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反射の魔法使い④

魔法使いは、ゆっくりと右の手のひらを天にかざす。

その掌の上で、大気が渦を巻き始め、みるみるうちに鋭い刃のような小型の竜巻が形成されていく。


「さて、始めましょうか。人間狩りを」

彼は、目の前で警戒を強める僕たちを意にも介さず、ただ静かに掌の上の竜巻を見つめていた。


その絶望的な光景に誰もが息をのむ中、魔法使いはふと、水無月(みなづき)静流(しずる)さんが作り出し、今や彼女の背後で力なく浮遊している巨大な水の球に視線を移した。


「とりあえず、あの厄介な水は消しますか」


彼がそう呟くと、手元の竜巻がふわりと手を離れ、水の球へと吸い込まれるように合流する。次の瞬間、パァン、と弾けるような乾いた音と共に、あれほど巨大だった水の塊は一瞬にして蒸発し、水蒸気の霧となって夜の公園に霧散した。あまりにも、あっけない幕切れだった。


「さて、」

魔法使いは再び僕たちに向き直ると、空に浮いたまま、さも面倒くさそうに問いかけるでもなく、一方的に言葉を紡ぎ始めた。


「はじめまして。LAL(ラル)という組織に所属している、ジェジーといいます。」


作戦が開始わずかで完全に失敗したという動揺が、僕たちの間に重く広がっていく。だが、そんなこちらの空気など意にも介さず、空に浮かぶ魔法使い――ジェジーは、淡々と自己紹介を続けた。


「今日は人間さんたちの回収に来たんですけどねぇ、なんか皆さん、今まで見た事ない個体の皆さんみたいじゃないですか。水とか浮かせてましたし」


凝り固まった肩を労わるように、こきりと首を鳴らしながら、彼は心底面倒くさそうに話を続ける。


「まあ、逃げられると後が面倒なので、皆さん、大人しく私に着いてきていただけますか?」


「は?」

予想だにしなかった提案に、思わず大屋(おおや)(れい)から素っ頓狂な声が漏れる。

しかし、ジェジーはそれに全く影響されることなく、言葉を続けた。


「大人しく来ていただければ、無用な怪我をすることはありません。皆さんの研究が全て終わるまでは、死ぬこともありませんのでご安心を」


(なにかがどうにかなって、これで捕まってくれないかなぁ。もうちょっとちゃんと、レムを引き止めておけばよかった。さっきの水の球は、見た目は必殺技みたいだったけど、あっさり壊してしまったし……。これで戦意喪失してくれてると、いいんだけど)

ジェジーの内なる独白は、僕たちには届かない。


策をいとも容易く突破されたという事実は、重く、冷たく皆の心にのしかかった。特に、作戦の要であった静流さんは、自身の慈悲がまったく通用しなかったことに深く落胆し、悔しそうに唇を噛み締め、俯いてしまった。その姿に、他のメンバーの闘志も、まるで残り火のようにか弱くなっていくのが分かった。


静まり返る場が数秒続いた後、矢野(やの)礼織(れお)さんが、組織の長として、その沈黙を破った。


「大人しく着いていく、というのは不可能だ。君たち魔法使いは我々に簡単にその選択を決心させることが到底できないような悪逆非道をしているのです。そう、君たちを一人残らずこの世界から駆逐するために、我々は存在しているとさえ言えるほどに」

その声は静かだったが、揺るぎない決意が込められていた。

その言葉が、消えかけていた闘志の残り火に、再び酸素を送り込む。そうだ、俯いている場合じゃない。戦意を失っている場合ではないのだと、誰もが思い直した。


「まあ、ですよねぇ」

ジェジーは、さして驚いた様子もなく、肩をすくめる。


「はぁ…なんで人間さんたちに、こんな余計な知識をつけちゃったんですかねぇ」


「もうちょっと、皆さんアホなら、回収作業もずっと楽なんですけど」


こちらに目を向けるでもなく、空中で心底面倒くさそうにジェジーが呟く。

その言葉に、最初にキレたのは、黒岩(くろいわ)譲二(じょうじ)さんだった。


「……もう口閉じろや」

まるで熱いものに無理やり蓋をしたかのように、静かで、しかし腹の底から響くような譲二さんの声が、公園に響き渡った。


「人間様のことを『個体』だとか、『もっとアホなら』とかよぉ。家畜みたいに扱ってるクソ野郎に、誰が黙って着いていくと思ってんねん」


「馬鹿にしすぎですよね、私たちを」


「思ってた以上に、舐められてんな、俺たちは」

静流さんが、雷電さんが、先程の失敗にも挫けず、その瞳に再び鋭い反逆の意志を宿らせる。


「そうですか。あの水の球以外に、何かしてくれると?遅すぎて、あなたたちが私を捕まえることなどできそうにはありませんが」


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン! ドンダダドン! 天! 下! 無! 敵!


その時、どこからともなく腹の底に響くような、勢いのある和太鼓の音が、雄たけびとともに夜の公園にこだました。


「フレー! フレー! み・な・づ・き!」


どこから取り出したのか、特攻服を羽織り、両手に「必勝」の文字が墨痕鮮やかに書かれた扇子を手にした譲二さんが、独特のステップを踏みながら仲間を鼓舞し始めた。


「フレッ! フレフレッ! みなづき! フレフレッ! みなづき!」

シュールすぎる光景に僕が呆然とする中、譲二さんの声援に呼応して、静流さんの瞳に先程までとは比べ物にならないほどの強い力が宿る。


「――月へ(ザ・ムーン)!」

彼女が叫ぶと、先程ジェジーの竜巻によって霧散させられたはずの水の粒子が、公園の四方八方から再び集結し、無数の水の塊となって宙に浮かび上がった。


「霧散したとはいえ、慈悲の効果は残ってる!」

玲が驚きの声を上げる。

黒岩(くろいわ)譲二(じょうじ)の慈悲、晴流夜(ハレルーヤ)。応援した味方の慈悲の能力の上限値を、一時的に大幅に引き上げるという、極めて特殊なサポート能力。その効果は、譲二の仲間に対する信頼の度合いに応じて、爆発的に変動する。


「頑張れ頑張れみ・な・づ・き! いけるぞお前ならやれる!」

譲二さんの応援を受け、静流さんが浮かせた無数の水の塊が、弾丸のように四方八方からジェジーへと殺到する。


「…なんですか、あの珍獣は」

さすがのジェジーも、特攻服で踊り狂う譲二さんの姿には若干引いているようだ。しかし、彼の体には既に、静流さんが操る無重力の水がまとわりつき、動きを鈍らせていた。


「行け行け雷電! 押せ押せ雷電! お前が決めろ!」

応援の対象が、即座に雷電さんに切り替わる。


「未来! 俺を運べ!」

雷電さんの叫びに、指名された未来さんは一瞬驚いたようだが、即座にその意図を理解したようだ。


「――韋駄天(スカンダ)!」

未来さんの姿がブレたかと思うと、次の瞬間には雷電さんを軽々と抱え、街燈や木の枝を足場に、目にも留まらぬ速さで魔法使いへと駆け寄っていく。


「どーも」

ジェジーの眼前に到達した雷電さんが、子供が銃を撃つマネをするかのように、右手の人差し指を突き出す。その指先に、凄まじい電力が収束していく。

「――自然発電(エレキマン)!」

「チッ」

ゴロゴロゴロ、という雷鳴にも似た轟音が炸裂し、周囲が目も眩むほどの閃光に包まれた。


「やったか!?」

玲が思わず叫ぶ。

(あ、それ、フラグ建てるやつ…)


やがて眩い光と水蒸気が晴れると、そこには黒焦げになった巨大なフクロウのような風体、そしてその胴体から生えた歪な赤子の顔を持つ使い魔を盾にした、ほとんど無傷のジェジーの姿があった。


「どっから現れたんですか、あの人間。さっきの瞬間移動の雌みたいなのとの合わせ技、ということですか。まったく、ざっこい能力も、組み合わせると本当にだるいですね」

先程よりも確実に苛立ち、ダメージを与えられたことは彼の表情から感じ取れる。しかし、それ以上に、魔法使いの纏う威圧感が増幅したことに、僕は強烈な危機感を覚えた。


「――上」

ジェジーが静かに呟くと、公園のジャングルジムが、メリメリと不気味な音を立てて宙に持ち上がる。


「――分解(パージ)

次の瞬間、ジャングルジムの鉄骨の骨組みが、まるで積み木を崩したかのように、一瞬でバラバラになった。


「一旦、君たちに『恐怖』を教えてあげますよ」

分解された何十本もの鉄骨が、まるで巨大な鳥の群れのように魔法使いの周囲に集まり、その先端が、一斉に僕らの面々を向いた。


「――ギリギリギリと、解放(リリース)


無数の鉄の矢が、僕たちに向かって放たれる。


「未来さん! 玲を!」

考えるより早く、僕は叫んでいた。

そして、車椅子から動けない静流さんを守るべく、その前に飛び出していた。



同時期、同時刻。

公園での死闘を見下ろす、七階建ての廃墟の一室。

月明かりだけが差し込むその部屋で、黒い円卓に置かれたグラスが、鈍い光を反射していた。背もたれの高い椅子に深く腰掛けた女吸血鬼――バニラは、まるで観劇でもするように、優雅に眼下の喧騒を眺めていた。

体にフィットした黒いトップスが、彼女の引き締まったしなやかなラインを強調し、大胆に放たれたへそが月明かりを妖しく反射する。そして、腰から広がるのは、闇のヴェールのようなシースルーのパンツ。深く足を組むその仕草に合わせて、パンツの深いスリットから覗く素肌は、見るものを挑発するかのようだった。

傍らには、主人の影のように竹本が静かに控えている。


遠くで雷鳴に似た轟音が響き、公園一帯が閃光に包まれた。

バニラはくわえていた煙管から、細く、満足げに紫煙を吐き出すと、その唇の端に愉悦の笑みを浮かべた。そして、盤上の駒の動きを品定めするかのように、隣に立つ男へ問いかける。


「ねえ、マスター。あの子たち、どっちが勝つと思う?」


「どうだろうねぇ。連携とかはちゃんと取れてるみたいだし、案外このまま勝っちゃうんじゃないかい」

竹本の楽観的な言葉に、バニラは小さく首を傾げた。


「うーーーん。まあ、そうねぇ」

煮え切らない返事。どうやら彼女は、この戦いがそう単純に終わるとは、少しも思っていないようだ。

その視線は、眼下で繰り広げられる人間と魔法使いの戦いを通り越し、その渦中にいる一人の少年――彼女の愛しい『子』へと注がれている。


「まあとにかく、ケイト。君はまだ、今日は“空気”だからねぇ。そろそろ、面白いものを見せておくれよ」

バニラはそう独りごちると、もう一度、深く、期待を込めるように紫煙を吸い込んだ。

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