1.田村碧音という少女
「第72回音乃コンクール、最優秀賞と表現賞を取られた彩華響さんです!今日はコンクール
で弾かれたショパンの幻想即興曲を弾いていただきます」
「よろしくお願いします」
それは5歳の時。音楽番組に出てきたどこかで見たことのあるような7歳の少年の演奏は、私を感動させるのに十分だった。それから私はママに半年かけておねだりし、ついにピアノを買ってもらうことができた。6歳からピアノのレッスンを始めて、もう6年になる。私は小6になって、コンクールにも少しずつ出る様になった。いつかあの天才少年として名を馳せている彩華響と肩を並べることができますように。天国にいるパパに伝わるように、私は天を仰いだ。
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音楽室で踊ったり跳ねたりする音達。その音達を操っているのは、一人の少女ー田村碧音だ。艶のある長い髪の毛をおろし、切り揃えた前髪の横には音符の形のピンが留めてある。長いまつ毛に縁取られた憂いを湛えるような漆黒の瞳は輝き、真っ白な肌に映える赤い潤った唇は楽しそうに笑っている。しかし、服だけは時代遅れの貧相なものだ。彼女が弾いているのは、クレメンティのソナチネである。元気の良いメロディから始まり、途中で昂るようなメロディになり、また元気なメロディに戻る。まだまだ幻想即興曲には届かないが6年間熱の日でも練習してきた。ピアノの先生に難しい曲は弾かせてもらえないが彼女の指が素早く動くことは確かだった。
「田村さん!大変よ!すぐに校長室に来て!」
そんな時だった。顔を真っ青にした彼女の担任が駆け込んで来たのは。音達は一瞬で消え去った。碧音の唇は恐怖で歪み、すぐに椅子から立ち上がった。彼女はクラスメイトの注目を集めながら担任と一緒に教室を飛び出した。そして、校長室に着いた碧音に校長から告げられた言葉はー「お母様がご危篤です」だった。
よろしくお願いいたします。