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あれ?さっきのってお断りではなかったの??


てっきり会話が下手すぎてこの先一緒にいるのなんて嫌だから断るって話だと……。

でも、疑問系ってことは断っても大丈夫なのよね?


「もっ、申し訳……ありま、せん。私には、荷が重す、ぎます」


「そうか……。残念だ」


眉を寄せて本当に残念そうに肩を落とす。

逆に聞きたい。何か一つでも好感的なところがあるだろうか、私に。

前の19人のせいで評価がゆるーくなってるだけで、私は吃りまくって会話すらまともに成立しない、公爵令嬢として不出来なお見合い相手なのよ。自分で言うのもなんだけど。


その後、殿下は用事があるからと離席した。

もう戻ってくることはないだろう。

そして、執事さんと二人きりになると彼はなぜかお菓子と紅茶を出してくれた。

ただのお菓子ではない。

一品一品がまるで熟練の芸術家が魂を込めて彫り上げた彫刻のように、驚くほど緻密で繊細に作り上げられている。その美しいフォルム、色合いの絶妙な調和、さらには香りまでが計算し尽くされた完成度で、見ているだけで心が奪われてしまう。しかもそれが3つのティースタンドに所狭しと並べられているのだから。まるで宝石箱をひっくり返したかのようだ。それぞれが独自の個性を持ちながら、全体として完璧な調和を奏でている。

これほど豪華なお菓子セット、お小遣いで買おうとしたならきっとひと月分じゃ足りない。

どういうタイミングなのだろう。婚約を断った後なのに接待してくれるとは。


「こ、これは、どういう?わ、私は、婚約を、断ったというのに」


「今はちょうどお昼すぎです。『アフタヌーンティーをするのに良い時間だ。せっかくきてくれたんだから、令嬢に菓子を馳走しておいてくれ』だそうです」


「けど」


返せるものは何もないのに良いのだろうか。


「これは本日お見合いのためにエリスディア様のために用意されたものです。貴方が召し上がらないならこれは破棄されてしまいます」


非常に勿体無い、と胡散臭く言われ困惑する。

こんなに綺麗な美味しそうなものが捨てられる?

あり得ないわ。


「い、いただきます。だ、から、捨てないで、下さい」


「かしこまりました」


満足そうにうなづく彼を見て嵌められたかしら、と考えたけれど、まあいい。嵌められたところで大好きな甘味をいただけるのだから。


最初に手をつけたのは、ショートケーキにマカロンが乗せられたものだった。甘い者が好きで色々な種類を食べたことがあるけど、これは見るのも初めてだ。

一口食べて気づいたことがある。


「これって、もしかしてアンゲルスの?いやでもそんなわけが」


この口に入れた瞬間溶けるような食感、優しく包み込むような甘さ、覚えがある。予約数年間待ちの驚異的な人気を誇るお菓子のブランド。ずっと昔に一度だけ食べたことがある。私は一度食べたら、同じ制作者の作ったものがわかるという特技がある。


「けど、お見合いが決まったのは先週よね。だとすると予約は困難なはずだわ。王族の特権を使ったとか。いやいや、20人目のお見合い相手にそこまでするはずがないわよね」


この時の私は吃っていないことも気づかないほど興奮していた。

大好きな制作者のお菓子を口にして興奮しないお菓子好きがどこにいるというだろう。


「執事さん。もしかしなくとも、アンゲルスのお菓子よね!!」


「ええ、よく分かりましたね」


「私の心は、今、この瞬間、完全にこのお菓子に奪われてしまったわ。なんて素晴らしいの! この制作者さんの才能には、ただただ感嘆するばかりよ。その発想の独創性、まるで芸術のような繊細さ、そしてこのクリーム! ああ、このクリーム一つを取っても、私がこれまでに口にしたどの甘美なものとも比べ物にならない、至高の味わいなの。こんなにも心を震わせる美味しさを生み出せるなんて、まるで魔法のようだわ。このお菓子を一口食べるたびに、私の魂は喜びに満ち溢れ、まるで天国にいるかのような幸福感に包まれるの。ねえ、こんな素晴らしいものを創り出すこの制作者さんに、私はもう心から、誰よりも深く、熱烈に、愛を捧げてしまうわ!」


「そうですか。それは、良かったです」


言葉は変わらず落ち着いたものであるが、思わず息を呑んでしまった。春の雪解けのように微笑んでいたから。

余裕がなくて気づいていなかったけど、よく見るとこの人、殿下に少し似ているかも。

うん。世界には3人似た人がいるという研究結果があるくらいだものね!!

それよりもアンゲルスのお菓子よ。

というか、これ全部アンゲルスのものだわ。

これだけを全てアンゲルスで用意しようとしたらいくらかかるか。私のお小遣い10年分でもダメね。だって、アンゲルスのお菓子は生産量が少ないことも有名だ。だからこそ高いのだけれど。



サクッとした食感のクッキー、口の中でとろけるようなクリームのタルト、ほのかに香る花のエッセンスが織りなすフィナンシェ、そしてチョコレートの艶やかな輝き───贅沢で、貴重で、そして何よりも心を満たす至高。

あんなに沢山あったけれど、もちろん完食した。

もし食べきれず破棄なんてことになったら、私は今日の自分を生涯恨んでいた。

甘いものは別腹というけれど沢山食べれて幸せだったわ。


「なんて素晴らしいの。こんな素晴らしいお菓子を前にしたら、どんな令嬢だって心を躍らせずにはいられないわ!」


「それほど喜んでくれたなら、兄も喜ぶでしょう」


「お兄さん?」


「エドワード・ユール・ハイネーハルですよ。この国の第一王子であり、先ほど貴方とお見合いをした彼のことです」


えーっと……?

執事さんが第一王子の弟。殿下の弟が執事さん。

つまり……執事さんは。


「し、しつ、じさん。あ、あの」


「どうかしましたか?おや、エリスディア様。お顔にクリームが付いていますよ」


指が近づいてくる。

だから、つまり、執事さんは第二王子!?

この国に王子は二人だ。噂好きなご令嬢方が、お二方を「月光の魔術師」と「宵闇の剣士」と呼んでいるのは聞いたことがある。

アンゲルスのお菓子に興奮した私は、執事さんに……第二王子様にタメ口を使わなかっただろうか。使っていた。しかも、目の前でパクパクとお菓子を完食した。

ダメだ。

もう、頭のキャパがオーバーしそう。

クリームが付いていると言われ顔に指が触れた。

そこで私の意識は限界だった。

遠くで名前を呼ばれるのにも反応できず目の前が暗闇に包まれた。


「困りましたね。兄は非常に執着質なので変に勘違いされなければ良いのですが」


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