想い出
一、瑛大
父と母と話を終えて、自分の部屋に戻った。
ボスッ
ベッドに倒れ混む。
冷たい涙が頬を伝った。
静かに泣いた。
私が瑛大と付き合い始めたのは、大学1年の5月。
5月の連休、大学に入学した事を、母方の祖父母に報告にいった帰り道、初めて彼に会った。
祖父母は、隣の市に、2人で仲睦まじく住んでいて、だからなのか、祖父母の家はいつも穏やかな時間が流れていて、小さい頃から大好きだった。10歳くらいになるまで、家族が帰っても、私ひとり祖父母の家にお泊まりをしたことも、しょっちゅうだった。祖母はよく母のアルバムを見せてくれて、母のお転婆ぶりを話してくれた。
祖父母宅からの帰り道、県立の総合公園の横を通ると、若葉が生き生きとして、このまま帰るのがもったいなくて、母と姉と3人で公園に立ちよった。
その日は、たまたま広場で軽音フェスティバルが開催されていて、若者から、おやじバンドまで、いろんな団体が集まっていた。
「あれ?アレ、うちの大学でみたことある…」
姉がそのグループに近づいていき、誰か知り合いがいたみたいで、手を振っていた。そのグループの中に、瑛大がいた。
私たちは彼らの演奏を聴いていくことにして、母さんは買い物をしたいからと、先に帰っていった。
瑛大はキーボードを担当して、彼の長い指が器用に動くのに私は見入ってしまっていた。なにを弾いていたかは、あまり覚えていないけど、ノリノリの姉の横で、私は瑛大のしなやかな動きに心を奪われていた。
出演が終わった後、姉は何人かのメンバーと楽しそうに話していた。瑛大は、1人黙々と片付けていた。
「じゃあ、俺、帰るわ。バイトあるし。」
「おお、ありがとな!また明日!」
「はいよ。」
駐車場に向かって歩いていく瑛大を、私は追いかけずにはいられなかった。
待って!話、してみたい。
彼がドアに手を掛けたときに、やっと追いついた。
「あ、あの…」
「なに?」
「あ、あの、ステキでした。あの、また、聴きたいです、あなたの奏でる音楽…。」
「そう、ありがとう。」
彼が笑った。
エンジンをかけても、その場を離れようとしない私。
「あの、次はいつですか?」
「…仕方ないな。決まったら連絡してあげるよ?」
「は、はい。」
「ん~、さっきのお姉さん?アイツらと知り合い?」
「あ、同じ大学って言ってました…けど。」
「ふぅ~じゃあ、アイツら通じてでいいよね?」
「え?いや、あの…直接、お願いしますっ!」
私は思わず、スマホを差し出しながら、角々90度のお願いしますポーズをとっていた。
「ハハハッ 笑 なに、俺に惚れたの?君は仕方ないなぁ…。はい、じゃあ、俺の番号」
私は舞い上がるほど、嬉しかった。
後は、とんとん拍子に話がすすみ、交際がスタートして、5月最後の水曜日、別れ際にキスをした。