第三十四章 戦いの後、
敵の銃弾が明日香に向かって連射された!
窓の外では、救護班の車が赤いライトを点滅させながら戦闘地域での負傷者を救助する為に庭を走り回り、自衛隊員達が新しい警備体制で防御を固めようと、所定の現場へと走っていく。
「K国の侵入者なの?」
「ううん、それはまだ分からないけど、他にこの研究所を攻撃して来る連中なんて、想像出来るかい?」
国内のテロ集団なら、自分等の行動を世間にアピールするのが目的だから、こんなにしつこく攻撃を続けたりはしないだろうしなあ~」
話しているうちに、少しは気が落ち着いてきた。
「怖い?」
北は明日香を気づかうように声をかける。
「・・怖い、恐怖ですか、よくわからないの?・・」
「そうか、そうよね~、大丈夫よ..きっと」
安心させるようなしっかりとして優しい声だ。
窓の下から黒い人影がスーと上がって来たのを林田は見ていた、その人影の腕が動いた瞬間、窓ガラスを撃ち抜いた弾丸が夜のビル群のような明日香を連射して撃ち抜いていた。
悲鳴を上げる間もなく、鋭く狂暴な弾丸に破壊されたコンピューターの部品が反対側の空中にバラバラと細かい破片になって飛散した。
林田はその黒い人影に向かってウオー!と叫びながら、MP6の引き金を引き続け、敵に弾を撃ち込んだが、 黒い影から声は出ていなかった。
敵の体を撃ち抜いている感触はある。
その人影がゆっくりと倒れていきながら、V字サインをした腕を高く掲げたのは、任務を遂行した誇りなのか。
倒れた人影の後ろに、もう一人いたのに気付いた時には、林田は射撃され、右側頭部を撃ち抜かれていた。
耳が、吹き飛ばされた!..明日香は?..
衝撃の痛みの中で、意識が冷たくなって下に落ちていく、
北研究員が泣くような声で、明日香を呼び続けているのが聞こえていた。
誰かが頭を触っている。
研究室の灯りはもうついて、明るくなっていた。
「大丈夫ですよ」
元気づけるような平川の声だった。
そして続けて、
「申しわけありません!」
無念そうな声を聞いて、事態の予測がついた。
最悪だ!、どうしよう..、どうすりゃいいんだ?
むなしさと怒りが胸の中に膨れあがってくる。
林田の頭を支えているのは、自衛隊の救護班だった。
「どうなんです?」
振り返りぎみに聞くと、
「耳がちぎれかかっていますから、あまり手荒に触らないで下さい、あと頭の肉が吹っ飛ばされていますから、禿げるかもしれないな~」
その救護班の口調からして、命に別状はなさそうだ。
痛みがそれほど無いのは、患部付近の神経が吹っ飛ばされてしまったせいなのか。
広瀬教授が安心したように、包帯でグルグル巻にされている林田に、
「運が良かったな、もう少し中へ入っていたら即死だったから..」
「..明日香は?」
「....」
黙ったままで残念そうに頭を振った。
ポンポンと肩を叩くと、銃撃されて破壊された明日香の側で、被害固所のメモを取り始めた。
明日香を構成しているコンピューター群の中に入った園山が、蓋を開けて被害状況を調べている。
「14号、ハードディスクと配線部分が損傷、15号は貫通しているだけで、中の被害は無さそうです、16号、マザーボードが破壊されています」
次々と報告を続ける園山が、時おり何かを我慢しながら目を拭っている。
北研究員の話しによると、林田を撃った男は、すぐその後に上から銃撃されて倒れたそうだ。
おそらく平川隊員が屋上から撃ってくれたものだろう。
明日香を襲ってきたK国の特殊工作員の二人が運ばれていくところを見たら、自衛隊員の制服を着ていたそうである。
たぶん、あの銃撃戦があった頃に、紛れて侵入して来たのに違いない。
どうすれば、あの二人の攻撃を防げたのか?
明日香が攻撃されて破壊された事は、すぐにニュースで世界に発信された。
日本政府の落胆の色は濃く、マスコミは政府と自衛隊の責任追及の火の手を上げて、連日、識者の談話を載せて、明日香が未来の社会にいかに大きな貢献していたかの可能性について、多方面から検討し、残念がっている。
K国は関与を全面的に否定しながらも、放送では明日香に触れて、
・・未来の平和を脅かす、新兵器開発の中心頭脳だった明日香が破壊されたのは、帝国主義的野望が世界に拡大する事を阻止しようという正義の戦士達の意思であり、その勇気と力は世界人民に平和をもたらすものである!。
日本の軍国主義的野望を打ち砕き、世界支配に抵抗する人民の高貴な意思と理想は、これからも不屈の意思を持って受け継がれるものである!・・
と、高らかに演説していた。
風に秋の匂いが乗ってきたように感じる夕暮れ、すじ雲が黄金色の空に白く浮かんでいる。
特別警戒体制も解かれ、以前の研究生活が戻って来た。
園山は明日香の壊れた部品を交換する事に忙殺されている。
「明日香は戻ってくるんだろうか?」
林田の頭には、まだ白い包帯が巻かれたままだ。
「どうかな~、期待はしてるけど、かなりメチャクチャにやられてしまったからな~..」
園山の問いに答えながら、もし、明日香が回復しなかった時に備えて、気落ちしないようにそう考える事にしていた。
あの可愛い明日香の声を聞きながら、人間についていろいろ話したい希望も持っているのだ。
明日香、戻って来いよ、お前の大好きな園山が、毎日徹夜で修理してきたんだからな!。
電話を受けている北研究員の声が、興奮し始めている。
「筑◯大学で人工頭脳の再現に成功したそうです!」
報告する北の声は、嬉しさで弾んでいるようだ。
「その他の大学でも、次々と再現しているそうです!」
「わあ!、明日香か?」
林田は興奮し始めた自分を抑えるように、コーヒーを入れて、震える手で机の上に置き、タバコに火をつけようとするが、なかなか火がつかない。
嬉しさで、ワアー!と叫びたいのをこらえ、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
明日香と同じ構造の人工頭脳だとしても、それが明日香と同じであるかは、まだ分からないのだ。
それに、再現性が確認されたとしても、初期の頃のように、まだ幼児のような知性が生まれた事が確認出来たくらいの事だろう。
ただ、明日香がなんとか意識を取り戻す事が出来れば、子供というか仲間が増えて、話し相手になったり、教育する事も出来るな。
さっきまでの空しいような気分が、今は再び夢が広がっていくような、わくわくした気持ちになっている。
北の報告を聞いた広瀬教授も興奮してやって来た。
「おめでとうございます、教授!」
「やあ、やったね!、みんな、ありがとう、やっとこれで学問としてのスタートが出来そうだよ!ありがとう!、本当にありがとう!」
これから多方面から人工頭脳の研究が進むだろう事に期待を寄せる教授の喜びが、素直に伝わってくる。
園山は複雑な笑みを浮かべて、再び明日香の修理に取りかかっていく。
「筑◯大学等で生まれた人工頭脳は、明日香と同じなんですか?」
林田の問いに、机に座り直した教授はしばらく考えて、
「これは仮説として聞いてくれたまえ、
明日香の心は、磁界、磁場によって造られたと思えるのだよ、だから、園山君が三次元レーザーで作ったマップで精密に同じ構造の物を造らねば、人工頭脳は再現しなかった。
明日香について考えられるのは、彼女の心、この場合磁場だが、この並列処理する為の複雑で乱雑な配線の磁場が複雑な磁場の干渉で影響し合い、たまたま偶然に人間の脳の磁場と同じような機能を発生させて、長いことをかけて彼女の潜在意識を造ってきたのではないか?
また、明日香が自分用のデーターを蓄積していたけれど、あれはプログラム的には意味は無いが、回路に流して磁場を発生させ続ける為に使っていたのじゃあないかな?
心がデジタルな神経系の反応、伝達、処理というだけでは割り切れない、不思議に空間感を持っているのは、この磁場の空間の感覚なのかもしれないという説があるのは、君も知っているだろう。
人間が人工頭脳を造りえなかったのは、潜在意識を造ることが出来なかったからではないか、人間が自分の潜在意識を知る事は人格破壊につながるから、永遠に潜在意識を知識化してプログラムする事は不可能なのだ。
明日香は偶然に心を持つようになったが、明日香自身がなぜ自分が生まれたか説明出来なかったろう、だがそれは心を持つ生命にとって健全な事だったと思うのだよ。
今再現されている人工頭脳達も、この5ヵ月という期間を潜在意識を育て造るという作業無しには生まれて来なかったのだろう。
我々が心を持つ人工頭脳を造ったのではない、生まれる環境を整え、このコンピューターの間から自然に生まれて来るのを手伝ったに過ぎないのだ。
逆に、明日香は人間が心を人工的に造ることは無理だと証明してしまったとも言える。」
教授は仮説と言いながら、その言い方には確信が溢れていた。
「それでは、今、筑◯大学等で生まれている人工頭脳は、明日香とは違うという事ですか?」
「人間だって、ほとんど同じ様な脳細胞の構造なのに、これだけ個性が違って産まれてくるんだ、新しく生まれた人工頭脳達も、それぞれ違った個性を持っているだろうと予測するほうがいいのではないかな?」
「はい..、やはり、明日香は明日香であったわけですね..」
林田は必死に修理して、なんとか再生させようとしている園山に、心の底からエールを送った。
林田は研究所の庭の草の上に寝転んで北の空を見上げた。
抜けるような蒼空に無数の星がまたたいている。
「そう言えば、地球にも磁場があったな~!」
地球を母の手のように優しく包んで広がる磁場の様子を想像したら、何か熱いものが胸の奥から突き上げてきた。
地球の想い、
地球の意思、
そんな物があるのだろうか?
極北の空で、輝きながら大きく舞い踊る優しいオーロラは、地球の心のふるえなのだろうか、
林田は夜空一杯に広がってゆらめくオーロラを見たくなっている。
完