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再会

一、香り


あれから、2か月。

cafe.ICHI に行っていない。

ずっと見られてたのかと思ったら、なんか気持ち悪くて。

でも、そろそろ…

私は、少し離れた所から、お店をのぞいた。いなさそぅ…。ん~、ブラウニーの焼けるいい匂い。恐る恐る店にはいると、知らない男性が接客をしていた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか。」

「あ、はい。」

「こちらへ、どうぞ。」

振り返ると、私のいつもの場所は知らないカップルが座っていた。私は案内された席について、店内を見渡した。気づいてはいたけど、あらためて、この店、オープン席もあるし、わりとどこからも見られてるんだな。

「ご注文どうなさいますか」

「あ、アメリカンで。お砂糖もミルクもいらないです。あと、ブラウニー1つ。」

「かしこまりました。アメリカンとブラウニーで。砂糖、ミルクなしですね。」

「はい。」

もういちど、店内を見渡す。やっぱりいない。

よかった。ホッ。胸を撫で下ろす。さて、今日は家庭教師のバイトだ。あと30分くらい時間に余裕があるから、数学と英語のポイントを見直ししよう。

「お待たせいたしました。熱いので、お気をつけください。」

「ありがとうございます。」

瑛大と付き合ってたときは、いつも紅茶だった。角砂糖も、黒糖ばかりを選んで2つ。ちょっと甘いけど我慢した。紅茶も彼が好きだったから、私はコーヒー派だけど、紅茶をえらんだ。私はコーヒーの少し香ばしい深い香りが好きだ。

あ、そろそろ、行かないと。

私は席を立ち、会計に向かった。レジ横のショーウィンドウを見ると、ニューヨークチーズケーキが残ってた。3切れテイクアウトして、店を出ようと、客席のあいだを歩きだした。

「わりィ…。ごめん、遅れた。ハァ、ハァ…」

慌てて店内に入ってきて、スタッフに声をかける男性がいた。すれちがった瞬間、ふわっと、包み込むように、なんともいえない、私の心をくすぐる香りがした。

あ、私、この香り、好きだなぁ…

香りにつられ、彼の方を見た。その瞬間、私の心臓が、トクンと音を立てた。

そこにいたのは、仔犬くんだった。髪も短くなってダークアンバーにカラーリングされていた。耳にはシルバーピアスが光った。2ヶ月前とは印象が変わって、男の子じゃない、1人の男性だった。

その日の夜、私は彼に見惚れた瞬間、あの香りに包み込まれた瞬間を、何度も反芻して眠りについた。



ニ、クリスマスパーティー


「ま・ゆ・ゆ・ん♪」

「あー、みどりちゃん、なんか久しぶり~。」

「まゆゆんさぁ、最近、研究室こもりっきりで会えんくて寂しかったよん」

「笑。みどりちゃんも、アトリエ入って、のぞくと、魂向こうの世界行ってて、怖ぇーって、サクと話したんだよっ。」

お互い、笑った。

「とか、言って、ちゃんとLINEはしてたじゃん」

「そだね」

みどりちゃんは、同じ大学だけど、学部がちがって、教育学部美術科専だ。わたしは理学部だから、大学内でめったに会わない。でも、なぜか、入学したての頃、新入生の対象のなんかの集まりで、意気投合して、ずっと仲が続いている。サクは、私と同じ研究室に配属になった男子で1っこ下だ。

「ねぇ、まゆゆんさぁ、たまには息抜きせん?もう12月じゃん。クリパしよーよ。ダメ?」

「んー!いい!したい!」

「OK.OK、じゃあさ、私とモックンで仕切っていい?」

「りょーかい!楽しみにしてる」

「LINEすんねー」

みどりちゃんとモックン企画のクリパか~、楽しそ。

その夜、みどりちゃんからLINEが来た。

「まゆゆん、初めての男子とかOK?なんかモックンが連れてきたい下がいるみたいで。あたしも1回会ったことあって、港人っていうんだけど。教育学部の理科専なのさ。悪いヤツじゃないんだよね。たださぁ、あんた、ちょっと、初めて男子に人見知りすんじゃん。」

「気にしてくれて、ありがと。でも、他に、話せる人もいるよね?」

「いるよー。星野とか、セナとか、牧野ちゃんも呼ぶつもり。サクも連れといでよー」

「わかった!大丈夫。サクもきいとくね」

「ラジャー♡じゃね」

2週間後か。なんか、ひさびさに、友だちと騒ぐのワクワクする。夏以降は、みんな各々が卒業論文や卒業制作に必死だったからなぁ。カレンダーに♡マークを付けた。


2週間はあっという間に過ぎて、

そのあいだ、みどりちゃんと牧野ちゃんと交換用のプレゼントを見に行ったりした。


当日、4時に店に集合で、私はみどりちゃんとモックンと少し早めに店に入った。牧野ちゃんが探して予約してくれたお店で、ソファーがあったりボードゲームやダーツがあって、雰囲気のいいところだった。そのうち、サクとサクが同期を1人つれて入ってきた。

「サク~、会いたかったよ。」

みどりちゃんがハグをしに行く。サクは、みどりちゃんのごひいきなのだ。サクは男子だけど、ひょろっとしたとこや色白でキレイな顔立ちが、みどりちゃんには、お人形にみえるらしい。

サクも、まんざらじゃなく、「みどりちゃーん」とハグを受け止めていた。妬きもち焼きのモックンも、ことサクにだけは、微笑んでいる。

そうこうしているうちに、サラダ、オードブルやビールなんかが運ばれてきた。星野とセナもやってきた。

「あと1人だけど、始めようぜ。みんな、飲み物持てよ。いくぞ、メリークリスマス!…ちょっと早いけど」

モックンの掛け声とともに、音楽が流れだし、始まった。モックンの音楽の趣味を、みどりちゃんはダサいというけれど、私は割と好きだ。

たぶん、50~60年代にアメリカで流行ってた曲で、オールディーズって呼ばれてるジャンルだと思う。こういう音楽をきいて、父と母は、懐かしい、よく流行ってたよね、と若い頃を思い出してたことがあった。

みどりちゃんが、適当に食べ物とジンジャーーエールを届けてくれた。

「はいよ。」

「ありがと。みどりちゃん、あと1人いいの?」

「あ、なんかね、港人はケーキとりにいってから来るから遅れるって」

「へぇ、そうなんだ。」

どんな子なんだろう。



三、再会


1時間もすぎた頃、

カランカラン、お店の扉が空いた。

「おぉ、港人。いらっしゃい。ケーキ、悪かったな。」

「あ、いや。モックンさん、今日はありがとうございます。」

「ん、ケーキそこ置いといて。上着ぬいで、こっちこいよ。紹介するから」

「あ、はい。」

「おーい、みんな。ちょっと、ストーップ。今日は新しい仲間、紹介するよ。こいつは、一之瀬港人。うちの大学の3年生で、教育学部の理科専だ。いいヤツだから、良くしてやってよぉ~」

「ぉお~」

拍手と歓迎の声。

さっき、目が乾いてコンタクト外しちゃったから、よく顔見えないな。

まぁ、モックン、相当お気に入りなんだね、こりゃ。

ピザ、美味しい~。

「まゆゆーん、ほら、ピザなんかほうばってないで!港人くんのこと、よ、ろ、し、く♡」

みどりちゃんが、彼の手を引っ張って、私のところへ連れてきた。

はい??

ちょっとぉー、初見男子は苦手って、みどりちゃん気を使ってくれてたじゃーん!

おーい、みどりー!

その時の私の顔は、相当なもんだったらしい。未だに、その時の私の表情を、港人は真似をして見せる。

置いてきぼりにされた彼は、頭をかかえながら、

「す、すみません。隣、いいですか?」ときいてきた。

「あ、うん。どう…」どうぞ、と言いかけて、彼を見た私は、言葉につまった。

「仔犬くん…?」

そこにいたのは、Cafe.ICHIの彼だった。

「あ、俺、港人です。船の就く港に、人って書きます。ちなみに、仔犬、って何すか?」

「……」

「そうですよね~。そりゃ、ビックリしますよね。ストーカーされてた相手に、こんなとこで再会しちゃったらね…」

彼は申し訳なさそうに笑った。

「……」

しばらく、2人の間に沈黙が続いた。ピザもすっかり冷めてしまった。

我慢しきれなくなった彼が、「俺、他んとこ、行きまっす」と言って席を立とうとしたけれど

「え?」

彼が私を振り返った。

私も、なぜ、そのとき、そうしてしまったのか、自分でも理解できないのだけれど。私は、彼のパーカーの裾をつかんで

「行かないで…」

と泣くような声で、彼を引き止めた。

今度は、彼の方が困惑した顔を一瞬見せたが

「分かりました。でも、返事くらいはしてほしいです。」と言った。

彼は座り直して

「改めまして、一之瀬港人です。真優さんがいつも来てくれるcafe.ICHIのオーナーの息子です。ちなみに、姉ちゃんの名前は、朱音です。」

「あ、私は…秋本真優です。」

「ははっ笑。知ってます。ずっと、ずっと見てきたから。あ、何か飲み物とってきます。」


「はい。ウーロンですけど、いいですか。」

「ありがとう。」

「ちなみに、こんなことしてる、ってことは、卒論、目処がたったんですか。」

「まぁ、だいたい。」

「…ちなみに、こんなことしてる、ってことは、彼氏さんのことは、吹っ切れたんですか。」

「まぁ、一応…あの、私のこと、知ってたんですか…」

思いきって、きいてみる。

「真優さんが大学1年の時、彼氏さんと店に来るようになった時からです。その頃、俺はまだ高校生で。あなたが、N国大だと知ってからは必死で勉強しました。」

「そう。」

「初めて見たときから、ずっと、気が付いたら目で追ってしまってました。彼氏さんが羨ましかった。それから、夏の終わり頃、あなたのお姉さんと彼氏さんが2人で会っているのも、何回か見かけました。その後、あなたが1人で来るようになって、静かに泣いていた日もあったのを知ってます。…笑…やっぱ、気持ち悪いですよね~」

「…」

「なにか、言ってください…」

「ごめん…」

「あ、そうだ。ケーキ!今夜のケーキ、うちの店の特製なんですよ!食べてください。」

そう言って、彼は、みどりちゃんの方へかけていった。

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