死者の従者と、眠れる姫の棺
転送陣の前に立ったまま、俺は硬直していた。
空気が違う。
この場所だけ、世界の“深層”に繋がってるみたいな……そんな感覚。
「やば……ここ、絶対なんかあるだろ……」
スケルタル・ラビットですら足元で震えてる。今にもローブの中に隠れそうな勢いだ。
そのとき──マフラーがふわっと浮いた。
「……え?」
首元が勝手に引っ張られる。
ローブも微かに光を放ち、俺の身体が――魔法陣の中心に引き寄せられた。
「お、おい!待っ、これヤバいやつだろっ!!」
『おめでと~☆当たりです♪』
「いやお前だろおおおエレェェェン!!」
世界が光に染まり、俺の意識は深淵の奥へと引きずり込まれた。
目を開けると、そこは今までの階層とはまるで違う場所だった。
「……うわ、ここ……マジで雰囲気ヤベぇ……」
壁一面に古代文字のような模様。
空気が重い。寒気とは違う、魔力の圧に押しつぶされるような感じ。
さすがに警戒して、俺は即座に魔法を唱える。
「白骨の魂よ、跳ねよ──《スケルタル・ラビット》!」
ポフッ。
……召喚された骨うさぎは、即逃げた。
「いや、ビビりすぎじゃね!?そろそろ補助魔法覚えねぇ!?役立てよお前も!!」
そんなツッコミを入れてると――ギィィィ……と通路の奥から重たい足音が響いてきた。
現れたのは、黒鉄の甲冑に身を包んだアンデッドの騎士。
無言でこちらに剣を構え、ジリジリと詰め寄ってくる。
(またかよ!?こないだのより明らかに強そうなんだけど!?)
氷魔法で牽制しようと詠唱に入る。
「氷よ、鋭き牙となれ――《アイス・スパイク》!」
しかし、地面から突き出した氷の槍は、まるで紙くずのように踏み砕かれた。
「うっそ、また効かねぇの!? いやもういろいろ足りてねぇよ俺!!」
俺は逃げながら、ふと腰に差した短剣を見た。
(……前もこれでなんとか勝てたよな……まさか、今回も……!)
「うおおおおぉぉぉぉッッ!!!」
叫びながら、渾身の一撃を騎士に叩き込む!
──ギィィィン!!!
短剣がアンデッドの身体を貫き、同時に魔力の火花が弾けた。
黒煙をまとって、騎士は崩れ落ちる。
「……倒した……!マジで……また短剣で……!」
俺はその場に立ち尽くして、手にした《折れかけの小剣》を見つめた。
「……これだ、間違いねぇ……!」
「この剣、見た目はショボいけど……俺専用のチート武器だったんだ!!」
「女神から最初に渡された、地味にして最強の武器!そういうやつ!!」
「うおおおおッッ!!やっぱ異世界って最高じゃねぇか!!」
『え、えへへっ……よ、よかったね~……(よし、黙っとこ)』
「エレン、ありがとう……マジ感謝してる!お前、最高だよ!」
「もうこれ、愛じゃん!結婚しよ!!」
『えぇ~!?ちょっとぉ~照れるじゃん~☆(あぁぁ~責任感じてきたぁぁ~!!)』
そんな小芝居を経て、俺は倒れた騎士のそばに落ちた“何か”に気づいた。
「ドロップ……か?」
拾い上げると、黒革にフリルのついた……謎のエプロンだった。
【装備品:《ブラディ・キュウジ》】
→ 防御+1
→ 攻撃+1(刃物操作がスムーズになる)
「なにこのセンス……しかもエプロン!?俺、これ着るのかよ!?」
『うんうん、似合う似合う♪それ、あの騎士くんが昔使ってたやつじゃな~い?料理も戦闘も担当してたんだよきっと!』
「何担当だよその設定!?しかも戦闘エプロン!?バトルシェフかよ!!」
そうツッコミながらも、なんかフィット感が良すぎて結局装備してしまった俺は、奥の広間へと歩を進めた。
──そこに、それはあった。
魔法結界に守られた部屋。
中央には、荘厳な黒き棺。
まるで時間が止まったような空間に、俺は自然と足を止めた。
「……これが……“封印”……?」
マフラーがわずかに震えている。
体の奥から、ぞわっと何かが突き上がるような感覚。
そして──
──『……だれ……か……いる……?』
まただ。頭に直接響く“声”。
少女のような、か細い、でも確かに届く――声。
「お、おい……今の……?」
その瞬間、棺の表面が、光を帯びて脈打ち始めた。
俺の中で、何かが静かに目覚める音がした。