這いずる女 その2
「おもしろそうじゃん。そこ行こ」
高校生になって最初の夏休み。帰宅部の伊藤と鈴木は、暇を持て余していた。伊藤の部屋で駄弁る2人。丁度テレビで流れたホラー映画のCMがきっかけで始まった怪談話の中で、伊藤のトンネルの話に鈴木は興味を持った。
伊藤の自宅からでは自転車で3時間ほど。なかなかの距離だが、この退屈から抜け出したいという想いが勝った。昼下がりの炎天下、2人は自転車を漕ぎ出す。容赦ない日差しと湿度で早々に汗だくだ。
「流石にしんどい」
「安心しろ。俺もしんどい」
他愛もない言葉を掛け合いながら何とかトンネルの前に辿り着いたのは17時を過ぎた頃だった。あれから8年経っている。林道もトンネルも、思っていたより小さく感じた。しかし、その孔の異世界感のある黒々さはそのままだった。
「あん時と一緒だ。こっわ」
「確かに見た目からして怖いけど、本番はここからだろうがよ」
佐藤の興味関心はその先にある何か。中に入ろう、とこちらを見る。伊藤には少し躊躇いがあったが、あの頃の自分とは違う、と己を奮い立たせ佐藤の視線に頷いた。
スマホのライトを頼りに、川石の上を進む。お互い何か声を掛け合おうとしつつも無言のままゆっくり歩くこと数分、土砂で塞がれた行き止まりに辿り着いた。そしてあの時、見そびれたモノ。
ライトが照らし出したのは傾斜の土砂に横たわる、白く痩せた人形だった。服などの装飾は無い、白地の布で出来たただのひとがたに、傷んだ長い黒髪、簡素な黒点の目。その下に描かれた真っ赤な三日月形の口が酷く不気味だった。大きさは150cmほどか。その四肢を麻縄で四方から縛って拘束している。下には川水に濡れた木の残骸と布地が散らばっていた。
見た目の異様さに身体が強張り、頭は警報を鳴らし、重苦しい空気が流れる。そこで鈴木が動いた。
「なんだよこれ。へへ」
ぎこちない声を発しながら鈴木が人形に近付き、触れる。
「誰がこんなん。気味わりいなったく」
言いつつ人形の左腕を縛っていた麻縄を乱暴に外した。行動の全てが間違いのような居た堪れなさに、漸く伊藤が鈴木を静止した。
「やめろって! 絶対なんかやばいだろ!」
鈴木の肩を叩く頃には、既に右腕と左足の縄も外されていた。
「なんかって、なんだよ!」
そういう鈴木も顔に冷や汗が滲んでいた。異常な光景に対する強がりなのだろう。それを理解している伊藤は、強引に帰りを促した。
「いいから! 罰当たってからじゃ遅いよ」
「は! そんなん全然怖かねえよ」
「分かったよ。すげえから。もういいだろ」
引くに引けなかったのを強引にも収めようとしてくれている伊藤の意図を感じた鈴木も、人形への悪戯をやめ、2人はトンネルを後にした。帰りはお互い終始無言だった。
それぞれの自宅への帰路で、漸く言葉を交わす。
「じゃあな」
「ああ。また連絡する」
言って鈴木は自転車で走り去っていった。あの人形はなんだっなのか。何故四肢を縄で拘束されていたのか。そういえば外した縄をそのままにしてきてしまった、と考えれば考えるほど、あの真っ赤な三日月口の笑い顔を思い出す。
暑さの引かぬ夕闇で身震いし、伊藤は考えることをやめた。今晩の夕飯は何かと無理矢理ほかのことを頭に上書きさせながら、伊藤も帰路に着いた。




