トキハミ
誤字脱字等、ご容赦ください。
ある夜、俺たち怪談同好会はあてがわれた部室に集まって怪談大会をしていた。一人ひとり、今日のために用意してきた怪談を話すという催しなのだが、今まで何回もこの催しをやってきたせいで、どこかで聞いたような話や前に話した怪談のちょっとしたアレンジだけなど、怪談のネタ切れが深刻化していた。とりあえず決めていた一人1回は話すというノルマを達成したものの、参加者のやる気とネタの在庫は底をついたようだ。そんな時、この同好会のリーダーがこんなことを言い出した。
「そろそろ頭で考えるだけじゃなくて、いろんなところに行って刺激を受けなきゃだめだな。このままじゃこの同好会を作った意味がなくなるぞ。遊んでいるだけって受け取られたら大学側からも認可を取り消されるかもしれない」
その言葉を聞いて、ある一人が「確かにそう思うけど刺激を受けるっていったいどうするんだ?」と返すと、彼はにやつきながら答えた。
「そう来ると思って先に調べといたんだ。これを見てくれ」
彼が見せてきたのはスマホの画面、そこに表示されていたのはとある事件の記事のようだ。その記事はかなり昔の記事のようで、かなり古ぼけているうえに現代で使われない文字がたくさん使われていて読めなかったが、どういう内容かは彼が教えてくれた。彼が言うにはこの記事に書いてあるのは百年以上前の集団失踪事件らしい。当時の政府が公的に派遣した三十人の調査団員がある地域に向かい、到着の連絡とこれから当該地域の調査を開始するという連絡をしてきたが、これ以降連絡はなく、全員失踪してしまい現在でも団員は誰一人として遺体さえ見つかっていないらしい。なぜ彼がこの記事を見せてきたのはすぐに分かった。この地域はその後も失踪事件が絶えなかったことで心霊スポットと化していたのだ。この場所は少し遠出になるが日帰りで帰れる距離にあり、複雑な電車の乗り換えも必要ない。周りのみんなも彼の思惑に感づいたようで、乗り気な者や嫌がる者など様々な反応を見せている。彼は周りのみんなを落ち着かせると今回の目的を話し始めた。
「俺はこの場所に行ってみようと思うんだ。ここには絶対に何か秘密が眠ってる。そうじゃなきゃ何人もこの村で失踪なんかしたりしないからな。もちろん行きたくない奴はついてこなくてもいい。ちょっとこのあたりを調べてみたんだが今じゃすっかり廃墟になってて誰もいないらしい。心霊的な何かよりも熊とかの野生動物の方が怖いぐらいだ。それでも行きたいっていう好奇心旺盛な奴は今週末、俺と一緒にこの村まで行ってみよう。行きたくない奴はほんとに来なくていいからな、何かあっても責任取り切れないし、絶対に無理してこなくていいからな。……じゃあ今日はこれで怪談大会は解散にしよう」
彼の一言で今回の怪談大会はお開きになった。彼の言いだした廃墟探検にいったい何人参加するのだろう。
三日後の土曜日、彼の思いに同調した怖いもの知らずが俺を含めて四人集まった。リーダーは誰一人として来なくても自分だけで行くつもりだったようだが、思いのほか集まったようで驚いていた。集まったメンバーは全員男で、心霊スポットに行ってみたらそこで偶然鉢合わせたことがあるなど、かなりの怖いもの知らずで、怖いもの好きだった。早速、電車に乗り込み目的地まで向かう。目的の駅には人の姿がほとんど見えず、唯一いた駅員にはめったに見ない客だからかとても驚かれた。終点の駅からは日に二度しかないバスを使わなければ辺境の地であり、目的地である時幸山へ向かうことはできない。バス停には一台のバスが発車時刻を待っている。中に乗っていた運転手は仕事としてバスを待機させてはいたものの、乗客が乗ってくるとは思っていなかったらしく、俺たちが乗り込むと怪訝な顔をされ「どこまで行く気だ」と質問攻めされる羽目になった。適当に親戚の家と嘘をつき、目的を悟られないようにしたが、かなり怪しまれたので本当の目的はすでにばれているのかもしれない。確かにあの場所は心霊スポットとしても有名だし、何人も同じ目的の人間を目にしていてもおかしくなさそうだ。
このバスは目的地の村まではいかないため時幸山の麓にあるバス停で降りて、そこからは山を登る必要がある。バスから降りる寸前、運転手に何か小声で言われた。気になって振り返ったがもうバスのドアは閉まってしまい、何を言っていたか問いただすことはできなかった。山を登る道中、五人でバスの運転手は何を言ってたのかああでもないこうでもないと言い合いながら歩いて行った。歩いて二時間ほど、ちょうどお昼になったころ、ようやく今回の目的である廃墟の時幸村に到着した。廃墟へと続く道には立て看板で「時幸村」と書いてある。真っ先に目に入った部分は村の入り口の門なのだろうか。ひとまずは無事目的地にたどり着けたことに安堵し、休憩として昼飯を食べることにした。休憩中、メンバーのうち一人が、しきりに「誰かの気配を感じる」と訴えている。しかし、彼の指さす方向にはただ風で木の葉が舞うのみでそれ以外は何もない。俺たちは当初、ふざけて驚かせようとしているのかと訝しげにしていたが、訴えを起こした彼の顔色はひどく青ざめている。これは心霊スポットとして有名な時幸村の洗礼か。おびえ切った一人以外は、村に一歩も踏み入っていないのに、すでに心霊現象らしき事象が起きていることに感動している。ここは本物だ。ここなら、怪談のネタどころか心霊写真や映像の1つ2つを撮って一躍有名になることも難しくない。俺たちはおびえてしまった一人を何とか説き伏せ、休憩を切り上げて村へ足を踏み入れた。
村に着いた時、最初に見つけた門扉を開けると、中には検閲所らしき様相が広がっている。この村が廃村でなかった当時は、この村に入るためにそれなりの資格が必要だったのだろうか。今は誰もいない検閲所を抜け、もう一枚あった門扉を開け放つと、ようやく心霊スポットとして有名な時幸村に足を踏み入れられた。通ってきた門を振り返ると、そこから続いている壁がぐるっと一周、村全体を囲っている。警備はかなり厳重だったようだ。そして、村の中心部には大きな円柱状の屋敷があり、おそらくあそこがこの村の村長が住んでいた場所だろうと推察できた。だが、それよりも気になったのが村全体の異様な綺麗さだった。ここに人が住んでいた状態で最後に失踪事件が起きたのが四十八年前、それ以降は公的に廃村として扱われている。そのはずなのに村に生えている草木は手入れされているかのようで、無造作に生え盛っていない。田畑の作物も収穫間近と思われるほど実っており、それがかえってこの場に他の人がいないことへの違和感を強めている。
家と思われる廃墟の中も廃墟というよりはもぬけの殻という方が正しいといえるほど綺麗だった。当時使っていた家具がそのまま残っているほか、家が崩れていなかった。家具は妙に新しく、十年ほど前の物がほとんどだった。テレビに冷蔵庫、エアコンにパソコンまで見つけられた。さすがにもうこの村に電気は通っていなかったのでパソコンの中身は見られなかったが、外付けハードディスクは持ち出せたので無事帰ることができれば中身を見られそうだ。ほかに目を引いたのは子供の日記だった。ただの日記ということではなく、この村で定期的に祭りがおこなわれているという情報を手に入れられた。
その祭りが何かを調べるためにも村の中を見回り、次なる目的地へ向かおうとしたとき、畑に人の姿を見つけた。ここはもう廃村のはずなのにどうしてここに人がいるのか、もしあの人がここに住んでいるのなら聞いてみたいこともあるため話しかけることにした。しかし、その人は耳が遠いのかこちらの言葉が伝わっていないのかは定かではないが反応を示さない。ただ真顔でこちらを見つめ続けるのみだ。何を聞いても答えが返ってこない。しかし、いきなり奴は動いた。メンバーの一人を指さし、何かを訴えているように見える。すぐに気づいたが、どうやら奴は人を指しているのではなく場所を指していたのだ。村の中央に鎮座するおおきな屋敷を指さしている。俺たちは村人らしき人物のしぐさを「あそこに行け」と言っているのではないかと判断し、もともと行くつもりでもあった屋敷に向かった。
村の中央にある屋敷はこの村の一般的な家の何倍も敷地があり、庭には立派な松の木や生垣が生えていた。葉が青々としていて、この木の時の流れが葉をつけた直後で止まったように見える。一応屋敷の中に呼びかけをしてみるが何も反応はない。おそるおそる中に入ってみると屋敷の中も外と同じようにとても広く、部屋を進むと客間とみられる場所や寝室のような場所をいくつも見つけ、当時使っていたであろう机や布団なども見つけられた。かなり広い厨房にはついさっきほかの家でも見つけた十年前の冷蔵庫や当時流行しだしたIHを見つけた。この村にある家は村の外観に比べて内装や、家具、家電類が妙に時代がずれているようで違和感を覚える。中央の屋敷から少し離れたところにある別館に入ってみたが、ここは村民共用の図書館のようだ。村の外で発行されていた雑誌類や子供用の絵本なども収蔵されているが、ここに置いてある最新の蔵書は十年前ぐらい前、正確には十二年前の物だった。一番奥には村の歴史や伝承が書き記されているであろうとても分厚い書物も見つけられた。早速読もうとしてみるが、この本が書かれたのがかなり昔のようで現在では使われない文字が大量に使われており、全く読めない。スマホで文字を検索してみようとも思ったが、圏外のため諦めるしかなかった。ただ、適当にパラパラめくっているとあるカタカナが目に入ってきた。そこには「トキハミサマ」と書かれていたが、いったいそれが何なのかはわからなかった。ただ、サマをつけて呼ぶのだから村民たちからの敬い、または信仰の対象になっていることはわかった。二階には村の歴史を絵本化したものが大量におかれており、トキハミサマがこの村で信仰されている神であること、この村では一年に一度、八月の頭から祭りがおこなわれていることを確認できたが、得られた情報はそこまでだった。別館にはもうこれ以上物珍しいものはないだろうと判断し、本館に戻ってもう一度何かないか調べ始めた。
二手に分かれ、珍しいものがないか探し回っていると目ざとい一人が何かを見つけたようだ。ただの両開きの扉だが、鍵がかかっていて開かないらしい。確かにほかの部屋に入ろうとしたとき、鍵はかかっていなかったし、別館の扉も鍵はかかってなかったのに、ここだけ鍵がかかっているのは怪しく感じる。この先にまだ見ぬ秘密が眠っているのかと期待を膨らませ、この扉の鍵を探し回ったが、鍵は意外と簡単に見つかった。この屋敷の中で一番広い部屋の壁の中心に鍵束がかけられていた。その鍵束には2つだけ鍵がまとめられている。そのうちの1つを使って両開きの扉を開けると、なぜか地下に続く螺旋状の階段が現れた。幅は狭く急な角度になっている。足を踏み外さないように気を付けて降りていくと、また扉が現れた。ここにも鍵がかかっており、先ほど手に入れた鍵束のうちもう一方を使って扉を開けてみると、またもや屋敷らしい廊下が奥まで続いていた。
百メートルほどは奥行きがありそうな廊下の左右には扉がいくつもついている。近いところから1つずつ開けてみるが、どの扉にも鍵はかかっていない。どの部屋にもめぼしいものどころか、家具の1つもない。上の屋敷とは違い、部屋の中にはかびたような古臭いにおいが閉じ込められているだけだ。廊下の一番奥にはこれまた大きな両開きの扉があるが、一目見てわかるほど異様な雰囲気を放っている。ドアノブには太めの鎖が厳重に巻き付けられており、さらにその上から南京錠がかかっていて、鎖が固定されている。ほぼすべての部屋を見回ったが、この南京錠に使えそうな鍵は見つかっていない。ここまで厳重に閉められているのだから、この先に何かあることは間違いない。しかし、ここを開けることができなければ、どうしようもない。五人のうち四人が頭を悩ませているころ、最後尾に立っていた男がバッグの中を漁り始めた。すぐに取り出したのはまさかの工業用チェーンカッターだった。立ち入り禁止の場所に入るなら当然の対策だと、自慢げにしている。早速ドアノブに巻き付いている鎖を切ってもらい、最奥の扉を開けられるようになった。扉を開けると、その先に広がっていたのはさらに下に続く階段だった。幅が非常に広く、ここまで歩いてきた廊下と同じ幅だ。両脇の壁の材質はおそらくレンガなどの石材だが、等間隔にくぼみがあり、そのくぼみにはろうそくが立てられている。ろうそくには火がついているが、まったく蝋が垂れておらずつい先ほど火を灯したかのようだ。俺たちは持参していた懐中電灯を使っておそるおそる下に降りて行った。
下まで降りていくと、何やら広い空間に出た。ここは先ほどの階段とは違いどこにも明かりがないため、持っている懐中電灯だけが頼りだ。上の屋敷とほぼ同じ広さを持つこの空間を支えるため、そこら中に柱が立てられ、岩がむき出しの天井には梁がめぐらされている。この空間の右側にはさび付いた檻が見える。右側の一角を牢屋としているようで、壁には鎖が打ち付けられ、寝るためと思わしき御座や、何が入っているのかあまり想像したくはない壺が置かれている。反対に、左側には教科書で見たことがある昔ながらの台所が供えられていた。2つおいてある水瓶の中にはきれいに透き通った水が入っており、このような場所で見つけた物でなければためらわず飲んでしまいたくなるほどだ。かまども展示物かと思えるほどきれいに掃除されており、灰の一粒も見つけられない。何故地下に調理場があるのだろう。疑問は尽きないが、俺たちの目的は考古学ではなく怪談のネタ探しと祭りの正体を暴くことである。地下に調理場がある程度では怖くもなんともない。精々一酸化酸素中毒が怖いぐらいか。そんなものよりも興味を引くのは、やはり中央にある謎の台座とその奥に建てられた巨大な社であろう。
中央にある台座は木で作られた簡素なもので、上面には謎の文字盤、側面には手で回せるハンドルがついている。中は空洞なのか、叩くと音が響く。上面の文字盤に記されている文字はひらがなに似ているようでどこか形が違う。昔のひらがなか、あるいはひらがなをもとにしたこの村独自の言語か。横につけられているハンドルは、いくら回したところでどこにも変化は起きていない。もしや回す方向が逆かと逆回転を試したが、やはり何も起きなかった。壊れているのか、何かが足りないのか。わからないことだらけだ。しかし、そうだとしても目の前にあるあの巨大な社の中にはさすがに何かわかりやすく怖いものがあるに違いない。この地下空間の最奥の壁一面を埋めている真っ赤な社は固く扉が閉ざされており、鍵穴らしきものも見つからない。社の周りを見て回ってもどこからも入れるような場所や中を覗ける場所はない。五人のうち、最も力自慢の男が力ずくで扉を開けようとしてみると、少しだけ扉が開いた。少しだけできた隙間から中を覗くが、暗くて何も見えない。懐中電灯を中に向けてみると何かが光を反射した。金色だ。金色の像が中に置いてある。この村はこんなものを祀っていたのだろうか。隙間から見えた金色の像は、穏やかに目をつむり胸の前で両手を合わせ何か祈っているようないでたちだ。この場にいた五人はすっかりこの像に心を奪われてしまった。これがもし純金なら。もし呪われた村からこれを外へ持ち出せたら。それぞれの思惑は違えど、この像を手中に収めたいという考えは一致したようだ。全員が一斉に少し開いた扉の隙間に手をかけ、力の限りこじ開けた。
扉によって隠されていた像の全体像がようやく五人の目に入った。それは先ほどまで抱いていた穏やかな印象を一蹴するに十分なものだった。穏やかないでたちをした金色の像の背面からは何本も腕が生えている。それらの腕はなぜか赤黒く染まっており、手のひらは人の頭を鷲掴みにできるほど大きい。彼らは先ほどまで考えていたこの像を持ち出すというプランを放棄せざるを得なかった。だが、本来の目的である怪談のネタ探しにはちょうどいい。廃村となった村の地下には禍々しい金色の像が隠されていたとは、なかなかネタにしやすい。俺たちは資料として写真を撮ったり、スマホで動画を撮影した。しかし、そのいずれもまともに金色の像を撮影することはかなわなかった。写真一面にノイズが走り、何を撮ったかわからなくなってしまったり、動画では金色の像を撮影していたはずなのに、一片たりとも動画には金色の像が映っておらずただ社の暗い空間を映すだけになってしまっている。これはまさに心霊現象だろう。怪談のネタ探しに来た俺たちにとっては格好のおいしいネタに過ぎない。村に入る前はおびえ切っていた奴もすっかりいつもの調子を取り戻し、べたべたと像に触っている。
像を見つけてからどれほど時間が経っただろうか。そろそろ山を下りなければ帰りのバスに間に合わないだろう。つけていた腕時計に目をやるが、なぜか時刻は十二時のままだ。この村に着き、昼食を取り始めたのが十二時だったがこれはどういうことだ。まさかもうここで時計の針が一周してしまうほども過ごしてしまったのか。それよりも腕時計の故障の方が可能性としてはあり得るだろう。腕時計を持ってきている友人に頼んで時刻を確認してもらったが、それもどうやら壊れているようで、針は十二時を示している。スマホで確認してもそれは変わらない。とにもかくにも村から帰るということは変わらない。時刻を確認できずとも帰宅はできる。そう割り切って社から出ようとしたとき、誰かに肩を掴まれた。同行者四人は前にいる。一瞬で何が起きたか理解した。だが、助けを求める声は間に合わなかった。ものすごい力でもちあげられている。次は足を掴まれた。他のみんなはどうなったのだろう。暗い中必死に目を凝らし、下を見る。みんなもそれぞれ頭を押さえつけられていたり、胴を鷲掴みにされている。それを確認した瞬間、とてつもない激痛が走った。引っ張られている。右肩と右足首を掴まれ、それぞれを反対方向に引っ張ることで、体を裂くつもりなのか。何故ただの像がこんなことを。悪霊に仕業か、あるいは誰かが像を操作しているのか。疑問は尽きないが、そんなことよりも。これ以上は体が耐えられない。このままでは、体が。
警視庁の特別相談室。普段は客など一人も来ることなく、ただ他所から回された書類の処理など雑務を行うだけの部屋だったが、今日は違う。
「集団失踪の調査?」
俺の名前は坂本一輝。警視庁に配属となったはいいものの、まだ若いせいか「下積みが必要だ」と特別相談室の担当に配属させられた。今、俺の目の前にいるのは必死な面持ちの女性が一人。
「はい。私と、友人の息子五人が、時幸村という心霊スポットに行ってくると言って、家を出たんですがそれきり帰ってこないんです」
正直な所、友達の家を遊びまわっているのではないだろうか。彼女らの顔を見ればそれなりに年齢の察しはつく。息子の年齢も普通に考えれば高校生か大学生あたりと言ったところだろう。いちいち親に連絡するような年齢ではなさそうだ。しかし、わざわざ相談に来たのだから邪険にするのも忍びない。ひとまずはそれなりに話を聞くとするか。
「とりあえずお名前をお願いしてもよろしいですか?私は坂本と申します」
「ああ、すみません。どうも急いていたもので。私は佐々木と申します」
「どうもありがとうございます。……すいません、ご友人方はどちらに……?」
「ボランティアの捜索隊の方と一緒に、村へ向かっています」
「そうですか……。本題に入りますが、息子さん方が心霊スポットに行ったきり帰ってこないと……。その時幸村というのは一体どこにあるかご存知ですか?」
「長野県の辺境ということだけは、息子から教えてもらいました。詳しいところまでは……」
「……それなら、まずは長野県の県警に捜索依頼を提出してください。それは県警の仕事であって、我々の仕事では……」
「取り合ってもらえなかったんです」
「え?」
取り合ってもらえない?ただの失踪事件に?長野県警は何を考えているんだ。
「どういうことです。取り合ってもらえないって」
「私たちにもわからないんです。もちろん最初は普通に対応してくれたんです。でも、時幸村の名前を出した途端対応が変わって……。『そんな村はこの国に存在しない』と突き返されて。……それっきりです」
「ちょっと待ってください」
そう言って俺は席を立ち、近くのドアから隣の資料室に入った。
「山崎、いるか」
資料棚がいくつも並び、見通しが悪すぎる資料室の中で呼びかけた。すぐに右奥の方から「はーい」と返事が返ってくる。大量の書類を抱えたままこちらに向かってきたのは山崎凛。俺の一個下の部下で、俺と同じ理由で相談室に配属されている。人見知りがなかなか激しく、相談者が来たときはこうして資料室にこもるのが日課になっていた。
「山崎、時幸村って知ってるか?」
普段資料を読み漁っている山崎ならもしかすると知っているかもしれない。
「はい、知ってますよ」
「どんなところだ?」
「日本最恐の心霊スポットって言われていて、五十年ぐらい前に廃村扱いとなった村ですね」
廃村……。それもそうか、村自体が心霊スポットになっているのなら人など住んでいるわけがない。
「しかも、特別仕様の廃村ですよ。すべての公的な書類から村の存在が削除されているんです。理由はわからないんですけど。……一説では、昔の政府が調査したときにやらかして、その失態を隠蔽するためとか何とか……」
長野県警が門前払いした理由はこれか。原因はともかく結果として、現在時幸村は存在していない扱いだ。そんな村に捜査隊など出せる訳がないということなのだろう。
「ありがとう、山崎、助かった」
「いえいえ、それほどでも。それじゃ先輩、接客頑張ってくださいね」
山崎に背を押され、急かされるように資料室を後にした。
「すみません、お待たせしました佐々木さん」
不安そうな顔をして、少しも落ち着きがない。こんなところにいるぐらいなら今すぐにでも探しに行きたいのだろう。
「まず、時幸村という村に関してですが五十年ほど前に廃村扱いになっています。それも存在を削除されるレベルの。残っているのは昔の新聞か、あるいはゴシップ誌程度か。または言伝か、その程度ですね。長野県警が動かなかった理由もこれのせいかと」
「……今はそんなことどうでもいいです。どうか、正樹たちを探してくれませんか?ここなら可能な範囲で相談者の助けになってくれると……」
役に立たない幹部どもめ、自分たちがやらないからって適当なこと言いふらしてやがる。廃村扱いの村へ捜索に行く?冗談じゃない。帰ってこれる保証なんて微塵もないじゃないか。どうにかして帰ってもらおうか……。その時、後ろのドアが開いた。山崎か。まだ客がいるっていうのに出てくるなんて珍しい。そのまま俺の右横に立つと、俺に耳打ちしてきた。
「先輩、かわいそうですし受けましょうよこの依頼。それに人助けっていうのは警察の本懐ですよ。進んでやるべきです」
確かに山崎の言うとおりだ。だが、ただのペット探しなんかとはわけが違う。そもそも俺は怪談が苦手なんだ。できれば関わりたくない。俺が悩んでいるのを無視して山崎が先導しだした。
「すみません、ご挨拶が遅れてしまって。私坂本の部下である山崎と言います。よろしくお願いします」
「お、お願いします」
「では、早速ですが息子さんたちが失踪した日の足取りを、できる限りで教えてもらえませんか?」
佐々木の顔がぱっと明るくなる。すっかり俺たちが捜索をしてくれると思い込んでいるようだ。
「はい。まず朝七時に正樹は家を出ました。そこから最寄りの大宮まで自転車で。駅前で友人と待ち合わせて北陸新幹線に乗って長野駅へ。そこから在来線へ乗り換えて目的地である駅へ。道中については駅員さんに頼んで監視カメラを見せてもらったので、確実だと思います。ただ、正樹が目的地と言っていた時不知という駅は、普段からあまり利用者がいないのか昔の状態からあまり変わっていなくて、まだ監視カメラは設置されていないんです。なので、そこから先の足取りはどうにも……」
ときしらず。聞いたことがない駅だ。とんでもない辺境の可能性がある。
「では、まだ村で失踪したと決まったわけではないのでは?」
「……これを見てください」
そう言って佐々木が見せて来たのはスマホの画面だった。そこに映されていたのはトークアプリの画面で、正樹という名前のアカウントから『今、村に着いた。帰りは四時か五時ぐらいかも』というメッセージが送られていた。
「……正樹はきっとあの村で何かに巻き込まれたんだと思います。お願いします刑事さん。どうか、正樹を探してくれませんか?」
そう言って佐々木は涙ながらに頭を下げた。憔悴しきって、細い肩を震わせる姿は見るに堪えなかった。
「……わかりました。我々で全力をもって正樹さんとその友人四名を捜索いたします」
「……本当ですか?ありがとうございます、ありがとうございます」
佐々木は部屋を出るまでに何度も「ありがとうございます」と頭を下げ帰っていった。その背に何か黒いものが横切った気がしたが、気のせいだろう。
佐々木が帰った後、俺と山崎は時幸村について調べていた。
「あの村、結構閉鎖的だったらしいですよ」
スマホに目を向けながら山崎は言う。
「百年ぐらい前に、徴兵のために政府主導の調査があったらしいんです。それは時幸村まで手が伸びていたんですが、調査部隊三十人が村に立ち入った途端連絡が取れなくなってそれっきり……。っていうの事件があったらしいですよ。それ以降もちょくちょく捜索部隊を派遣していたらしいんですけど、どうにも芳しい結果が得られず、行方不明者の捜索は打ち切ったとか」
「なかなか曰く付きだな。こっちでも似たような記事を見つけたぞ。こっちの事件は学者様五人の失踪だとさ。新しい地図を作るため全国を渡り歩いていた地理学者五人があの村に立ち入った後行方が分からなくなっちまったんだと。止まるはずだった宿にいつまでたっても帰ってこないから、警察に通報して発覚したらしい」
「あの村に関わるととんでもないことに巻き込まれるようですね。……また見つけました。次は家族四人の失踪です。まず前提情報として、時幸村があるのは時幸山の中なんですけど、時幸山の麓には別の村があって、そこは誰でも出入りできるようです。その村に帰省しようとしていた家族四人が行方不明になってしまったそうです。ところどころでそんな家族を見たような気もするという目撃証言も出ていますが、時幸村へ続く山道あたりで途切れています」
「じゃあ、その家族はなぜか目的地じゃないところに行ったってことか?」
「そうなりますね。しかもそれを決定づけるものがあって、山道の途中に赤い小さな鞄が落ちていたんです。中を確かめたところ、ハンカチに名前が書いてあり、祖父母に孫の物だと確認をしてもらっています。ですので、この家族四人は何かしらの理由があって時幸村に向かわざるを得なくなったのではないかと。しかし、その何かは一向にわからずじまいで、警察も捜索を終えてしまったということですね」
時幸村がらみの失踪事件は俺たちの予想をはるかに超えている。その後も資料をひっくり返したり、胡散臭いサイトを覗いて真偽不明の失踪情報を見つけたりとこの場でできる情報収集のほとんどを行った。その結果、事件を書き出すために使用していたホワイトボードにこれ以上書き出す隙間が無くなってしまうほどまで、情報を集められた。
「だいぶ出ましたね。……この村に逃げ込んだ殺人犯とか、物騒なものもありますけど」
「……この村がらみの事件の規模が分からん。記事になっていない失踪事件もまだいくつかあるんじゃないか」
「もしそうなら、あの村で失踪した人間はどれぐらいになるんでしょう」
「ここに書きだしただけでも六十人。もしかすると百人は超えているかもしれないな。……それよりも、気になるのはこれだ」
山崎にわかるようにホワイトボードに指を指した。
「……十二年前の事件ですか」
十二年前、とある動画配信者が失踪した。彼は廃墟巡りをする動画を投稿、または配信することを仕事としていたようである。そんな彼が目を付けたのが時幸村。今までにいくつもの失踪事件の舞台となっているいわくつきの場所であり、最近マンネリ気味だった配信者は喜び勇んで村に向かったという。動画配信当日、彼は無事に村に入ることができたようだ。しかし配信中にいきなりノイズが走り、そこで配信は終わってしまったらしい。配信から二日後、有志が集まって時幸村へ向かったが、彼らも同じ結末をたどった。それから一週間の間、あの動画配信者が遺した動画は紛れもない心霊動画だとして大騒ぎとなり、テレビや雑誌でも取り上げられるほどになっていた。しかし、いつの間にか動画は削除され、あの配信者のアカウントも削除されていた。目ざとく保存していた誰かが再投稿するも、瞬く間に削除されてしまった。しばらく再投稿と削除のいたちごっこは続いたが、何時しか誰も動画を投稿することはなくなった。
「この時削除の対象になった動画、まだどこかで見られそうじゃないか?」
「……確かに、当時テレビも取り上げたんですから、その時の映像とか残っていそうですよね。……行きますか?」
山崎の呼びかけに頷いて返事をすると、すぐさま外へ出る準備をした。部屋を出る際扉に鍵をかけようと振り返ったとき、開けっ放しにしていた資料室のドアから何か覗いていた気がした。
俺たちはテレビ局の目の前にいた。中に入るにはまずあの警備員を突破せねばなるまい。俺は警備員に近寄って警察手帳を見せ、今日の事情を伝えた。
「とある人から捜索願が出ていまして、ここが昔放送していた番組のうちに事件に関係するものが映っているかもしれないんです。ですので、その当時の映像を見せてもらいたいんですが、いいでしょうか」
「……上に確認を取ってきますので、少々お待ちください」
五分後、警備員が戻ってきた。
「許可が下りたのでどうぞ。案内いたします」
警備員に促され、局内に入ることができた。中は最近まで工事していたこともあって清潔さが際立つ。それでも、未だ工事中の所がいくつかあるようで、かなり遠回りしたものの無事に目的地である資料室に到着した。
資料室の中には、男性が一人椅子に座っていた。こちらを見ると何やらハッとした表情になったが、すぐに切り替えてこちらを迎えてくれた。
「どうも刑事さん。副局長の岩井です。今日はどんな御用で?」
「行方不明者の捜索です。この局で昔放送していた番組に事件に関係するものが映っているかもしれないので、見せていただきたいんです」
「もちろんです。捜査への協力は市民の義務ですからね。……それで、何時の映像を見たいんですか?」
「十二年前の映像です。時幸村について特集している番組があったはずです」
村の名前を出した途端、岩井の顔色が変わった。顔は青ざめ、唇は震えている。岩井は絞り出すように疑問をぶつけて来た。
「……なぜ、それを見たいのです?」
「時幸村関係で行方不明者が出たためです。今我々は少しでも時幸村に関する情報が欲しいのです。どうか協力していただけませんか」
「……申し訳ありませんが、それはできません。……もうないのです」
「ない?どういうことです、捨てたんですか?」
岩井の顔色は口を開くたびに悪くなっていく。青ざめていた顔は血の気が引き真っ白になっている。
「……お察しの通り、その村に関する映像はすべて処分してしまいました。……その、祟りがあったもので」
「祟り?」
「気のせいだとは思います。けど、どうにもそうとは割り切れなくて……」
「何があったか聞かせてもらってもいいですか?」
「……信じられないと思いますよ。私自身でも夢か何かかと思うほどですから」
その瞬間、部屋全体が暗くなったような気がした。
「十二年前、時幸村で失踪事件があったというのはご存知かと思います。当時、我々の局内でもあの話題は数字が取れると躍起になって取材しました。事件から一週間後、特番として時幸村に関する番組を放送しました。反響は上々、まれにみる注目ぶりで傾きかけていた経営も息を吹き返しました。その日のうちに大口の契約がいくつか舞い込んできたんです。……しかし、その代償は重すぎました。番組放送後、製作スタッフが次々に体調不良を訴え始めたんです。ただの体調不良ではありませんでした。せき込んだかと思えば血を吐いたり、なぜか腕が動かなくなったり。いきなり倒れる者までいました。……当初は過労か何かと思い、体調不良者には休暇を与えました。しかし、彼らが会社に戻ってくることはありませんでした。皆、死んでしまいました」
「死んだ?全員死んでしまったんですか」
「はい。彼らに与えた休暇も終わり、出勤日となったのですが一向に来る気配がなく、しかたなく様子を見に行ったのです。……彼らは自宅内で、体を上下に裂かれて死んでいました。我々はすぐに警察に通報しました。どう見たところで殺人というのは間違いないのですが、侵入者の痕跡が全くなく、鍵も我々が管理人などに頼んで開けてもらうまでかかったままなので、捜査は難航したのです。……1か月たったある日、警察側から突然捜査の打ち切りが言い渡されました。亡くなった彼らはすべて不慮の事故により死んだということにされたのです。……さすがに納得できませんでした。私はそれを伝えに来た刑事に詰め寄り理由を尋ねました。まだ若かった刑事は『訳は話せない』と渋っていましたが、ついに根負けして話してくれました。彼が言うには、警察署内でもあの事件以降に担当刑事の不審死が相次いだらしいのです」
「警察側にも、不審死が?」
「ええ。そのせいで彼らはこの事件から手を引くことを選んだそうです。これ以上犠牲者を出すわけにはいかないと。……あの村について調べてしまったことによる祟りなのか、それともあの村には何か秘密があって、それを隠したい何者かによる犯行なのか。当時の警察が調べるのをやめてしまった以上もう何もわかりません。……ただ、あの番組を放送して以降局内で続いていた心霊現象は、映像の処分を機にぱったりやみました。もうすっかり忘れていたんですけどね」
そう言って軽く笑う岩井の後ろの棚の影から、誰かがこちらを覗いているような気がした。
俺たちは岩井から話を聞き終わった後、テレビ局を出て車を走らせていた。
「あんまり収穫はなかったですねえ。村の映像でも残ってないかなと思ったんですが……」
「……正直あの人の気持ちはわかる。俺だって気味の悪い映像いつまでも手元に置いておきたくなんかないしな」
「しかも、人が死ぬっていう実害が出ていればなおさらですよね。……ところで、今どこに向かっているんですか?」
「正樹君たちが所属していたっていう怪談同好会に会いに行こうと思ってな。……彼は村に到着したとき、母親にメッセージを残していただろう?つぶさに連絡を取る彼ならもしかすると同好会の友人たちにも何かしら連絡を残しているんじゃないか?」
「……一理ありますね。それに母親の話では、彼らが村に赴いた理由は怪談のネタ探しということでしたよね。それなら逐一経過報告をしていた可能性も……」
「どうなんだろうな。あの村って山の中だろ?圏外になってる可能性だって十分ある。母親にメッセージが届いたのももはや奇跡ととらえるべきかもしれん」
「まあ、とりあえず行ってみましょうよ。あの村についてまだ私たちが知らない情報を聞き出せるかもしれませんよ」
「……そうだな。今はとにかく情報が欲しい時だ。とりあえず動いてから考えるか」
「そうですそうです。刑事なんですからとにかく足を動かさないと」
時幸村という未知になつぃて怖気づいていた心を何とか奮い立たせ、車のハンドルを握りなおす。その時、ちょうど反対車線で事故が起きた。すさまじい勢いで電柱に衝突した車は前方が完全に大破し、炎を噴き出している。粉々になった車の助手席に乗っていた奴はなぜかこちらに顔を向けて笑っているような気がした。
事故で発生した渋滞を何とか抜け出し、予定時間を大幅に過ぎたものの何とか目的地である大学に到着した。時刻は午後四時。この大学は敷地内を一般人に開放している大学のようで、出入り自体は特に制限されることはなかった。しかし、どこの大学も敷地という物はどこも広いもので、それに加えて建物も多ければ階数も多い。怪談同好会の活動場所など、初めて来た俺たちにはわかるはずもなかった。そこで、校内を歩いていた在学生らしき男性を捕まえて尋ねてみることにした。
「ごめん。ちょっといいかな?」
「え?警察?俺に何の用ですか?何もやってませんよ」
「君をどうこうしようってわけじゃない。怪談同好会って知ってるか?」
「……正樹たちのことですか?」
「……知ってるのか。その口ぶりからすると、君は……」
「お察しの通り、僕も怪談同好会の一員です。……倉林って言います」
「倉林君か、よろしく。俺は坂本、後ろにいるのは山崎だ」
人見知りをは発揮した山崎はよろしくとも言わず、ぺこりと頭を下げた。
「……早速で悪いんだが、君たちの活動場所に連れて行ってくれないかな?」
「わかりました。……その代わり、今の捜査状況を教えてくれませんか?」
「ああ、構わないよ」
どうせ話せることなど何もない。俺たちでさえ、今わかっていることなど何もないのだから。案内の道中、少なからずわかっていることとして、時幸村の場所と岩井から聞いた話を倉林に伝えた。思っていたよりも情報が少なく期待外れだったのか、「そうなんですね」と倉林は生返事をしている。階段を三階分ほど登りようやく目的地の部屋に到着した。
部屋には一人だけ学生がいた。彼はタブレットを必死に見つめてはああでもないこうでもないと何かぼやいているようだ。そうしているうちに彼がこちらに気づくと、「後ろの人たちは誰だ」と尋ねて来た。
「いきなりで申し訳ない。俺は警視庁の坂本。後ろにいるのは部下の山崎だ」
そう言いながら手帳を見せる。彼らはそのどちらにも興味がないようで、「それよりも、ここに何しに来たんだよ」と警戒心を崩さない。
「正樹君たちの失踪事件を捜査しているんだ」
「嘘だろ。正樹の親御さんに聞いたぞ。捜索願は受理されなかったって」
「それは長野県警の話。俺は警視庁だ。その人に頼まれて今捜査中なんだよ」
「……で、ここに来てどうすんだよ。正樹たちがいなくなったのは時幸村だぞ」
「その村の情報が欲しい。何か知っていることがあれば何でも教えてくれ」
「知っていること、ねえ」
彼は何かを考えているような、言い出すのを渋っているようなそぶりを見せている。そこへ、俺たちを案内してくれた倉林が助け舟を出してくれた。
「伊藤、揺さぶっても無駄だ。この人たちは俺たちが知っていること以上は何も知らない」
「……わかった。これを見せてやるよ」
そう言って伊藤が指を指したのは、先まで彼が見ていたタブレットだった。
「そこに何があるんだ?」
「まあ見ればわかるよ。今、刑事さんにとっては喉から手が出るほど欲しい情報なんじゃないかな」
手渡されたタブレットに表示されていたのは、何かの静止画と中央にある再生ボタン。……これは動画か。俺は意を決して再生ボタンを押した。
『あっ、戻ってきた。おーい、薫。そろそろ行くぞ。あんまり遅いと帰りのバスに間に合わなくなっちまうからな。……よし、それでは我々時幸村探検隊はこれより村内へ本格的に歩みを進めます』
『何撮ってんだ?周りには草木しかねえぞ』
『何撮ってるのって、そりゃ動画だよ。持って帰ってネットなんかで公開すれば一躍有名人だ。希代の冒険家として名を残せるんだぜ。こんなチャンスを逃すなんてありえねえよ。……それにしても結構急な坂道だな。周りの山の方が高いからそうでもないと思ったけど、ここもそこそこ標高あるんだな』
『しかも周りは森ばっかで面白いところもないし風景にも飽きるな。なあ、薫。村まであとどんぐらいかかるんだ?』
『あと一時間程度だろう。坂道で疲れも出れば、それ以上かかるかもしれないが』
『まだそんなに時間がかかるのか……。カメラの充電持たねえかも。……ん?今なんかいたぞ。右奥の方に何かいた気が……。多分撮れてるしあとで見返してみるか』
……この動画は、彼らが残した物か。しかし、いったいどうやって。
「この動画はどこで手に入れた?」
「どこでって言われても……。俺たち怪談同好会はトークアプリでグループを作ってあるんだよ。普段はただの連絡事項だったり、心霊 番組の感想会に使ったりする程度だったんだが、正樹たちがいなくなる日、確か午後二時ぐらいにこの動画が送られてきたんだ。でも、確か夜の九時半ぐらいに送信取り消しされてたんだ。その前に保存しておいたけど」
「村から送られてきたのか?」
「それは分かんねえよ。正樹たちが村から出た後、これを送ったかもしれねえし。それに時幸村っていうのはもうほとんど人が住んでねえ田舎のさらに奥地だ。電波なんかあるわけない」
「この動画に残っている声は誰のものだ?」
「カメラを持ってたのが佐々木正樹。薫って呼ばれていたのがこの同好会のリーダー、飯島薫。正樹に動画を撮っているのを聞いていたのが大島雄二。薫にあとどれぐらいで着くのか聞いていたのが神田俊介」
「彼らは五人で村に行っていたんだろ?あと一人は誰だ」
「佐山茂。先に行っておくと、茂は村に着くまで一言も喋らない。……普段はおしゃべりなのに、珍しいこった」
今は佐山茂の普段の様子よりも、動画内で佐々木正樹が言っていた右奥の何かの方が重要だ。動画を細かく巻き戻してようやく見つけられたが、確かに並び立つ木の影に何かが立っているような気がする。木が茂っているせいで陽の光があまり入らず、はっきりと見えない。ただ、こちらを覗いているこの目。今までに何度か見たような気がするがどうにも思い出せない。動画の一場面を見て考え込む俺を見て山崎が気にしてくれたのか「どうしたんですか」と聞いてきた。しかし、ただの気のせいごときでいちいち山崎を怖がらせる必要はないだろう。「なんでもない」と言葉を返し、動画の続きを再生した。
『それにしても周りは緑、緑、緑。せめて景色が変わってくれるんならハイキングとしちゃ及第点なんだが……。お前ら何の話してんだよ?』
『ああ、さっきの運転手の話。気になるだろ?』
『あの態度悪いジジイなんかほっとけよ』
『でも俺たちが降りる前になんて言ってたのか気になるし。……そもそもバスの運転手ってあんなに客に行先問い詰めるもんか?』
『確かに……。別に俺たちがどこ行ったってあいつには関係ないのにな』
『仕事をさぼりたいだけだろ。こんなド田舎にバスを必要とする奴なんかいるわけないからな』
『なるほどね。ダラダラして金もらおうって思ってた矢先、俺たちが来たから……』
『それに、俺たちが遠くまで行くってなると、あいつがバスを運転しなきゃいけない時間も長くなる。しかも運転するのはこんな山道だ。いくら整備されているとはいえ運転したくはないだろ』
『じゃあ、俺たちに何か言ってたのは、ただの恨み言かもな』
『おい。そんなことよりも、あれを見ろ』
飯島薫が前方を指さす。それに従って今まで獣道だけを映していたカメラが前方を映した。そこには巨大な木で作られた門が鎮座していた。脇には時幸村と書かれた看板が立てられている。
『現在の時刻、十一時三十分。我々探検隊は休息をとり、その後本格的に村内の探索に赴きたいと思う』
ここで動画が終わった。彼らは無事に村までたどり着けていたのか。これだけでも十分な収穫だ。正直村の存在すら疑ってかかっていた自分にとって非常に大きい情報だと言える。この映像があるからこそ、失踪した彼らの母親たちも真っ先に村周りを捜索したのか。
「動画、見終わった?」
タブレットから顔をあげると伊藤が話しかけて来た。
「ああ。まさかこんな動画があるとは思ってなかったけど」
「……実はこの動画の存在、まだ誰にも話してないんだ。知ってるのはたぶん同好会の奴らだけだ」
「……なんで佐々木正樹の母親に教えてやらないんだ」
「今までに何人も人がいなくなってるいわくつきの村に人を送ることになるだろ。正樹たちだけじゃなくて、あいつらの親までも失踪しました、なんてことになったら悔やんでも悔やみきれない」
「あの村があるのは山の中だ。山で行方不明なら山狩りでもして徹底的に探すのが普通だろう。そんなことをすれば村の存在なんて遅かれ早かれわかるもんだ。さっさと情報提供していれば、無駄な捜索時間を削減できるうえに助かる可能性も高まるだろ」
「……もしそれで村に立ち入って行方不明になったらどうするんだよ。責任なんかとれるか」
「不慮の事故に責任をとれなんて言い出す奴、いるわけないだろ」
「……あんたはまだ2つ目の動画を見ていないからそんなことが言えるんだ。あれを見れば、村に立ち入ろうなんて考えなくなるし、他人を村に行かせようとも考えなくなる」
彼のあまりに強い語気に押され、言われるがまま送られてきたという2つ目の動画を再生した。
『えー、我々時幸村探検隊は、これより時幸村内部に突入していきたいと思います。入り口はたぶんここだよな』
『確か廃村になってからしばらく経つんだろ?この門今すぐにでも崩れそうだ』
『でも、他に出入りできそうな場所なんてないよな?』
『反対側に何かあるかもしれないが、坂が急すぎてまともに歩けなさそうだぞ。こっから滑ったら一発であの世行きかもな』
『それならやっぱりこの門をくぐるしかねえな。全員で押すぞ。……茂何やってんだよ、調子悪いのか?』
そう言って映された佐山茂の顔面は生きている人間とは思えないほど白くなっていた。単なる疲れや、調子が悪いといった次元ではない。彼は口を開くことなく震えるように首を縦に振り、門をこじ開けるのには協力できないという意思表示をしていた。
『バスで車酔いでもしたか』
『いや、高山病かもな。この山は確か標高2,000ぐらいだっけか。それなら十分あり得る。茂、座って休んどけ』
彼は言われるがままその場に座り込んでいる。呼吸も浅く眼は虚ろだ。
『茂、木を背もたれにした方が楽なんじゃないか?』
友人からの助言も聞こえないほど疲弊しているのか彼から返事は聞こえない。仕方なく他の4人で木陰まで運ぼうとしたが、佐山茂はなぜか猛烈に抵抗している。理由はわからないが、とにかく木に近づきたくないようだ。
『じゃあもうそこでもいいから休憩しとけよ。……俺らは、これをこじ開けるか』
佐山茂以外の4人が力を合わせて扉を押し、何とか人一人通れそうな隙間を作り出すことに成功した。
『……これだけ隙間があれば通れるだろ。茂、行くぞ』
座り込んで休憩していた佐山茂はすさまじい拒絶をあらわにしていた。必死にあとずさり、首を横に振っている。それでも決して口を開くことはない。ただ、わなわなと震えている口からは嗚咽が聞こえている。
『……そんなに怖いか?』
『そんなに怖がらなくても大丈夫だって。ばらばらに行動しようってわけじゃねえんだから』
彼らが口々に慰めの言葉を送っても佐山茂は決して靡かない。頑として村へ立ち入ることを拒んでいる。
『じゃあ……そんなに中に入るのが嫌ならここで待っててくれよ』
どうやらそれも嫌なようだ。
『どっちかにしてくれ。一緒に中に入るか、外で一人俺たちを待つか』
佐山以外の4人もかなりしびれを切らしているようだ。彼らからすれば、これからという所で足止めを喰らっているのだから当然と言えば当然か。佐山茂は悩みに悩んだのち、ようやく立ち上がり一度だけ頷いた。どうやら村に入る決心がついたらしい。
『そう来なくっちゃな。そうと決まれば早く行こうぜ。ここでちんたらしてたら帰りのバスに間に合わなくなるぞ』
先ほど四人でこじ開けた隙間を通り、薄暗い建物の中へと入っていく。ライトで照らされたところには机やいす、南京錠がかかった箱などが置いてある。それらは全く埃をかぶっておらず、誰かが常に手入れをしているのかと思うほどだ。彼らは鍵がかかった箱が気になっているようだが、南京錠を開けるための鍵はそこらには見当たらない。と、思ったのもつかの間机に備えられていた引き出しに小さな鍵が一本入っている。管理方法としては杜撰すぎるが、どうせ廃村なのだから今さら気にすることでもない。箱の中には大量の板が入っていた。それは手のひらサイズで片面に「認」と赤い字で書いてある。おそらく当時出入りするために使われていた通行証だろう。それ以外には何も入っておらず、彼らは少しばかり肩を落としたが、本番はこれからだと気を持ち直して、奥へと進んだ。関所の奥には村へと続く最後の門があった。これも先ほどと同じように力を合わせて門を押し開けた。先ほどとは違い、開けた隙間からは明るい光がさしている。
『やっとたどり着いた。ここが例の……』
『ああ。今までに数多の人間が行方不明となった最強の心霊スポット、時幸村だ』
時幸村の景色は、これまでの噂を聞いている者ならば決して想像できないありさまだった。あまりに普通なのである。廃村として扱われているはずなのに、なぜか稲が立派に育っている。畑にはサツマイモなどが植えられているが、あの黒いビニールは人の手がなければあの場に存在し得ないはずだ。そして最も不可解なものは、村中央にある村長宅らしき建物にあった。その家に敷地には美しい花を咲かせた桜が植えられていたが、今は八月だ。こんな時期に桜は咲くわけがない。あの場にいる彼らも次第にこの村の異常さに気が付いてきているようだ。
『なあ、おかしくないか?こんな暑い時期に桜なんて咲くかよ』
『七月ごろまで咲く桜もあるらしいが、これはさすがに変だな』
『何ビビってんだ、ただ変な時期に花が咲いてるだけだろ。地球温暖化とか異常気象とかいくらでも理由は考えられるぞ』
『そうだよ。そんなことよりも、早く他のところ見ようぜ。いつまでも花なんか見てたって怖くなんかねえよ』
彼らはとりあえず一番入り口に近かった家から立ち入ることに決めたようだ。その家に人の気配はなかったものの、人の痕跡は感じられた。人がいなくなってから五十年近く経っているはずだというのに瓦が割れていたり、壁に穴が開いていたりということが全くない。まるで常にだれかが家の状態を確認し、必要ならば補修工事でもしているかのようだ。
『埃臭くねえな。黴臭くもねえ。ほんとに廃村か?ここ』
『確かにどこも崩れてなんかいないし、廊下を歩いてもきしむ音すらしない』
『おい、これ見ろよ!』
一人がなぜかやたらと興奮している。彼が指さしていた先にはまさかの薄型テレビが置いてあった。これは五十年前には絶対存在し得なかったものだ。テレビ台にはテレビのほかにレコーダーも備えられている。延長コードの先にはスマホの充電器さえついていた。ここには当然ながら電気は通っていない。それに加えて、五十年前には存在しなかったものが無造作に放置されている。もしや時幸村には誰か住んでいるのか。しかし、もうすでに電気もなく電波もない村で生活する理由などなさそうに見えるが。俺が考え込んでいるうちに、動画内の彼らはどんどんと奥に進んでいく。だが、彼らの蛮勇とも言えそうな足取りはとある部屋で完全に止まった。
『どうした?急に立ち止まって』
『あれ見ろよ。……嫌なもん見たぜ』
そう言って一人が指さした先には遺影が飾られていた。
『……こんなところで遺影なんか見たくなかった』
その遺影は1つではなかった。入り口の正面の壁に、窓側の壁一面に、押入れの中や、天井にも。所狭しと飾られた遺影に映された顔は当然ながらすべて違う人間だ。つまり、この村には最低でも百人近くの人間が死んでいるということか。しかしなぜ村人の遺影が1つの家に集められているのだろうか。
『……二階に行こう。気分悪いぜ』
彼らも次第に口数が少なくなっていっている。立て続けに異常な光景を見せられれば当然だろう。それを振り払うかのように彼らは階段を駆け上がり、二階へ向かった。二階には部屋が2つのみのようだ。彼らはまず階段から近いところの部屋から中の様子を確かめることにしたらしい。
『子供部屋か、ここは』
その言葉の通り、どうやらそこは子供部屋らしかった。サッカーボールや、漫画類、さらにはゲーム機など年頃の少年ならばたいていが好むであろう品が抜かりなく部屋にしまわれている。いずれも埃をかぶっておらず、つい最近まで遊んでいた誰かがいたように思えた。二階にあるもう1つの部屋は先ほどとは違う様相を呈している。ダブルサイズのベッドに、男物と女物がそれぞれ入ったクローゼット。それに、部屋の隅に置かれた小さな化粧台が、ここは夫婦の部屋なのだと確信させた。ベッドは綺麗に整えられ、クローゼットには虫が湧いているといったこともない。化粧台の鏡は全く曇っておらず、ここに住んでいた人間の几帳面さが伺えた。しかし、それは五十年以上前のはずである。いくら手入れを怠らずとも五十年放置をすれば多少なりとも汚れたりするものだろうが、そのようなほころびは全く感じられない。まるで、ある時から時が動いていないようである。動画内の彼らもこの村の異変に気付きかけている。それを信じたくないのか、あるいは信じたいのかは定かではないが、彼らはこれまでよりも少し早歩きになっている。
『こっちの家はどうだ……?』
そう言って一階を見渡すが、先ほど見た光景と全く同じだ。
『さっきの家と同じじゃないか?』
その言葉の通り、部屋の配置どころか置いてある家具に加え、トイレに置いてある芳香剤、さらにカレンダーにつけられた印までが一致していた。唯一違う場所はあの部屋であった。壁一面どころか天井や押入れの中にまで敷き詰められた遺影の部屋という所までは全く同じだが、飾られている写真の人物はそれぞれ違う。彼らは恐怖を通り過ぎ、もはや若干いらだっていた。
『どうなってんだよこれは。明らかに人の手が入ってるだろこんなの。そうでもなきゃ説明できねえぞ』
『趣味の悪い誰かが、俺たちみたいな肝試しに来た奴らを脅かすために作ったんだろうよ。全く拍子抜けだな』
『それで唯一の脅かし要素がこの遺影の部屋ってか……。センスなさすぎだよな。いくら冗談でも遺影使うのはあり得ねえ』
『……それよりもさ、二階行かない?こんなの見ててもつまんねえし』
『そうだな。どうせ手抜きのコピー品しか一階にはねえんだから逐一見てやる義理もねえや。早く二階行こうぜ。……もしこれで二階も同じだったら帰るか』
彼らは佐々木正樹の帰るという発言に同意しているようだが、結果としてはそうはならなかった。もしやここで何かあったのだろうか。この家の二階は先ほどまでのコピー品とは全く違っていた。階段を上がればドアは1つだけであり、それ以外には窓すら見当たらない。二階に上がってきたはずなのに、あまりの閉鎖的な感覚から地下にいるのかと錯覚してしまうほどだ。ドアを開けると、中はとてつもなく広い書斎のようであった。しかし、これまた普通の書斎ではない。壁一面には本棚が置かれてはいるが、本は一冊もしまわれていない。すべて空っぽで、この部屋には本の類はほとんどない。唯一置かれていた本は部屋の中心にある大きな机の上に放置されていた一冊のみである。表紙には「にっきちょう」と書かれており、子供用の物だろうと推測できた。
『これは……日記か。こんなところで、日記ねえ』
『……読んでみるか』
そう言ってページをパラパラめくった彼は日記帳を閉じ、机の上に戻した。
『どうした?』
『子供の字だ。それも多分女子。……気が引ける』
『なら俺が読む。止めるなよ。「今日は畑しごとの手伝いをした。もうすぐお祭りが始まるから、おそなえもの?をよういしなきゃいけないって言われた。去年のお祭りも楽しかったし、今年も楽しみだな」……。この程度か』
『祭りか……。あるあるだよな、辺境の村に残る変な慣習。やばい場合は人質捧げてたりするからな』
『この村で起こりまくってた失踪事件の原因それだったりしてな』
『小説や映画じゃねえんだ。そんなことあるかよ』
『でも、どんな祭りだったのかは気にならないか?』
『……それはそうだけど。でもどうやって調べるんだよ』
『他の家には何かあるかもしれないぞ。日記にはお供え物がどうとか言ってたし祭り用の何かを作っていたところがあるかもな』
彼らはこの村で行われていた祭りがどのようなものだったかを調べるという次なる目的を掲げて、次に立ち入る家を選ぶため外に出た。
『あれはなんだ……?』
そういう彼の目線の先には何かがいるらしい。彼の言葉に追従して動画も映す景色を変えている。ついに異変が映った。畑に何かが立っている。一目見ただけではただの案山子にしか見えなかったが、どうやら様子が違う。
『何だって、あれはただの案山子だろ』
『……ここに来た時にそんなものはなかったはずだぞ』
再生していた動画を止め、彼らが村へ立ち入ったあたりまで巻き戻す。やはり、畑には何も立っていない。あるのはサツマイモらしき植物とそれを覆う黒いビニールだけだ。もう一度動画を再生しなおす。
『あれ、人じゃないか?』
『馬鹿言え、ここはとっくの昔に廃村扱いで人なんかいねえよ』
『俺たちと同じで肝試しに来ただけかもしれないだろ』
『それは、そうだが……。話しかけるのか?』
『俺たちがいま探してるのはこの村で行われていた祭りに関する情報だ。もしあの人が他の家を漁ってたんならどこかでその情報を手に入れてるかもしれない。もしそうならいちいち俺たちで探す手間が省けるだろ』
『確かに、帰りのバスも気にしなきゃいけないしな……。話しかけてみるか』
彼らの中で、得体の知れない誰かに話しかけてみるという結論に達したとき、今までだんまりを決め込んでいた佐山茂がいきなり口を開いた。
『帰ろう』
『は?』
『俺たちはこんなところにいるべきじゃないんだ。早く帰ろう』
『何だよいきなり。……もしかして怖いのか?』
『ああ。怖いから早く帰ろう。俺はもうこんなところに一秒だっていたくない』
おそらく、普段の彼はこのような話し方をしないのだろう。他の四人の驚き方を見れば一目瞭然だった。
『お前今日おかしいぞ。せっかくここまで来たんだからいけるところまで行くべきだって。なんでこんな中途半端なところで辞めちゃうんだよ』
『これ以上踏み込めば俺たちだって無事じゃすまないかもしれないだろ。……普通に考えてこんな田舎の心霊スポットに何人も人が集まるわけないだろ。それにあいつは何やってんだよ。今こうやって俺たちが話している間、一歩も動かないでどこ見てんだよ。どう考えてもおかしいって』
『もしあれが幽霊ならすでにどこかで襲われてるだろ。そう考えればあれはただの頭がおかしい奴の可能性が高い。それならこっちは五人いるし、どうにか制圧できるだろ』
『頭がおかしいならなおさら話しかける理由なんかないだろ!』
佐山茂はなかなか自分の望む方向に進まない議論に嫌気がさし、つい大声を出してしまった。……奴は反応した。顔をぎこちなく動かし、こちらに目を据えている。奴の動きはまるで長年放置され、油をささずに動かしたロボットのようだ。
『こっちを見てる……。見てるだけか……?』
『何もしてこないな……。あいつも俺たちに警戒してるんじゃないか?』
『そんなのどうでもいいから早く帰ろうぜ。何してくるかわかったもんじゃねえよ』
奴はその場から一歩も動かず、首だけをこちらへ向けている。あの目はいきなり何をしだしてもおかしくない人間が持つ目だ。
『もういい。これ以上は時間の無駄だ。話しかけてみよう。……帰りたかったら一人で帰ってろよ、茂』
佐山茂へ冷たい一言を放ち、議論を無理やり終わらせてしまった。佐山茂は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、一人で帰るのは嫌なのか結局彼らと行動を共にすることにしたようだ。
『すいません、ちょっといいですか?』
反応はない。奴は彼ら五人を先ほどと全く変わらない目で見つめ続けているだけだ。
『あなたは、この村の関係者ですか?』
返事はない。聞こえているのかすら怪しいレベルに思える。
『こんなところで何してるんですか?』
何度話しかけても結果は変わらない。奴はただこちらを見つめるのみで決して口を開かない。
『耳が聞こえないのか?いやでもさっき茂の声には反応してたよな』
『声の大きさが足りないんじゃないのか』
助言を受け、先ほどよりも大きな声で話しかけている。
『おーい、聞こえますか?聞きたいことがあるんですけど。……駄目だこりゃ。反応なし』
『いくら耳が不自由だとは言え、目の前にいる俺たちのことを無視するか?』
佐山茂以外の四人はこの耳が聞こえない誰かに苛立ちを覚え始めている。
『おい!聞こえないのか!』
目の前で手を振ってみるが、それすら反応はない。
『こいつどうなってんだよ。耳が聞こえねえし目も見えてねえ。そんなんでどうやってここまで来たんだ?』
彼らが苛立ちを通り越し、改めてこの不審な人物に疑問を持ち始めた時、事態は急変した。今まで何も反応を示さなかった奴がいきなり動き出したのだ。動いたとはいっても飯島薫の方を呼び指しているだけで、どうしても疑問は尽きない。
『……何だよこいつ。いきなり人を指さすのはマナー違反だって知らねえのか』
指を指された飯島薫は、文句を垂れながらその場を離れた。指された指から逃れたいという心理によるものだろうが、どうやら俺も含めて勘違いをしていたようだ。奴が指さしていたのは飯島薫ではない。彼の後ろにあった村長宅らしき屋敷だったのである。
『薫。こいつはお前を指さしてたんじゃねえ。あの家を指さしてたんだ』
『あれは……たぶん村長の家だよな。あれが何だってんだよ』
その瞬間、佐山茂が何かに気づいたのかいきなり走り出した。残りの四人は彼がいきなり走り出した理由など見当もつかなかったが、先ほどまでの精神状態を考えれば一人にするのは得策ではないと判断し、急いであとを追いかけた。
『茂、いきなりどうしたんだよ』
『……ごめん』
『今は謝罪よりも理由が聞きたい。……もし何かあるんだったら話してくれ』
『……影がなかった。……あいつには影がなかったんだ。それに、みんなは気づいてなかったのかもしれないけど、足跡すらなかった。畑の中に足跡もつけずに入るなんて不可能だ。……あれは人間じゃない』
飯島薫と佐々木正樹は確認のため、先ほどまでいた畑に戻ったが、もうそこには奴の姿はなかった。それどころか足跡すら見つからず、立っていたはずの場所には何も残されてはいなかった。五人の足跡はしっかり残されているが、それのみだ。
『……どうする。もう帰るか?』
『早く帰ろう。本当ならもっと早くその判断をするべきだったんだ』
『いや、まだだ。まだ俺たちには収穫がないじゃないか。ここまできて何もなしで帰りたくなんかないぞ』
佐山茂以外の四人はまだ探索に乗り気なようだ。そして残りの彼も、先ほどまでの光景を目にして一人で行動しようという発想は粉々に打ち砕かれていたのか、彼らの探索に同道することにしたようだ。奴が指さしていた建物は村の中心にある大きな屋敷であった。それに近づいて初めて気づいたが、その屋敷の影にひとまわり程小さい別館らしきものも建てられている。彼らはかつて人が住んでいた可能性が高く、何かが残っていそうな確率が高い本館の方を調べることにしたようだ。しかし、カメラの充電の問題かここで一旦動画を区切ることにしたようで、動画はここで終わってしまった。
「これで終わり……?」
「伊藤君、佐々木君から送られてきた動画は二本だけなんだろう」
「ああ。これで終わりだ。あの後正樹たちがどうなったのかはわからない。けど、俺がなぜこれを隠していたかは分かったんじゃないか」
あいつのせいだろう。いきなり畑に現れて、なぜか建物を指さし音もなく消えた意味不明の存在。あいつは諸悪の根源だとすれば、彼の行動も責められるものではない。俺たちは彼らに礼を言い、動画のデータをもらって大学を後にした。何かわかるかもしれないと思ったが、疑問は増えるばかりである。彼らはあの大きな屋敷でどのような目に合ったのか、あの村で行われていた祭りは何なのか。それは数多の失踪事件と何か関連があるのか。あの村には電波がないはずなのに、彼らはどうやってこの動画を送ってきたのか。
警視庁に戻った俺たちは鑑識のもとへもらった動画を見せに行った。
「こんにちは。……松本さん、ちょっと見てもらいたいものがあるんですけど」
「今日は何を持ってきたんだ?」
松本智康。鑑識課の最年長で知識もあり、勘もさえている。三年前に初めて現場を共にし、それ以降部下の山崎ともども気にかけてもらっている。
「動画です。でも、ただの動画じゃありませんよ。かの有名な時幸村についての動画です」
山崎が時幸村という単語を出した途端、松本さんの表情は険しいものに変わった。
「……どこで手に入れた」
「少し長くなりますけど、いいですか?」
松本さんは何も言わず、ただ頷くだけだ。
「……今日の朝、特別相談室に女性が来たんです。行方不明になった息子を探してほしいと。その息子さんが向かったと言われる場所が時幸村でして。行方不明になった彼は怪談同好会だったことから、友人に何か連絡でも残していないかと同級生をあたったところ、この動画を手に入れました」
「……なんで俺んとこに持ってきた」
「この動画がどこから送られてきたか調べてほしいんです」
「できる限りはやる。……たたられたりとかはしねえよな」
松本さんもあの村の逸話は知っているのかどうにも関わり合いになりたくない様子だ。だが、俺たちの頼みということもあり仕事用のパソコンに体を向けた。
三十分ほど後、「終わったぞ」と松本さんが呼びかけた。
「どうでした?何かわかりました?」
「このデータからわかるのは、この動画に手が加えられていないかどうかだけだ。発信地を知りたきゃデータの主が契約している携帯会社に行ってこい。……で、この動画だが、手はくわえられていない。どこにも編集らしき痕跡は見つからなかった」
「つまり、この動画は本物と言っていいんですね」
「ああ。この動画に映されたものはすべて現実だ。……あまり信じたくはないがね」
「あれ、中身見たんですか」
「見るにきまってるだろ。お前たちが持ってきた動画がどんなもんか気になるからな。……こんなとこでおしゃべりしてねえで、早くスマホの会社行ってこい」
松本さんに追い出されるようにして、鑑識部署の部屋を飛び出した俺たちは押された勢いそのままにもう一度車に乗り込み、佐々木正樹が契約していたスマホの会社へ出発した。
佐々木が契約していた会社に到着すると、警備員がなぜか俺たちを待っていたようだ。
「警視庁の松本さんからお話を伺っております。こちらへどうぞ」
……戻ったらコーヒーでも差し入れるか。
警備員に案内され通された場所は巨大な会議室だった。前方には大きなプロジェクターが置いてあり、席の数は五十近くある。ちょうどその設備の隣に、責任者らしき男と、技術者らしき男の二人がいた。
「お待ちしていました。どうぞこちらに。……私は斎藤、こちらは清水です」
「どうも、坂本です。こっちは山崎。どうぞよろしく」
「簡単なお話はすでに松本さんから聞いています。行方不明者のスマホの発信地を追いたいということですよね」
俺はうなずく。
「しかし、誘拐されたとなると持っていたスマホは大抵電源が切られるものです。最後に表示される場所はおそらく誘拐などの実際の現場で会って、被害者の現在地ではないと思いますが……」
「いえ、足取りが追えるならそれで充分です」
「申し訳ない。少し前に他の警察への捜査協力をしたとき、被害者家族からいろいろ言われまして……。予防線を張らずにはいられませんでした。……では、清水くん。プロジェクターを」
斎藤の指示により、清水がプロジェクターを起動し、佐々木が持っていたスマホのGPSを追い始める。家を出てからの動きは佐々木の母親が証言していた通りで、訝しむべき点は見つからない。彼のGPS反応はそのまま問題である時不知に到着した。反応はそのままゆっくりと北上し、山へ近づいていく。未だに反応は途切れない。そして山の中腹あたり、例の村があるであろう場所でついに動きが止まった。そこでなぜか清水が「おかしいな……」とぼやきながら首をかしげている。
「何がおかしいんですか?」
「時間に注目してください」
彼が言っている時間とは、右下に表示されたGPS反応を検知したときの時刻のことだろう。
「ここからおかしいんです」
そういう彼が表示したのは村に到着してすぐのときである。時刻は十二時。清水が何かパソコンのキーをたたくと、時刻は十三時となった。反応の位置は変わらない。十四時になっても、十五時になっても。もう一度反応が動き出したのは十八時頃であった。
「……もし誘拐なら反応が消えるはずです。それが五時間近くもそのままで放っておかれるのは不自然です。そして仮に、これが神隠しだった場合。GPS反応は普通ありえない場所に現れます。例えば、北海道に飛んだり、沖縄に飛んだりします。その程度はまだよい方で、外国に飛んだりする場合もあれば、北極や南極。果ては太平洋の中心に反応が現れたりします」
「つまり、どういうことなんだ」
斎藤が震えた声で尋ねる。
「いえ、そこまで怖い話でもありません。誘拐にしても犯人がその場で携帯を捨ててしまうというのは十分に考えられます」
「しかし、十八時ごろになって動き出しているじゃないか」
「……それが、おかしいんです。普通こんな山の中腹に捨てられた携帯など回収しません。それに、ここはかの有名な時幸山です。普通なら立ち入りする人間などいません」
そういえば、また行方不明の人物がどのような人物かは話していなかった。とりあえずGPSだけ追えればいいと思っていたが、どうやら思っていたより面倒なことになりそうだ。
彼らに俺たちが抱えていた事件の概要と得られた情報を話せるだけ話したが、彼らはそろって頭を抱えてしまった。
「十四時頃に動画が送られてきたと……。ではその時までスマホは所持していた可能性が……」
「いや、それはありえない。あの辺りはかなりの過疎地だ。それに加えてかなり標高のある山に登って圏外にならないわけないだろう。そんな中で動画など送れるわけがない」
「しかし、先ほどの話では動画は十四時に送られてきていると……」
「そうなんです。しかし、これは……」
圏外の中でもGPSは途切れない。そのGPSが事態の異様さを際立てている。
「とりあえず、続きを見せてもらえますか。その反応が最終的にどこへ行くのか知りたいです」
山崎からの頼みもあり、一旦不可解な事象に対する議論はやめ、GPSの反応を見ることにした。う語彙があったのは十八時以降だったはず。そこから時が進むごとに反応は下山している。二十一時頃、GPS反応は時不知駅駅前まで戻ってきていた。しかし、二十二時。GPSの反応が途切れた。おそらくここでスマホの電源が切られたのだろう。誰かが佐々木のスマホを拾い、駅員にでも届けたのか。
「……反応が途切れました。ここで何かあったのかと」
「……我々が協力できるのはここまでのようです。あとは刑事さん方の領分かと」
「ええ。ご協力ありがとうございました」
俺たちは携帯会社を後にした。日は沈みかけており、そろそろ一番星が見えそうな頃合いだ。……何やら背中に視線を感じる。誰かが見送りにでも出てきているのか、もしそうならばこのままいくのは失礼だろう。視線の方に振り返ろうとしたとき「駄目です」と山崎から制止を受けた。
「何が駄目なんだ」
山崎は何も言わず、スマホのカメラ機能を起動し、なぜか俺とツーショットを取り始めた。
「何やってんだ?」
「これを見てください」
そう言われて差し出されたスマホの画面には先ほど撮った写真が表示されている。真顔の山崎と、何が起きたかわからず呆けている俺の顔が映っているだけだ。気になるところなんて……。見つけてしまった。これは何だ。
「見つけましたか。さっきからこっちを見ているのはおそらくコレです」
コレ……。携帯会社の窓に張り付いた成人男性ほどの大きさの影。部屋には明かりがついており、外にも街灯がいくつも立っている。そのはずなのに、顔や服装など全くわからない。ただ、目だけがはっきりとこちらを見ているような気がした。
あの写真を見た後、俺の頭の中は謎の影に支配されていた。どの道を通ったかは一切覚えていなかったが、どうにか警視庁に戻ってくることができた。駐車場から中に入ると自販機前に備えられたベンチに松本さんが座っていた。そろそろ帰ってくるだろうと予想して待っていてくれたようだ。
「二人ともお疲れさん。……どうやら相当参ってるみてえだな。……どうだ、ここは1つ俺に話してみるってのは。ちったあ気が晴れるかもしれねえぞ」
「……ありがとうございます」
俺たちは携帯会社で手に入れた情報を話したが、新たな情報が出る度に松本さんの表情は次第に険しくなっていく。松本さんはコーヒーを一口すすった後口を開いた。
「なるほどな……。遅かれ早かれこうなるだろうとは思ってたが……。行くしかねえな、時幸村に」
やはりそうか。俺も否定したかったが、もはやそうすることでしかこの失踪事件が解決できないということは、心のどこかですでに分かりきっていたような気がする。
「まずは時不知駅に連絡を取るべきなんじゃないですか?」
山崎がそう質問する。そこには、純粋に疑問を解決したいという意思以上に、時幸村にはできれば行きたくないという願望が秘められているように感じた。しかし、松本さんはそこまで甘くはなかった。
「いや、それは無駄だ。さっきまでの話ではGPS反応が駅まで戻ってるって話だったよな」
「そうです。だから、拾い物だと駅に届ける可能性が……」
「なんで駅から遠く離れた山に落ちてたものを駅員に届けるんだ」
言われてみればそうだ。ぐうの音も出ない。
「もし仮に、交番が駅前にあるとしてもだ。……佐々木の母親から息子のスマホが見つかったって話は聞いたか?」
……そんな話は聞いた覚えがない。山崎にも覚えはないようで、首をかしげている。
「聞いてないんだな。……行方不明の誰かを探すなら、交番なんかに尋ねるのが一般的だろう。こういうのは警察の仕事だからな。もし、スマホが届けられているなら。俺ならその場で見せるね、『息子さんのものかもしれませんが』ってな。だが、そうはならなかった」
「でも、GPS反応が……」
「つまり、誰かが山の中で、しかも時幸村の中で真新しいスマホを拾い、それをわざわざ駅まで持ってきたあげく、なぜかそこで電源を切ったか破壊したかってことだ。……まるで意味が分からんな」
「……それが本当だとして、そんなことをする理由なんてどこにも……」
「それは本人に聞いてみるしかないな」
松本さんは事もなげに言い放ち、ゆっくりと腰をあげた。
「明後日、時幸村に行くぞ。支度をしておけ」
翌日、俺と山崎は一週間ほどの有休を申請して時幸村へ向かう準備をするため、登山道具を売っている店に来ていた。
「まさか松本さんまで来てくれるとは思いませんでしたよ」
「俺もだ。俺たちへの監督責任があるなんて言ってたが、世話焼きもここまで来ると心配になるな」
昨日、支度をしろと言われた後、続けて「俺も一緒に行くから心配するな。お前ら若いの二人で行かせるなんて何かあったらたまったもんじゃねえ」と言ってくれたのだ。おそらくこの失踪事件の話を俺たちが持ち込んだあたりですでに考えていたのだろう。
「それにしても、登山道具っていっぱいありますねえ。初心者に私にはどれがいいやらさっぱりで」
「俺も全くわからん。時間を無駄にする前に店員に頼った方がいいかもな」
時幸村がある山は標高2000ほどある山だ。村は中腹に位置していると言ってもおよそ1000ほどは登らねばなるまい。登山初心者の俺たちには険しい道のりとなりそうだ。近くにいた店員に少しだけ事情を話し、いい塩梅の道具を見繕ってもらう。真っ先に案内されたのは靴のエリアだ。どれもこれもなかなか頑丈そうな見た目をしており、一階きりの登山の後では普段使いなどできそうもない。店員に言われるがまま、気になるものをいくつか手に取り試着をする。試着するために座った椅子の前には鏡が置かれていた。正直、掃いた靴を見るために鏡などはいらないだろうとは思ったが、傍からどう見えるかが気になって鏡をのぞいた。鏡には俺と、俺が履いている靴。そして俺が座っている椅子と、その下からこちらに顔を向けている何かが映っていた。俺の頭は一瞬で真っ白になった。鏡から目を離せない。椅子の下の奴は目を見開いている。瞬きは一切していない。まるでこちらを引きず木こもうとしているような……。
「先輩、靴決めました?」
山崎の呼びかけにハッとした。もう鏡の中に奴はいない。
「……ああ。今履いてるこれにしようかな」
「じゃ、次はリュック決めましょう」
山崎は俺の腕を軽く引っ張り、椅子から立たせリュックが並べられているエリアに引っ張った。……山崎も気づいたか。それで無邪気を装って俺を引っ張りまわしているのだろう。
「山崎、助かった。ありがとう」
「……何のことでしょう。ほら、リュックはどれにしますか?店員さんの話では……」
その後、何事もなくそれなりの道具をそろえ店を後にした。山崎と別れ家へと帰る途中、ずっと背後を尾けられているような気がしていた。振り返っても誰もいない。まだ駅前なのに誰もいないというのもどこか不自然だ。それでいて、前を向くとやはり何かの視線を感じる。道路わきに置かれたカーブミラーにも何も映らない。気のせいなのだろうか。しかし、この感覚を抱えたまま家に帰るというのは絶対に避けたい。普段はあまり入らないファミレスに入り、小さめのパフェを注文した。もう何かの気配は感じない。張りつめていた気が緩んでいくのを感じる。水を一口飲んで落ち着いたところで、背中が揺れたのを感じた。どうやら背中側の座席に誰か座ったらしく、その時に起きた揺れが伝わったのだろう。それから五分後、店員が注文したものを持ってきた。そういえば、背面の誰かはあれ以降少したりとも動いていないような気がする。メニューを手に取る音も聞こえなかったし、寝息をたたている様子もない。背面の誰kに疑問を持ったのもつかの間、俺にパフェを持ってきた店員がその座席のテーブルを拭き始めたのだ。普通客がいる席の掃除などしないだろう。頼まれたのか?しかし、一言もそのような会話は聞こえなかった。気味が悪くて仕方がない。俺は一度トイレに立った。
洗面所で顔を洗い、気持ちを切り替える。どうせ俺が聞き逃していただけで、普通に掃除を頼んだだけに違いない。トイレから出て席に戻る時、わざと遠回りをして誰が座っているか見ようとしたが、そこには男性の老人がいた。彼は目を凝らし、メニューを見ている。……やはり、ただの勘違いだったのだ。自分の席に戻り、スプーンを手に取る。そしてパフェに手を伸ばした時、またもや視線を感じた。今度は真正面だ。向かいの座席のすぐ先、ソファの背もたれより上の部分はすりガラスになっているせいでよく見えないが、誰かがいる。さっきトイレから出てきたときには誰もいなかったはずだ。俺の目の前にいる誰かは席に座っているはずなのに、顔をこちらに向けている。体をひねっているようには見えない。首から上だけが百八十度回転しているのだろうか。……とにかく、今こんなことを考えていたって仕方ない。とりあえず無視を決め込むんだ。アレに反応してしまえばどうなるか分かったものではない。味がしないパフェを急いで口の詰め込み、水で押し流す。その勢いのまま席を立ち会計を済ませ、逃げるようにファミレスから出た。
ファミレスを出て以降、何者からの視線はさらに増し、まとわりつくような不快感を覚え始めていた。振り向けばそこにはただの電信柱。その後ろで影が揺らめいた気がする。自宅であるマンションの階段を上っている最中でも、誰かが後を追いかけてきている。足音も近い。自宅がある階に着き、階段から廊下に歩を進めると、足音はどこかへ消えていった。他の住人だったのかと胸をなでおろしたのもつかの間、廊下の先、角部屋の前に誰かが立っている。その部屋の住人とは何度か顔を合わせたが、あの誰かには見覚えがない。そいつはその角部屋に入ろうともせず、かといってインターホンを鳴らしたりすると言ったわけでもなく、ただ立ち尽くしている。こちらに背を向けているというのも君の悪さに拍車をかけていた。俺は急いで鍵を開け、部屋に飛び込んだ。
もうあのまとわりつくような不快さは感じられない。ようやく解放されたのか。まだ昼過ぎだが、嫌な汗をじっとりとかいている。風呂に入ろう。熱い湯につかることで、恐怖で凝り固まっていた何かが溶けていくのを感じる。いつもより長めに湯につかり、リフレッシュできた。体をふき、部屋着に着替えて脱衣所の扉を開けようと手をかけた時、気配を感じた。部屋の中にまで来るとは思っていなかった。あったまっていたからだが一瞬で冷え切ってしまう。……五分もしただろうか。どうすべきかわからずただ立ち尽くしていたせいで気付かなかったが、もう気配を感じない。少しだけ隙間を開け、外の様子を窺う。いつもと変わらない俺の部屋が広がっているだけだ。どこにも違和感はない。思い切って扉を開けるが、やはり何もなかった。……随分とアレに悩まされている。奴俺を引きずり込もうとしているのか、それとも何かを伝えに来たのか。今の俺には何もわからない。これも、時幸村に行くことで分かるようになるのだろうか。
翌日。俺と山崎、そして松本さんの三人は東京駅に集まった。時刻は朝の六時。そろそろ長野行きの新幹線が出るころだ。今日は俺たちに加え松本さんも有休をとってきているようだった。朝早くの新幹線にはあまり人はいない。指定席を取っていなかったが、問題はない。ほぼどこにでも座ることができる。適当に席を見繕い、腰を落ち着かせる。周りに人がいないから座席を回転させてもいいだろう。席を回して向かい合わせにし、時幸村に向かうまでのプランの再確認を始めた。
「向こうに着いたらまずは捜索隊のキャンプに顔を出そう。俺たちが知らない何かを知っているかもしれない」
「それだけじゃなくて、こっちが持ってる情報をいくつか共有しておいた方がいいかもしれないな。俺たちが立てた仮説じゃ誰かが行方不明者のスマホを持ち出しているはずだからな。悪意を持って動いている人間がいるということは話しておいた方がいいだろう」
「向こうの交番とかはいいんですか?」
「県警が対応に出てないんだ。交番が出るわけない。聞いたところで知らぬ存ぜぬだろうな」
話している間にも、新幹線は進み、いくつか駅を過ぎた。そろそろ長野に入るはずだ。午前八時を少し過ぎた頃、ようやく到着したが、ここはまだ中継地点に過ぎない。これから在来線に乗り換えて郊外方面に向かわねばならない。とはいっても都市部とは真反対のおかげで座席はどこでも座り放題、そこまで苦にはならないだろう。電車に乗ってすぐの座席に腰を下ろし、外の景色に目をやった。駅を過ぎる度に、乗客は少なくなっていく。俺たちが乗っている号車には、俺たち以外に人はいなかった。
そこから電車に揺られおよそ一時間半、ようやく目的地である時不知に到着した。ここまでの駅にはホームドアがあったりしたのだが、ここにはそのような物はない。利用者も全くおらず、ホームは閑散としている。階段を上がり、改札の前まで来たのだがやはり人影はどこにもない。事務所らしきところに駅員が一人いるだけだ。それに加えて、買い物ができるような場所も見当たらない。あるのは店の抜け殻だけで、どこもシャッターが閉まっている。あまりのさびれ具合に呆気にとられたが、今はこんなところで油を売っている場合ではない。駅を出て、失踪した彼らが乗ったであろうバスを探した。雨風にさらされ、紙がはがれて色あせたバス停を見つけた。下の方には張り紙で、今月いっぱいでバス会社がここら一帯から撤退する旨が書かれていた。その張り紙を呼んでいると後ろから誰かが話しかけて来た。
「そこのお三方。まさかバスに乗るつもりか?」
話しかけてきたのはバスの運転手だ。かなり高齢に見える。目的はそこまで隠さなくともよいだろう。
「ええ。時幸山の麓まで」
時幸山の名前を出した途端、露骨に顔色が変わった。何かを悩み、言い淀んでいるようだが意を決したようだ。
「……あんなところに何の用だ?」
「行方不明者を捜しに来たんです」
「無駄だ。絶対に見つからんよ。わしはここで長く働いとるからわかる。……今までに何度も人が消えた。いつだったか忘れたがもうあの村はないことにされたはずだ。そんなところに行ったって碌なことにならん。あんなとこで行方知らずになった奴など忘れてさっさと引き返したほうが身のためだ。前にもそう注意してやったのに、結局村に立ち入って行方不明になった若者がいた。……どいつもこいつも、全く人の話を聞かん」
バスの運転手はそう言い捨てると踵を返して、駅に戻ろうとしている。まさかバスを出さないつもりか。……その予想は当たっていた。駅まで戻ったかと思えば、何やら従業員用の休憩室のような部屋に入って行ってしまった。部屋の外からいくら呼びかけても返事はなく、中に入ろうとしてもドアには鍵がかかっている。山まで向かう手段をなぜか一瞬のうちになくしてしまった。……どうやら山まで歩いていくしかないようだ。時幸山までの道のりは平たんな道のりでただの田園風景が続く。道中、俺たちは先ほどの運転手の態度について話していた。
「いくら今月で終わるからって横暴すぎません?会社にチクっちゃいましょうよ」
「今月で終わるんだろ?そんな奴チクったって会社は何の対応もしないだろ。さっきのあいつも多分辞めさせられるんだろうしな」
「やけに村について詳しそうだったし、少しぐらいは話を聞いてくれてもなあ。……俺もああはなりたくねえな」
いきなりバスの運休を決めた運転手に対する愚痴が出てき始めた頃、ただの開けた道だったところに何かが見えて来た。おそらくバス停だ。時刻表と屋根にベンチがついたシンプルなものだったが、休憩にはちょうどいい。荷物を下ろし、ベンチに腰掛ける。目の先には何も遮るものがない田園が広がっている。一旦目的を忘れ、緩やかな時の流れに気を和ませていた時、何かと目が合った。田んぼのど真ん中に何かが立っていて、じっとこちらを見ているような気がする。……このまとわりつくような感覚は、忘れるわけがない。ついにここまで来てしまった。この不可解な存在が生まれたであろう場所に。今こそ奴の正体を確かめる時かもしれない。持ってきていた双眼鏡を取り出し、奴がいたであろう場所を覗く。そこのあったのはただの案山子だった。ボロボロの布切れを持た盗った少し古いだけのただの案山子だったのだ。……どうやらかなり参っているらしい。気を切り替えて臨まなければ。
休憩を終え、景色の変わらない道を歩き続ける。休憩したバス停から少し歩くと、ようやく目的地である山の麓に到着した。ここには行方不明者を捜索するためにボランティアの人々が設営したキャンプがあるらしい。少し分かりづらかったが、何とか発見できた。しかし、そこには誰一人いなかった。ボランティア総出で捜索しに行っているのだろうか。ここから見える登山口には柵と看板が設置してあり、侵入を拒んでいる。看板には「この先時幸村。関係者以外立ち入り禁止」と書いてあった。そもそもこんな村に関係者などいるはずもない。キャンプ前で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは大きなリュックを背負った中年男性だった。
「道にでも迷われましたか?」
「いえ、このキャンプに用事があったもので……」
「はあ……。もしかしてボランティアの方ですか?それなら申し訳ないんですが、佐々木正樹君たちの捜索は今日をもって終了することになったんです」
「それは、どうしてですか?」
「どうしてと言われても、危険すぎるからとしか言えませんね。ただでさえ滑落事故がありそうな山の中での捜索なうえ、痕跡は全くと言っていいほど発見できていません。唯一何かありそうな場所と言えば時幸村ですが、そこはどうにも……」
やはり時幸村の噂は有名なようだ。しかし、ここまで来て何もせずに帰るというのはあり得ない。
「我々が時幸村で行方不明者の捜索をします」
「やめておいた方がいいと思いますよ。……私は普段、そういうものをあまり信じている性質ではないんですが、あの村は別格です。あの村の入り口……。門は閉じているはずなのに、こちらを迎え入れようとしているような感じがして……。あそこはまさに深淵と呼ぶにふさわしい。一度入れば二度と出ることは叶わないでしょう。……ですが、あきらめる気はなさそうですね。どうか無事に戻ってこられるよう応援しております」
ボランティアの最後の一人は、そう言い残すとキャンプを手早く片付けて駅の方へ向かっていった。思っていたよりも、事態は停滞していたということか。すっかり物が片付けられ、何もなくなった土地を後に山を登ることにした。山道は柵でふさがれてはいるものの、成人男性の腰ほどまでしか高さがなく、簡単にまたげる程度だ。柵を超え、山道に入った途端雰囲気が変わった。穏やかな田舎という雰囲気は消え失せ、ただただ冷たい何かがまとわりついてくる。日は出ているはずなのに、妙に薄暗い。それに、森の中が妙に静かなのも気になる。風があるはずなのに、木が揺れる音が全くしない。それどころか、この山の中にだけ風が吹かないようになっているとすら思えてしまう。自分たちが発している足音や、話し声だけが周囲に広がり、森の中に消えていく。あまり長くはないが、勾配が急な山道を何とか登り切り、ようやく目的地である時幸村が見えて来た。佐々木正樹が遺した動画の通りだ。大きな門と、村を囲むように広がる壁。門の近くに建てられた看板には「時幸村」と書かれていた。俺たちは休憩もかねてここで昼食をとることにした。
昼食を食べている間、会話という会話はなかった。何を話してもすべてこの森が飲み込んでしまう。この場に残るのはただの静寂で、それを自らが呼んだと思いたくなかった。ならば最初から静寂であった方がいい。草木の揺れる音すら聞こえない静寂の中で何かが動いた。草や枝を踏む音が聞こえる。全員が顔をあげ、それぞれと目を合わせた。その音はどんどんとこちらに近づいてきている。薄暗い森の中に向けて持ってきていた懐中電灯を照らしたが、鬱蒼とした森は光すら拒んでいる。照らしたところで見える場所にさほどの変わりはない。だが、この静かさの中ならば、音だけは聞き取りやすい。謎の何かがゆっくりと近づいてくる方向はいともたやすく特定できた。懐中電灯を向けると、ソレは動きを止めた。すぐ近くにいる。真正面にある太めの木、その影にいるはずだ。俺はいい加減頭に来ていた。時幸村の話を持ち込まれた日からいたるところでこいつに付きまとわれて、うんざりしない方がおかしい。懐中電灯を山崎に任せ、持ってきていた警棒を構えて木に近づく。もうすぐで、奴が隠れている場所が見える。警棒を握り直した。あと一歩だ。思いきり振りかぶって、とびかかった。しかし、そこには何もいなかった。不思議がる俺の様子を見て、二人が声をかけて来た。
「おい、どうした。大丈夫か?」
「先輩、さっきのはどうなったんですか?」
「いや……何もいなかった」
「何?何もいなかっただと?」
「ええ。見ればわかります」
俺がそう言うと松本さんも山崎もこちらへ来て、奴がいたであろう場所を見ていた。
「本当だ、誰もいない……」
「いや、これを見ろ」
松本さんが何かに気づいたようだ。奴がいたはずのあたりを指さしている。
「ここの部分、草がへたれている。おそらく踏まれた跡だ」
「つまり……」
「ここには確かに誰かが立っていた、ということだ」
これが噂に名高い時幸村の魔力か。こんなことが簡単に起き得るなら、最悪の心霊スポットと称されても不思議ではない。……休憩はここまでだ。ついに、時幸村に足を踏み入れる時が来た。
行方不明となった学生たちがこの村に訪れた時、この門を開けていたはずだが、今は閉まっている。彼らの持ち物を持ち出した誰かが閉めたのだろうか。力づくで門を押し、人一人通れそうなほどの隙間を開ける。中は暗いが特に変わりはない。もう一つあった門を開けると、ようやく村に足を踏み入れることができた。
この村はやはり異質だ。全くと言っていいほど時の流れを感じさせない。未だ散らない桜に、収穫時期が違うイモ類のようなもの。風化によって崩れた家などはどこにも見当たらない。俺たちは彼らの後を追うため、できる限り動画で確認した彼らの足取りをたどることにした。まずは一番近くにあった民家だ。外装に気になるところはない。玄関のドアにカギはかかっていなかった。やはり変わりはない。それもそのはず、捜索依頼を受けてからまだ三日しか経っていない。だが、その状態ならばもしどこかに変化があった場合、失踪した彼らに関するものの可能性が高く、手掛かりになりうるだろう。決して適当に見渡す程度で済ませてはいけない。
「先輩、何か見つけました?」
隣の部屋を覗いていた山崎が声をかけて来た。あの様子では特に気になるようなものはなかったのだろう。
「いや、何も。あの動画で見た通りの物しかないな」
「ここは切り上げて次に行きませんか?」
「ああ、それがいい。上を見てきたが何もなかった」
上の階に行っていた松本さんが階段を下りながら同意している。いつまでも手掛かりのないところにいても意味などない。俺たちは最初に入った家を後にした。家を出たその時、何かが遠くの家に入っていくのが見えた。どうやら他の二人も見えていたらしい。
「今のあれは……」
「……追いかけるか?」
「……追いかけましょう。今のは普通の人のように見えました。もしかすると何か知っているかも」
あれが失踪事件の何かを知っているのか、もしかすると犯人かもしれない。いずれにしろ、あれが何かを知っているかもしれないという可能性を捨てきることはできない。俺たちはすぐに先ほどの何かを追いかけた。奴は俺たちがいた家から対角線に位置した家に消えていった。
奴が入っていったであろう家の外見は、やはり先ほどまでと変わりがない。それどころか他のすべての家とすら変わりがなかった。見分ける方法は入ってきた門を基準にして数えるだけである。ドアに耳を当ててみるが、中から物音はしない。ドアノブをゆっくりと回す。しかし、ここには鍵がかかっていた。
「……鍵がかかってる」
「何?鍵だと」
「さっき入っていった奴が閉めたんじゃないですか」
もしそうだとすると、このドアをどうにかして突破するか、別のどこかから入らねばならない。しかし、この村の家の外装はすべて同じである。先ほどの家の周囲を歩き回ったとき、勝手口などの第二の入り口は見つからなかったし、窓はすべて面格子が設置され、外からの侵入はほぼ不可能と言える。やはり力づくで突破しかないか。二人を後ろに下がらせて、思いきりドアに蹴りをいれようと構えた途端、鍵が開く音がした。俺はすぐさまドアノブに飛びつき、勢いそのままにドアを開け放った。しかし、そこには何もいなかった。
なぜかは全くわからないが、開いたドアから中に入る。
「今、なんで開いたんですか?」
「全くわからん。坂本、お前が蹴って壊したわけじゃないだろ?」
「はい。俺が蹴りを入れる前に鍵が開く音が聞こえたんで、急いで開けたんです。もしかすると鍵を開けた誰かがまだそこにいるかもしれないので。でも、何もいませんでした」
「それに、タコ糸のようなものも見つかりませんし、遠隔で鍵を操作したというのも考えづらいです」
「……あのドアは、少し前にだいぶ流行ったオートロック式のはずだ。しかも、スマホのアプリを連携してどうこういじれるものらしい。近頃物騒でセキュリティがいいものに変えようかどうか家族で相談しててな、見覚えがあったんだ。それなら遠隔だって難しくないだろ」
「……もし、そうだとしてもここは廃村ですよ。電気なんか通っていません。それに五十年前に廃村になったはずなのに、なんで最近の製品がこんなところにあるんですか」
「それは……。確かにそうだな……」
「じゃあ結局なんで遠隔でドアが開いたかはわかんないってことですか?」
「……そうなるな」
わからないことばかりが増えていくが、今の俺たちがすべきことは行方不明者の捜索だけだ。この村にまつわる謎を解き明かすことではない。誰かがいた家の中で行方不明者の手がかりを探し始めた。彼らが遺した動画で知っていた通り、一階の間取り、家具の配置にいたるまですべてが全く同じだ。探せる場所に変化がない分手間が省ける。手分けしたが、一階にはやはり何もなかった。おそらく何かしらの変化がある二階に向かう。二階には、部屋が1つしかなかった。ドアに鍵はかかっていない。一階はすべて見た。もしまだだれかがこの家にいるとするのならこの部屋の中にいるはずだ。おそるおそるドアを開ける。部屋の中は暗い。外の光がほとんど入ってきていないようだ。ライトを使って部屋の中を照らすと、カーテンが閉め切られていることが分かった。カーテンを開けると、ようやく部屋の全貌を把握できた。この部屋はおそらく誰かの仕事部屋だったのだろう。デスクの上には畳まれたノートパソコンが置いてあり、近くには様々な本が詰め込まれた本棚が置かれている。他には冷蔵庫なども置いてあり、かなり充実した空間であることが見て取れた。しかし、それよりも注意をひかれたのはデスクの上に残された手帳だ。ポケットサイズの小さな手帳で、レザーは真新しく誰かに使われた痕跡はほとんど感じられない。デスクの下にボールペンが落ちていなければ未使用の新品だと勘違いしていただろう。落ちていたボールペンは見覚えのある会社の物だった。今日、乗車を拒否されたあのバス会社の物なのだ。どこでも買えそうな安っぽいボールペンには「創業五十周年記念」と彫られており、記念品として配っていたものだと推測できる。落ちいていたボールペンをポケットにしまい、本題である手帳を手に取った。一ページ目からぱらぱらとめくっていくが、何も書かれていない。ボールペンが近くに落ちているから何かあるかもという発想はさすがに飛躍しすぎだったか。若干肩を落とし始めた頃、手帳の最後のページにたどり着いた。そこには一言「ここから去れ」と書かれていた。
「……これだけか……?」
「ほかには何も書いていないんですか?」
「ああ。何もない。これだけだ」
「……逃げたな」
松本さんがいきなりそう言いだした。
「逃げたってどういうことです?」
「これを書いた誰かがってことだ。さっきこの家に誰かが入っていったのを見たろ?そいつはおそらく俺たちがこの村を嗅ぎまわることを嫌がっている。だからこんなメッセージを残したんだ。……この部屋に入ったとき、部屋は真っ暗だった。あそこにはベランダがある。……あとは想像通りだ」
つまり、俺たちの侵入に気づいた誰かがカーテンを全て閉め、ベランダから外に逃げたということか。
「その証拠に、そこのベランダに出られる窓。鍵がかかってねえ」
松本さんの言うとおり、窓には鍵がかかっていなかった。ベランダに出ると、玄関部分の屋根がちょうどベランダの右下に位置しており、柵から乗り出せば屋根に降りることが可能で、そこから下まで降りられそうだ。一定の身体能力を要求されるが、俺たちにも可能だろう。
「……俺たちがこの手帳なんかに夢中になっているうちに、逃げられたってわけだ」
「何が目的なんだ……?」
「私たちをここから帰したいってことは、見られたくない何かがこの村のどこかにあるってことなんじゃないですか?」
「それは……行方不明者に関するものか、またはそれ以上の犯罪行為の証拠か……」
「まだわからんが、ここ以外の家も見てみる必要性が出て来たな」
「もともと佐々木君たちの痕跡を探すために全部見るつもりでしたから、関係ありませんよ」
俺たちは手帳以外何の発見もなかった家を出た。外にはおらず、先ほどの不審な影も見えない。これまでに中を見た家は2つだけ、残りは10軒。そして中央の屋敷。手掛かりはなく、手当たり次第に探し回るしかない。ひとまずはここから時計回りに見ていくことにした。しかし、めぼしい発見という物はほとんどない。1階は遺影部屋以外すべて同じ内装をしているし、変化があると思っていた2階も形こそ違えど、ほとんどがもぬけの殻になっているだけであった。
「ここで5軒目だ。いい加減何か手がかりが欲しいところなんだが……」
「あまり期待はできないな。彼らの足取りから考えれば、この家には立ち入っていないはずだ」
「でも、例の奴がここに何かをしまい込んでいる可能性だってあり得ますよ」
「わかってるよ。だから細かく見て回ってんじゃねえか。……中入ろうぜ」
1階はやはり何もない。もはや1階は存在しないものとして扱っても問題なさそうかもしれない。2階には部屋が1つ。中はただの寝室で、変わったところはない。部屋にあったクローゼットの中には小さな箱が置かれていた。南京錠がついており、周りにこれを開けられるような鍵は落ちていない。振ると中から音がする。何か固くて重いものがいくつも中に入っていて、それらがぶつかり合っているようだ。
「どうだ坂本。開けられそうか?」
「いえ、鍵がかかってるので……」
「どれ、見せてみろ」
松本さんには何か策があるのか。鍵などここらにはないし、この錠に合う小さな鍵などこの村のどこを探せばいいというんだ。いや、そもそもこの村の中にまだ鍵が残っているということすら怪しい。何をするつもりかと松本さんの手元を見ていたが、突然リュックを漁り始めた。そして中からバールを取り出した。
「何かあったときのためにな、持ってきてたんだよ。今が絶好の使いどころだな」
松本さんはそう言うと小さな箱を床に置き、バールを振りかぶり、勢い良く振り下ろした。固い音が響いたかと思えば、南京錠が壊れ、床に落ちていた。ようやくこの箱の中身を確かめられる。
「気を付けてくださいね、先輩。何が入ってるかわからないですから」
「ああ。……開けるぞ」
おそるおそる箱を開ける。中に入っていたのは五台のスマホだった。どれもまだ新しく見える。
「……スマホ?」
「誰の何でしょう……。とりあえず、電源入れてみませんか?」
「ああ。そうしてみよう」
適当に一台手に取り、電源を入れられるか試してみる。……電源が入った。画面に表示されたのはシンプルな壁紙。他には時刻や日時など普通の情報しかない。このスマホの持ち主を知るためには中の情報を覗かねばならないが、やはりロックがかかっている。
「駄目だ。ロックがかかってんなら何もわかんねえよ」
「……先輩、ちょっと貸してください」
「え?ロックかかってるから無理だって……」
「いいから、貸してください」
山崎はそう言うと半ば無理矢理俺の手からスマホを奪い取った。どうにかするつもりなのだろうが、これは誰の物かもわからないスマホだ。手掛かりすらない。そう思っていたのだが……。
「はい。解けましたよ」
至極当然である、という風にロックを解いたスマホを俺に手渡して来た。
「……どうやったんだ」
「いえ、ただのあてずっぽうと言いますか……」
まるでちょっとした秘密を追及されているときのように、言葉をはぐらかす山崎。だが、そこまで隠すことでもなかったのだろう、特にもったいぶることもなく話し出した。
「現在私たちが捜索しているのは、佐々木君たち怪談同好会のメンバー五人ですよね?」
「ああ、そうだが」
「そしてここにあったのは五台のスマホ。あとは手当たり次第に数字を入れてみるだけです」
「いやでも、そのスマホのGPS反応は駅まで行って消滅してただろ?」
「そのスマホの電源は切れていました。おそらく誰かが彼らのスマホをこの村の中で手に入れ、駅まで持ち帰り中身を確認したのち、もう一度この村に戻したのではないかと」
「……そうする理由はどこにある?」
「理由ならあります。それは、ここが時幸村だということです。誰もが知っている通り、この村は日本最悪と名高い心霊スポットです。こんなところに来る人なんて、たいていが肝試しの人ですからね。そしてそんな人たちは、行方不明になろうとも『ここに来たのが運のツキ』と碌に捜索されることもないでしょう」
「……なるほどな」
「おそらく、犯人の足取りはこうです。……どこかで佐々木君たち五人がこの村へ向かうという情報を掴んだのち、彼らの後を追う。そして、彼らが何らかの理由で行方不明となった後、彼らが残した物を回収したといったところでしょうか」
「そうか。あのGPS反応の移動は……」
「そうです。犯人が彼らのスマホを回収し、持ち帰ったからです。……怪談同好会の伊藤君が、『夜の九時半ぐらいに送られてきた動画が消された』と言っていたのを覚えていますか?」
「ああ。……確か、保存してたから問題ないとか言ってたが」
「そうじゃなくて、時間が問題なんです。動画が消されたのは午後の九時半。そしてGPS反応が消えたのは午後の十時です」
「……そうか。犯人は彼らのスマホの中身を確認した後、GPSでの追跡を逃れるため電源を切り、誰も来るはずのないこの村へ隠した」
「……だが、それだけじゃ犯人は絞れねえな。あの学生たちがこの村に来るってことは、怪談同好会の連中も知ってるだろうし、親たちも知ってた。それ以外にも聞き耳に挟んだ奴もいるだろうしな」
「時幸村に関しても、ちょっと調べればわかるような場所ですからね。誰でもやろうと思えばできるかと……」
「……とにかく、ここでしゃべってても事態は進展しない。次の家に向かうべきだ」
彼らのスマホをリュックにしまい、家を出た。彼らが何かしらの事件に巻き込まれた可能性が高く、他の手がかりを手に入れるためにも、他の家での探索は手を抜けない。だが、これ以降全くと言っていいほど、手掛かりが無くなってしまったのだ。
「駄目だ。何にもない。まだ何かあるかもしれないと思っていたんだがな……」
「あとはここだけですね。何か隠されている可能性はまだありますよ。それに、あの屋敷だってまだ調べていません」
「……この家から物音とかはしねえし、もしまだこの村に誰かいるんならあの屋敷にいるのかもな」
「……それも気になりますが、今は彼らがどうなったかを調べる方が重要です」
「ああ。中に入ろうぜ」
一階は当然のごとく何もない。……と、思っていたのだが玄関を過ぎた途端、その異様さに足を止めてしまった。どう見ても古すぎる。廊下はところどころ虫食いでもされたのか穴が開いており、部屋を仕切る壁はひび割れ、壁の先の部屋が見えてしまっている。一歩踏み出すが、床は激しく軋み、今すぐにでも穴が開いてしまいそうだ。
「これは、どうなってるんだ。なんでここだけ……」
「……ここには何かあるかもしれんな。できるだけ細かく調べる必要がありそうだ」
「二人とも気を付けてくださいね。ここで足を怪我されると助けを呼ぶのも一苦労ですよ」
山崎からの忠告を受け、俺たちは慎重に歩みを進めた。他の家ではリビングになっていた部屋は、家具はそのままだったものの埃がすごく、どうにも使う気にはなれない。棚も朽ちており、飾られていたものはすべて床に転がって埃をかぶっていた。埃っぽいリビングを歩き回っているとき、松本さんが不意に声をあげた。
「……ここ、変だ」
「そりゃ、他の家と違ってやたら古臭いですけど。今さら言われても」
「そうじゃねえ。ここの床が変なんだ。やたら頑丈な気がする。踏んでみろ」
言われるがまま、松本さんがおかしいと言い出した箇所を踏んでみると、確かに硬い。そしてほかの床ではあった軋みが全く起きない。
「……下に何かあるんじゃないですか?」
「下か……。なら、こうするしかねえな」
松本さんはそう言うと、先ほど小さい箱を壊した時のようにバールを大きく振りかぶり、床目掛けて振り下ろした。経年劣化で脆くなっていたおかげか、いとも簡単に床が割れ、下にあったものが少しだけ見えた。おそらく木箱か何かだろう。もう一度打ち付けると、さらに広く穴を広げられた。未だ箱の全容は見えない。
「なんだ、コレ。結構でかそうだぞ」
「松本さん。もうちょっと壊さないと、引っ張り出せないです」
「わかってらあ」
そう言うと、もう一度大きく振りかぶり、床にバールを叩きつけた。腐りかけた床板が砕け、木くずが飛び散る。それを繰り返して、ようやく床下にあったものを引っ張り出すことができた。それは、大きな木箱であった。さらに、かなりの重さである。その上、梱包もかなり厳重であった。
「やっと出せたか……。まさかこんなでかいものが床下に置いてあったとはな」
「開けてみましょう。中に何が入っているか……」
バールを隙間にねじ込み、てこの原理を使うことでようやく開けられた木箱の中には、大量の紙が入っていた。一枚とってみると、何やら書いてある。少し古い字だが、どうにか読むことができた。
『正午、村に到着。同時刻、時幸村内の調査を開始。村民を発見、対話を試みたものの難航。異なる言語文化を形成している可能性あり』
これは、この村について調べた調査書か。こんなものがなぜ、床下にしまわれていたのだろう。
『その後も異なる村民に対話を試みたが、尽く失敗。しかし、我々の行動が騒ぎとなったか村長を名乗る人物が接触してきた。村について知りたければついて来いという。調査団長の判断を仰いだ結果、村長に従うこととなった。これより以下はその時の会話を記す。
「あんたらはどこから来た?」
「東京から」
「一体何用で?」
「政府の指示で、地図に記されていない土地の調査に来た」
「ほお……。大変だったろう。家で少し休んでいくといい、そこで村について可能な限り話そうじゃないか」
村長の家は、村の中央に位置する巨大な屋敷であった。円柱形となっており、高さもあるため良く目立つ。村長は家の中へ我々全員を招き入れ、大広間に通した。普段から客人用に使っているらしく、近隣の村との関係はそこまで悪くはない模様。ここまで我々を連れて来た村長は名前を十三山という。聞いたことがない名前だ。代々十三山家に生まれる長男が村長を継ぐらしく、彼で十二代目らしい。かなり古くから存在する村のようだ。調査団長が、村についての歴史を訪ねると長くなると前置きしたのち、語りだした。以下はその内容をそのまま記す。
「この村の始まりは、今から千二百年前です。当時この国を二分していた大きな戦争がありました。その時、この村の始祖となったお方も将として戦争に参加していました。ですが、そのお方が属していた軍はものの見事に惨敗し、命からがら逃げてここまで来たそうです。そのお方と配下の幾人は山奥に隠れ住み、追っ手をやり過ごそうとしました。それが時幸村の始まりです。……それから一年後、そのお方たちはすでに、この土地に居を構え日常を営んでいました。山の外ではすでに戦争は忘れられていたのか、一度たりとも追手がここまで来ることはなかったそうです。このことを始祖はこの山の恵みによるものだとお考えになりまして……。時がもたらした幸ある村。時幸村と名付けたそうです、時幸山も同じ時に。それ以降この山自体を神体とし、毎年神様に感謝を伝える祭りを執り行っているのです」
村長の話によれば、この村では毎年祭りを行っているらしく、八月が祭りの時期とのこと。頼んでみたところ、一部分のみだが見せてもらえることになったので、後々それも記しておきたい』
思いがけずこの村の成り立ちを知ることになった。それに、毎年行われていた祭りについても少しだけ。
「この祭り……きな臭いな」
一枚目の調査書を読み終えた時、松本さんがそう言いだした。
「この村ができたのは千二百年前だろ。しかもそれはこの記録が取られてからで、今からだともっと昔のはずだ」
「それがどうしたんです?」
「……案山子は知ってるな?」
「ええ。畑に立ってる不気味な奴ですよね」
「今より昔、飯がろくに食えなかった頃、子供を口減らしに殺した後案山子とすることが少なくなかった。干ばつに対する雨乞いの祈りにも、幼子の命が使われたという話もある。……この祭りも、もしかするとそうかもしれんな」
「村人が、祭りの贄にされていたってことですか?」
「それもあるが、この村は何で有名だ?」
「それは、行方不明者で……。まさか」
「わかったか。……俺の予想だと、この村での行方不明者はすべて祭りの贄にされている」
「……そして、その祭りをまだ続けている者がいる」
「佐々木君たちのスマホをここに隠したのも、その人の仕業と考えてよさそうですね」
事件の全容がぼんやりながら見えてきている。ここに残された調査書には俺たちが知りたい以上の情報が記されているようだ。俺は二枚目の調査書に手を伸ばした。
『次はこの村で執り行われているという祭りについての情報である。これも、当時の会話そのままを記録する。
「祭りは毎年八月の頭から十二日間かけて行われるものです。前日の夜にくじ引きをして、主役を一人選び出します。主役となった人物は準備された神輿に乗り、村を一周します。その間、神輿に乗っている人間は決して外を見てはいけません。窓もない真っ暗な神輿の中に入り、世俗から離れるのです。一周が終わると村の北側にある井戸から汲んだ清水で体を清め、この山にいる神の住まいであるお社に入ります。それから十二時間、一言も発さず待つことで社の中で、神と出会うことができます。神と出会ったのち、その者は神と命を共にし山を守ってくれるのです」
「命を共にする?」
「ええ。神がその者を食されるのです」
「生贄ということか?」
「平たく言えばそうなりますな。ですが、この役目を負うということは、大変な名誉なのです」
「……贄が入った後、社はどうなるんだ」
「どうもなりませんよ。贄となった者が喰われていなくなるだけです」
「いや、そもそもこの山に神など実在するのか?先ほどの話ではこの村の始祖たる人物が作り上げた存在だったはず」
「……神はいます。毎年いらっしゃるのですから」
「……神が相手なら、祭りの最中何か気にすべき点はあるのか?」
「もちろんありますよ。神は食事を邪魔されるのをひどく嫌います。……この祭りが始まってから一度だけ、我が子を贄とすることにどうしても納得できなかった母親がいましてね。子供が社に入ってから、あとを追うように社へと飛び込もうとしたのです」
「どうなった?」
「……神の怒りにふれました。神はその母親を頭から真っ二つに裂き、食してしまったのです。しかし、神の怒りは収まることを知らず、手当たり次第に村民を殺したのち、食べてしまいました」
「……どうやって収めたんだ?」
「ただ一言、問いかけるだけです。お済になりましたか、と。そうするだけで怒り狂った神は鎮まり、殺戮を繰り返し血に染まった手を収めてくれたのです」
「たったそれだけで、収まるのか」
「ええ。もともとその問いかけは、毎年贄が喰われた後にするものだと決められていたので」
祭りについては以上。村の調査結果については次の調査書に記載する』
「どうやら予想は当たっていそうだな」
字を読むため目を凝らしていた松本さんが顔をあげながらそう言った。
「たぶんこの書類は、それなりの機関に所属している者が報告のために作ったものだろう」
「それがここにあるということは……」
「まあ、考えている通りだろうな」
おそらくこれを書いた者は祭りの贄にされてしまったのだ。そして祭りの主催者はこれの存在を知り、床下に封印した。
「でも、ちょっと変じゃないですか?」
「何がだ」
「こんな書類が残ってることですよ。もし仮に村のものがこれを見つけたのなら、ふつう隠すのではなく処分するのでは?」
確かに、所詮これは紙だ。細かく破いたり燃やしてしまえばいいはずなのに、なぜわざわざこのように隠しているんだ。
「……処分できない理由があったんじゃないか?」
「例えば、どんなのです?」
「……わかんねえ。……続きを読んでみればわかるかもな」
何かが分かったと思えば、また新た謎が顔を出す。すべて解明したいわけではないが、俺たちが知りたいことはこの村をすべて知るということとほぼ変わりない。俺は三枚目の報告書に手を伸ばした。
『長ったらしい昔話はようやく終わった。上に渡す報告書もそれなりにかけたし、あとは補足情報をとどめることとしよう。俺たち調査団が時幸村に到着したのは八月一日。今日から例の祭りが始まるらしい。先ほど頼み込んだおかげで祭りの見学をさせてもらえるとのことだが、贄が必要な祭りなど碌なものではなさそうだ。団員はそれぞれ村の散策に出ている。どうやら俺たちが十三山と話している間に、他の誰かが俺たちのことを伝えまわっていたらしく、村人との意思疎通も可能となった。あとで試してみよう』
「これは、報告書っていうよりは日記に近いな」
砕けた口調で書かれた書類を見て呟く。
「これにも何か大事なことが書かれているかもしれませんよ」
「ああ。今は何でも情報が欲しい」
調査書ではないとはいえ、この村で書かれたものには違いないはずだ。俺は続きに目を走らせた。
『俺は屋敷の外に出ていた。いつまでもあそこにいると気が滅入る。近くにあった別館に足を運んだ。ここはどうやら図書館らしい。村の中だから珍しい本でもないかと思ったが、どうやらここまで本を売りに来る変な商人でもいるらしく、蔵書自体は町のものとそれほど変わらない。小説に雑誌、辞典や新聞と言ったごく普通のものだ。しかし、二階は違う。この村で代々伝わる話を巻物にして保管している。一本手にとって読んだが、意味不明なものだった。トキハミサマがどうだの恵みがどうだの、新興宗教の匂いがする。おそらく上に報告すればこの村の住人は全員棄教させられるだろう。それで生きる望みを失ったとしても、知ったことではない。彼らには悪いが国にとって有害そうな宗教を信仰しているのが問題なのだ』
この書き方から察するに、これを残した人物はおそらく約百年前に行方不明となった政府主導の調査隊の一員だったのだろう。上へ報告や、国にとって有害などそれなりの立場でないと及ばない考えがつづられている。
「図書館……」
山崎はどうやら図書館に興味を示している。ここに書いてあることが本当ならば、村に関する何かがまだ残されているはずだ。そして俺は、この箱に収められた調査書にも同じことが言える。
『図書館から戻ると、調査団の全員がそろっていた。どうやら十三山が集めていたらしい。なんと今から祭りの会場である場を見せてくれるそうだ。俺たち調査団は案内に従うまま歩みを進めた。なぜか入り組んだところにある階段を降り、地下へと進んだ。なんと、地下にはまたもや広大な屋敷が広がっていた。一番奥には頑丈そうな鎖がドアノブに巻き付いたドアが見える。さすがに怪しいと思ったのか、団長が十三山に聞いていた。
「なんでこんなに厳重なんだ?」
「ここは普段禁制ですので」
「なら鍵をかけるだけでいいのでは?……もしや中に何かいるのか?」
「いえ、普段は立ち入り禁止にしているだけです。前に一度、祭りの時期ではないときにこの部屋に入ったものがいましたが、どこかへいなくなってしまいました。ですので、こうしてただ鍵をかける以上の戸締りをしているのです」
胡散臭い新興宗教の祭りが行われる場で失踪とは、どうにも嫌な気配を感じる。だが、まだ中に入るわけではないらしい。準備がどうとかで近くの部屋に入れられ、待たされている。暇をつぶすため、今もこうして机に向かい俺が見たことを記録している。召使らしき女たちが飲み物を持ってきた。待たされていることだし、ありがたくいただいておこう。……それにしても、一体この屋敷はどれほどの規模なのだろう。地上に見えている部分だけでもかなりの広さではあったが、それに加えてこのような地下室まであるとは。……あまりに長い時間待たされたからか、なんだか眠くなってきてしまった。同僚の奴らも舟をこいでいる。どうせまた茶を持ってきたときのように誰かが呼びに来るかもしれないし、少し仮眠してもいいだろう。帰ったら資料をまとめなければ』
これで、調査資料はすべて読み終わった。新たな情報としては、あの屋敷に地価があるということぐらいだが、今の俺たちにとっては有用な情報と言える。残りの書類はこの村の位置がどうだの、人数がどうだのとあまり役には立ちそうにない。
「あとは、あんまりですね。そこまで必要な情報ではないです」
「いい加減切り上げて、屋敷の方に行った方がいいかもな。これ以上は時間の無駄だ」
「それにしても、結局これが何で残されているのかはよくわかんねえな。村にとって嫌な情報が書かれているかと言われたら、別にそうでもねえしよ。もしこの調査団ってやつらがここにしまったんだとしたらそれはそれでおかしいしな」
それは今考えていてもわかることではない。もし、あの屋敷に誰かがいるのなら、そいつに聞くべきだ。しまわれていた資料をそのままに家を出ると、大きくドアが閉まる音がした。音の方向はあの屋敷だ。窓に誰かが映っている。遠くてよく見えない。奴はこちらに気づいたのか足早に奥へ消えて行ってしまった。他の二人も気づいている。俺たちは屋敷に向かって走った。アレは霊の類などではない気がする。屋敷に着いた。ドアノブに手をかけ、回す。しかし開かない。鍵がかかっている。先ほどこの家に入っていった誰かが鍵をかけたのか。
「駄目だ、開かない。鍵が……」
「どけ坂本。叩き壊す」
松本さんは持っていたバールをドアノブ付近に振り下ろした。どうやらそこに穴をあけて腕を突っ込み鍵を開けるつもりのようだ。ドアは木製のおかげでいともたやすく破壊できる。奴が家に入って行ってから五分ほど経った頃、ようやくバールが屋敷のドアを貫いた。俺は空いた穴に手を突っ込んで、手探りで鍵を探す。少し回しづらい位置にあったが、何とか開けられた。
屋敷のエントランスはとても広く、開放感がある。それに中央にはおそらく等身大であろう誰かの銅像が置かれていた。その銅像には十三山剛健と名前がついている。十三山と言えばここの村の村長だった男。おそらくこの銅像の人物はこの村を作り上げた人物なのだろう。エントランスの両側にはこれまた扉がついているほか、二階に続く階段の先にもまた扉がある。外から見た高さから考えれば、おそらく四階まであるだろう。それに、あの資料に書いてあることが正しいのならば、地上に加えて地下にも屋敷の一部が存在していることになる。確かに隠れるにはちょうどいい広さと複雑さだ。奴が逃げていったのは確か入って右側だったはず。俺たちは奴を追いかけるように屋敷を調べまわることにした。
右側の扉の先は半円のような形をした広い客間だった。中央には大きなソファとそれに応じた高さのテーブルが置かれている。こんな村に客など来るのだろうか。しかし、あの調査団のようにわざわざここに来る理由を持つ者はそれなりにいる。それらのために新たにこしらえたのだろう。飾られた骨董品の真新しさがそう思わせる。天井には業務用のエアコンが設置されており、ドアのすぐ右側には照明用のスイッチと共に、エアコンを操作するためのリモコンが壁につけられている。窓側に飾られた観葉植物は未だ青さを保っている。やはりここは時が止まっているのか。そうでもなければまさか誰かがここまで来て水をやっているとでもいうのか。どちらにしろ碌なものではない。そして、今の俺たちはそんなことを気にしている場合ではない。この部屋には誰もいなかった。俺たちは怪しい影を追いかけ、さらに奥へと進む。
客間を抜けると、そこはただの廊下だった。少し弧を描くようにして作られた廊下は、エントランスとほぼ同じ広さをしている。しかし、広さはあるが気になるものはない。廊下の真ん中、内側に向けてドアがついているが鍵がかかっている。奴はこの先へ向かったのか。だが、このドアの素材はおそらく鉄だ。色だけは木のようだが、少し叩いてみると甲高く響くような音がするのに加えて触感がとても冷たい。試しにバールで一度殴ってみたが、壊せる気がしない。どこかにあるかもしれないスペアキーを探す羽目になりそうだ。このドアに関しては一旦諦め、次の部屋に繋がっているであろうドアを開けた。
廊下の先は書斎になっていた。ここに収められている本は、村の歴史に関するものらしいと本につけられたタイトルで予想はついたものの、書かれている字はばらばらで何とか読める程度の文字で書かれた本もあれば、達筆すぎて素人には読めない本。字が汚すぎて書いた本人以外読めないであろう本もあり、読める本を探すこと自体にも時間がかかる。結局ちゃんと読める本は全体の三割程度しかなかったが、それでも十分な収穫だったといえよう。この村が一体いつから外界とのつながりを修復したのかが分かったからだ。十二代目の村長、あの調査団と出会ったあの男が遺した手記につづられていた。
『六月十八日
この村の始祖はかつて戦争で敗れた。始祖は外界を恐れ、つながりを絶った。しかし、それも長くは続かなかったのだ。……少子化である。もともとこの時幸村は辺境の地であることに加えて、山奥でもある。それに加えて、代々続く教えが外とのかかわりを断絶させていた。そのため、この村には外の血が一切入らない状況なのだ。このままでは村民すべてが血縁者となる日もそう遠くはない。そうなれば、この村の存続は不可能だ』
『七月一日
村民会議で決したが、次の祭りまでの間、山の麓に屋台を出すことになった。地域住民との交流としては無難だろうが、効果はあまりなさそうだ。そもそも今まで音沙汰がなかった山奥からいきなり人が出てきたところで怪しまれる以外ないだろう。しかし、他にいい案があるのかと言われれば、黙るほかない。希望は持てないがやるだけやってみるとしよう』
『七月十四日
祭りの屋台は仇となった。まさかあれを機に外の世界を知った村民が村を出ていくとは。ただでさえ少子化で村民が減っているのに、若者まで出て行ってしまえば村の存続は絶望的だ。……それに、今度の贄もどうすべきか考えなければ。前に一度、子を腹に宿した母親を贄にしたことがあった。村民からひどく反発があったが、これのトキハミサマの思し召しなのだから仕方あるまい。それに、一度に二人をささげたおかげで、その翌年は類を見ないほど豊作だったではないか。しかし、次も無理を通せば祭りの前に村から逃げ出すという愚か者も出始めるかもしれない。何とかしなければ……』
『七月三十一日
やはりトキハミサマは我々に恵みをもたらしてくれる。政府主導の調査団だと。大勢でぞろぞろとやってきたが、どうやら外へ連絡する手段を持ち合わせていないらしい。村民ではない者を贄とするのは幾人かの反対があったが、そうでもしなければこの村は遅かれ早かれ消えることになる。ならば少しでも希望がある方にかけるべきだ。彼らには悪いが、この時期にこんなところへ来たのが運のツキと思ってもらおう』
予想通り、調査団の彼らは祭りの贄とされてしまったようだ。あの贄の捧げ方が本当なら生贄の痕跡が残るようなことはない。政府主導の調査団だろうとそれは変わらない。仮に行方不明者の捜索のため、人員を派遣するということがあっても、それはこの村にとっては都合の良いことにしかなり得ない。元々ろくでもない辺境の地であったおかげで連絡手段が発達した今でも村内は圏外のままであり、外界とはかなりつながりが薄い。時幸村で起きた大々的な失踪事件は、村で不足していた生贄を確保するための舞台装置となっていたのだ。その成功体験に味を占め、村をあげて人をさらうことに注力を始めたのだ。祭りから半月後の手記にそう残されている。
『今年はあの時以上の豊作だった。外界の贄をささげるべきではないなどときれいごとを抜かしていた奴も一定数いたが、認識を改めることとなるだろう。村民の命を支払うことなく、恵みを得られる。やらない理由はない。自分が生まれ育った村を大切にしたいという気持ちがあるならなおのことだ』
これが、この村がいわくつきとして有名になった理由だったのか。様々な理由でこの山の麓に立ち寄った人間を理由をつけて拉致し、贄として捧げ、自分たちは利益を享受していたということか。だが、結果だけで言えばこの村は滅んでいる。結局少子化などの問題には対処できなかったのだろう。
ここまで来て得られた情報としてはかなり上等なものだ。あと確かめなければならないものは、祭りが行われた場所、トキハミサマという神の正体。そして佐々木君たちが遺しているかもしれない何かである。それらを探すためには、おそらくだが先ほどの廊下にあった鉄扉、その先にある物が重要だろう。ならば今できることはこの屋敷の中をくまなく調べ、あの鉄扉を開けることができる鍵を探すことである。
入ってきた方向から逆に出ると、エントランスへと戻ってきた。どうやら一階は一周したようだ。上の階へ向かうしかない。階段を上り、ドアを開ける。そこにあったのは三階へ続く階段と、一枚の大きなドアである。そのドアの先にはダンスホールのような広い空間が広がっており、物は見当たらない。おそらくここがあの調査団が通された広い場所なのだろう。もしそうならばここにも何か隠されているかもしれないが、この空間には何かを隠せるようなスペースはどこにもない。一通り見渡して、三階へ向かった。部屋を出る瞬間、何かが軽い金属が落ちるような音がしたが、おそらく気のせいだろう。ポケットの中を漁っても何も落としていないし、あの部屋には何か落ちるようなものはなかった。
三階にはドアが2つのみ。片方は調理場で、もう片方は普通の居間か。調理場は比較的普通でコンロや冷蔵庫、オーブンなどが置いてあるが鍵などは置かれていない。まあ調理場に鍵があるかもしれないとはもともと考えていなかった。本命はもう片方の居間だ。居間にはエル字型の大きなソファが部屋の中央に置かれ、奥の壁側に1つ小さな棚があるだけだ。もし鍵があるのなら棚だろう。上にはおかれていない。引き出しは3つ。上から順に開けると、一番下の段に手帳が入っているのを見つけた。少し古ぼけた手帳だ。誰の持ち物かは見ただけではわからない。中を読ませてもらおう。
『あれから五年が経った。年を追うごとに作物の育ちは悪くなっており、備蓄を切り崩さねばならぬ時がもうすぐそこまで迫っている。しかし、村は今一度全盛期を取り戻そうとしているのだ。さらってきた者を使っての人口増加政策は功を奏している。どうにかして食い扶持を確保しなければ。俺の代で村を畳むなど、先代たちになんと詫びればよいのか……。それに、あの時外界の贄に賛同していた奴らが今になって手のひらを返してきている。そちらにも早急に対処せねばなるまい』
これは、一階の書斎で見つけた手記の続きか。しかし、作物の減少による村の破滅とは……。急なものでない代わり、着々と近づく破滅への恐怖は想像に難くない。その恐怖を振り切れず、この村は破滅したのだろうか。しかし、続きはどこにも書かれていない。一ページだけを残し、残りはすべて破りとられていた。だが、そんなことよりも大事なのは阿野鉄扉を開けるための鍵である。三階で探せるところはすべて探した。万策尽きたということか。これからどうしようかと二人と相談していた時、下の階から天井をたたくような音が聞こえる。誰かが二階の部屋で飛び跳ねて天井をたたいているのか。なぜこんなところでそんなことをする必要があるのだ。だが、いかなる手掛かりもない俺たちにとっては、あからさまな異常はもはやありがたいすらいえる。音がやむ前に急いで二階へ駆け下りた。
あの大広間へのドアに手をかけた途端音はやんでしまった。ということはつまり、部屋にはまだ誰かがいるということである。しかし、もたもたしていると窓から逃げられる可能性もある。俺は急いでドアを開け、中へ飛び込んだ。窓は開いていない。窓際に駆け寄り外を見るが、人影はどこにもなかった。しかし、俺たちの背後で何かが落ちる音がした。音の方へ振り返ると二つの鍵がついた鍵束が落ちていた。いったいどこから落ちて来たのだろう。それを拾い上げると、なぜかドアが閉まる音が聞こえた。「待て!」と言い外へ飛び出るもやはり誰もいない。俺は一体誰で、なぜ俺たちに鍵を与えるような真似をしたのだろう。
俺たちは一階の廊下、あの鉄扉の前に戻っていた。俺は二階で手に入れた鍵束を握りしめている。
「先輩、その鍵で本当にここが開くんですか?」
「わからん。だが、あの得体の知れない何かは、俺たちを導いているような気がする。その先が真実か破滅化はまだわからないけどな」
「あの調査団の報告書が正しいなら、この先は屋敷の地下一階が広がっているんだろ?ならその先には祭りを行うための場所もあるはずだ。ここまで来てあの学生たちの痕跡も見つからなかったし、この先に行くほかねえだろ」
「松本さん、怖いの苦手でしたよね?」
「……それよりも、あの得体のしれん奴におちょくられてるのが気に食わん。ここまで来て何もわからんままで帰れるほどあきらめがいい男じゃねえんだ、俺は」
「……俺も同感です」
「……私も」
「なら、もう腹は決まったな。……坂本、開けてくれ」
「はい」
俺は持っていた鍵束のうち一本を鉄扉の鍵穴に刺した。目印などはなく完全にあてずっぽうだったが、どうやら当たりらしい。長い間放置されていたはずなのに、まったく錆びついておらずすんなりと鍵が回る。鍵が開く重い音が響き、ようやく地下へ向かえるようになった。おそらくこの先に、時幸村のすべてがあるに違いない。
鉄扉の先は下へ続く螺旋階段となっている。おそらくここに逃げ込んだ誰かが点けたであろう、ろうそくの明かりを頼りに慎重下へと降りていく。一番下まで着くとまたもやドアがあったが、これは上の鉄扉のような頑丈なものでもなかった。持っていた鍵束のうち、もう一本を使って、ドアを開ける。ドアの先には廊下が広がり、左右に等間隔でドアがついている。一番奥には太い鎖でがんじがらめにされた巨大な両開きの扉が俺たちを出迎えていた。一番奥のあの扉の先が祭りが行われていた場所なのだろうが、左右にある部屋も気になる。とりあえず一番近いところから順番に見ていくことにした。一部屋目は廊下の右側の部屋だ。ドアには鍵がかかっておらず、簡単に開けられる。中はただの物置のようで、部屋の奥まで物が詰め込まれていた。もしかすると、この中に彼らの残した物があるかもしれないが、この膨大な量の物をすべてひっくり返して探すというのは骨が折れるというレベルの話ではない。あの扉の先に何もなかった時、初めてこの部屋に用ができるはずだ。
先ほどの物置の反対側、廊下の左側にあったドアの先には小さな丸テーブルが1つ、その上に手帳が置かれているのみだった。これも書斎や三階の居間で見つけた手記の続きなのだろうか。
『無事に仁科が贄となる手はずが整った。あとは祭りが始まるまで待つだけだ。……仁科の奴、外界の物を贄として村民を困窮させた件について責任を取るべきだとか、ろくでもないことを言い出しやがって。大体あの時仁科だってそれに賛同していたじゃないか。そのくせちょっと食う物に困ったぐらいでごちゃごちゃ言い出して……。あげくの果てには村長を退けだと?バカバカしいにもほどがある。今まで俺が村長としてこの村を守ってきてやったというのに、感謝の気持ちは1つもないのか。……だが、もういい。仁科の奴はこれで死ぬ。……今までにないほど、祭りが待ち遠しい』
『前の祭りから3か月が過ぎた。村の現状は改善の兆しを見せている。作物の育ちが悪いのは天候のせいか土地がやせて来たかのどちらかでしかない。……そもそもトキハミサマなどという神などこの村には存在しないのだ。それにしても外界の贄は汚れていると、よく奴らはそんな世迷言を。あんなにうまそうに食っていたのに』
手記を読み終わったとき、俺は猛烈な吐き気を催していた。食った?贄を?どういうことだ。トキハミサマは存在しない?書いてあることの気持ち悪さと、ここにたどり着くまでに知ったことがすべてひっくり返った衝撃で何も考えられない。今わかることと言えば、この村で行われていたことは、決して許されぬということのみである。俺たちは急いで部屋を出た。このままこの部屋にいると、この手記から滲み出す気にあてられそうだったからだ。
次の部屋は今出た部屋から左隣の部屋である。中から物音はしない。あと中を見ていない部屋はここと、向かいの部屋。そして奥の両開きの扉の先である。誰かが隠れていると考え、警戒するべきだ。ドアを開けると、また小さな丸テーブルが1つ。上に置かれていたのは小さな書物であった。開いてみると、何か機械の設計図のようなものが細かく書かれている。古い字で全く読めないが、カタカナで書いてある部分はかろうじて読むことができた。そこには「トキハミサマ」と書かれている。ということは、これはトキハミサマの設計図ということか。続きのページにはおそらく作られた理由などが書いてあるのだろうが、読むことはできない。この部屋にはこれ以外何もないようだ。
最後は先ほどまでいた部屋の向かいの部屋である。何かがいるとすればおそらくここだろう。奥の扉は未だ鎖でがんじがらめにされており、誰かが中へ入った形跡はない。もし中に入るなら、あの鎖を突破せねばならず、入った後あの鎖をもとには戻せない。つまり、誰かが隠れているのならこの部屋ということである。ドアに耳を当てて中の様子を窺うが、何も聞こえない。俺は思い切ってドアを開けた。ドアの先には、だだっ広い部屋が広がっていた。部屋の中央には誰のものかわからない荷物が適当に積まれている。一番近くに落ちていたリュックの中には財布が入っており、金銭は抜かれていたものの個人を特定できるものは残されていた。財布に入っていた学生証から、このリュックの持ち主は飯島薫であることが分かった。
「飯島薫?どっかで聞いたような名前だが……」
松本さんは首をかしげている。その疑問に対し、山崎が神妙な面持ちで答えた。
「捜索を依頼されていた学生の一人です」
それを聞いて松本さんは目を見開いている。聞き覚えがあったのは、俺たちがあの動画を松本さんに見せたからだろう。
「なら、ここにある荷物の中に」
「ええ。彼らのものがある可能性が高いです」
まさかここで目的の1つである彼らが残した物を見つけることができるとは思ってもいなかった。飯島薫のリュックの周りにあった荷物を漁り、行方不明となっていた学生五人分の荷物を何とか探し出した。本来ならば、もうここで踵を返して帰ってもいいかもしれない。目的は達したし、こんなところに長時間いるのは危険だからだ。だが、俺たちはここで帰る気など一切なかった。この失踪事件には必ず悪意を持った人間が関与しており、そいつは手の届くところにいるかもしれないと思うと帰る気にはなれない。俺たちは彼らのリュックを部屋の外に出しておくと、廊下の一番奥に向かった。
鎖は滅茶苦茶にまかれており、さらに鎖の隙間を縫うように南京錠がつけられており、これを突破するにはかなり苦労しそうだ。ここには鉄を切る道具などないし、どうしたものか。……いや、確かあったはず。俺はあの学生たちのリュックを漁った。お目当てのものは存外早く手に入った。工業用チェーンカッターである。彼らのうち誰かがこのような場合を想定して持ってきていたのだろう。ありがたく使わせてもらう。チェーンカッターで鎖を切り落とし、ようやくこの大きな扉を開く時が来た。扉はとてつもなく重い。わざわざ重く作っているのかとすら思えるほどだ。扉の先は闇に続く階段だ。両側の壁にろうそくが立てられ、火を灯しているがあまりに頼りない。
意を決して階段を下りていく。履いているのはただのスニーカーだが、やけに足音が甲高く響く。下へと近づくにつれて耐えがたい鉄臭さが周囲に広がっていく。階段を降りきった先にはまたもや扉が。しかしこれはたやすく開く。上の扉が厳重だから下はあまり厳重にしていないのだろう。ようやくこの屋敷の最奥、時幸村の暗部にたどり着いた。ただ地下を拾抜いたような景色で、壁はほとんどが岩肌だ。入って右側には牢屋らしきもの。おそらく時が来るまで贄をあそこに入れておくのだろう。左側には調理場があった。あの手記の通りならば、贄となった人間をここで調理していたということだろうか。そして中央には謎の台座。上面には謎の文字盤、側面にはハンドルらしきものがついている。これらをどうにかして祭りに使うのだろうか。この空間の最も奥には大きく真っ赤な社が鎮座していた。社の扉は固く閉まっており、どうやっても開く気配はない。俺と松本さんが社の扉をこじ開けるためあれやこれやしていた時、山崎が俺たちを呼ぶ声が聞こえて来た。右側にある牢屋の方から聞こえてくる。いったいどうしたのだろう。
「先輩、松本さん。これ見てください」
そう言って山崎が指し示す先には細い道が続いていた。隠し通路ということか。
「ここの壁には布がかかっていました。何のためにあるのかわからなくてめくってみると、通れそうな道があったんです」
「お手柄だぞ、山崎」
どこへ通じているのかはまだわからないが、もしかするとあの社の中へ続いているかもしれない。俺たちは慎重に隠し通路を進んだ。道は狭く、岩肌がもろに飛び出ているため歩くのに時間がかかったが、何とか進むことができた。一番奥まで進むと、行き止まりにぶつかった。と思ったのもつかの間、暗くてよく見えなかったがどうやら引き戸らしい。引き戸を開け道を抜けるとそこはあの社の中だった。中はがらんどうとしている。手あたり次第に歩いていると、何かに躓いた。どうやら床板が少しずれていて、それに引っ掛かってしまったようだ。はみ出した床板の隙間から、鼻が曲がるほどの悪臭が漂ってくる。生ごみを放置したようなきついにおいだ。しかしなぜ部屋の中央にこんな隙間があるのだろう。疑問に思ったのもつかの間、俺たちが見ている前でどんどんと床板が動き、隙間が広がっていく。それと同時に何かが下からせりあがってきている。それに懐中電灯を当てるとまばゆく反射した。金色の何かだろうか。それが俺たちのいるところまで上がってきたとき、ようやく全貌を把握できた。これが、トキハミサマなのだ。仏のような穏やかなな出で立ちでありながら、背中に禍々しい黒い腕をいくつも生やしている像。それが作られたトキハミサマなのである。その像は俺たちに向けて二本の金色の手をそろえて差し出していた。その手の上にはまたもや手帳が置かれている。まさか俺たちに読めとでも言っているのか。俺たちは金色の像の下から漂う死臭に包まれながら、差し出された手帳を開いた。
『トキハミサマなどという神は存在しない。俺が初めてそれを知ったのは先代の村長、父親が死ぬ時だった。……トキハミサマは、我らが初代、十三山剛健が作り出した虚構に過ぎなかったのだ。この山へ逃げてきてから一年が経ち、持ってきた蓄えも底をつき、土地が弱いのか碌に作物も育たず、腹を空かせる日々が続いていた。種を植えようとも育つには時間がかかる。せっかく生き延びたというのに、このままでは全員飢えて死んでしまう。そこで苦肉の策として生まれたのがトキハミサマという存在だったのだ。無事に逃げおおせたという事実を紙の加護としてでっち上げ、感謝を伝えるべきとして生贄を用意し捌く。肉は喰らい、血を田畑に撒いた。……なぜか翌年は今までにない豊作だった。そしてこれ以降、豊作を祈願するため祭りが行われるようになったらしい。村長としての俺の役割は、なんとしてもこの秘密を知られないようにすることだ』
『仁科が贄とされて以降、俺の周りを嗅ぎまわる村民が増えた。一体俺の何が気に食わないというんだ。俺なりにこの村を守ろうとしてやっているのに、恩を仇で帰すというのか、恥知らず共。……次は奴らを贄にしてやってもいいだろう』
『久しぶりに人肉を食べたからか、幻聴が聞こえる。トキハミだと?そんなものはいない。奴は人の手で造りだされたまがい物の神だ。それがなぜ俺に話しかけてくるのだ。……しかし、村を守るのに力を貸してくれるらしい。俺が日ごろ村を守るために苦労していることを知ってくれているのか。まさか本当に……』
『トキハミサマの力は偉大だ。あれから百年たったが、村は今もなおあの頃のままだ。村民は俺を敬ってくれる。生贄をささげ続ければ、いつまでもこのままでいられるなんて……』
『トキハミサマの声は次第に遠ざかっている。生贄が足りないのだろうか。それとも質が悪いのだろうか。どうにかして大量に用意できるようにしなければ……』
『バスの運転手になることにした。乗客を乗せて目的地まで運ぶなんて、まさに俺向きの仕事ではないか。長い時間村にはいられなくなるが、村のことを思えばこれも仕方のないことだ』
『短い期間で生贄をささげすぎたのか、時幸村が心霊スポットとして有名になり、人があまり寄り付かなくなってしまった。これではトキハミサマの声がさらに遠のいてしまう。俺はまだ村を終わらせたくない』
手記はここで終わっていた。俺たちは茫然と立ち尽くしていた。ただ一つだけ考えていたことは、あのバスの運転手のことである。まさか、と言葉を吐いた瞬間、開かなかった社の扉が動き出した。ゆっくりと開いていく扉の先には、やはり、時不知駅前で会ったあのバス運転手がいた。
「お前たち、ここで何をしているんだ?ここは神聖な場だ。お前らのような小汚い連中がいていい場所ではないんだぞ」
奴は大きく眼を見開いてこちらを見ている。一度でも目をあわせたら奴の狂気に飲み込まれそうだ。
「手記がないと思ったら、そんなところに落としていたのか。さあ、それを渡してくれ」
奴はここで何も起きていないかの如く、俺たちに手帳の返還を求めている。ただで応じる訳にはいかない。
「……三日前、ここに五人組の学生が来なかったか?」
「そんなことよりも、早く手帳を返してくれ」
「俺の質問に答えたら、返してやる。五人組の学生が来なかったか?」
「ああ、来たぞ」
「彼らはどうなった?」
「どうなったって……生贄になったに決まってるじゃないか。トキハミサマの下を見るといい」
奴の言うまま下を覗くと、そこには無数の骨が積み重なり、山となっていた。
「もうどれが彼らかはわからないが、この村の繁栄のため生贄となるんだ。光栄なことだろう?」
「繁栄だと?村人一人もいない村のどこが繁栄しているんだ」
「……いるじゃないか!ここに大勢!」
奴はそういうが周りには誰もいない。この場にいるのは俺たち三人と奴だけだ。
「上にもたくさんいただろう?ここまで来たのに、いったいどこを見ていたんだ?」
何を言ってるんだこいつは。俺はこの意味不明な奴を目の前にして、たじろぐことしかできない。他の二人も奴の狂気にあてられ、口をつぐんでいるが、意外なものが行動を起こした。
「……!トキハミサマ!お久しぶりでございます!」
奴はそう言うと、その場にひれ伏し始めた。奴には何かが聞こえているのか。そう思った途端、後ろから何かが動く音が聞こえた。さび付いた機会を無理やり動かした時のような不快な金属音が響く。金色の像が動いているのだ。正確にはその背中に生えている無数の栗腕だが。何度もこぶしを握っては解いてを繰り返しており、久しぶりに体を動かすための準備体操のように見える。一体どういうことなんだ。
「トキハミサマ。三日ぶりのお食事でございます。ぜひともお召し上がりください」
こいつこの場で俺たちを生贄にするつもりか。今すぐこの場から逃げ出さなければならないが、あまりの事態に足が動かない。こんなところで立ち尽くしている場合ではないのに。しかし、トキハミサマは俺たちに手を伸ばすことはなかった。手を伸ばした先にいたのは、ひれ伏している奴だった。片手で鷲掴みにされ、宙に浮いている。
「なぜですトキハミサマ。何故奴らではなく私を……」
誰もその問いには答えない。トキハミサマは合計四本の腕を使い、それぞれで奴の手足を握りしめ、奴は空中に大の字の体勢になった。
「お待ちください、なぜ私が。この村のために一生懸命働いてきたのに、どうして。やめてくれ、痛い、痛い」
ミシミシときしむ音が聞こえる。それと同時に奴が大きな叫び声をあげると、奴はばらばらになった。トキハミサマの金色の手はいつの間にか、胸の前で合わせられていた。
屋敷の外に出ると、夕焼けが村を照らしていた。腕時計を確認すると時刻は午後の四時半。村の雰囲気はここに来た時とすっかり変わり果てていた。雨風にさらされ壁が崩れた家が点在し、畑は荒れ放題で雑草しか生えていない。先ほどまでいた屋敷も跡形がないほど崩れていて、つい一分前までこの中にいたなどとても信じられない。俺たちは急いで村を出た。もうすぐで帰りのバスが出る時間である。山の麓まで降りるとちょうど帰りのバスが停留所に停まっていた。どうやらもうすぐで出発するようだった。急いで乗り込み、席に座る。駅までの車中、暮れていく空を眺めていると、先ほどまであの村で起きていた事柄すべてが夢のように思えてくる。しかし、俺たちの手には彼らの遺品が握られていた。
「……これらがあの村で回収できたものです。ご確認をお願いします」
翌日、俺はいつもの特別相談室にいた。目の前に座っているのは佐々木君の母親である。
「……正樹のもので間違いありません。……本当にありがとうございます」
佐々木君の母親はいくらか憑き物が落ちたような顔で帰っていった。そして入れ替わるように松本さんが入ってきた。
「……無事に渡せたか」
「はい。……彼らは残念でしたが」
何も言えない。仕方ないことではあったのだが、そう言葉にするのはなんだかはばかられた。そんな微妙な空気を察してか、山崎が話題を変えてくれた。
「そういえば、時幸村に捜索隊が派遣されるらしいですね」
「そうなのか?」
「ええ。今回私たちが生きて戻って行方不明者の荷物を回収したことで、上も重い腰をあげたようです。……それにしても、結局わからないことだらけでしたよねえ、あの村」
「村に着いた当初は廃れてなかったかと思えば、あいつが死んだあとはいきなりボロボロになってたしな」
「それが、トキハミサマの力だったんじゃないんですか?村が全盛期の時を維持し続けるっていう……」
「じゃあなんでトキハミサマは最後私たちじゃなくて、あの人を殺したんですか?」
「……あれはトキハミサマじゃなかった」
「え?」
「あの時、あの像を動かしていたのはあの場で殺された者達の怨念だった。これまでは奴の狂気に負けて表に出なかったが、ついに怨念が奴の狂気を上回ったんだろう」
「……その引き金が俺たちだったと」
「ええ。当初、二階で『ここから去れ』と書いてあった手帳を見つけましたよね。そして俺たちはそれを秘密を探られたくないものの警告だと考えた。……しかし、そうではないとしたら?」
「……どういうことだ」
「あの警告を書いた者は、あの村で殺された者だった。彼らはこれ以上犠牲者を出さないために俺たちに警告を続けていた。影から顔を出すなりして、脅かして」
あの黒い影が姿を現すときは決まって、時幸村の話をしているときだった。
「だが、俺たちは警告を無視して進んだ。そして彼らは期待したんだ。俺たちなら奴の狂気に飲まれないと」
「だから途中から俺たちを導くような真似を……」
何もない部屋に急に鍵が落ちてきたりしたのは、これが原因だろう。
「……ただの想像です。それに俺はそこまでオカルトが好きってわけではないので」
「……トキハミサマって人の手で造られたものですよね。そんなものに人の常識を超えたような力って宿るんでしょうか?」
「……神は人から信仰されて初めて神となる。造られたものだろうが、本来の目的でない使われ方をしようが、アレに向けられていたのは紛れもなく真剣な人の想いだ。だからこそ人を超えることもあるんじゃないか。……それに付喪神だっているだろ?」
「ではどうしてあの男が死んだ途端に村があんなことに……。トキハミサマには力があるんですよね」
「それこそさっき言った通りだ。誰からも信仰されなくなった神に力などない。あの男が最後だったんだ、トキハミサマを信じていた男は。そいつが死んだ以上、トキハミサマは何の力もないただの置物だ」
山崎は納得したようなそうでないような生返事をしていたが、何かを思い出したようにテレビをつけた。そこには捜索隊が映されていた。どうやらメディア連中がネタ欲しさに時幸村での捜索活動に同行するようだった。俺たちが報告書に書いた屋敷の地下で見つかったのは大量の白骨遺体と金色の像のみだった。その場で像の解体が行われ、体の中からばらばらになった男の死体が見つかった。警察はこの不審な死に方をどうにかして捜査するらしいが、どうせ不可能だ。結局時幸村については分からないことだらけだ。
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