反射の魔法使い③
朝ごはんはトマトのスープとパンだった。野菜がたくさん入っているスープと昨日スーパーで買ったパン。昨日は嘘のようによく眠れ、朝布団からはなんの躊躇もなく飛び起きれた。月一回あるかないかの爽やかな目覚めだった。いつも見つかると即座に逃げる、通勤路で見る三毛猫にはいつもより近づけた気がしたし、仕事は嘘のように進んだ。今日はとてもいい日だった。
19:45
「そろそろね。向こうの準備は大丈夫そうなの?」隣にいる筋骨隆々の男、二村に話しかける。
「ぼちぼち配置も完了したらしい。3日前にうちに来た兄ちゃんの案で少し作戦は変わったらしいが、おおむね予定通りだとよ」
「そう」私がやるべきことはたった一つ。反射の魔法使いにやさしく触れてみんなが待っている狩場へ飛ばすこと。いっつもやっている他対象の瞬間移動をいつもどおりやるだけ。今日は失敗するわけがない。なんとなく思える。
「今日トンネル出て図書館に合流するとこのさ、茂みに三毛猫がいたんよ」
「ああ、毎日逃げるやつか」
「あいつ今日ね、逃げずに近づいいてきてちょっとにゃあって言ったの」
「まじか。見たことねえよあいつのそんな態度」
「どうしようかねぇ」
「なにが?」
「わたしにすり寄ってきたらに決まってるじゃん。寂しいしワンチャン家までお迎えしちゃうかもなって」
「飼いたいのか?」
「うーん。心のよりどころがね、あってもいいかなって。さみしいし」
「...ずいぶん余裕なんだな。あと3分くらいで魔法使いくるぜ」
「ほんとにね。なんでこんなに口数多くなってんだろ」
くわえタバコを右手に持ちかえ両ひざを抑えて立ち上がる。
「オレらの仕事は泣いても笑ってもあと5分で終わる。そのあと猫のことは話そうぜ。なんなら図書館寄って帰ってもいいさ」
「ふ。そうね」
ほかの人は今から死闘を繰り広げるというのに帰りの話をしている私たちに少し笑ってしまった。仕事前にいい感じにリラックスできた。やっぱり今日はいい日だ。
「カウントダウン始めるぞ」
「ん」
「3..2..はい、ドン!」
唐突に宙に生まれたドアが開き、のそのそと魔法使いが現れる。重く落ちたまぶたとやせた顔には黒い糸で口の部分が縛られたマスク、蝙蝠のような大きいマントの足元からはテンションとは対照的な黄色い靴がのぞく。幾度となくここで見た顔。
さて、ドンピシャ背中側。
魔法使いの背に軽く触れ、瞬間移動を使う。
「おっと」魔法使いが小さくつぶやく
「遅いよね」魔法使いの姿は消えた。狩場の目印にちゃんと飛んだことだろう。
手応えはあった。二村の仕事がなくなってよかった。
二村の慌てた声が聞こえる。泣きじゃくりながら近づく姿も。成功したんだから喜べよ。なんでそんな必死な顔近づけるんだよ。
一仕事終わったんだからそこはハイタッチだろ。
って、あれ?手ぇ上がらないや
そういえばこいつの言ってる内容は全然理解ができない。聞こえない。眠いし。なんで泣いてるんだこいつ。
「ボス!!!!牧田さんが亡くなった!触れただけなのにすんごい勢いで吹っ飛んで、壁に激突したんだ!ヤツの魔法は反射じゃない!」
二村三月の慈悲「一方通信」。一定の指定した相手とだけ、会話ができる。ただし、返答はない。
◆
場面は一転する。ごてごてとした噴水が鎮座する中央公園。
そこには、水無月静流が自身の慈悲、月へで作り出した巨大な水の球が、静かに宙に浮き、雷電がウォーミングアップをしている。
その姿を少し離れた場所から眺める譲二と矢野、周囲には敬人と日向のチームを含めた3つのチームが距離を開けて待機している。
作戦は、あの水の球の内部に、敵を直接転送させること。
その目論見通り、水の球の中心に、突如として魔法使いの男が出現した。
(ワープ?待ち伏せも?しかも水中か)
一瞬慌てたものの魔法使いは平静を取り戻す。水の球は見事に彼を完全に包み込み、巨大な水の牢獄が完成した。だが安堵も束の間、球の中の魔法使いは、まるで水など存在しないかのように、縦横無尽に高速で移動を開始した。
「逃がさない…!」
静流は歯を食いしばり、必死に水の球ごと彼の動きを追いかけるが、その予測不能な動きに翻弄されていた。
『――二村から緊急通信! 敵の能力は『反射』ではない! 未知の能力だ、全員警戒しろ! ――雷電君、お願いします、奴の動きを止めてくれ!』
矢野の緊迫した声が、雷電徹の脳内に響く。
「ちっ!」
雷電は舌打ちすると、水の球ごと魔法使いを感電させるべく、自然発電の能力を解放する。
バチバチと激しい音を立てて迸る電撃。しかし、それが水の球に到達するのとほぼ同時に、魔法使いはそれまで動いていた方向から、ありえない角度で急激に向きを変え、いとも容易く水の牢獄を抜け出していた。
「かわいいかわいい使い魔の気配が、ついさっき消えたと思ったら、こういうことでしたか。まったく、面倒なことですね」
魔法使いは、ゆっくりとこちらを見渡し、心底うんざりしたように呟いた。
(おまけに、人間ではまず見ない、奇妙な術まで使ってくるのですね。少々面倒ですが、これは捕獲しなければならない、ということですか。ここで殺してしまっては、また上の方々に何を言われるか分かりませんからね)
彼は負けることなど毛頭考えていない。むしろ、加減を誤って相手を殺してしまい、組織の上役から叱責されることの方を憂慮していた。
魔法使いは、ゆっくりと右の手のひらを天にかざす。
その掌の上で、大気が渦を巻き始め、みるみるうちに鋭い刃のような小型の竜巻が形成されていく。
「さて、始めましょうか。人間狩りを」
彼は、目の前で警戒を強める僕たちを意にも介さず、ただ静かに掌の上の竜巻を見つめていた。




