「食べちゃうぞ!」と噛み付いたミミック(私)ですが、冒険者の防御力がカンストして歯が欠けました。 ~優しく連れ帰られ、毎日「極上の魔物飯」で餌付けされるので、もうダンジョンには戻れません~
ダンジョンの地下10階層。
薄暗い通路の行き止まりに、ぽつんと置かれた豪奢な宝箱。
それが、私だ。
正確には、私は前世で日本に住んでいた人間だった。
ダイエットのしすぎと過労が重なって餓死した(悲しすぎる)記憶がある。
目が覚めたら、私は宝箱の形をした魔物、ミミックになっていたのだ。
(お腹空いた……。お肉食べたい……。ハンバーグ……唐揚げ……)
ミミックの体は便利だ。動かなくてもいいし、寝ていればいい。だが、猛烈にお腹が空く。
このダンジョンは人気がないのか、ここ数ヶ月、冒険者が一人も来ていない。
通りかかるのは不味そうなスライムや、骨だけのスケルトンばかり。私の食欲は限界を突破していた。
そんなある日。
カツーン、カツーン……と、重厚な足音が響いてきた。
(来た……! 人間だ! ご飯だ!)
私は宝箱のふたを僅かに開け、様子を伺った。
現れたのは、一人の男性冒険者だった。身長は2メートル近くあるだろうか。
全身を漆黒のフルプレートアーマーで包み、背中には身の丈ほどの大剣を背負っている。
兜の隙間から覗く鋭い眼光は、歴戦の猛者のそれだ。
(強そう……。でも、美味しそう……!)
私のミミックとしての本能が告げている。
あの強靭な筋肉。引き締まった肉体。高レベルの冒険者は、魔力を含んでいて非常に美味なのだと。
男は私(宝箱)を見つけると、警戒もせずに近づいてきた。
「……ふむ。宝箱か。シケたダンジョンだと思ったが、最後に少しは実入りがあるか」
低い、渋い声。
彼は無造作に私に手を伸ばした。
罠のチェックもしないなんて、素人か、あるいは自分の強さに絶対の自信があるのか。
(今よ! いただきまーす!!)
彼の手が触れる瞬間、私は大きく蓋を開け、鋭い牙を剥いて彼の手首に噛み付いた!
ガブゥッ!!!
渾身の力で噛み砕く。
はずだった。
ガキィィィィィン!!
硬質な音がダンジョンに響き渡った。
肉を食いちぎる感触はない。代わりに、私の口の中に激痛が走った。
「ふぎゃあああああああ!!(痛い痛い痛い!)」
私は涙目で口を開けた。
ポロリ、と私の自慢の牙が一本、欠けて床に落ちた。
男の手甲には、傷ひとつついていなかった。
いや、手甲だけではない。彼の皮膚そのものが、オリハルコンのように硬いのだ。
「……む? なんだ、ミミックか」
男は平然としていた。噛みつかれたことにも動じていない。
彼は私の中を覗き込み、呆れたように言った。
「中身は空っぽか。ハズレだな」
ハズレとは失礼な!
私は必死に痛む口を押さえ(宝箱なので蓋をパカパカさせ)、威嚇した。
『フシャーッ! カチカチお肉なんて食べられないわよ! 弁償しなさいよ!』
もちろん、人間の言葉は話せない。ただの唸り声にしか聞こえないはずだ。
私は死を覚悟した。
ミミックの正体がバレたら、即座に破壊されるのがオチだ。
ああ、せめて最後にお腹いっぱい食べたかった……。
私がシクシクと泣いていると(箱が小刻みに震えていると)、男がふと動きを止めた。
彼は兜を脱ぎ、無造作に床に置いた。
現れたのは、傷だらけだが整った顔立ちの、強面の男性だった。黒髪を短く刈り込み、無精髭を生やしている。
彼は腰のポーチから、何かを取り出した。
「……腹が減って気が立っていたのか?」
差し出されたのは、分厚いサンドイッチだった。
焼きたてのパンに、肉厚のベーコン、新鮮なレタス、そしてとろけるチーズが挟まっている。
芳醇な香りが、私の鼻腔(?)をくすぐった。
「食うか?」
彼はぶっきらぼうに言った。
私は警戒しつつも、食欲に負けて、恐る恐るサンドイッチに近づいた。そして、パクリと一口。
(……!!)
美味しい! 何これ、めちゃくちゃ美味しい!
パンは外がカリッと、中はモチモチ。ベーコンの塩気と脂の旨味が口いっぱいに広がり、特製ソースの酸味が全体をまとめている。
前世で食べたどんなコンビニサンドイッチよりも、高級ホテルのランチよりも美味しい!
「ははっ。いい食いっぷりだ」
男が低く笑った。
私は夢中でサンドイッチを完食した。足りない。もっと食べたい。
私は蓋を全開にして、「おかわり!」とアピールした。
「……変な魔物だな。普通、ミミックは人を襲うもんだが」
彼は苦笑しながら、ポーチから次々と料理を取り出した。
干し肉のスープ、香草焼きのチキン、果実のタルト。どれもこれも絶品だった。
どうやらこのポーチは、アイテムボックスになっているらしい。
満腹になった私は、幸せな気分でゲフッとげっぷをした。 男――ガルドという名前らしい――は、私の金具を指先で撫でた。
「お前、面白いな。……ここにはもう獲物も来ないだろう。俺と一緒に来るか?」
『えっ?』
「俺はソロで活動しているが、荷物持ちがいなくてな。お前なら収納力もありそうだ。飯ならいくらでも作ってやるぞ」
飯!
その単語に、私は即決した。
この人と一緒にいれば、餓死することはない。しかも、こんなに美味しいご飯が毎日食べられる!
私は大きく蓋を開け閉めして、YESの意志を示した。
ガルドはニッと笑い、私を軽々と担ぎ上げた。
こうして、ミミックの私は、Sランク冒険者に「お持ち帰り」されたのだった。
◇
ガルドの家は、王都の下町にある一軒家だった。
質素だが手入れが行き届いており、特にキッチンはプロ顔負けの設備が整っていた。
彼は「魔物料理」の研究家でもあったのだ。
「今日の夕飯は、コカトリスの親子丼だ」
「明日は、マンドラゴラのかき揚げにしよう」
毎日が美食のパレードだった。
私はリビングの片隅に「専用スペース」をもらい、彼が帰ってくるのを待ちわびる生活を送っていた。
彼は帰宅すると、まず私の体を丁寧に磨いてくれる。高級なオイルで木目を拭き上げ、金具をピカピカにしてくれるのだ。
「よしよし、綺麗になったな。……お前の木目は美しい。最高級のトレント材かもしれんな」
彼は愛おしそうに私を撫でる。
宝箱として褒められているのに、なんだか照れくさい。
強面で無口な彼だが、実はとても優しく、面倒見が良い人なのだ。
ある日、ガルドが怪我をして帰ってきた。
ダンジョンの深層で、強力なドラゴンと戦ったらしい。
鎧は砕け、腕からは血が流れている。
『ガルド! 大丈夫!?』
私は慌てて彼のそばに寄り(底面のキャスター的な何かで滑って移動できるようになった)、蓋を開けて中にあるポーションを差し出した。
私は「収納」スキルを持っており、彼に渡された予備の道具を体内に保管していたのだ。
「……サンキュ。気が利くな」
ガルドはポーションを飲み干し、痛みに顔をしかめながらソファに座り込んだ。
「……今日は、飯を作る気力がねぇな」
彼はぐったりと目を閉じた。
いつもなら、どんなに疲れていても私のために料理をしてくれるのに。よほどダメージが深いのだろう。
(私が……私が、何かできないかしら?)
私は焦った。
ただの箱のままでは、彼を看病することも、料理を作ってあげることもできない。
強くなりたい。人の形になりたい。
前世の記憶が蘇る。人間だった頃の手足の感覚。
――スキル【擬態(変身)】のレベルが上昇しました。
――条件を満たしました。種族【ミミック・ハイ・ヒューマン】への進化を開始します。
脳内にアナウンスが響いた。
体が熱くなる。木製の体が組み変わり、柔らかい肉体へと変化していく感覚。
ボンッ!
白い煙と共に、私の視界が高くなった。
手がある。足がある。鏡を見ると、そこには銀髪に金色の瞳を持つ、10代後半くらいの少女が立っていた。
服は……宝箱の裏地が変化したのか、赤いビロードのワンピースを着ている。
「……よし!」
私はガッツポーズをした。
これなら、料理ができる!
私はキッチンに立ち、お粥を作り始めた。
前世の記憶を頼りに、米を洗い、鶏ガラスープでコトコトと煮込む。卵を溶き入れ、ネギを散らす。
消化に良い、特製の中華粥だ。
「……ん? いい匂いが……」
ガルドが目を覚ました。
彼はキッチンに立つ私を見て、飛び起きて剣を構えた。
「誰だ! どこから入った!」
「ガルド、私よ! ミミックのミミよ!」
私はお玉を持ったまま振り返った。
「ミミ……? あの宝箱か?」
彼は目を丸くして、私と、部屋の隅に転がっている「抜け殻(宝箱の残骸)」を交互に見た。
「進化したの。貴方に美味しいご飯を食べてほしくて」
私は出来たてのお粥をテーブルに運んだ。
ガルドは警戒を解き、狐につままれたような顔で椅子に座った。
「……いただきます」
一口食べた彼の表情が、ふわりと緩んだ。
「……うまい。優しい味だ」
「よかった! おかわりもありますからね」
「ああ。……まさか、魔物に看病されるとはな」
彼は苦笑したが、その瞳は優しかった。
それから数日、私は人間の姿で彼の看病をした。体を拭いたり、着替えを手伝ったり。
彼は最初こそ照れていたが、次第に私の存在を受け入れてくれた。
◇
ガルドの怪我が治った頃、王都ではある噂が流れていた。『人食い宝箱が出現した』という噂だ。
もちろんデマだ。私がガルドの家にいることを妬んだ、別の冒険者たちが流した嘘だった。
「ガルドが魔物を飼っているぞ!」
「あいつは魔王の手先だ!」
「その女の正体は人食いモンスターだ! 討伐せよ!」
ある日、ガルドの留守を狙って、武装した冒険者たちが家に押し入ってきた。
「きゃっ!」
私は取り押さえられ、広場へと連行された。
広場には火刑台が組まれている。
「この女はミミックだ! 俺は見たんだ、こいつがガルドの留守中に、宝箱の姿に戻って窓辺で昼寝をしているのをな!」
「化け物が人間のフリをして、街に入り込むなんて許せん! 燃やせ! 燃やせ!」
人々が石を投げてくる。
私は怖くて震えていた。人間の姿になっても、戦闘力は皆無だ。
ただの食いしん坊な女の子に過ぎない。
「ガルド……助けて……」
私が呟いた、その時だった。
ドォォォォォン!!
広場の入り口が吹き飛び、土煙の中から漆黒の影が飛び出した。
ガルドだ。
彼は大剣を片手に、鬼のような形相で立っていた。
「……俺の家族に、手出しはさせん」
低い声が、広場全体に響き渡る。
その殺気に、冒険者たちが怯んだ。
「家族だと!? そいつは魔物だぞ!」
「だからどうした」
ガルドは一歩踏み出した。
「こいつは俺に美味い飯を作り、俺の帰りを待ち、俺の傷を癒やしてくれた。……人間よりもよほど人間らしい、大切なパートナーだ」
彼は私を縛っていた縄を剣で断ち切り、私を抱き寄せた。
「誰であろうと、ミミを傷つける奴は俺が許さん。……国を敵に回してもな」
その迫力に、誰も動けなかった。
Sランク冒険者の本気。それは一国の軍隊にも匹敵する武力だ。
野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、私を捕らえた冒険者たちも腰を抜かして失神した。
「……怖かったな、ミミ。遅くなってすまない」
ガルドは剣を収め、私を優しく抱きしめてくれた。硬い鎧越しに、彼の鼓動が伝わってくる。
私は安堵と嬉しさで、涙が止まらなかった。
「ううん……来てくれて、ありがとう……」
◇
その後、私たちは王都を離れ、自然豊かな辺境の村に移り住んだ。
そこには、人間も亜人も魔物も共存する、自由な空気があった。
ガルドは冒険者を引退し、料理店を開いた。
店名は『ミミック・キッチン』。
魔物食材を使った絶品料理を出す店として、たちまち評判になった。
私は看板娘として働いている。
もちろん、人間の姿で。時々、サプライズで宝箱に変身して、お客さんを驚かせたりもするけれど。
「ミミ、オーダーだ。コカトリスの唐揚げ定食、大盛りで」
「はーい! あ、ガルド! つまみ食いしないで!」
「味見だ、味見」
厨房でガルドが笑う。
強面だった彼の顔は、今ではとても穏やかだ。
「……愛してるぞ、ミミ」
不意打ちでキスをされ、私は顔を真っ赤にしてお盆を取り落としそうになった。
「も、もう! 営業中ですよ!」
「いいじゃないか。俺たちの店なんだから」
彼は私を抱き寄せ、耳元で囁く。
「今夜は、最高級のドラゴンステーキを用意してある。……デザートは、君がいいな」
「〜〜っ! バカ!」
私は彼の胸をポカポカと叩いたが、内心では嬉しくてたまらなかった。
食い意地が張って死んだ前世。
でも、そのおかげで私は、世界で一番美味しいご飯と、世界で一番強い旦那様を手に入れた。
「おかわり!」
私の人生(魔物生)は、これからも満腹で、幸福な日々が続いていくのだ。
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