十七章 世界のイルカ研究員が狂喜
明日香の能力が世界的に知られた事で、世界中から共同研究依頼が殺到!、
「けっこう反響が大きいわよ」
北研究員がテーブルの上に新聞を並べると、モーニングティーとドーナッツを食べながら、どんよりとした目つきと、寝癖でモシャモシャの髪で起きてきた林田に言った。
「明日香もけっこうやってくれるわね!」
なにやら誇らしげである。
「そうかい、あ~あ~、疲れが取れてないよ!」
どれどれ、といったふうに、北が読み終わった新聞に目を通していく。
:地球の歴史に、イルカの歴史が付け加えられた!
:新しい海の歴史が開かれた!
:今、明かされる海の唄う民族の謎!
:イルカ達は、人類の仲間になった!
といった見出しや、イルカ達の写真が大きく躍っている。
「え~と、なんですと?」
眠っている体の為に一口コーヒーを飲むと、うまそうにタバコに火をつけた。
イルカはもともと知能の高さは知られていたが、彼等自身が文化を持っている等とは、少数のイルカ研究者しか予想していなかったものである。
そして、昨日最も喜んだのは、その少数の研究者達であったろう。
なぜ、このように彼等の文化を人間が理解することが出来なかったのは、人間の文化が、文字や遺跡等を基本に考えていたのに対して、イルカの文化が言葉と音を基本にしていたせいであると考えられる。
特に、感情を音で伝え合っているコミュニケーションは言葉の数に制限されている人間よりも、より豊かであろうと推測している文化人もいるのである。
と、評論している物もあれば、イルカ研究の専門家の談話を載せている新聞はこうであった。
我々、イルカを専門に研究してきた者にとって、今日明かになったイルカの文化と歴史の発見は、決して驚くには当たらないのです。
イルカ語はすでにかなり解明されているし、イルカの地方ごとの方言の研究もかなり進んでいましたから、文化がある事が予測されていました。
ただ、人間の作ってきた文化の概念にどのように当てはまるのか、そしてそれをどう捉え、証明する事が出来るかが課題だったのです、しかし歴史も持っていたんですね!。
それにしても、明日香のおかげで、たった一日ですべて変わってしまったというか、解明出来たというか、いやいや、まだ感激がおさまっていないので勘弁して下さい。
とにかく、イルカと直接話しが出来るようになったんです、嬉しいですよ!
(イルカ学研究者)
海外でも、動物愛護団体はじめ、イルカ研究者達から、驚きと賛美の声が寄せられていると書いてあった。
カルフォルニアの水族館のある研究者は、日本からのテレビの中継で、イルカが自分達の歴史を話し始めたところで、喜びと興奮のあまり失神してしまい、見逃してしまった部分のビデオを必死に捜しているという。
アメリカ全土で、テレビを見ていた子供達の反応はすさまじく、中継では分からなかった日本語の部分にテロップを入れて、今日は一日中特別番組で放送される予定だという。
そして、可愛いイルカと共に、彼等と初めて話しをした人工頭脳の明日香も一躍人気者になっていると伝えていた。
イギリスでは、新しい文明に出会えた事の意義を解説し、人間の感性とは違ったイルカ達の感性に注目し、ビートルズショックを引き合いに出しながら人類が持ちえなかった知恵を、イルカの文明が持っている可能性を指摘し、これからの異種動物間の交流に期待を寄せていた。
もちろん、彼等は鯨を捕り、イルカを虐殺してきた日本人が、このようなチャンスを得るのは、神の皮肉かと付け加えるのを、忘れていない。
「ふ~ん・・!」
林田は新聞から目を上げて、窓の外の濃さを増した桜の葉をぼんやりと見つめた。
昨日は現場にいて、イルカと話しをして、それなりに感動したものの、これほどの大ニュースになるとは思っていなかったのだ。
確かに、考えて見れば、これから海という巨大な未知な部分とその中で生きてきたイルカ達と交流出来るようになったということは、すごい事だぞ、と改めて実感が沸いてきた。
「おはようございます」
黒いスーツをきっちりと着こなした平方が入って来た。
と同時に、北は自分の席に紅茶を持って逃げていく。
「やばい!」
林田はスーと腰を浮かして逃げかけた、
「おはようございます、林田さん」
平方は逃げかける林田を目で抑えると、
「やってくれましたね、おかげで明日香は世界中の人気者です、そしてこれです!」
ドサっと10cmほどもある書類を机の上に載せて、
「昨日、我が国の科技庁に送られてきた、明日香との共同研究依頼です」
「はあ~、ずいぶん来ましたね~!」
「これは、各研究機関からの物だけです、各国政府からの、正式要請は今日以降届くものと思われます」
「はあ、そうなりますか?」
「明日香の秘密は、守れますか?」
平方は、つとめて感情を抑えた真剣な顔で聞いてきた。
明日香の秘密?、この男は広瀬教授から人工頭脳の明日香が、突然発生した事を聞いているはずだ、
そして、なぜ突然生まれたのかこの研究所の人間を始めとして、誰も解明していない事も知っているはずだ、それなのにこの場で秘密とは、
林田は平方の顔を探るように見ながら、
「明日香の秘密ですか、・・守れますよ」
明日香の発生の理由は誰も知らないという事を秘密にしておきたいのだろうか?、
これじゃあまるでロシアンジョークじゃあないか。
「しばらくは、国家機密なんですから、そこをよく理解していただかないと」
日本国政府の意思が背後にあるのだと暗示するように、ゆっくりと重々しく言葉を置くように話した。
「しばらくとは?」
「日本政府が国際的に明日香を公開しなければならない時期が来るでしょう、各国とも未来の技術獲得は死活問題ですから、色々な圧力をかけてきています、政府がいつまで持ちこたえられるのか・・その時までです」
「明日香をいかに高く売るかですか?」
平方は一瞬ムッとした気配を見せたが、すぐに冷静に、
「売るという事ではなく、いかに価値ある国際貢献が出来るかという事です」
それで、その時期をうかがっている時間稼ぎというわけか、と内心でつぶやいたが、口には出さなかった。