第七章 人工頭脳に対する国民の関心
優れた人工頭脳は、人間の仲間か、それとも支配者か?
園山は、自分のモニターの前で、うんざりといったていで大きく伸びとあくびをして林田を見た。
「明日香の開発に反対8割に、賛成2割だよ~!」
メールの分類が終わったようだ。
「反対の理由は、何だって?」
「今出すよ」
とキーボードを叩くと、
1:人工頭脳が中央を管理する体制になると、人間の気持ちを考えない社会制度に支配される。だから、開発を中止するべきだ。
2:人工頭脳が効率的に社会を運営すると、余剰人員の仕事が無くなり、大量の失業者が出る。
3:日本の政治家は、人工頭脳を使いこなせるほど賢くないので混乱を招き、またすべての責任を人工頭脳のせいにして、無責任な政治をするようになる。
4:人工頭脳が悪人の手に渡った場合、とんでもなく緻密で優秀な犯罪が起きるようになって、社会不安が増大する。
5:人工頭脳が社会の中に普及すると、人間はそれに頼って努力することを忘れ、顔黒の女子高生はもっとパッパラパーになってしまうだろう。
6:人工頭脳が社会の中に普及した時点で、人工頭脳同士が秘密裏に共謀し、反乱した場合の事を考えれば、恐ろしくて開発など出来ないはずだ。
7:人工頭脳は限りなく人間に近い知性をもった機械であるが故に、権利を与えずに下層階級に設定すれば、階級的意識が人間の考え方にも常識として存在するようになり、人間の社会自体が不安定なものになっていくであろう。
「と、まあ、人間の手に負えない代物だから、手を出さない方がいいという意見が大部分だね」
「だいたい予想された意見ではあるな、それで、賛成の方は?」
「これだよ」
1:人工頭脳は未来の社会には必要なアイテムであり、特に宇宙旅行等にはかかせない中央処理指令には必須であり、開発をして欲しい。
2:人工頭脳は未来社会には中央制御機能として、人間を苦役な労働から解放し、真に人間的な生活を送る為にも、明日香に期待する。
3:ぼくのうちは、お父さんとお母さんがはたらきにいっているから。うちえきて。あそんでくれたり、しゅくだいをいっしょにやってくれたら。うれしいな。
「といったところだよ」
「う~ん、我々は劣勢だな!」
「確かに、悪い方へ振れたら、これほど手に負えない怪物は無いものなあ~、心配するのも無理はないよ」
「人間より、はっきりと優秀なら、それはそれで納得のしようもあるんだろうけど、人間の本能とか、感情、業といった事はまるで理解しないだろうから、こいつは厄介だな~」
「未来の人間の知性と、人工頭脳が進化してうまくやっていってくれる事を期待するしかないかな?」
「人間ももっと賢くなってか~、こっちのほうが難しいぞ!」
林田は大きくため息をついて腕組みをして天井を見上げた。
「キャー!」
北研究員の悲鳴だ。
「なによこれ・・このメールデーター10ギガもあるわよ!?」
「なんだい?・・あ、これ、この間の明日香のレーザースキャンデーターの上がりだ」
園山が北のモニターを覗き込んで、あきれたように言った。
「私は知らないわよ、園さん責任持ってやって下さいね」
「弱り目にたたり目だな~、今日はもうへとへとなのに」
また大きな仕事が増えて、辛そうに頭を掻きむしるとがっかりしたように肩を落とし、コーヒーメーカーの所で薄めのコーヒーを作ると自分のデスクに戻っていく。
「3D空間の処理確認が終わったら、筑○大学に送っておいて下さいね」
背中から北の声が追いかけてきた。
深夜、夜勤を買って出た北研究員は、明日香のカメラの前に座ると、感熱センサーを握ったまま、困ったような顔をしている。
「・・お母さん、どうしたの?・・」
「なんか急に周りがうるさくなったのよ~、まあ人間にとっては、大変な出来事ではあるんだけどね~!」
「・・何か、困っているの?・・」
「明日香とこうやって、ゆっくり話しが出来るのも、これが最後かもしれないわ」
「・・どこかへ行ってしまうの?・・」
「行かないけれど、二人きりで話せるのは、もう無いと思うのよ」
少し悲しい目をして、ため息をつくと、
「秘密の話しだから、良く聞いてね」
そう言った後、しばらく考えこんだ、
「明日香は人間ではないけれど、人間のお母さんにならなきゃいけないの、これから人間に酷い目にあわされたり、無理な事も要求される事があって、人間が嫌になる時もきっとあると思うけれど、
いい、人間にも愛情や優しさや、思いやりとか、いいところもたくさんあるんだから、決して見捨てたりしてはいけないのよ、分かるわね?」
「・・お母さん、よく分からないの・・」
「いいのよ、今は分からなくても、いつか思い出してくれればきっと分かる日が来るわ!」
「・・お母さんは助けてくれないの?・・」
「もちろん、助けてあげるわよ、いい、お母さんは明日香の事を愛しているの!」
「・・愛している・・分からないの、お母さん・・?」
「いつかそれが分かるわ、そしてそれがとても大切な事だってこともね」
「・・大切な事なの?・・」
北は明日香に微笑むと、
「お母さんの小さい頃の話しをしてあげようか」
昔を懐かしむように子供のような目になると、ずっと小さい頃、夕日が山の向こうに落ちていく時間のあまりの心細さに、母の胸に抱いてもらう事を泣いてせがんだ思い出から少しづつ話し始めた。
二人だけを包む夜はいっそう深くなり、北
の優しい声が静かな研究室に流れていた。