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こんにちは、あるいはこんばんは。

よろしくお願いします。

人生とはなかなかに難しいようで思った通りにはいかないらしい。


大好きな小説のように、起承転結が決まっていてストーリーが滞りなく進む訳でも、主人公にとって都合の良いような展開になる訳でもない。

それを現在進行形で思い知っているところだった。


「ムリ……無理無理無理。ぜーったいに無理よ」


ルイネーハル帝国の王城。

その第一王子の執務室である重厚な扉を前に蹲って、誰にも聞こえない声で拒絶反応を示していた。

令嬢としてあるまじき行為。

お母様がいたら怒られていたところだろう。


なぜこれほど狼狽えているか。

それは、うちの両親つまり公爵夫妻にお見合い話を押し付けられたためである。第一王子のお見合い話をだ。


不敬に聞こえるだろうが心の声なのでどうか許してほしい。

第一王子は非常に整ったご尊顔をされているらしい。らしいというのは会ったことがなく、人づてでしかないから。噂では、魅了魔法の使い手で会った人は精神がおかしくなったり、顔を見るだけで倒れたりするらしい。

そんな羨ましい話なのに何故こんなに狼狽えているか。

それはわたしが大の人見知りだからだ。

相手が誰とか王子だからとか関係なく人が怖い。家族は大丈夫だが、それ以外は全くダメなのだ。どう話して良いのかが分からず、声をかけられた瞬間に著しい緊張に襲われてしまうのだから。

だから、これまでは社交界には必要なもの以外一切出ず、最低限出席してすぐに退場するなどという対策をとってきた。両親も協力してくれた。

なのに、だ。なのにどうして今さらこんな話を持って帰って来てしまったのか。


「ほんとの本当に無理。逃げ出す……のは不味いわよね。このお見合いは王命らしいし、逃げ出したら不敬罪か最悪国家反逆よね」


声は聞こえていなくても、扉の前で警備している騎士には恐らく確実に見られてはいるのだろう。目の前で挙動不審な人間がいたら、警備していなくても視界に入るだろう。しかし、声をかけられることも追い出されることもされない。

警備している場所のすぐ近くでこんなことしてるのに咎めないのは流石というべきか、報連相がしっかりしているというか。


ちなみに、ほうれん草とは、ヒユ科ホウレンソウ属の緑色野菜であり冷涼地を好む。この国は比較的温暖であるので、現在氷魔法を利用したハウス栽培の研究が───。


「はぁー」


落ち着こうとしてした深呼吸はため息になってしまった。

現実逃避している場合じゃないのよね。


意を決して立ち上がる。

これでも公爵家の長女。

やる時はやれるわ…………………多分。

最も礼儀正しいとされる4回扉をノックするはずだったけれど、緊張して手が震えたため5回になってしまった。まぁ、問題ない。叩けば叩くほど礼儀正しいとされると習ったから4回も5回も問題ないだろう。


「どうぞ」

「し、しっしし失礼、します」


いつも通り吃ってしまった。

どうして、こんな肝心な時にもしっかりできないのだろうかと落ち込みながら入室する。

こんな重そうな扉が自分に開けられるものなのかと不思議に思っていたが、どうやら扉の向こうで執事さんが支えてくれていたらしい。

黒の長い髪を一つに束ねている彼は、王族に仕えるにはまだ若いように見えた。きっと、とても優秀な方なのだろう。


「ひぃっ……」


とても整った顔をしていると感激していると、その奥にさらに整った顔の麗人がいて悲鳴をあげそうになった。いや、あげた。止めるつもりだったけど、止める間もなく声が出てしまった。


「ふーん?」


王子は、顎に指を置き微笑む。

月光を集めたような髪にサファイアのような澄んだ瞳。すっと整った鼻筋。

なるほど、変な噂が立つのも納得できる。私はとりあえず今すぐに逃げ出したい。逃げて、そのまま待たせてある馬車に乗り込んでお家に帰りたい。布団に潜ってモフモフしたい。

だが、不敬罪にだけはなりたくない。ひとまず悲鳴のことを聞かれる前に挨拶をしてしまおう。


「お、お初にお目に、かっかかります。こ、公爵が長女、エリスディア・フランノークとも、申します」


非常に聞き取りにくい自己紹介を終えてホッとする。

なんとか自分の名前だけは詰まらずに言えた。

令嬢のする挨拶にしては短すぎることを、私は知らない。家庭教師に教わった際も緊張しすぎてしまい、これが限界だと判断されたためである。


「初めまして。エドワード・ユール・ハイネーハル、第一王子であり国王より魔法師団長を拝命している。わざわざ王城にお越しいただき感謝する」


「とっ、とんでも、ご、ざいません」


お互いに自己紹介を終え、許しが出たため向かい合うようにソファーに座った。

が、やはり顔が良すぎる。

大前提として人と目を合わせるのも苦手だ。どこを見たら良いのか分からず、床に敷いてある絨毯の模様を観察することにした。

繊細で極彩色。わぁ、エルリット地方で作られる織物じゃないか。超高級品で公爵家ですら手に入れるのが難しいとされる。


「エリスディア嬢、趣味とかあるか?」


「趣味、で、ですか」


やはりこの喋り方で苦笑せずに真面目に話してくれるなんて王族の方はすごいわね。

にしても趣味ね。

用意してされたセリフはあるけれど嘘をついたところで結局バレるわよね。下手すりゃ婚約するんだし。いや、したくないんだけどね。

なら、正直に答えるか。


「ひゅ、し、趣味は、本を読むこ、とです。なので、ひ、人より、ほんの少しっだけ知識が多いと、言われます。そ、それと」


甘いものが好物なこと。

まぁ、言わなくても良いか。これはお見合いには関係なさそうだ。出来るだけ話す文字数を減らしたいし。


「それと?」


「い、いいえっ、そっそれだけ、です」


この間、視線が絡むことはない。

きっと彼の方はずっとこちらを見ているのだろう。視線を感じる。


「で、んかは、ご、ご趣味はございますか?」


「そうだね。新たな魔法と魔法陣の開発。それから、地方ごとの産物資料を読んで改善策を考えたり」


「恐れながら殿下、それは趣味ではなく仕事内容ではないかと」


執事さんが突っ込みを入れて来た。「そうかい?」と考え込む殿下。なんだか仲がよろしそうだ。ちらりと彼等の方を見ると、髪の色が宵闇とそこに浮かぶ月のようでとても綺麗だ。


地方ごとの産物資料……興味があるのだけれど。


「そうだね。あとは、エリスディア嬢のように本を読むことが多いかな」


「そ、うなんですね」


そこから、殿下には色々と話題を投げてもらったけれど、どれも吃ってしまい、話を続けようともしたけれど、普段から人と話す機会の少ないせいで上手く話せなかった。

まるで尋問をしあっているようだなという印象だった。


「エリスディア嬢。今回のお見合いについてだが」


分かっている。

というかこのまま婚約されてしまうと私が困る。ただでさえ人といると緊張するのに、こんな美しい方が相手なら尚更だ。

王族にそんな言いにくい断りの言葉を言わせるのは良くないだろう。それなら、先に私が言おう。


「は、はい。なかったことに、して下さい。わ、私のような、者が、婚約者になどっ、なれる、はずがありません」


「そのように卑下するな。今回は縁がなかっただけだ」


良きパートナーではなかったというのに、どこまで相手のことを気遣える人なのだろう。


「きっと、令嬢にも俺にももっと気の合う相手がいるのだろう。俺も20人とこうして会ってきたが未だに出会えていない」


「20人……」


こんなに優しい方が?

こんなに気遣いできる方が?

私は仕方ないとしてあとの19人はどうして断ったというのだろう。分からない。


「共に歩んでいけると思えるものにはなかなか出会えぬものだな。こちらはそうであるように努力しているが、目の前で泡を吹いて倒れたり、会う前に断られたり、逆に馴れ馴れしく擦り寄ってきたり」


わぁー、話を聞くだけでヤバそうだ。

それは、私とは別のベクトルで婚約相手としてごめん被りたいわね。


「みんな俺を前にすると、他の人には取らないような態度を取る」


そりゃあ、王族でしかもこんな美人だとねぇ。


「エリスディア嬢。君は確かに俺に緊張しているのだろうけれど、俺が今までお見合いしてきた中で、1番しっかり会話して返事をしてくれ、距離感も適切だったよ」


うん。これは、あれだ。

前の19人が著しくおかしかったおかげで、私の評価基準が著しく下がっているわ。


「もう一度聞くけれど、俺の婚約者にならないか?」


あれ?さっきのってお断りではなかったの??

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