十五章 イルカ族の長の話
人間とイルカが会話が出来るようになり、野生のイルカ族がやって来た、
キュウー、キュルル
「何・四角い、動く、人間入っている?」
チャッピーがミッチに聞くと。
「あれは、車よ、あれで色々な所に遊びに行くの」
オー、と見ている人間達の間にどよめきが起こった。
翻訳された音声が流されて、始めてどんな事が起きているのか理解すると同時に、イルカと人間の会話という事に興味を魅かれているらしい。
キュル、キュキュキー
「これから・いつも・話し・出来る?」
「どうなんでしょう、出来ます?」
ミッチは林田の方を、心配気に振り向いた。
「何日かはかかると思いますが、明日香がこのプログラムで、ソフトを作ってくれると思いますよ、なあ、どうだい?」
「・・今、使っている物を、人間用に作ればいいのですね?、わかりました、作っておきます・・」
「聞いたとおりです、作ってくれるそうです」
「はい、嬉しいです、本当にありがとうございます!」
と、明日香と繋がっているモバイルの方向に、ぴょこんとお辞儀をした。
「チャッピーは仲間の事を、何か知っているの?」
プールの縁に座り込んだミッチが、クルルの事を気づかってか、チャッピーに話しかけた。
「時々・外・泳ぐ・チャッピー・話す・楽しい」
「そう~か、時々前の海を泳いでいたのは、チャッピー達の仲間だったんだ」
「友達・海・話す・チャッピー・嬉しい」
「・・・海に帰りたい?」
「・・・・・・・チャッピー・ミッチ・好き」
「・・うん、ありがとう・・!」
そう言うと、ミッチは顔を両手で覆ってしまった。
南伊豆の山の影は、もうすぐ湾内のプール全体にかかろうとしている。
空の白い雲が黄味を帯び、金色の夕暮れが始まろうという時間、イルカパークが見える一番高い位置で見ていた見物人がざわざわとし始めた。
彼等が指差す方向の水平線の一部が、白く沸き立っているのだ。
双眼鏡を手にしたイルカパークの館長は、レンズの向こうにイルカの群れを捕えていた。
数頭の若いイルカが先頭で交差するように飛び込みながら泳いでおり、その巻上げる飛沫が金色の光に輝いているのだ。
若いイルカ達が泳ぎながら作る上向きの水流を利用するように、一匹の老いたイルカがサーフィンをするように波に載せられながら泳いで来る。
側にクルルの姿を発見し、館長も嬉しそうだ。
ざわめきが見物人全体に広がり、その美しい群れの泳ぎに注目すると同時に、何かが起きるという期待も伝播していくようだ。
「ほう、見事なもんじゃな~!」
「野性のイルカに何を聞くんです?」
林田が教授の顔を見つめて聞いた。
「・・・海の事とか・・イルカが何を人間に聞きたいかじゃな?」
マスコミの連中が、海を照らすライトの準備をし始めた。
群れは、湾の前で泳ぎを止め、クルルだけがミッチの所に泳いで来た。
キューウ、キュルルル、
「仲間・来た・嬉しい・話し・出来る」
上半身は水の上に出し、首をふりふり、本当に嬉しそうだ。
「我々、人間も嬉しいよ、クルル、安全だからここまで来てくれるように言ってくれないか?」
イルカパークの館長がそう言うと、ピョッンと身を翻して伝えに泳ぎ出て行った。
「明日香、ちょっと疑問な事があるんだが?」
林田が呼びかける、
「・・はい、疑問な事とは何でしょうか?・・」
「イルカ語には、助詞とか、形容詞とかは無いのか?」
「・・日本語にある、助詞、形容詞、副詞等は、彼等は言葉と同時に音によって伝えているようです、ただ、あまりに種類が多くて、正確に翻訳する事が出来ません・・」
「う~ん、じゃあ、正確でなくともいいから、だいたいのところで訳してくれ」
「・・だいたいは出来ませんが、一番近い訳で翻訳してみますわ・・」
「うん、そう、そこんところをよろしく!」
イルカの群れが吸気音を間欠的に湾内に響かせながらゲートに近づいて来たのを見ると、50頭ほどはいるだろうか。
照明が水面を照らし、何台ものテレビカメラが野性のイルカ達が不安そうに顔を出しているのを捉えている。
「明日香、頼むよ!」
プールの縁まで乗り出した園山がつぶやいた。
キュウーキュウウー、
「・・いらっしゃい、お待ちしてましたわ・・」
水中スピーカーから明日香の声が流れる、
キュー、キュルル
「やあ、なんて言うのかな、こんにちはでいいのかな」
一番年老いていると見られるイルカが前に泳ぎ出て、
「我々と話しが出来るというのは、あなたかね?」
「・・私は、イルカの言葉を人間の言葉に直し、また人間の言葉をイルカの言葉に直します・・」
「ほほう、それはありがたい、クルルの言った事は嘘ではなかったらしい」
ハスキー教授は、長とみられるイルカに話しかけた、
「う~ん、イルカの諸君は、人間というものを知っていたのかね?」
「もちろん、知ってはいるが、ほとんど会うことはないから、ほとんど知らないと言ってもいいだろうな、
ただ、海の上を行ったり来たりしている物に乗っているのは、時々見かけるぞ、あれは人間が作ったものか?」
「ああ、そうです、あれは船と言って、あれに乗って海の上を移動しているのですじゃ」
「時々、すごく大きな、その船とかいうものが動いているが、あれも人間が作ったものなのか?」
「それは、タンカーのたぐいでしょう、それも人間が物を運ぶために作ったものですのじゃ。」
「あれは、変な匂いがするので嫌いじゃ」
「それはそれは、申し分けないことですな、人間を代表してあやまりましょう」
教授は深々と頭を下げた。
「人間と話しが出来るというのは、人間にも心が有るからなのじゃろう、これは喜ばしいことじゃな」
まわりのイルカ達に言い聞かせるように言い、続けて、
「とすると、人間にも歴史が有るのかな?」
「もちろん、有ります、ええ~と、明日香さん、話してあげられるかな?」
「・・わかりました、かいつまんでお話ししましょう、詳しい事はいずれ機会もあるでしょうから・・」
キュークルルル、キュウー
明日香の話す人間の歴史が、水中スピーカーから流れて湾全体に広がっていく。
歴史だと・・?、するとイルカは歴史認識を持っているのか?
ハスキー教授は、心の中でつぶやいた。
それほどの知能が有ったのか?
目の前でゆっくりと浮かんだり沈んだりしながら吸気音を響かせているイルカ達を見ながら、いぶかし気に見つめている。
キューキュルル、
「人間の歴史とは、なかなか激しいものだったらしいな」
長老が感心したように考えこんだ。
「イルカの歴史というものを教えていただきたい」
ハスキー教授が声をかけた。
「我々の歴史ですか、キルヒー、ここに来てくれ、我々の歴史を人間に話してやってくれ」