ヒナタの目がきらっとした


「もう増えません。コハクが止めました」


スズネがそう言うと、ヒナタは目に見えてつまらなそうな顔をした

それから、紙袋からパンをひとつ取り出す


「温めてあげるよ」


「え?」


コハクが止めるより先に、ヒナタの手から白い光が広がった


パンは一瞬だけふわりと浮いた

次の瞬間、机の上に落ちる


コン、と硬い音がした


コハクは黙ってパンを見つめた

朝のパンと、同じ音だった

「……ヒナタ」


「なに」


「これ、また石になってるんだけど」


「温めたんだけどな」


「温めて石になることある?」


「あるんじゃない?」


「普通はないよ」


スズネは軽くため息をついた

「食べ物を粗末にしないでください」

「いまからシチューを作りますよ。二人とも手伝ってくださいね」


コハクが小さく飛び跳ねる

「やった! シチュー」


ヒナタもぱっと顔を明るくした

「じゃがいもの皮むきやるねー」


スズネがすぐに言った

「包丁はわたくしが見ているときだけ使うように」


王都の外れにある魔法の修理屋は、昼になっても少し焦げくさかった


やがてそこに、シチューのいい香りが加わった

三人は、もらってきたパンを小さな窯で温め直し、シチューにつけて食べる


今度のパンは硬くない

あたたかくて、やわらかくて、ちゃんと食べ物の音がする


ヒナタは丸いパンをひとつ手に取り、ぱくりとかじった

「これ、おいしい」


コハクとスズネは、そっと顔を見合わせた

それは、店の中を跳ね回っていた丸パンに似ていた


ヒナタが首をかしげる

「どうしたの?」


コハクは少し考えてから、シチューにパンをひたした

「ううん。おいしいならいいかなって」


スズネも静かにうなずいた

「食べ物を粗末にしないのは、よいことです」


ヒナタはよく分からない顔のまま、もう一口パンをかじった


その日、三人のお気に入りのパンは

よく跳ねそうな丸いパンだった



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