魔法実技授業
殿下と夕食を食べた翌日。予定通り、魔法実技の授業が執り行われることになった。
基本的には、授業ごとに先生から新しい技術を教わって、それを実践していくって感じの流れになってる。
既に何度かやっていることだし、私としてはそれほど緊張することも期待することもなく、いつも通り隅っこの方で気配を消しながら授業に入って行ったんだけど……。
「えー、今日は特別講師として、"蒼炎の魔女"ルミア・アーカディア様が来てくださっている。諸君、失礼のないようにー」
「初めまして、ルミア・アーカディアです。どうぞよろしくお願いします」
「ルミア様ぁぁぁぁぁ!!!!」
紹介された特別講師の名前に、テンションが天井を突き破って限界以上に振り切れた。
そんな私に、アティナ様はびっくりして目を丸くする。
「め、メアリア、いつになく嬉しそう……ね?」
「そりゃあもう!! だって"蒼炎の魔女"様といえば、王国西部で主に活動する英雄ですからね!! 私の故郷は西部の辺境ですから、その活躍ぶりはいつも耳にしていました!! やっぱり一番の特徴といえば、二つ名にもなっている蒼い炎の魔法ですよね!! 普通の炎魔法よりも細く収束された熱線は、普通なら相性の悪い水の魔法で作られた結界すらも容易く貫き、あらゆる魔法の影響を弾きながら相手の急所を的確に貫く!! あの魔法を一目見て、憧れを抱かない西部の民なんていませんよ!! 実のところ私も、本当はあの蒼炎魔法を習得したかったんですけど、あの収束率と魔力密度を実現することがどうしても出来なくて、どうやって形にしているのか教えて貰えたらなってずっと思っていたんです!! ああでも、今日の指導内容は蒼炎についてじゃないでしょうし、そうでなくとも流石に企業秘密ですよね、ああでも炎魔法のコツくらいなら聞けば教えてくれるでしょうか!? でもでも、私なんかが話しかけて本当に……」
そこで私は、自分が何をしているのかに気付いて自己嫌悪に浸る。
や、やってしまった……!! 早口オタク語りは自重しないとってずっと思っていたのに。
ここ数日、強引な殿下に押されて反射的に本音を叫ぶことが増えてたから、ガードが緩んでたかも……うぅ、アティナ様に嫌われてしまう……!!
「すみません、急にこんな、一気に語ってしまって……」
「ううん、謝らなくていいわよ。むしろ、嬉しい。いつも私ばっかり長々とお喋りしちゃってたから、申し訳ないなーって思ってたの。だから、メアリアがお喋りしたいことがあったら、どんどん喋って欲しいわ」
「あ、アティナ様ぁ……!」
なんて優しいんだアティナ様。
やっぱり、私のような下賤な民とは別次元を生きる天使なのかもしれない。
「──というわけで、皆さんには二人一組でペアを作って頂きます」
「……ペア?」
話を聞いてなかったんだけど、どうやら今日は共鳴魔法……二人の魔力を共鳴させて威力を引き上げる技術の授業を執り行うらしい。
二人一組の魔法だから、それを実際に使うならペアを作るのは当然だ。
問題は、私のようなぼっちには、ペアという単語にはトラウマしかないこと。
一緒に組もー、なんて気軽に誘える相手が、ほとんどいないということだ……!!
「アティナ様……!!」
私の場合、選択肢はアティナ様一人だけ。
何とか選んで貰いたくて、必死に視線でアピールを……。
「アティナ様、私と組みませんか?」
「ずるいですわ、私と組みましょう?」
「ぜひ、私とペアになってください!」
「えっ、ちょっ、待っ……!? メアリア〜!」
ダメだ、アティナ様が大人気過ぎて、私が入り込む余地が一瞬でなくなってしまった。
流石にあれに割り込む勇気がなかった私は、すごすごとその場から離れていく。
「ルカリオ殿下! 私と組んでくださいませんか?」
アティナ様から距離を取ると、そんな声が聞こえて来た。
目を向ければ、殿下がベアトリーチェ様からお誘いを受けているところで……。
「すまない、僕の相手は決まっているんだ」
そう言ってベアトリーチェ様の誘いを断った殿下が、こっちに歩いて来た。
「メアリア、僕と組んでくれないかい?」
うおぉぉぉぉ!! めちゃくちゃ睨まれてる!! 私、ベアトリーチェ様からめちゃくちゃ睨まれてるよ!!
あまりにも恐ろしくなった私は、頬が引き攣るのを感じながら小さく首を横に振った。
「い、いえ……私なんかより、他の方の方がいいのではないかと……」
「この杖を選んでくれたのは君だろう? 一緒にペアを組んで、実際の調子を見るところまで責任を負うべきだと思うのだけど?」
ベアトリーチェ様が放つ圧力が、より一層強くなってしまった。
なんで!? 私ちゃんと断ろうとしたのに!!
「はい、それじゃあそろそろ、共鳴魔法を実際にやってみてください」
そうこうしている間に、タイムリミットが来てしまった。
自然、今このタイミングで殿下のお誘いを断る口実が何もなくなってしまい……ペアが決定してしまう。
すごく嫌な流れだけど、決まってしまったものは仕方ない……せめて、殿下に迷惑をかけないように頑張らないと。
というわけで、私は殿下と一緒に用意された的の一つと向かい合い、杖を構えた。
杖の先を軽く触れ合わせ、肩を寄せて……ものすごく整った顔面が間近に迫って、思わず目を逸らす。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでもありません!!」
はっ、ベアトリーチェ様がめちゃくちゃこっちを睨んでる。
は、早く終わらせて、離れないと!!
「私がカバーしますから、殿下は良い感じに魔力を流して魔法を整えてください、それで行きます!!」
「うん、分かったよ」
手早く話を纏めて、殿下と二人で魔力を放出、杖の先で重ね合わせる。
──そこで、私に一つ誤算が生じた。
殿下が得意なのは感知魔法だ。
こういう魔法は出力よりも制御力が物を言うし、そのイメージ通り殿下自身の魔力量は決して多くはない。典型的な、繊細な制御力で勝負するタイプ。
共鳴魔法は、核となる魔力放出係とそれをサポートする制御係に別れるのが基本であり、殿下は当然制御係を担うことになるだろうと思い込んでいた。
だから……予想以上に溢れ出した殿下の魔力と、放出係をするつもりでいた私の魔力が、目の前で衝突。
今にも弾け飛びそうな暴走状態に突入してしまった。
「しまっ、なぜ……!?」
殿下もここまで出す気はなかったのか、慌てている。
いや、今となっては意図したものかそうでないかなんてどうでもいい。
何とかしないと、私はともかく殿下が危ない。
私は自分が放出係となりながら、制御係の役目もフォローしようと思って魔力を出したんだから、今から完全な制御係に移行すれば……まだ、カバーは出来る!!
多すぎる私の魔力の半分を拡散しながら、同時に残り半分で殿下の魔力を包んで暴発を防ぐ。
そこから、少しずつ私の魔力を染み込ませて、形を整えて……!!
「殿下、行きますよ!!」
「あ、ああ……」
殿下の顔が真っ青だ。魔力を放出し過ぎて、今にも倒れそうになってる。
これじゃあ結界一つまともに構築出来ないだろうし……出来るだけ影響が及ばないような形で、魔法を解き放つ!!
──共鳴魔法、《暴嵐瀑布》。
吹き抜ける暴風の力で、大量の水を滝のような怒涛の勢いで叩き込む魔法。
どう考えてもこんな授業で使うような魔法じゃないんだけど、これくらいの規模の魔法じゃないとまともに制御も利かないくらい、殿下の放出した魔力が多いんだから仕方ない。
後はこの魔法を、誰も巻き込まないように上空へ逸らして……弾けさせる!!
ドドォン!!
上空で爆発した大量の水が、雨のように周囲に降り注ぐ。
水に濡れて全身びしょ濡れになり、同じ状態になった周囲の生徒達から、「濡れたじゃないか!」と批難の声が届くのを耳にしながら、私はフラつく殿下を抱き支えた。
「殿下、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか……すまない、迷惑をかけたね。ありがとう」
「いえ……謝るのは、私の方です」
私なら、もっと上手くやれたはずだって、どうしても後悔の気持ちが湧き上がる。
思い込みに囚われずに、どちらがどの役割をこなすか、事前にちゃんと話し合っておけば。
そうでなくとも、水じゃなくて炎にしておけば、上空で弾けさせれば地上に届く前に消滅していたし、ただの派手な失敗で終わっていたはずだ。
いやでも、万が一途中で制御に失敗した時、一番周辺被害が抑えられるのが水と風の複合魔法だったのは間違いない。
幻影魔法みたいな繊細な属性を選択したら失敗の可能性が高まっちゃうから、火水土風の基本四属性以外を選択肢から外した判断そのものは間違いじゃなったと思うし。
いやそもそも、あそこから無理やり魔法として形にしたのがまずかった?
暴走する魔力の上から私の結界を構築して、暴発による被害そのものをゼロにする方針にした方が……でも、殿下の放出した異様な魔力量を考えると、属性変換もない純粋な魔力爆発を、咄嗟に張った私の結界で完璧に防げていたかどうか……。
「──素晴らしい」
一人反省会を開いていた私の耳に、拍手の音が聞こえて来た。
目を向けると、そこには特別講師のルミア様が立っていて……私に、惜しみない賞賛を送ってくれている。
「あの暴発しかけた状態から、周囲の被害をゼロに抑え込む卓越した魔力制御と判断力。その歳でここまで優れた魔導師は見たことがないよ」
「あ……ありがとう、ございます……」
褒められた。
えっ、私褒められたの? ルミア様……"蒼炎の魔女"に!?
「でも、最初にきちんと話し合いの時間を取らずに共鳴を始めたのは、頂けないね。その技量に慢心せず、一つ一つ確実にタスクをこなすようにすれば、更に伸びるでしょう」
「は、はい……申し訳ありません」
「うん、よろしい」
しょぼんと落ち込む私の前で、ルミア様が杖を振るう。
途端、周囲一帯を温かな魔法が包み込み、濡れていた生徒達の服を一瞬にして乾かしてしまった。
「す、すごい……」
なんて繊細な魔力制御。これが、蒼炎を実現する原動力なのかな。
あまりにもすごい力に心奪われていると、ルミア様はパンパンと手を叩いた。
「さあ、授業はまだ終わっていませんよ。皆さん、続けてください」
ルミア様の一声で、生徒達も各々もう一度自分の的と向かい合う。
そんな中で、ベアトリーチェ様の舌打ちする音が、やけに大きく聞こえた。
「あまり調子に乗らないことですわね……男爵令嬢風情が」




