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蛇足 エドワードside

人生とはなかなかに難しいようで思った通りにはいかないらしい。


大好きなお菓子作りのように、製造工程が決まっていて手を動かしさえすれば完成する訳でも、作りたい形をそのまま再現できる訳でもない。

それを現在進行形で思い知っているところだった。


「なぁ、今度は上手く行くだろうか?」


ルイネーハル帝国の王城。

その第一王子の執務室で、エドワード・ユール・ハイネーハルはため息混じりに己の弟に問うた。

第一王子であり国王より魔法師団長を拝命している。完璧な肩書きだが、しかし婚約活動、略して婚活は難航していた。


「さて、どうでしょうね。そうであるよう願っていますが、兄上は運が悪い人ですから」


今回のお見合い相手の釣書を渡してきたのは、執事。……の格好をした弟である、第二王子だ。

またお見合いに潜入するつもりかと聞けば「心配なのですよ」と返ってくる。


「これ、運の問題か」


これまで何度もお見合いをしてきた。


「はい。19回とも運が悪かっただけですよ」


結果は惨敗。

ここで顔合わせをした令嬢は、顔を見るだけで倒れたり、精神がおかしくなったのか抱き付いて押し倒そうとしたのまでいる。

何故だ?

しっかり教育されたお嬢様がどうしたらそんな状態になるのか。彼女らが可笑しいのか、はたまた自分自身に原因があるのか。ここまで、連続していると後者である筋が有力だろう。



───エリスディア・フランノーク。

今回の相手だ。

フランノーク公爵家の令嬢。



目を閉じてかつてのことを思い出す。


『本当に好きなことは、誰に何を言われても貫いていいのよ。だって、好きになることは自由だもの』


彼女が俺に言った言葉だ。

この言葉があったからここまで頑張ってこれたし、辛い王族教育にも耐えることができた。


彼女ならもしかしたら。


なんて考えたけれど考えはあっさりと打ち砕かれた。

彼女もその他大勢の令嬢と同じように、おかしな態度を取り始めたから。俺に対して吃り、目も合わせられない。下を向いて顔を上げることもない。

ガッカリだった。

彼女なら昔と同じように会話をしてくれると勝手に期待していた。これまでの19回で分かっていたはずだったのに。

それに、『お初にお目にかかります』とどうやらかつてのことを覚えていないらしい。一度会っただけで、こんなに長く覚えている自分の方が異常なのだろう。


用事があると嘘をついて離席した。

心の整理がしたかったからだ。


けれど、一刻も経たないうちに弟に呼ばれる。


「兄上、ご令嬢が気を失いました」


調理室で心を落ち着けようとお菓子作りをしていた。ムースに飾り付けをしていたところ飛び込んできたのだ。

にしても、なんでそうなるんだ。


「お菓子を食べている間、彼女は興奮したのか楽しそうに会話していたのですが……。急に、いえ、自己紹介をした途端………気絶しまして」


いつもより、不自然な間が多い。

これは隠し事をしている時の弟の癖である。


この場合、原因はどちらだ。

こいつが王族であることに気づいたからか、異性と接近したからか。

そんなことはこの際どうでも良いことは流そう。

もしかして、彼女は俺だからではなく、人に対して緊張していたのか?

それは都合の良い解釈過ぎるか。


「彼女は今どこに」


「執務室のソファーに寝かせてあります」


そのまま向かおうとして、ふとさっきまで作っていたムースと焼き上がったクッキーが視界に入る。


「あのご令嬢、もしかするとお菓子を食べている間だけ話しやすくなるのかもしれません。持っていけばよろしいかと」


素直にそれに従った。

置いておいてもこいつの商売に利用されるだけだ。

だが、このときの判断は正解だったとすぐに判明した。


「あ、あのっ、その。お、おはよう、ございます。だ、大丈夫です」


やはり、緊張されてはいる。

が、俺に対してだけでなく他に対しても同じだと言うなら……。


「エリスディア嬢、口を開けて」


ムースを食べさせると憑き物が落ちたように、令嬢らしい落ち着いた話し方をしたのだ。


「もしかして、君は俺だから挙動不審になるのではなく、他の人に対しても同じようになるのか?」


「ええ……そうです。今、普通に会話ができているのがあり得ない事で、普段は誰に対しても落ち着いて対話することができません」


「はははっ」


声をあげて笑ったのは随分久しぶりだった。

なんて愉快だろう。


あぁ、これはきっともう手遅れだ。

もう諦めてやれない。手放してあげられない。


濃く深く執着じみた感情が溢れそうになるのを抑える。一度諦めた初恋をもう一度諦めるなんてできるはずがない。


なのに、簡単に婚約を了承してしまうなんて。純粋で可愛いね。断られたらと別の策を用意していたのに全て無駄になったようだ。


「だって、あなたと婚約すれば毎日、アンゲルスのお菓子が食べ放題なのでしょう?」


そんなに単純に考えられるのは君の良いところではあるけれど。


「ありがとう、エリスディア。好きだよ、ずっと昔から」


彼女はまだ俺が薄暗い感情を持っているのを知らない。知らなくていい。記憶だって思い出さなくていい。

かつて自分のお菓子を唯一肯定してくれた人が、目を輝かせて作ったお菓子を食べてくれるなんて、それだけで幸せすぎる。


無意識にだろう。

抱き締めた俺に小さな手が背中に添えるのを感じた。

なんて、愛おしいんだろう。衝動的に力を込めたくなるのを堪える。そんなことをすれば、か弱いエリスディアは潰れてしまうだろう。

あまり甘やかさないでね。

優しい王子様でいることができなくなってしまう。たがが外れてしまったら今度こそ君を怖がらせてしまうから。


ずっと焦がれた初恋の人を腕に抱きお菓子を食べさせた。俺のお菓子作りを肯定してくれた愛しい君に。


かつて君にあげたのと同じ岩塩を練り込んだクッキーを。





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