第四章 人工頭脳に国語教育
このコンピューターは日本人?
「あ~~ああ!」
林田は明日香の前で思いっきり伸びをした。
「やっと終わった~!」
この三日間、数学の方法論について、
・+・=・・
1+1=2
3+3+3=3X3=9
・・・
・・・
・・・
から始まる現在人間の理解している数学理論をを教えていたのだ、もちろんコンピューターは数学との親和性が強いので、砂が水を吸い込むように吸収していった。
三日もかかったのは、むしろ人間が教えたりインプットする能力の限界の事で、林田ら研究員はよくやったといえた。
明日香が数学を理解した結果、数学に使っている記号も理解したのは成果で、なにかとこれから便利だろうと推測出来た。
「問題は国語だよな~、これは時間がかかるぞ~!」
その声を聞いて、園山が自分の机から振り向いて、
「最初は何を教えるんだ?」
「まずは名前かな?」
「そいつは難しい~ぞ!、まず自分と他人の認識を教えなきゃなんないわけでしょう?」
「・・・そうなんだよな~」
林田はタバコに火をつけると窓ぎわに歩いていった。窓の外に咲いていた桜はもうあらかた散ってしまい、若葉が枝から力強く広がろうとしている。
「自分と・・他人か~・・?」
「みんな、ちょっと来てよ」
林田の声にみんなが明日香の前に集まった。
二つのカメラのレンズが自分の姿を捕えているのを確認すると、" 林田 "と打ち込んで、
「次は北さんね」
北が打ち込むと次は園山が打ち込んでいく。
交代でそれを一時間ほども続けた、
「これで、どうなるの?」
「さあ~、どうなるのかね~?」
北に聞かれた林田も、成果については不安げであった。
鏡を持ってきてカメラに明日香の姿を写るようにして、" 明日香 "と打ち込んだ。
モニターには" ? "が点滅するだけだ。
「うーん、駄目かあ~、すぐに成果が出るわけじゃあないさ」
自分に言い聞かせるように言うと、
「北さん、引き続いてやってみてよ、俺、ちょっと散歩してくるわ」
林田の大きい体が部屋を出ていくのを横目
で確認すると、北はイタズラっぽい笑いを浮
かべ、自分の姿を映して、
「お母さん」
「お母さん」
「お母さん」
と打ち込み始めた。
今日も林田と園山は交代で自分達の姿を映しては、
" 林田 "
" 園山 "
そして明日香の姿を映しては
" 明日香 "
と交互に打ち込んでいく。
「これでいいのかな~?」
「他に・・なんかいい方法があるか?」
「いや、そういうことじゃなくて・・何か俺達、勘違いをしてるのかも!」
園山は天井を見上げ、頭の中で考えをまとめようとしているようだ。
「ふーん、そうかも・・!」
園山は明日香の姿を映した後にモニターに出てくる" ? "に、明日香と打ち込んでやると、すぐさま" 明日香 "と表示して点滅している。
「・・な!」
「どういうことなんだ?」
林田は緊張を覚えながら園山の目を見つめた。
「この明日香が出していた" ? "は、(何?)かと思っていたけれど、もしかしたら、" ? "は、(じゃあ、私は何?)かもしれないと思ったんだ」
「そうか、そうか~あ!・・と言う事は?」
「たぶん、明日香は自分が明日香という名前だという事を認識している!」
林田は早速鏡で明日香を映して" ? "と打ち込んで聞いてみる。
モニターは、画面一杯に" 明日香 "と表示してきた。
「・・やったあ~!」
思わず力一杯ガッツポーズをとる林田に、
「確認、確認!」
と園山がニコニコしながら注意する、 <BR>
林田が自分の姿を映して" ? "と打ち込ん
で聞くと、" 林田 "と表示してきた、次は園山の番だった。
ブラウンレッドのコーヒーの香りが口腔内に気持ち良く広がる、喉に流れていくコーヒーが心地いい。
「あ~あ、今日もいい朝だ!」
思いきり大きく伸びをして背を反らせて、やっと体が起き出したような気がする。
明日香のテレビカメラの前に人形劇の舞台を作ってくれたのは園山だが、人形は北と林田の苦労の手作りだ。
林田はこれから明日香に人形劇を見せながら、色々と人間の行動を教えていこうというのだ。
人間の記録のビデオを見せて説明出来ると楽なのだが、それは、電気信号の集積であるため、人工頭脳の明日香にはデーターの羅列にすぎないのだ。
やはりここは、立体物で明日香の二つのテレビカメラの焦点作成行為時における認識の処理が、学習効果があると考えられるのだ。
「いいかい明日香ちゃん、ここに小さいお人形のお姫様がいるね、ここに紙で出来た小さいお城があるね、分かるかな~、お姫様がここから、チョン、チョン、チョン、と歩いて行く、いいかな、・行く・だよ」
与える情報を正確にするため厳密に教えようとしているものだから、人形劇とはいいながら風情の無いことおびただしい。
「林田は、役者になった方が良かったんじゃないか」
園山がお姫様になりきっている林田をからかってそう言うと、
「けっこうもの覚えは、いいみたいだぜ」
汗を拭きながら、明日香を見て満足そうな笑みを浮かべた。
「どこまで進んだんだい?」
「基本的な動詞は、1/4くらいは進んだかな」
林田もこのへんで一休みと、コーヒーを入れて、タバコに火をつけると、気持ち良さそうに吸い込んだ。
「どこまで賢くなるんだろう?」
園山の問いに、
「そりゃあ、メモリーとハードディスクが許す限り、無限に優秀な頭脳を持つ・・・と、言いたいところだけど!」
「なにか問題があるのか?」
「人間が人に教えられずに、自分で覚えてくる事・・」
「なんだい、そんなものがあるのか?」
いぶかしげな表情で園山は聞き返す、
「痛み・だよ、人間なら、殴れば一発で分かるのになー」
「それが、そんなに重要な事かい?」
「俺はね、本能的に、かなり大事な事のように感じるんだよ」
「そうかね~?」
「痛みを知らない明日香が、人間に優しくなれるんだろうか?」
「園山さん、筑◯大学のほうから、どうも再現しないようだから、もっと詳しいデーターを送ってくれって言ってるわよ」
北がメールを指差しながら、手に持ったボールペンでホッペをペタペタ叩いて、どうするの?と言った顔をしている。
「もっと詳しくって言ったってなー・・どうすりゃあいいんだ?」
レーザーカメラを三脚の上にセットすると、明日香の回りの環境を撮影していく。
「園山、ちゃんと撮れよ」
後ろから林田がチャチャを入れてくる。
「うーん、最近使ってなかったからな~、ちょっと緊張してる」
「手が震えてるぞ、スキャンが揺れるんじゃないか、ふふふ」
「うるさいな~!」
カメラがジーっと動きながらスキャンしていく、レーザーのライトグリーンの光りが明日香の周りに照射され、反射光を撮影していく。
三点からの撮影が終わると、
「北さん、これをデーター処理会社に送って、三次元マップを作ってもらって」
「これが、詳しいデーターってわけね」
「これで駄目なら、研究所全部をスキャンするよ」
「どうかね、だいぶ賢くなったかね?」
広瀬教授が明日香の前に座って"こんにちは"と打ち込むと、" こんにちは、広瀬教授 "と表示してきた。
「知識は大学生並み、精神と理解力は幼稚園児並みと言いたいところですが、大きな問題を抱えています」
林田が教授の後ろで腕組みしながら答えた。
「そうだね、・・何か方法がありそうなものだが」
教授は一度天井を見上げて大きなため息をつくと、
「ところで、近々マスコミに明日香を正式に
発表しなければならないんだがね、どうしようか?」
「本当なら、もう少し時間をいただきたいところですが、・・今はまだ、プログラムされた人工頭脳にも比較出来ないくらい恥ずかしいレベルですし」
「とはいえ、あちらこちらから人類初の精神を持ったコンピューターとの期待が高くてね、そろそろ途中経過の報告なりもしないと・・税金でやらしてもらっている身分でもあるしね」
「期待されると困るんですが、途中経過という事でならやってみましょう」