第一章 謎のデーター
コンピューター小説です、専門用語が出てきますが、物語の本質には関係しませんので、雰囲気で読み飛ばして楽しんで下さい。
一章 謎のデーター
さる大学の研究室で並列処理をしていたコンピューターが空いた回路の微妙な残留電流を自分で記録し、処理し始めた。
コンピューターが心を持ち始めた記念史的な出来事が研究室の片隅で起きていたのだ!
数ヵ月の間、所員に気付かれる事もなく、コンピューター自身にも何が起きているか分からず、ただディスクに少しづつ名称の無いデーターが少しづつ増えていった。
ある日、研究員の林田がコンピューターをチェックしていて、ディスクに異常なデーターがある事に気付いたのだ。
ゴミ箱に捨てようとしても捨てられないので、同僚の園山に声をかけた、
「おーい、これをなんかいじったかい?」
「いや、別にいじってないけど、どうした?」
「このデータはなんだろう、誰か知っている人いるかな?」
所員の中では、誰も思い当たるようなことはしていなかった。
「どうして、このデーターには手を付けられないんだろう?」
「誰のデーターなんだ、覗いてみよう!」
そのデーターは数字が無意味にえんえんと続いているだけのものだった。
「なんだ、これ?」
そう言った瞬間、データーが書き換えられ始めた。
林田の背中に冷たい悪寒がぞーと走った。
「こいつは、コンピューター自身が使っているデーターだ!」
「何をやっているんだ、こいつは?」
研究員達はしばらく画面に流れる無意味に見える数字の羅列を眺めていた。
「何なんだろうな~!」
林田研究員は何か思いついたのか、もう一台のコンピューターを運んで来て接続すると、数字をグラフにするプログラムを打ち込んでいった。
「なんだか学生時代のアナログコンピューターを思い出すなあ~、ルンルン!」
「どうだい、何か分かったかい?」
園山研究員がモニターを見ながらつぶやくように聞いてきた。
「別に・・どうってことないな~」
モニター画面には、数字をグラフにしたグリーンの線が無意味に踊っているのが見えているだけだった。
「単位を替えてみたら?」
園山が側から口を出す。
「どのくらい?、1/10000か?、1/1000000か?」
次から次と単位を替えて、打ち込んでいく、
「オオッ!」
「出たっ!」
林田と園山は同時に声を上げた。
「こいつが一生懸命にやっていたのは、こんな事か?」
画面に時折波のように三角形のパルスが流れている。
「なんだろうね?」
「何かを伝えようとしているのかな?」
何かが現われたというので、広瀬教授が顔を出した。
「何か分かったかね?」
「これなんですが・・なんでしょう?」
教授はしばらく画面を見つめていたが、
「北さん、このコンピューターに入っているソフトで、こんな動作をするプログラムが入っているかどうかチェックしてくれないか?」
「はい、可能性があるもの全部ですね?」
「プログラムエラーを起こした場合も含めてね」
「は~い、・・あたしばっかり、いつもこんな仕事なんだから!」
北研究員はブツクサ言いながら、他のコンピューターで記録を調べる為にキーを叩いていく。
園山研究員が、
「これって、規則的に見えて、ちょっとズレてるよね」
「ンン・・そうだね、トン・トン・トト・トン」
画面のパルスに合わせて机の端を指で叩いてみる。
「モールス信号・・?」
「モールス信号、そんなデーターはこのコンピュータには入っていないはずだぜ」
「モールス信号のデーターが入っているコンピュータ自体がそうは無いよ」
しばらくモニターの前でリズムを取っていた林田が、何を思ったのか、キーボードを持って来て、音声端末に接続した。
「どうするんだ?」
「う~ん、なんかね、これを入れるとどうなるのかなと思ってね・・まあ、何でも試してみようって事」
広瀬教授の心配そうな顔をよそに、 林田はパルスに合わせてピアノの音を打っていく。
皆が注目してモニターを見つめている中で、やがてパルスと林田が打つピアノの波長が同期し始めた。
「・・・・・・・・!」
誰もが唾を飲み込む事も忘れ、真剣に注視している。
パルスとピアノの波長が同調した瞬間、モニターのパルスは消え、暗い画面に変わってしまった。
林田は机の前で呆然として硬直していた、
園山は、あ~あ~!という顔をして、
教授はあきらかに落胆していた。
なにか、とても大切な物が握っていた手から逃げ出してしまったような、結婚前の男が結婚式で花嫁に逃げられてしまったような・・。
その時、画面にカーソルの代わりに"?" が点滅し始めた。
「よかった~!、死んだのかと思ったよ!」
最初に声を上げたのは林田だった、心底嬉しそうに。
「"?" だって、何かを要求しているのかな?」
園山がそう言うと、あたかもその言葉が聞こえたかように画面一杯に"??????????????????????"が流れ始めた。
「たぶん、今の音の事だろう、リズムだよ、リズム」
「リズムね・・ええと、Rhythmと」
園山に言われてRhythmと打ち込んで、リターンキーを勢いよく弾いた!
今度は画面一杯に"RhythmRhythmRhythmRhythm"と点滅しながら流れ始め、
それはいかにも嬉しそうに踊っているようにさえ見えるのだった。
「さあっすが~コンピューター、理解が早い!」
振り向いた林田は自慢げで嬉しさを顔一杯に表わしている。
その様子を心配げに見ていた広瀬教授が、
「林田君、試しに他の言葉も入れてみてくれないか?」
「・・ハイ」
林田もその時、その言葉の意味を理解していた。
同じ手順を踏み、"?"が現われたところで、(スットコドッコイ)と打ち込むと、予測通り画面一杯に"スットコドッコイスットコドッコイスットコドッコイ"が流れ始めたのだ。
「あ~あ、やっぱりそこまで賢くはないか~あ・・」
大きく伸びをするように両手を上に挙げてそう言うと、
「単に入れられたキャラクターを返してるだけだったか」
と園山が残念そうにモニターに見入っている。
「どういうことなんです?」
北研究員が教授に尋ねると、
「まだ、意味という事が分からないという事だ、例えば我々にとっての知らない外国語のようなもので、現地の人にボキパフェと言われても、最初は分からないだろう、
タパタピと言われても分からないが、そこには何か意味があるから、それを相手の仕 草や動作で知ろうとするだろう、ところがこいつはまだ、ボキパフェと繰り返すことしか知らないという訳だ」
「つまり、まだこいつはアホっていうことですか?」
「ウウム・・・・アホ以前だね」
そう言うと教授は研究員達に向かって、
「こいつは難物だぞ、いつまでかかるか分からん、だが、なんとか頑張ろう!」
その顔はかえって嬉しそうでさえあった。
まずやる事は、筑◯大学にこのコンピューターの資料と入っているソフトを渡し、再現性のテストをやって貰う事だった。
この現象が再現されない限り原因も理由も解明出来ないと思われた。