状況整理
ラットンとかいうクソ野郎を捕縛したことで、アティナ様がサンフラウ家の代理当主の座に就いた。
これはあくまで暫定的な措置で、今回の件が終われば弟のカリル君を当主に据えつつ、古参の執事達がそれをサポートする新体制にするんだって。
アティナ様がそれを宣言し、王族たるルルーナ様が証人としてそれを聞き届けた以上、これが正式な決定だ。
王家としても、この西部地域をインラオン連合国に渡すわけには行かないから、アティナ様を支持する方針になるみたい。
「しかし、状況はまだ予断を許さない。整理してみようか」
サンフラウ家の会議室で、私、ルルーナ様、アティナ様、それに亡くなった前当主の補佐官だったという執事さんを含めた四人で、話し合いの場を持つことになった。
カリル君は、信頼出来るメイドさん(一緒に捕まってた)に任せて、お休み中だ。今彼にやって貰うべきことは、元気に生き残ることだけだしね。
「サンフラウ家を奪還したとはいえ、ラットンの話を信じるなら既に賽は投げられた。あまりゆっくりしていると、本当に連合国との全面戦争になりかねない……可及的速やかに、反乱分子を制圧して治安を回復しなければならない」
「私もそう思います。ひとまず、ラットンの部屋から協力者と思しき者達の名簿を見付けたので、魔物の被害が発生した地域と重ねて地図に纏めて来ました。ご確認ください」
「ふむ……なるほど、これは厄介な状況だね……」
ルルーナ様とアティナ様の二人で、どんどん話が進んでいく。私は完全に置物だ。
だって仕方ないじゃん。政治とか軍事とか苦手なんだもん。
「サンフラウ家の騎士団は、既に各地の救援に回されていました。ただ、ラットンが見当外れの地域へ向かうよう指示していたようで、戻って来るにはまだ時間がかかるかと……」
「サンフラウ家からの許可が降りた以上、王家からも大手を振って救援が出せるが……やはり、時間がかかるな」
二人が、揃って難しい顔をしている。
一刻も早く、ラットンに協力した人達を捕まえて、魔物の被害に苦しんでいる領民達を救わないといけないらしいんだけど……。
『あの……それって、私が直接救援に向かったら……ダメ、なんでしょうか……』
恐る恐る手を挙げて発言すると、ルルーナ様は当然だとばかりに頷いた。
「君のことは頼りにしているよ。だからこそ、優先順位を見誤るわけにはいかないんだ。この地にいるはずの王宮魔導師三名の消息も分からない今、僕らの手札は君一枚だからね。慎重に……」
『近いところから順番に、反乱を主導した人を片っ端に叩き潰していくんじゃダメですか? 明日中には終わると思いますけど……』
「え?」
ルルーナ様が、ポカンと口を開けたまま固まってしまう。
そ、そんなにおかしなこと言ったかな……?
『私の飛行魔法の速度なら、西部全域を回るのに半日もかかりませんから……』
一番得意なのが幻影魔法、次点で自己治癒魔法なら、三番目に得意なのが飛行魔法なんだ、私。
そうでもしないと、ほぼ個人活動の“仮面の魔女”を、国中に名前が轟くくらいの有名人には出来なかったから。
「……つくづく、君には驚かされるよ。分かった、回るルートと、実際にやって欲しい作業を纏めるから、三十分だけ待っていて欲しい」
『分かりました』
「待ってください!」
そこで声を割り込ませて来たのは、アティナ様だった。
どうしたんだろうと戸惑う私に、アティナ様は気遣うような眼差しを向ける。
「たった一人で、西部全域をカバーするなんて……いくらリリアナ様でも、無茶が過ぎます! せめてもう少し、負担の少ないやり方を……!」
『大丈夫ですよ、アティナ様』
確かにアティナ様の言う通り、ただ西部を一周するだけならまだしも、回った先でこの屋敷でやったみたいな派手な立ち回りを繰り返すなら、負担は相当ある。
最悪、ルミア様みたいに……連合国側に寝返った魔導師が、他にいるかもしれないし。
そういった人達と、ヘロヘロに疲れた状態で対峙することになったら、逃げることも出来ずに負ける可能性だって普通にある。
でも、だからって……ここで保身のために退く気はない。
『私……魔法だけは、誰にも負けませんから』
そうだ。私は、魔法だけは誰にも負けないし、負けるわけにはいかない。
友達が欲しくて、これだけ努力して来たのに……その友達が困っている時に役に立たないんじゃ、私は何のためにここまで頑張って来たのか分からなくなる。
守るんだ、絶対に。
アティナ様と、もう一度……笑顔で一緒に過ごせる未来を。
「……分かりました。でも……本当に、無理だけはしないでくださいね……?」
『はい、もちろんです』
ごめんなさい、アティナ様。無理も無茶も、きっとたくさんすると思います。
でも、必ず生きて帰りますから。
それだけは、信じてください。
心の中でそう謝りながら、私は一旦準備のために会議室を後にするのだった。
「メアリア、今大丈夫かい?」
私のために用意された部屋で、仮面を外してちょっと休憩していた夜更け前。突然のノックに、ベッドから転がり落ちそうなくらい驚いた。
直後に聞こえたルルーナ様の声にホッとした私は、「どうぞー」と答えて部屋に招き入れる。
「君に向かって貰う救援先と、そこでこなして欲しい仕事のリストだ。確認してくれるかな?」
「承りました」
扉に鍵をかけた私は、ベッドに腰掛けてルルーナ様から受け取ったリストをペラペラと捲っていく。
……出来るだけ被害が大きなところを優先して周り、反乱の主導者を捕縛して王宮魔導師の消息を探りつつ、アティナ様に味方してくれそうな貴族達に救援要請を出していくって感じかな。
通信魔道具は、まだ対になる魔道具を使って決まった相手と話す用途にしか使えないから、どんな大貴族も精々王家との緊急連絡用しか持っていない。
それでいて、子爵以下の貴族はその王家との専用通信すら持っていないから、最速の連絡手段が未だに伝書鳩だったりする。
要するに、サンフラウ家や西部地域全体の現状について、未だに把握出来ていない貴族も少なくないってことだ。
そういった貴族に協力の打診をすることで、明後日以降の私の負担を減らす算段みたい。
「王都の紋章を刻んだ、直筆の手紙だ。これを渡せば、特に何も言わずとも協力してくれるだろう。……その貴族が、敵に靡いていなければ、だが」
「十分です。ありがとうございます」
これでようやく、私も動ける。
早速出発しよう、と仮面に手を伸ばすと、それを制止するようにルルーナ様が私の手を取った。
「ルルーナ様?」
どうしたんですか? と視線を向ける私に、ルルーナ様は珍しく言いづらそうに視線を彷徨わせる。
「……本当に、大丈夫かい?」
「へ……?」
「いや……僕の立場上、君にはこの西部地域の安定のため、“やれ”と命じるしかない。だが……僕個人としてはやはり、君一人に負担を押し付け過ぎていることは自覚している」
まあ確かに……今回、如何なる手段によってか魔物の暴走事件が起きた地域は十を越え、そのうちいくつが“敵”の手に落ちたのかも正確には分かっていない。
そうした地域に出向いて犯人を捕らえて、最低限の救援作業をして、他の地域への支援を手伝って貰えるようお願いし、消息不明の王宮魔導師も出来れば見付けたいとなると、働き過ぎ感は否めないと思う。
「この国は……ハインツラル王国は、弱小国だ。魔導師の力に依存し、魔導師の力で成り立っている。それが歪な社会構造を生んでいるという彼の指摘は、的外れとも言いきれないだろう。……現に、ルミア・アーカディアほどの魔導師にも、裏切られてしまったしね」
彼って、ラットンのことだよね?
魔導師ばかりを優遇していて、魔法が使えない人間は見向きもしないって、そう言っていた。
「だから……もし君が、本当に無理だと思ったなら……」
「あーもう、らしくないですよ!」
パシンッ、とルルーナ様のほっぺを両側から挟むと、彼女は目を丸くする。
いつになく元気のないその顔に、私は笑みを向けた。
「ルルーナ様はこれまで、散々我儘と無茶振りを繰り返して来たのに、急にしおらしくなられたら、私の方が調子狂っちゃいますよ」
「いや……今までと、今回とでは、話のスケールが随分と違うと思うが……?」
「一緒ですよ。私にとっては」
顔から手を離し、今度こそ仮面を手に取った。
窓を開け放ち、吹き込む風を背に受けながら。
「だから、ルルーナ様はルルーナ様らしく、強引に、堂々とお願いすればいいんですよ。『力を貸してくれ』って。そうすれば……」
仮面を被り、幻影を纏う。
銀髪蒼眼。最強の魔導師“仮面の魔女”になって、宣言した。
『私は何度でも、あなたと、あなたの大切なモノのために、この力を振るいます』
大切な、友達だから。
まあ……今回はアティナ様のこともあるから、仮にルルーナ様に何も言われなくてもやるんだけどね!
「まったく……本当に、君には敵わないな」
すると、ルルーナ様は私の方に近付いてきて……そのまま、幻影の私にキスしてきた。
ちょっ!?
「約束するよ。王族の一員として、必ずこの国をより良いものにしていくと。だから……僕に、力を貸して欲しい」
そして、と。
ルルーナ様は体を離しながら、微笑んだ。
「必ず、無事に帰ってきてくれ。待っているよ」
『はい、もちろんです。その代わり……私がいない間、アティナ様のこと、よろしくお願いしますね』
それだけ伝えて、私は一気に窓の外へ……本物の星が見え始めた空へ向かって、飛び立つのだった。




