二十五章 明日香が本物である証拠
切り裂きジャックの脅しに近い明日香への仕事の発注は、新しいコンピュターシステムを設計する事だった、
林田が添付書類の仕様書を開けると、
添付書類
┌───────────┐
CPU :光によってスイ
ッチングを行う。
スイッチ:X.(赤色)
Y.(黄色)
0.(紫色)
-X.(緑色)
-Y.(青色)
の5方向を持つ。
これにより、0+24=25
25進数のCPUとする事が
出来る。
OS: 子供でも使える、
疑似人工頭脳の応答プロ
グラムが、エラーやトラ
ブル無しに動く環境を整
える事。
このアイデアはジャックに
帰属しているものである。
└───────────┘
「ふ~ん!、どう思う園山?」
林田は机に頬杖をついたまま、ゆっくりと聞いた。
「う~ん、」
「ずいぶん簡単な仕様書だね、どういうことなんです?」
平方の問いに、園山もモニターのメールを見ながらゆっくりと答える、なにやら脳味噌の半分で考えているらしい、
「これが実現出来たら、新しいコンピューター時代の到来ですよ、面白いなあ、これ!」
「いいですか、我々はジャックに脅迫されているんですよ、それを忘れないように!」
大声になった平方が眼中にないように、林田は立ち上がって歩き回り、
「そう、脅迫されているけれど、このアイデアは、新しい時代を作るかもしれない、う~ん...」
「ジャックは21世紀のビルゲイツになるつもりなのか?」
園山がポツリと言った。
「そうか、あいつの目的はそういう事か」
林田が園山の方に向き直った。
「性格と能力は、SFに出てくるマッドサイエンティストだね、まったく!」
「それほどの事なんですか、切り裂きジャックの言っている事は?」
平方がわざと切り裂きに力を込めて訊ねると、
「今の2進数のコンピューター世界が、一挙に25進数になるんです、すべてが変わってしまいますよ」
「少しぐらいコンピューターが良くなったって...」
犯罪者が明日香を支配下に置くような事は、これが世界的に影響のあるものならば、即日本の政府の責任を問われることになる、
そんな事態は避けなければならない平方である。
「・・イスラエルの発信者が侵入しています・・」
明日香が新しい侵入者を報告してきた。
「私はジャックのアドレスと発信位置をF.B.Iに通告します!」
歩き出した平方の背中に、
「どうせ奴は見つけられても平気なような、がらくたのような場所から発信しているんですよ!」
「それでもかまわん!」
平方はジャックよりも、林田や園山の態度に苛立っているようだ。
「それよりも、ジャックを奴の本拠地におびき出してからの方がいいんじゃありませんか?」
「ふん~、それが出来ると?....」
平方も思い留まったようだ。
「明日香、ジャックの要求している物は作れそうかい?」
園山の問いに、
「・・これは、とても難しい仕事になりますわ・・」
「難しいって、お前が?」
「・・データーを組み合わせたり、処理するのは簡単ですが、この新しいCPUとOSを作る為には、まだ未知の新しい発想が必要です、
その能力とデーターが私には無いのです・・」
「ああ、...そうか~!」
園山は悲しそうな声を出した。
「明日香、難しく考える事ないよ、今までのCPUの機能を、25進数のスイッチに置き換えて設計し直す作業なんだ、
えーと、立体階層構造になると思う」
林田が傍からアドバイスする、もうやる気でいるみたいだ。
「・・立方体でしょうか、球体でしょうか?・・」
「端子の事も考えると、立方体がいいな」
「・・わかりました、作ってみますね・・」
「急ぎの仕事だからな、お願いよ明日香ちゃん!」
「おい、林田!」
「..ん!」
園山が心配そうに声をかけてきた。
「今、明日香はハッキングされている最中なんだよ、作ったCPUとソフトのデーターも一緒に盗まれるぞ」
「ん、はあ!..そうか!」
林田はタバコに火をつけると、くわえタバコのまま薄めのコーヒーを作り、しばらく考えていた。
「その事にジャックは気付いているだろうか?」
「普通の精神状態ならね」
「と、言うと?」
「何も言ってこないところをみると、自分のCPUのアイデアがもうすぐ実現するということで、舞い上がってしまっているかな」
園山がニヤリと笑いながら言った。
「脅迫されて、ジャックの言うとおりの設計図とソフトを第三者に盗まれても、支持違反していない我々には、責任は無い..かな?」
手に持ったタバコを回しながら、林田は言った。
「法律的には、脅迫して物を作らせる事じたいが犯罪ですからな」
平方が付け加えるように言う。
「・・ルクセンブルクの発信者が侵入しました・・」
明日香が新しい侵入者がいる事を告げた。
「ルクセンブルク..あっ!、そいつは危険な奴等だぞ!」
「・・ハードディスクを初期化するコマンドを送ってきましたがどうしましょうか・・?」
林田が勢い込んで、
「そのコマンドをルクセンブルクの連中のマシンに送り返してやってくれ」
「・・はい、分かりました・・」
今頃、グリーンアースの、自然回帰主義者達は明日香破壊の祝いの乾杯でもしているかもしれんな、と想像しつつ、
「明日香、今はどうしている?」
「・・今は彼等のマシンのハードディスクを
初期化中です、あっ、今、回線を切断されました・・」
「ふふっふ、ビックリしたろうな、これでしばらくは攻撃して来ないだろう」
林田はホッとしたように、冷えたコーヒーを口に持っていった。
「・・新しいCPUは、思ったほど効率化はしません・・」
明日香の困ったような声が、呼びかけてきた。
「うん、何か問題があったか?」
「・・例えば、電流と違って、一度赤色光で作られた回路を、青色光回路に派生させるには、波長変換端子が必要になりますので、それを制御させようとすると、スピードが遅れてしまいます・・」
「う~ん、そうか、少し大きくなってもかまわないから、波長変換が必要のない、樹木形の回路にしてみたら?」
「・・とても大きくなりますが、いいですか?・・」
「うん、急ぎの仕事だからな、いいんじゃない」
半ば無責任に応えながら、林田はジャックにメールを送った。
┌───────────┐
切り裂きジャックへ
光コンピューター用の
CPUは着々と完成しつつ
あるが、その設計図はか
なりの巨大さで、2メガ
ギガほどになりそうだが、
大丈夫かな?
└───────────┘
返信メールはすぐに来た。
┌───────────┐
明日香と君達の仕事ぶり
には敬意と感謝の賛辞を
贈りたい。
そんなに大きいデータな
ら、新しいマシンでない
と受け取れないようだ、
準備が出来たらメールを
送る。
└───────────┘
「どうだろう?」
小さな声で園山に聞く。
「新しいマシンとアジトはすぐには手に入らない、とすると、奴はたぶん自分の本拠地に戻る、そこには一番大切で能力のあるコンピューターが置いてあるはずだ」
「そうだといいけどな」
林田も真面目な顔で言った。
「警察がラインをたどっても時間稼ぎが出来る場所、地下室、下水道の近く、ラインは何キロも這わせる」
「うむ、そのぐらいはやっているだろうな」
「・・林田さん、園山さん、見てください・・」
明日香が呼びかけてきたので、モニターを見ると、光コンピューターの立体的な外観が映し出されている。
「おお、出来たか!」
「・・では、始めますね・・」
モニターには信号の入力部から、記憶部、演算処理部、等の設計図がすごい速さで映され、明日香が解説していく。
林田と園山にはそれが正しいのか間違っているのかを判断する能力は無かったが、高精細な回路の隅々まで映し出される画面を注視しながら、このスピードで明日香は物を考えているのかと思うと、ただただ圧倒される気持ちと感動を覚えていた。
「・・まず、制作過程を考えて、階層の組み合わせで作ってみました、処理能力に余裕があるかぎり、テキスト処理、音楽処理、映像処理は別パート及びメモリーで行います、また、ソフト別にメモリーを割り当てます・・」
明日香が見せる5色の光が、生き物のように回路を走る様子を見て、園山は、
「虹のコンピューターだ!」
と、感動の声を上げた。