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お菓子を好きになったきっかけはこの王城。
お茶会が開かれるサロンの近くにある中庭だった。
当時まだ幼かった私は、人に慣れさせる目的でお母様に連れられてお茶会に来ていた。
同世代とは話が合わないため会話を傍聴していた。
噂話や、見え透いたお世辞、上辺の褒め言葉。そんな会話内容によって疲弊したため、お花を摘みに行くと言って本を抱え、中庭に逃げ込んだ。
本を抱えた時点でお母様にはお花摘みでないことは明白だっただろう。止められなかったので良かったが。
木陰で本を開いて新しい作物の栽培法について心躍らせていたときだった。
「ねぇ、何してるの?」
「本、読んでる」
今とは別の意味で会話が苦手だった私は無愛想に答えた。
「どんな内容?」
「養液栽培という、土がなくても作物を栽培する方法について」
「へぇ、面白いね」
そこで顔を初めて本からあげた。
彼がどんな顔かだったは覚えていない。
話すなら、と呼んでいたページに目をやってから本を閉じる。書物は先人の知恵が詰まっている。礼儀を示すために、読まない間は本を閉じるのは読書愛好家ならみんながすることだ。でないと、本が劣化してしまうから。
「でしょ。ところで、今日ここはお茶会開くから関係者以外立ち入り禁止の建物よ。何をしに来たの?」
「脱走中かな。貴族として相応しくない行動をしたから、見つかると怒られるんだ」
「……そうなのね?」
「お菓子作りなんだけど」
「どうして怒られるのにやったの?」
「それは、お菓子作るのが楽しくて好きだから。作っている間は何も考えなくていいから解放される」
「なら、別に良くない?好きなことをすることの何が悪いの?」
そう言った時、彼が酷く驚いた表情をしたことを今でも良く覚えている。
「料理は使用人の仕事だからって」
「ふーん。そんなの理由になってないじゃない。本当に好きなことは、誰に何を言われても貫いていいのよ。だって、好きになることは自由だもの」
彼は「ありがとう」と言ってクッキーの入った袋をくれた。それは先ほど作った焼き立てのものらしい。
食べる前に彼は去ってしまい感想は言えなかった。
そうして大人になるにつれ、より社交界にいる人間が信じられなくなり人見知りが加速していったのはまた別のお話。この出来事以来、お菓子が大好きになり社交界に出るたびに、自分へのご褒美としてお菓子を買うようになった。
もらったクッキーは岩塩が混ぜられており、甘さとしょっぱさが両立していて、とても美味しかった。