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6.怪人、その運命の分岐点

 そしていよいよ、運命の日。

 六時限目を終えた放課後、泰時は図書委員担当の国語教師から運搬作業を依頼された。

 曰く、新たに入荷した結構な量の書籍を、図書準備室まで運んで欲しいという話だった。

 他にも何人かの図書委員が同様に運搬作業を引き受け、それぞれが書籍を詰め込んだ段ボール箱を抱えて、職員室から図書準備室へと目指してゆく。

 泰時も他の面々に倣って段ボール箱を抱え、廊下に出た。

 周囲には帰り支度を整えた者や、部活へ向かおうとしている者など結構な人数が往来している。

 しかし今のところ、瑠菜の姿は見えない。

 ヒストリーハッカーの記憶によれば、一年A組の教室前を通りがかったところで、事件が起きる筈だ。

 であれば、違うルートを辿れば問題は発生しないかも知れない。

 多少遠回りにはなるが、泰時は渡り廊下を経由するコースを選んで図書準備室を目指すことにした。

 ところが――。


(げっ……拙い!)


 そんな馬鹿なと、泰時は思わずその場に凍り付いてしまった。

 瑠菜が渡り廊下の先で、他の生徒らと一緒に佇んでいるのが見えた。

 どうやら学級委員の集会が隣の校舎で開催されていたらしく、瑠菜は一年A組のもうひとりの学級委員男子や他クラスの連中と連れ立って、こちらに歩いてくる様子だった。

 恐らく、一年A組の教室へ引き返す最中なのだろう。

 泰時は極力目を合わせぬ様に気を遣いつつ、廊下の端に身を寄せて、さりげない様子で躱す構えを取った。

 そうして何事も無く両者すれ違い、それぞれが渡り廊下の端へと到達。

 何事も、起きなかった。

 あれ程に警戒を重ね、朝からずっと神経を張り詰めていたというのに、いざ終わってみると実に呆気無いものだった。


(ふぅ~……何とか、最大の山場は乗り切ったみたいだな……)


 内心で大きく胸を撫で下ろしながら、廊下の角を曲がった泰時。

 と、その時、何故か視線を感じて振り向いた。

 見ると、渡り廊下の反対側の端に到達していた筈の瑠菜がわざわざその場に立ち止まり、他の友人らを先に行かせてからこちらにそっと面を巡らせていたのである。

 その時、瑠菜の唇が小さく動いた。

 彼女は声にならない声で、


「後でね」


 と呼び掛けてきている様にも思えた。


(え……いやいや……後でねって、僕別に、何の約束してないんだけど……)


 何となく嫌な予感を覚えつつ、泰時は図書準備室へと足を急がせた。

 もしもこの後、瑠菜が何かの形で接触を取って来る意思があるのなら、その時こそヒストリーハッカーの能力をフルに活用して回避する必要がある。

 これ以上、彼女と無駄に繋がりを持ち続けるのは、余りに危険だ。


(お願いだから、あんま僕に構わないで欲しいな……陽キャは陽キャの皆さん同士で、楽しく過ごして欲しいんだけど……)


 確かに瑠菜の命を救ってやったことは事実だが、余りそのことばかりに囚われないで欲しい。

 瑠菜には瑠菜の住む世界、生きる道というものがある筈だ。

 次に出会うのは10年後で良い――泰時としては本当に、それぐらいの気持ちで瑠菜と距離を取っておきたかった。


(もうホントに、勘弁して欲しいな)


 そんなことを考えながら歩いていた為か、つい前方への注意が疎かになっていた。

 その結果、もう少しで図書準備室に到達しようかというところで、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。


「わっ……ご、御免なさい。大丈夫ですか?」


 泰時は慌てて段ボール箱を廊下の床に置いて、尻餅をついている女子生徒の傍らにしゃがみ込んだ。


「あたたた……って、御免ね。アタシもちゃんと前見てなかったから……」


 どうやらその女子生徒は歩きスマホをしながら廊下の角を曲がろうとしていたらしい。この場合、どちらかといえば悪いのは相手の側ということになる。

 確かに前方不注意となっていた泰時にも非はあるが、歩きスマホ厳禁の校則がある為、客観的に第三者の目から見れば、泰時はお咎めなしということになる。

 そして相手方の女子生徒も己に非があると認めているから、ここは余計なトラブルを招かない為にも、彼女の言葉に甘えるのがベストだろう。


「お怪我は無さそう……ですかね」


 相手の女子生徒に手を貸して引き起こしながら、泰時はほっと胸を撫で下ろした。

 と、その時だった。


「先輩、どうしたんですか?」


 彼女のすぐ後ろの階段を、別の人影が上って来るのが見えた。

 その人物の面影に、泰時は内心で息を呑んだ。


(蒼琉戦師……!)


 間違い無い。

 この人物は、後に特装戦志団の蒼琉戦師としてヒストリーハッカーと熾烈な戦いを演じることになる菊澤清史郎(きくざわせいしろう)だった。

 まさか彼も、同じ秋真高校に通っていたというのだろうか。


「あ、うぅん、何でもない……アタシが歩きスマホしてて、彼とぶつかっちゃったの」

「また先輩、そんな危ないことを……君、うちの先輩が悪かったね。怪我は無いか?」


 清史郎は心底申し訳無さそうな表情で頭を掻きながら、その長身を屈めて泰時を覗き込んできた。

 泰時は幾分慌てて段ボール箱を抱え直し、大丈夫ですと愛想笑いを浮かべて、半ば逃げる様にしてその場を去った。


(うわぁ、マジかよぉ……僕の天敵が、三人も居るじゃんよぉ……)


 そしてこの時、清史郎に先輩と呼ばれた女子生徒は二年生の芝浦幸恵(しばうらゆきえ)という人物だったが、彼女もまた10年後には、特装戦志団をサポートする有能なオペレーターとして、猟道衆と敵対することになる。

 それにしても、僅か数日のうちに未来の宿敵がこうも次々と姿を見せることになろうとは。

 図書準備室の扉をくぐりながら、泰時は盛大な溜息を漏らしてしまった。

 知らないうちに、包囲網が築かれつつある様な気がしてならなかった。

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