第十章 世界が注目する人工頭脳
徐々に賢く、理解力を深めていく人工頭脳に、研究員たちは愛情を感じている、
いつの間にか桜の葉の緑も日々濃くなっているようだ。窓から見える研究所の庭を、自衛隊員が二人づつパトロールしているのが、時々見うけられた。
研究所の庭の四隅に、大きな発泡スチロール製の箱が設置されているが、それは自衛隊が運んで来たところをみると、何かのレーダーか秘密の武器に違いない。
「あ~あ、大変だよ、もう!」
園山が寝袋とパジャマ等をかついで入って来た。
警護のパトカーで囲まれて家に帰っていたのだが、あまりに厳重な警備に、御近所の迷惑になるから、当分帰って来なくていいわ、と申し渡されたのだと言う。
林田も状況は似たようなものだった、何か事件が起きたら困るという近所の視線をひしひしと感じていたのだ。
「いつまで続くのかな~!?」
園山が買ってきた新聞や週刊誌には、多少下火になったものの、日本製の人工頭脳、明日香についての記事が載っていた。
これは、日本の政府が正式に、明日香の技術は軍事転用される恐れがあるので、当分の間は外国の研究機関及び研究者には公開しないと発表した事についての、外国の反応が載っていた。
日本の新しい脅威
日本が開発したASUKAという人工頭脳の技術を、他の国に公開しないというのは、軍事技術への転用を防ぐというもっともらしい理由をつけているが、
これによって、未来の技術を独占する事を正当化させている、この技術によって日本はますますテクノロジーを発展させ、先端の工業力が産み出した製品を洪水のごとくこのヨーロッパの市場に投入してくるに違いないのだ。
その結果、我々の社会は競争力を失い、失業者が街に溢れ、家庭の経済的基盤が失われるとしたら、今の日本の態度を受け入れることはとうてい出来ない事である。
自由に競争出来る貿易環境を維持し、お互いに同等の権利で付き合おうとするなら、ASUKAの技術を公開し、人類共通の財産としてその能力を有効に生かす事を日本の政府に申し入れるべきである。
ASUKAが開く未来社会
日本が作り上げた人工頭脳の能力は、テレビで見ただけでは今までのコンピュータとの違いはあまり見つからないが、注目すべき事は、自分の意思を持っているらしい事である。
これは科学者達が夢見てきた、付き合える友達のようなコンピューターに違いなく、いささか優秀過ぎてコンプレックスを感じるかもしれないが、宇宙や科学部門で世界をリードする我がアメリカにとっては、是非とも必要な技術である。
日本がこの技術を開発をした事には、心から敬意と賛辞を贈りたい。
日本の政府がこの技術の軍事転用を恐れる気持ちは我々とても同じであるから、よく理解できる。
だが、世界の警察としての役割を担わされている民主国家アメリカが、強力な軍事力を持つことは、世界の平和安定に寄与するであろうことは、今までの行動を見てもらえば、納得してもらえるであろう。
平和国家日本が、強大な警察力によって安定を維持している事を考えれば、人工頭脳の能力をうまく軍事力に転用し運営出来るのはアメリカしか有りえないことを、賢明な日本人は理解するであろうし、またそれが世界平和に貢献することになるのである。
ここは日本政府の未来の人類の繁栄に対するプロメテウス的英断を期待したい。
「ううっん、もっともらしい事を言ってくるな~!、日本政府はこの論理に、いつものように、あいまいな対応で応えるのかな~?」
林田はうなった。明確な論理と展望を持たない政府の対応は不安で一杯だが、明日香が日本の貴重な財産になるだろう事では、一致しているだろうなと考えた。
園山が明日香に音楽CDを接続している。
「なんだい、今度は?」
色々なジャンルの音楽を用意しているのが興味深い。林田の方を振り向いて、
「今日は俺が教育係をやるよ」
「これでか?」
演歌のCDまで用意してあるのだ。
「・・こんにちは、今日もいい男ですね・・」
「うむ、やっと俺の本質が分かってきたか」
まずはポップな音楽を聞かせ、そしてレゲエ、演歌と聞かせていく、
「どうだ、どんな感じかな?」
「・・それぞれ違うのは分かりますが・・」
「この違いを人間は味わったり、楽しんだりしているのさ、だから、色々な音楽がある」
「・・はい、それぞれに何かがあるように思います・・」
「その、何かが重要なんだから、いいかい、これはどうだろう?」
新しいCDを入れてやる。
「・・これは?・・」
「どんな感じがする?」
「・・優しい感じと、気持ちが落ち着くような、そして、懐かしいような・・」
「いいぞ、明日香!」
園山は内心その賢さと、表現力に舌を巻いた。いつのまに自分の気持ちと言葉を結び付けて覚えていたのだろう?
「・・北研究員のような、あたたかみがありますね、何という音楽ですか?・・」
「童謡という種類の音楽だ」
「・・とても、気持ちがいいです・・」
「いいぞ、次は人間の恋の歌だ」
「よーしよし、おとなしくしてろよ、いい子だからな」
林田は手に猫を抱えている。
研究所の庭に前から住んでいる野良猫だ。
誰かが餌をやっているらしく、きわめておとなしいし、可愛くもある。
「さあ、これは何か、分かるかな?」
明日香の二つのカメラが猫を捉えるように動いている。
「・・それは、猫でしょうか?・・」
「いいぞ、正解だ!」
「・・ずいぶん色々な形に見えますが、データーをまとめますね・・」
林田は明日香がイラストやテレビから取り入れたデーターと、実際に立体視した猫との差を理解して欲しいと思っているのだ。
「・・本物の猫は、面白いですね!・・」
明日香のカメラは猫を追いかけてキョロキョロと良く動く、興味津々といったところだ。
「面白いだろう、これが本物の猫だ、いいか明日香、これからお前はイラストやテレビで色々なデーターを学習していくけど、本物と平面データーにはそれだけの差があるということだ」
「・・どういう事でしょう?・・」
「知識や平面データーだけで、全てを学習した事にはならないってことだよ」
「・・どうすればいいのでしょう?・・」
「いいんだよ、人間だって完全な知識を持っているわけじゃない、だから、どんな事でも、もしかしたら違っているかもしれないという可能性を考えておけばいいんだ」
「・・それは困ります、正しくない知識では、結論も正しくないではないですか?・・」
「そうなんだ、だから間違う事をいたずらに回避すると、何も考えられなくなるってことだ」
デジタルで情報を正確に処理してきたコンピューターの明日香にとっては、途方もない考え方であった。
「・・そんなあ~!?・・」
「いいんだよ、気にするなって、それだけ世界は奥深いのさ」
林田は国会図書館のデジタルライブラリーに明日香の専用ラインを開いて貰うように連絡を取っていた。
「ええ、ですから、ネットでアクセスするには、まだ明日香の危険に対する準備が出来ていないので、しばらくは専用ラインにして欲しいのですが?」
「そう言われましても、他のお客様に御不便をおかけする事になりますし」
「それではこういうのはどうでしょう、夜間の3時から4時までの間だけというのは」
「検討してみませんと、なんとも・・」
「検討していただけるんですか、よろしくお願いします」
もし、専用ラインを引ければ、明日香の知識のデーター量は一気に百科事典並みになり、もしそれをうまく理解する事が出来れば、人間にとっていい相談相手になり、また 人類にとって新しい発見をしてくれるかもしれないのだ。
いざとなれば、あの内閣調査室の平方といういう男に頼んでみてもいい、政府筋には有力なコネクションを持っているらしいから。