反射の魔法使い⑤
ジェジーが放った無数の黒鉄の槍が、ヒュンヒュンと風を切り裂く不快な音を立てて眼前に迫る。
かつて公園の子供たちの笑顔を生み出していたはずの遊具だったとは思えない、純粋な悪意の塊と化した鉄の豪雨。公園の街灯や冷たい月明かりを鈍く反射するその群れが空を覆い、地面に落ちる無数の影が僕たちの逃げ場を黒く塗りつぶしていく。
「未来さん! 玲を!」
考えるより早く、僕は叫んでいた。
僕の体は勝手に動いていた。
車椅子から身動きが取れない水無月静流さんの前に、自らの体を盾にするようにして駆け出していた。
頭の中を、コンマ数秒の思考が駆け巡る。
玲は、未来さんがその超人的なスピードで助ければ、きっと何とかなる。
静流さんも、最悪僕がこの身で受け止めれば、吸血鬼の再生能力で致命傷は避けられるはずだ。
でも、他の面々は? 矢野さんや、後方にいるメンバーたちはどうなる? このままでは全滅だ。
その絶望的な状況を覆すように、雷電さんの鋭い声が響いた。
「万! 来い!」
呼応するかのように、譲二さんの、天を衝くような声援が再び夜の公園に轟く。
「フレー! フレー! ら・い・で・ん! がんばれ! がんばれ! ば〜ん!」
「――でんでんじーじー電磁石!」
雷電さんが両手を前に突き出すと、ジジジジジッ、と空気が焦げるような轟音と共に、彼の周囲の空間が陽炎のように歪んだ。強力な磁場が発生したのだ。
僕たちや矢野さんに向かっていた鉄棒が、まるで見えない巨大な磁石に引かれるように、その軌道を不自然にねじ曲げ、一斉に雷電さんただ一人の方へと吸い寄せられていく。
しかし、その磁場の効果は、僕たちとはジェジーを挟んで反対側に布陣していた日向さん率いる4人のチームにだけは及んでいないようだった。単純に、彼らの位置が磁場の有効範囲から遠すぎたからだろう。
(くそっ、判断ミスったかな…! あの距離なら、僕が助けに入るべきだったのは日向さんたちのほうだったかもしれない…!)
僕の焦りを見透かしたかのように、背後から静流さんが落ち着き払った声で告げる。
「あいつらは大丈夫よ。肉弾戦はからっきし弱い私たちの中で、唯一の肉弾戦専門部隊なんだから」
「え?」
その言葉を証明するように、日向さんのチームからは、僕たちの緊張感とはかけ離れた、どこか飄々とした声が聞こえてきた。
「あれ、電さんの出力、弱くね? オレらは普通にさばかないといけない感じか、これ」
日向さんが、少しにやけながら、それでも凄まじい速度で向かってくる鉄棒の群れを眺めている。その瞳は、獲物を見定めるかのように細められていた。
「りか、大丈夫か? 私が守ってやろうか?」
チームの一人の女性が、リーダー格である壱岐さんをからかうように軽口を叩く。
「うっさいわボケェ! 余裕で大丈夫に決まってんだろが!」
威勢のいい罵声が返ってくる。
「あんたら二人とも、ふざけてない! 私たち戦闘チームなんだから、あれくらい防げないと話にならないでしょうが!」
壱岐さんが、年下の女性二人をまとめてたしなめた。
どうやらあのチームは、自由奔放な日向さんを筆頭に、壱岐さんがお目付け役として若い二人をまとめている、という感じらしい。
「ほら! 3人とも、来るぜ!」
日向さんの号令と共に、四人が動く。
日向さんは杖で鉄骨の先端を払い、軌道を逸らす。壱岐さんは振りかぶった金槌で飛来する鉄骨を真正面から叩き割り、火花を散らす。残る二人の女性も、それぞれが持つ強化されたナックルと特殊なワイヤーを使い、巧みに鉄骨を弾き、あるいは絡め取っていく。
バギン! ガキン! ドゴッ! ギャイン!
けたたましい金属音が4つ、完璧なタイミングで響き渡り、彼らに向かっていた鉄棒が全て無力化される。
四人とも、呼吸を合わせるでもなく、さも当然といった表情でそれをやってのけた。
「とりあえず、あちらは大丈夫そうだ。それよりも、雷電さんだ」
他の仲間たちに向かうはずだった鉄棒を、その身一つで一身に引き受けた彼に、数多の鉄の凶器が殺到する。
「よし、万! 助けろ!」
雷電さんの叫びに、万丈さんが応える。
「はいよ! あー、しびれるぅー!」
雷電さんと、殺到する鉄棒の間に、万丈さんがひらりと割り込む。
そして、雷電さんが万丈さんの肩にポンと手を置いた。
「――角渡り」
その瞬間、万丈さんと雷電さんの二人の姿が、まるで鉄棒が作り出す影の中に溶け込むように掻き消えた。
行き場を失った鉄棒はそのまま地面へと突き刺さり、いくつもの深いクレーターを土煙と共に作り上げた。
「ん? 消えたか?」
ジェジーが、いぶかしげそうに鉄棒が突き刺さった地面を見つめる。
その隙を、未来さんは見逃さなかった。
公園の電柱のてっぺんから、韋駄天によって文字通り弾丸となって飛翔した未来さんが、ジェジーへと肉薄する。
「お嬢さんは、真っ直ぐ走るだけでしょう。一体どこへ向かって…」
ジェジーが未来さんを迎え撃とうとした、その時。
未来さんがジェジーの眼前で、両腕をクロスさせて鋭角な「角」を作った。
その角の中心から、先程消えたはずの万丈さんと雷電さんが、まるで異次元から飛び出すかのように姿を現した。
「ようやっと、射程圏内に入れたわ!」
万丈さんの声が響く。
「チッ」
「落ちろやァ!!」
雷電さんの両の拳が、ジェジーの体に深くめり込むように触れた。
バチバチバチッ!と凄まじい音と閃光が走り、高圧電流がその体内を駆け巡る。
しかし、それとほぼ同時。
いまだジェジーの周囲に浮遊していたジャングルジムのかけらの一つが、まるで意思を持ったかのように、雷電さんの腹部を深々とえぐっていた。
「……あとは、任せたぜ、日向」
力なく落下していくジェジーに向かって、日向さんが地面を蹴った。
「――任、された!」
日向さんが、手に持った特殊な警棒のような杖を、落下してくるジェジーの脳天めがけて叩きつけようとする。
だが、頭に真上から確かに当たるも杖は反射されジェジーの体は翻り、華麗に着地を決める。
しかし、彼の額には、これまでにはなかった脂汗がはっきりと光っていた。
「おかしい挙動だよなぁ、あんた」
日向さんが、ジェジーを観察しながら言う。
「へぇ、どうおかしいと?」
「なんで、俺が上から叩き落とそうとしたのに、あんたは綺麗に『上』に弾かれるんだよ」
「……」
「お兄さん、どうもその魔法、あの魔物と違って、あんたが意識して操作するマニュアルっぽいよね。私ら全員での私刑に、いちいち対応できるのかな?」
日向さんの言葉を合図に、彼のチームの4人が、一斉にジェジーを四方八方から滅多打ちにする。
殴る、蹴る、叩く。息もつかせぬ波状攻撃。
その全てが目に見えない力で弾かれてはいるが、ジェジーの表情には明らかに困窮の色が見え始めていた。
「…家畜風情が、なめるなよ」
ジェジーの口から、初めて感情のこもった低い声が漏れた。
ドンッ… ドンッ… ドンッ…
その時、規則正しく、そして徐々に近づいてくる、遠方で何かが地面にぶつかるような重い音が、僕たちの耳に届いた。地面が、微かに振動している。
「新入り! 森からなんか来る! こっちに近づけさせんな!」
日向さんが、ジェジーから一切目を離さないまま、僕に鋭い指示を飛ばす。
「雷電さんは、私と万さんで何とかするから、ここは行って!」
未来さんの言葉を受け、僕は日向さんたちの後方に走る。
それと同時に、ぶつかる音はすぐそこの森の中で止み、代わりに木々をなぎ倒す轟音と共に、一体の魔物が猛スピードでこちらに突進してくるのが見えた。
「絶対に、こっちに届かせるなよ!」
日向さんの声が、背後から飛んできた。




