吸血姫、距離感バグってます
ロザリオの地下墓標・第3層。
奥へ進むほど、“冷気”というより“死の気配”が肌にまとわりついてくる。
──と、隣を歩くクロエの足取りがふらついた。
「……おい、だいじょ──」
「だいじょうぶよ……こんなの、なんてこと──っ」
ガクッと体勢を崩すクロエを、咄嗟に俺は支える。
「どこがだよ! 顔真っ青じゃねーか!」
「ちょ、近い! くっつくなバカっ!」
「いやいや今倒れたでしょ!? 看病だよ看病!」
「っ……ぅぅ……魔力が、切れそうなだけよ……」
唇を噛みながら、クロエはぽつりと告げた。
「……吸血しないと……魔力が循環しないの。長く封印されてたせいで、体もまだ慣れてなくて……」
「吸血……って、俺から?」
「他に誰がいるのよ」
「いやまぁそうだけどさ……え、心の準備っていうか、気合っていうか──」
「うだうだ言ってんじゃないわよッ!あたしだって別に好きで吸うわけじゃないんだからッ!」
『ふふ、初めての吸血~♡ユウくん、ついに処女(血)を捧げる~☆』
「てめぇ黙ってろや適当女神!!」
クロエは静かに俺の腕を掴み、そのまま顔を近づけ──
「……ちょっとだけ、よ……」
ドクン、と心臓が跳ねる。
唇が腕に触れて──
──カプッ。
わずかな痛みと、体の奥に広がる熱。
冷たい吸血鬼のはずなのに、不思議とあたたかかった。
(……この血……なに? どうして、こんなに……懐かしい?)
「……っぷは……」
口を離したクロエの頬は、わずかに赤く染まっていた。
「……思ったより、悪くなかったわ。血の味って意味で、ね!」
「お、おう……どういたしまして?」
「でも調子に乗ったら吸い尽くすから、覚悟しなさいッ!」
「それに、今後も吸わせなさいよね?あたしの下僕なんだから、当然でしょ!」
『あっま~~~い! これ、恋だね♡』
「恋じゃねぇし!血だしっ!!」
その後、スケルトンの群れに遭遇。
クロエは《ロゼ・フランベルジュ》で骨を切断し、《ヴァーミリオン・ブレイズ》で俊敏に駆け抜け、一撃で粉砕。
「ふっ、あたしの剣技、美しかったでしょ?」
「いやマジでカッコよかった……てか強すぎ!」
「ふふん、もっと褒めてもいいのよ?あたしが強いのは当たり前なんだから!」
「……まぁ、別に?あんたのために戦ったわけじゃ……ないけどね?」
(またちょっと赤くなってる……)
その後小さな広間で、クロエは腰を下ろした。
「少し休みましょう。……あたし、ちょっとだけ……疲れたわ」
「じゃあこの辺で──」
「下僕、背中貸しなさい。寄りかかるから」
「え、いや壁もあるし──」
クロエはチラッと目を逸らし、頬をわずかに染めながら言い返す。
「……あたしに石に寄りかかれって?ありえないでしょ? はやく……ほら」
(……いやこれ、絶対“くっつきたいだけ”だよな?)
「……はいはい、どうぞ姫様」
「ふん……最初からそうすればいいのよ」
軽く寄りかかるはずが、クロエの頭が俺の肩に、ほんのりと触れた。
でも、目は閉じたままで──
そのまま、しばらく動かなかった。
ふと視線を下ろすと、クロエの腰にぶら下がっている
青黒く輝く、美しい片手剣が目に入った。
「なぁクロエ、その剣……やっぱ特別なやつなんだよな?」
「……当然でしょう?これは《エトワール・ノクティルカ》。あたしと“魂で結ばれた”剣よ」
「魂で!?マジで!?なんか厨二心くすぐられるんだけど!」
「……あたしの一族にしか扱えない、王族の証のようなもの。
この子は……あたしの血と、記憶と……全部、一緒に眠ってくれてたのよ」
「へぇ……なんか、そういうの……いいな」
「ふ、ふん……ま、あんたのショボい剣とは比べものにならないけど?」
「ショボくないし!これは地味に最強なんだし!」
『クスクス、言い返し方が必死~☆』
「うるさい黙れ適当女神!!」
(いや、俺だって選ばれた存在なんだ。女神より授かりし伝説の剣。異世界あるある、ついに来たな!)
「ふふふ……ありがとうエレン……愛してる……」
『わーい!もっと言っていいよ~☆』
「……なに一人でニヤけてんの? 気持ち悪いんだけど」
「ぐっ……いやこれは、未来に思いを馳せてただけです……!」
「意味わかんない……」
(でもこの剣で、絶対いつか俺は……!)
──そんなこんなで、吸血姫と下僕(仮)の冒険は、まだ始まったばかり。