十六章 語り継がれるイルカの歴史
人間が初めて聞く、イルカが語る彼らの歴史は驚くべきものだった、
一頭のイルカが前に進み出て、大きく吸気音を響かせると、歌う様に語り始めた。群れの中の語り部なのかもしれない。
「神は一人でいるのが淋しかったから、何も無い所に、岩の大地を作られた。
そしてそこを美しい水で満たされた、そして水が枯れる事の無いように、水を流し込む大きな大地を作られ、水の世界を作られた。
神はまず、見回り役として鯨を作られ、最も賢い生き物としてイルカを作られた、そして、彼等の食べ物として魚をたくさん作られた。
そして、嵐の神に言いつけて、時々は海をかき混ぜるように言いつけたのである。
最初に作られたイルカはチクとカキという男と女であった。
彼等は賢くて善良だったので、神に愛されて幸福に暮らし、多くの子供を産んだ。
イルカが多くなると、うまい魚を独り占めにする奴等が現われた、彼等は乱暴者だったので、皆はしぶしぶまずい魚で我慢するしかなかった、
がある日、チクルクという賢く若いイルカが、力を合わせて奴等を追い出そうと話し合い、長い戦いをして、見事彼等をこの海から追い出した。
我々の祖先はこのチクルクで、我が群れは彼の賢い血を引き継いでいるのである。
遠い海に行くと、今でもあの乱暴者達の子孫が生き延びて世界中に広がっているのだ。
我々は彼等と区別するために言葉を変えて、よりいい言葉を使うようになり、今では彼等とすっかり言葉が通じなくなったのは、そういう理由である。
やがてキルウーという若者が産まれた、
彼は生まれながらの乱暴者だったが、北方のシャチ族が大挙して南に下って来た時、先頭となって良く戦ったが、狂暴なシャチ族の力に負け、我々の祖先達はさらに南に移動しなければならなかった、
気を落としているキルウーを、マッコウクジラが臆病者と馬鹿にした。
キルウーは怒ってマッコウクジラにぶつかっていったがかなわなかった。
マッコウクジラは、まあ、お前の体は小さいのだから、俺が勝ったというわけでもない、ここは一つ、どこまで深く潜れるか勝負をしようと言ってきた。
もちろん、キルウーが勝負を逃げるわけなど無かった。
二人は大きく息を吸い込むと、深く深く潜って行き、やがてイルカ仲間も追い付けないほど深い、青い闇の中へと潜って行った。
長い長い時間が過ぎ、やがて深い闇の底からキルウーの苦しそうな声が聞こえてきたのだ。
みんな、さようなら、俺の事を忘れないでくれ~!
と、
皆は、キルウーの声を聞いて、いっせいに泣き叫んだ、
勇気のある若者が、深い闇の底へと消えて行ったのだ。
だが神は、キルウーの勇気を賛え、我ら一族の守り神にしてくれたので、いつでも我々を見守っていて下さるのだ。
そして、それからもいくつかの餌場をめぐる争いが語られ、いつも勇気を持って一族を守り、豊かな仲間意識と共に暮らしてきた事が語られた。
見物に集まった人々はもちろん、教授も林田達も初めて聞くイルカの一族の歴史を、好奇心と感動の中で聞いていた。
すっかり暗くなってしまったプールのゲートの近くに、ライトに照らされた水面にゆらめきの波紋を作りながら浮き沈みしているイルカ達に向かって、
「素晴しい、実に素晴しい事ですじゃ」
ハスキー教授が感動の面持ちで、目のあたりを拭いながら話しかけた、
「それほどの歴史を持っているイルカ族のあなた達がここに来られたのは、何か目的があっての事でしょうか?」
長が応えて言った、
「我々には、知らねばならない事があるのですじゃ」
大きなため息だった。
「人間が答えられるような事ですかな?」
教授が注意深く聞くと、
「知らねばならんのです、・・神は我々イルカを最も愛しておられるはずだったのじゃ、
だが近年、海は少しずつ汚れてきておる、それはあなた達人間のせいかもしれぬ、
また、この海自体が変化してきておるのかもしれぬ、それはわからないが、このままでは大変な事が起こるであろう、
それは、神の意思なのか、意思ならばイルカ族は滅びねばならんのか、あるいはもっと別の愚かさのせいで悪くなっているのか、それを知らねばならんのです」
教授は言葉を失った。
長い沈黙の後、教授はようやく口を開いた。
「それは・・、難しい問題ですな、神の意思は我々にもはかり知れません、海が汚れているのは、それは人間である我々の責任らしいです、
だが、こうやって話しをする事が出来るようになったのですから、これからは、なんとか解決出来るように努力しましょう」
「そうですか、そうしていただければありがたい、では、これを期に、仲良くしていただけますかな?」
「人間の代表というわけではありませんが、よろしくお願いします」
ハスキー教授が深々と頭を下げた。
周りで見ていた大勢の見物人達にも、人間のやってきた事と、これからの海への責任が肩に重くのしかかってくるように感じていた。
「では、出会いの記念に、我々から差し上げるものがあります」
イルカの長老がそう言うと、白っぽいイルカが前に泳いで来て、震えるような声で歌い出した。
満月の満ち潮の夜
波が歌う事をやめても
星が歌う事をやめても
恋の歌はやまない
君の背ビレはしなやかに波を切り
僕の背ビレは君への想いに波を切る
君の恥ずかしげな歌は僕を誘い
僕は喜びに溢れ君の周りを泳ぎきる
僕等は二人で遠い旅に出よう
二人だけの歌
二人だけの踊り
二人だけの愛
二人だけの未来
波間にきらめく太陽の光を君にあげよう
風に歌う波の歌を君にあげよう
真珠色の星の歌を君にあげよう
空色の虹の歌を君にあげよう
海のような深い愛は二人の為に
イルカパークのスピーカーから、会場の見物人達にイルカの詩人が唄う詩が流れると同時に、イルカパークで聞き慣れた声とは違う、抑揚とテンポの美しい声が湾内に響いて、見物人達はその声に動物同士の繋がり故か、深い優しさと、柔らかな癒しを感じて、見動き出来なくなっていた。