第10話 蒼炎の矢、再び
25階層の通路で、聞き覚えのある声がした。
「——だから言っただろ、無理だって!」
レイドだ。前方から三つの人影が歩いてくる。蒼炎の矢。レイドが先頭、カーラが壁に手をつきながら後ろ、ジンドが殿。三人とも顔色が悪い。
一本道だ。避けようがない。俺は足を止めて、道の端に寄った。
「……お疲れ様です」
レイドの足が止まった。俺を見て、一瞬目を細めた。
「ノア? こんなところで何してんだ」
「27階層に、少し」
「27階層?」
レイドの声が上がった。唇の端が引きつっている。カーラが壁から手を離してこちらを見た。
「嘘でしょ。あのノクスの中を鉄級が? 25階層でさえこれなのに」
「すみません。なぜか、あまり影響を受けないみたいで」
カーラが鼻を鳴らした。何か言いかけて、やめた。
ジンドがこちらを見ていた。あの帰り道と同じ目だ。何も言わず、小さく頷いただけだった。
レイドが俺の横を通り過ぎる時、低い声で言った。
「……勝手にしろ」
三人の足音が遠ざかっていく。
腰のあたりが、冷たくなった。影の温度が変わっている。レフィだ。三人の背中を見送っているのが分かる。出てきてはいない。ただ影の中から、じっと。
27階層で魔核を四つ喰い、帰路についた。
残骸の荒野を横切って、25階層の道標石を目指す。いつもの道。いつもの灰色の土。
足を止めた。
足跡がある。
俺のものじゃない。ずっと軽い。歩幅が異常に広い。つま先だけで地面を蹴った跡が、浅く鋭く点々と続いている。走っていたのだろうが、踵がほとんど接地していない。
足跡は荒野の奥——俺がまだ行ったことのない方向に向かって伸びていた。
影から声が聞こえた。出てこない。声だけ。
「……前から、気配はあった」
「いつからだ」
「……最初の頃から。遠かった。最近、近い」
「……なんで言わなかったんだ」
「……遠かったから」
遠かったから言わなかった。近くなったから言った。こいつの判断基準は、いつもそうだ。
足跡を辿りたかった。でも今日はもう体力を使い切っている。覚えておこう。
道標石に手を触れて、転移した。
深淵門を出ると、夕日が岬の道を赤く染めていた。
裾を引かれた。ちょん、と一回。
「干し肉?」
返事がない。裾を掴んだまま、離さない。
しばらく歩いた。裾は引かれたまま。
それから——小さな声。
「……あの人たち」
レフィが自分から誰かの話をしたのは、初めてだった。
「蒼炎の矢のこと?」
沈黙。裾から手が離れた。それきり、何も言わなかった。
25階層で三人を見送った時の、影の冷たさを思い出した。
何を言いたかったんだろう。聞いても、多分答えない。こいつはまだ、言葉が足りない。
岬の風が強くなった。俺は襟を立てて、宿場区に向かった。




