十八章 インターネットデビュー
世界が明日香という、日本生まれの人工頭脳を狙っている、
「これから明日香はどうなりますか?」
平方は小さな手帳を取り出して尋ねた。
「インターネットデビューですね」
手帳に書き付けながら、平方はハッキリと眉間に皺を寄せ、手帳を見ながら、
「どうしてもやらなければなりませんか?」
「明日香を成長させる為には、世界のアクティブな情報が必要なのです、それはあなたにも理解出来るはずです」
「・・うむ、確かに・・理解は出来ますが、ハッカーとかに侵入される事については、大丈夫なんですか?」
「それは、どうしても通らねばならない関門です、ですが、そこを通らなければ、明日香はいつまでもこの小さな研究室のコンピューターに過ぎないのです」
「・・・分かりました、その様に首相に報告しておきます」
「やあ、」
内閣調査室の平方が出ていくと、すぐに園山が顔を出した、
たぶん、廊下で様子を窺っていたのに違いない。
「なんだって?」
自分用のコーヒーを入れながら、林田に声をかけた。
「各国から、共同研究の申込が殺到してるという事と、明日香のインターネットデビューは大丈夫かと念をおされたよ」
コーヒーを持ってきて、林田の前に座ると、
「インターネットデビューか、いろんなハッカーが攻撃を仕掛けてくるだろうね」
不安そうな顔をして園山は聞いた、
「そうさ、なんとか明日香に侵入しようと大挙して押し寄せてくるだろうな」
「どうするんだ?」
「まずは、明日香のデーターを暗号化しなくちゃな」
「それは、侵入される事を予測してという事だね」
「どんな頑丈なゲートでも、時間をかければ開けられてしまうからな~!」
「そうだね、俺のもだいぶ侵入された形跡があるしね」
「え!、それで大丈夫だったのか?」
林田は園山の顔を見た、
「仕事関係のデーターで、さほど重要な物は入ってはいないしね」
「まあね、狙われている事は確かだしね」
「それよりも、明日香への質問メールが多くて、それをどうするか、そっちの問題の方が大きいよ」
「それは、機密に触れない程度になんとかしてくれ」
「機密ね~、・・何なんだろうね?」
「明日香、お前の機密って何なんだ?」
二人は明日香のカメラの前で覗き込むようにして話しかける、
「・・私の機密って、秘密の事ですか?・・私に秘密があるんでしょうか?・・」
「それよりも、この頃広瀬教授、ちょっとおかしいわよ」
北が黒縁のメガネを直しながら話しに入ってきた。
「今日も明日香に、お前なんか大きらいだ!って怒鳴ったり、さんざん嫌味な事を言っていたのよ」
「最近、いつも苛々しているものな、なんかお前知っているか?」
林田が園山に水を向けると、
「たぶんね、俺の推測だよ、いいかい、教授はどうも防◯庁の方から、明日香の兵器としての可能性をまとめて報告するように要請されているんじゃないかと思うんだ」
「まあ、防◯庁はそのくらいの事は考えるだろうな、で、根拠は?」
林田が身を乗り出してきた。
「教授の部屋に、兵器の資料が並んでいたんだ、初めてだよ、あんな資料を置いてあるのを見たのは」
「そうか、立場上、それが出来るのは教授だけだから断わるにも断われずか!」
「明日香が兵器だなんて、私は嫌よ!」
「とは言っても、国防上は、最高の兵器になりうるもんな~!」
林田は頭の後ろに腕を組むと、天井を見上げた。
朝からシトシトと雨が降っているので、窓にはゆるい稲妻形の模様がついて、少しづつ流れ落ちている。
林田は明日香の日常仕事の処理に使うデータ以外のいわゆる明日香自身が回路に流しているデーターの暗号化に取り組んでいる。
「どうだい、難しそうだな?」
園山が側から覗きこんだ。
「そうだね~、俺の不得意分野も使わなくちゃならんから、いささか手こずっているよ」
振り向きもしないで、なにやら分厚い本を見ながらキーを打ち込んでいく。
「乱数の暗号表なんか使うのかい?」
「もちろん、一応三重にかけてみるよ」
「敵はエニグマなんか使ってくるのかな?」
冒険物のアニメが好きな園山は、興味津々で林田の手元を覗き込んでいる。
「エニグマか、使ってくれたら嬉しいが、もうそんな古い物は使わんだろうな、すべてコンピューター処理されるさ」
「じゃあ、どれだけ時間を稼げるかだね」
「う~ん、だからさ、目一杯時間を使わせてやるつもりだ」
初めて園山を見ると、意味ありげにニヤリと笑った。
海外からの明日香との共同研究依頼は、日毎に増えていくようだ。
イルカとの会話で有名になって、各国のイルカ研究者達にイルカとの会話ソフトを送って、感謝と成果の報告が次々と送られて来たのは嬉しい限りだが、他の分野の研究者達の羨望の的となっているのである。
動物行動学
遺伝子情報科学
コンピューターソフト開発
コンピューターOS開発
宇宙開発科学
火星環境開発
歴史科学
など、多岐にわたって依頼があり、可能な物から協力することになり、北研究員はその選別に入っている。
朝から研究所はピリピリとした緊張感が張り詰めていた。
「さあ~、いよいよか~!」
林田は明日香の前で大きく伸びをして、組んだ腕を左右に大きく振って軽い体操をしている、緊張している自分の体をリラックスさせる意味もあるのだろう。
「・・大丈夫かなあ?・・」
大男の、こころなしかか細い不安気な声に、
「大丈夫よ、初めての事が多いけど、明日香ならきっとうまくやれるわ」
北が安心させるように側から声をかけた。
林田はこれから起こるであろう事を、予想して教え込んであるから、後は明日香の才覚と能力を信じるだけである。
ドアの近くで待っていた平方は、不機嫌で苛々しているように見えるが、この男が緊張している時には、いつもこのような表情をするのだろう。
「インターネットデビューの事は、首相官邸にリアルタイムで報告しますから、途中で中止命令が出るかもしれません」
ドアから出てモニターする為の別室に向かう林田と廊下を並んで歩きながら、心配でたまらないといった風に話しかけてきた。
「もちろん、首相から中断命令が出れば、即刻中止しますよ」
意外と素直な調子で平方に答えた。
その部屋には、ラインで繋がれた50台のコンピューターが並んでおり、平方が手配したハイテク警察のオペレーター達が、園山と打ち合わせをしているところだった。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
林田の挨拶に、警察官らしいキビキビとした50人の挨拶が返ってくる。
「今日は明日香のインターネットデビューという事で忙しい一日となると思いますが、よろしくお願いします」
オペレーター達の顔には、いささか緊張があるようだ。
「やっていただくのは、皆さんが日頃やっていらしゃるネット上の追跡ですので、いつものようにやっていただければ結構です」
少し安心した空気が部屋の中に流れる。
「明日香のインターネットデビューが今日で
ある事は公表していませんが、奴等の事ですから、周期的に検索をかけ、アタックしてくるものと思われます、その中にはみなさんが追いかけている顔馴染みがいるかもしれません」
クスクスと笑いが起こるのは、思い当たる相手がいるからなのだろう。
「データーとして欲しいのは、相手の国の特定とIDアドレスとパスワードです、また、グループでアタックをかけて来た場合のグループの特定をお願いしたいのです」
「はいっ!」
若くてきりりとした顔立ちの女性が手を上げた、
「何でしょう?」
「明日香のゲートはどのようになっているのでしょうか?」
「ゲートは5つ設けてあります、
第一ゲート:通常の10X10乗のパスワード、同一IDで5回までアクセス可。
第二ゲート:10X10乗のパスワード+反転パスワード(二つの鍵)
第三ゲート:10X2乗+10X2乗+10X2乗+反転10X2乗+10X2乗、二列の数列の同桁の差がパスワードになっている。
第四ゲート:anatanoakusesuhaihoudesutadatiniyametekaerinasai X12
第五ゲート:hacker+hacker+hacker+rekcah+rekcah+rekcahとなっています」
「そのパスワードでは、破られてしまいそうですが?」
「そうです、時間稼ぎですね、ですからその間に出来る限りの敵のデーターを集めておきたいのです」
いくつかの質問の後、
「それでは、明日香のインターネットへの接続は、10:00から開始しますので、よろしくお願いします!」