それは、眠り姫の夢の残響
ロザリオの地下墓標・第2層、最奥。
空気が……変わった。
今までのどの部屋よりも、重たい。
まるで深海の底にでもいるみたいに、息をするだけで体力が削れていくような感覚。
「うわ……なにここ、ラスボスでも出そうな空気感……」
足を踏み出すたびに、靴音が反響する。
床は石造り、壁には魔法陣らしき痕跡。
そして、広間の中心――巨大な魔法陣が、うっすらと浮かび上がっていた。
「これ、転送陣……か? てか、ボロッボロなんだけど……」
表面の魔法刻印は風化してひび割れ、中央の一部だけが奇妙に残っている。
そこに霊気が集まり、まるで“誰かを待っている”かのように……うねっていた。
「やな予感しかしねぇ……」
俺は震える手で杖を構えた。
「白骨の魂よ、跳ねよ──《スケルタル・ラビット》!」
ポフッ、と軽い音を立てて現れる骨うさぎ。
でも今日は様子が違った。
「……ぴょん?」
うさぎ、まさかの俺の足元にピッタリ張り付いてガタガタ震えてる。
「いや!お前が震えるなよ!? 囮じゃなかったのかよォ!」
それだけ、この空間が異常ってことか。
そもそもここ、なんでこんな寒いんだ……?
俺はマフラーをギュッと掴んだ。
例の“エレン印”のふざけたやつ。
だけど。
──その瞬間、マフラーがふわりと動いた。
「……は?」
風なんかないのに。マフラーが、勝手に揺れてる。
ローブも微かに震え出して……次の瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……!?」
視界がぐらりと歪んで、魔法陣がかすかに赤く光る。
(な、なにこれ……ヤバいやつ!?)
「お、おい!? 誰か……いるのか!?」
俺が叫んだ、そのときだった。
──寒い……
──ここは……どこ……
──……誰か……
聞こえた。誰かの、声。
女の子のような、かすれた囁き声が、俺の脳を揺さぶった。
「……マジで、誰だよ……」
すると、タイミングを見計らったかのように――脳内に、あの声が入ってくる。
『ん~……とうとう、ここまで来ちゃったかぁ』
「おい、エレン……お前、絶対なんか知ってるだろコレ」
『ふふっ、やだなぁ。ちょっと大事な子が、その先にいるだけだってば』
「“その先”……って、この下か?」
『そーそー、今はまだ行けないけどね~。でもね、ユウくんにとって――』
『めちゃくちゃ大事になる子、だよ?』
「……何だよ、それ……」
『ふふっ♪ じゃ、がんばってね? ユウくん。』
エレンの声は、それきり聞こえなくなった。
でも俺は確信していた。
この転送陣は、ただの廃墟じゃない。
その下に、“誰かがいる”。
呼んでいる。眠っている。……だけど、確かに、生きている。
俺は思わずつぶやいた。
「……誰かが、俺を……待ってるのか?」
──
──そして、その下層。
封印された空間、闇の中。
銀髪の少女が、静かに棺の中で眠っていた。
胸元には古びた魔符、そして閉じられた瞳。
けれど、彼女の意識は微かに浮上していた。
(……誰……この声……)
あたたかい。懐かしい。知らないはずなのに、なぜか安心する気配。
誰かが、自分を呼んでいる。
(……この冷たい夢に……光が……)
その手が、ほんの少し――震えた。