二十三章 明日香の最終ゲートを破られた!
日本が誇る人工頭脳のデーターは、各国の諜報機関に
全てダウンロードされていく、大丈夫か明日香?
その時、明日香の部屋の警備として、重装備のレンジャー隊員が一礼して入って来た。
「レンジャー隊員の平川です、こちらの警備をします、よろしくお願いします!」
いかつく頑丈な体に、防弾チョッキ、肩から短機関銃MP6を下げ、顔には歴戦の後か、二つの傷が左頬と首についている。
「まさか、ここまで攻撃される事は無いと思いますが、念の為です」
平方が目で礼を返して、林田達に説明した。
「・・誰かが侵入しました!・・」
明日香の声に林田が調べると、イギリスグループがハードディスクにアクセスし、片っ端からデーターをダウンロードしているところだった。
「イギリス国家が、明日香に表敬訪問しているところだな、明日香、その後に危険な奴が入って来るはずだ、気をつけてくれよ」
「・・IDは分かりますか?・・」
「そいつは、盗んだIDを使ってアクセスしてくる奴だから、はっきりしたデーターは無いが、発信地はおおむねアメリカで居所を突き止められないように、短いアクセスを繰り返す癖があるらしい」
「・・また、誰かが侵入しました、ロシアのモスクワです!・・」
「どうしている?」
「・・ハードディスクのデーターを、片っ端からダウンロードし始めました・・」
「いいぞ、みんなくれてやれ」
「・・図書館のデーターもですか?・・」
「ああ、そうか、・・でもそれは秘密でもないごく一般的な資料だな、いいぞ、くれてやれ、少しは彼等も賢くなるかもしれんしな」
「・・はい、分かりました!・・」
「本当に極秘の資料は入っていないんでしょうね?」
平方が傍で心配そうに口を出した。
「・・アメリカのユタからの侵入です・・」
「ん、あいつか?」
林田の顔に緊張と、半ば嬉しそうな表情が走った。
「発信先にアクセスしてみてくれ!」
「・・はい、分かりました・・」
「切り裂きジャックかな?」
園山の問いに黙ってうなずくと、
「・・アメリカ、ユタ、ソルトレイクシティー、ダラス、ニューヨーク、ソーホー地区、AE3047002、UN870036です・・」
「こっちのアクセスに気付いているかな?」
思わず園山に声をかけた。
「たぶんね」
「・・あっ、回線を切断されました・・」
明日香が高く透き通る声で、報告した。
「この後、どう出るかな、あきらめるかな?」
林田は 園山の前に座り直して、真剣な顔で言い、
「今、切り裂きジャックは何を考えているんだろう?」
と腕組みしながら園山に期待するような目線を送った。
「俺がジャックだったら..、」
と、園山は指先で鉛筆を回しながら、
「自分が繋いだラインで逆アクセスされた事で、かなりドキドキしているだろうね、
それに相手が明日香という今世界で一番有名なコンピューターなんだから、少しは汗をかいているんじゃない?」
「うん、」
「普通、逆探される時はアクセス記録をたどってやって来るから、それを書き換えておくとか、時間的に余裕があるけど、明日香のやり方はオンタイムでアタックされるわけだから、捕まる危険がどれだけ高いかを考えると、まず、安全な場所まで逃げるね」
「じゃあ、今は逃げている真っ最中というわけか?」
「もし、俺ならね、..それで覚悟を決めるね」
「捕まる覚悟で明日香にアクセスするか、か?」
「いや、ジャックは破壊屋だから、今の逆アクセスを考えたら、自分のマシンも破壊される可能性があるだろう、
それだけの犠牲と捕まる危険を天秤にかけて、対策を練るね」
「じゃあ、また来ると?」
「たぶんね..、アメリカ人で、天才と呼ばれ、自分でも天才ハッカーだと自負している人間は、自分の才能のプライドと確認の為にも、明日香を破壊する事は、それだけの価値があると思うだろうからね」
「ふ~ん、そんなものかな..、まあ、そんな気もするが」
林田が明日香の方を見ると、平方が真剣な顔で、データーがダウンロードされているモニターを見つめていた。
「何か、おかしいところでもありますか?」
「いや、今イギリスでも、私と同じようにモニターを見つめている連中の事を考えていたんだ」
「イギリス諜報部M1-6の事ですね」
「それは分からんが、少なくとも彼等は今、奇妙な感覚に囚われているだろうとね」
「と言いますと?」
「世界最高の能力を持っているはずのコンピューターに侵入して、すべてのデーターをダウンロード出来ていることの奇妙さだよ」
「もう、罠だという事に気付いているんでしょうか?」
「この時間なら、うすうすそう思っているだろうね、」
「それなら、この後彼等はどうするんでしょう?」
「簡単に手に入れられる情報は、その程度の価値しかないという言葉があるように、今
ダウンロードしているデーターには、さほど意味は無いだろうと予見はしているでしょうね」
「がっかりしていると?」
「半分はね、でも林田さんが暗号化しているということですから、それを解くまでは意味があるのか無いのかは、分からない」
「ですよね」
林田は両手を机の上に置いて、グイと身を乗り出すよ うにして、平方の言葉を待った。
「ガセネタの暗号データーを解くむなしさは、同じ様な仕事をしている私としては、同情を禁じ得ないところもありましてね、ハッハハハ!」
と笑い声を上げると、手に持ったコーヒーを一口すすった。
「・・ロシア、モスクワから、侵入しています・・」
明日香が声を上げた。
「さあ、次々とやって来ますかな?」
そんなのんびりとした声を上げると、林田はテレビのスイッチを入れた、ニュースの時間なのだ。
平方も向き直って、どこかに電話している。
テレビには、暗い画面の中に何かが燃えているのが映っている。
引き続きニュースをお伝えします。三陸沖の不審船が東海上に逃走中でしたが、自爆したもようです。
上空の木下さん、伝えて下さい、
はい、こちら、宮城沖80キロの現場海域を旋回中です、暗い海上に不審船だけが燃えています。
海上保安庁の巡視船が生存者がいるかどうか、海上を捜している模様です。
不審船について、新しい情報が入りました、お伝えします。船名の第七天竜丸で登録されている船は八丈島沖で操業している事が確認されました。
尚、不審船が三陸沖で何をしていたかに
ついては、まだ調査中です、
引き続き臨時ニュースを...。
「何なんですこの船は?」
林田が振り返って、その方面には詳しい平方に聞いた。
「それは私が一番知りたいのですがね、たぶん、K国の工作船でしょう」
「何で自爆なんか?」
「同海域から不審な潜水艦が北上しています」
何かを考えながら話しているせいか、声が小さい。
「海上保安庁は知っているんですか?」
「巡視船のきたかみが後を追っています、
あと、海自のおやしおとあさしおが追尾しています」
「それは、自衛艦ですか?」
「いえ、二隻とも潜水艦です」
「そりゃあすごい、潜水艦対潜水艦ですか、で、どうするんですか?」
「どうもしません、どこへ行くのかを確認するだけです」
「捕まえる事は出来ないんですか?」
「捕まえる方法があったら、私が知りたいですよ」
「そうか~あ!」
林田はタバコに火をつけると、両腕を頭の後ろに回して考えて、
「で、さっきから何を考えているんです?」
平方は時計を見ながら、
「もし、あの不審船が工作員を送り込んで、
そいつらが直接明日香を攻撃に来るのなら、もうそろそろ始まる時間なんですよ」
「えっ!」
林田はガバッと身を起こした。
「でもそれは、もし、なんでしょう?」
「もちろん、色々な可能性のうちの一つに過ぎませんがね」
「ふ~う」
大きくタバコの煙を吐き出した。