5.怪人、お友達諸々
瑠菜と、彼女が庇おうとしていた小学生の女の子を事故死の危機から救った泰時だったが、その後の警察の聴取や現場検証の立ち合いなどで、結構な時間を取られてしまった。
担当の警察官の話によれば、泰時の活躍は近いうちに感謝状が贈られる程の内容だったらしいのだが、目立ちたくない彼としては、授与式などは一切やめて欲しいと必死の形相で申し入れた。
一方、瑠菜と小学生女子の家族からも感謝の意を伝えられ、近々御礼の為に訪問させて欲しいとの打診を受けた。
流石にこれは断る訳にもいかなかった為に渋々了承したものの、狭いワンルームマンションの一室なので、最低限の人数だけにとどめて欲しいと伝えた。
(もぅ、勘弁してよぉ……っていうか、口止めしとかなきゃ、絶対ヤバいことになる……)
兎に角注目を浴びるのだけは絶対回避だとばかりに、泰時はふたりの家族に対しては余り大袈裟に騒ぎ立てない様にとひたすらに頭を下げた。
両家族は困惑してはいたものの、大事な娘の命を救ってくれた恩人だからということで、泰時の意向を受け入れてくれた。
が、命を救われた張本人である瑠菜と、小学生女子――火野魅璃華のふたりは、本当にそれで良いのかと何度も念を押して訊いてきた。
その都度泰時は、
「僕は、そのぅ、あんまり目立ちたくないので……」
の一点張りで押し通した。
結局ふたりは泰時の言葉に従うと応じてくれたものの、本当にどこまでいうことを聞き入れてくれたのかについては、しばし観察が必要な気もした。
しかし何より泰時が懸念を示したのは、魅璃華の兄が同じ秋真高校に通う一年D組の、火野勇樹という事実だった。
実はこの勇樹もまた瑠菜と同じく、10年後には特装戦志団の紅斬戦鬼として泰時を殺しにやって来る人類側の戦士のひとりだったのだ。
(うっそ……マジで?)
最初、魅璃華の姓名と家族構成を聞いた時には思わず耳を疑ってしまった泰時。
聞けばあの時、瑠菜と魅璃華は連れ立って本屋に足を運ぼうとしていたところで、例の事故に巻き込まれそうになっていたとの由。
つまり瑠菜と勇樹は元々の知り合い――とかそういうレベルではなく、幼馴染みだったそうな。
その話を聞いた瞬間、泰時は本当に意識が飛んでしまいそうになった。
(マジかー……僕の天敵がいきなりふたりも出揃うなんて、そんなことあんのー?)
泰時は心身共にへとへとに疲れ切って、遅い時間帯にやっと帰宅することが出来た。
もう今からオムライスなんてとても作る気力が無かった為、卵かけご飯でささっと簡単に夕食を済ませることにした。
それにしても、10年後にはお互いに死力を尽くして殺し合う者同士が、同じ高校の生徒だなんてことが本当にあり得るのか。
もしかするとこれも、ヒストリーハッカーによる歴史改編の影響なのか。
そんなことを思いながら泰時は、ひとり黙々と時間操作能力の特訓に身を投じた。
今は少しでも早いうちから高い戦闘能力を身につけ、来たるべき決戦に備えなければならない。幸い現時点では特装戦志団は影も形も無いから、時間的なアドバンテージは泰時の方にある。
(でも……もし出来ることなら、戦いたくないよなぁ……)
まだほんの数日、何度か言葉を交わした程度ではあったが、瑠菜は決して悪いひとではない。将来的に泰時の宿敵になるというだけの話であって、今の彼女は本当にただの女子高生だ。
そんな彼女の一挙手一投足に怯え続ける自分というのも如何なものかと思ったが、矢張りヒストリーハッカーが送りつけてきた記憶に嘘が無い以上、心の中で密かに警戒するしか無い。
そして出来れば今後も、適度な距離を保ちつつ高校生活を送りたいと願った泰時。
今回はたまたま命を救う場面に遭遇したが、これから先は少しずつ彼女を遠ざけて他のことに意識を向けて貰うしかないだろう。
尤も、魅璃華の兄についてはまだ一度も接触を取っていない為、どの様に出てくるか分からないという不安が残っているのだが。
この勇樹の存在がどうにも悩ましく、嫌な予感ばかりが浮かんで消え、浮かんでは消えるという夜を過ごす破目となった。
◆ ◇ ◆
ところが翌日、嫌な予感がものの見事に的中した。
昼休み、コンビニで買って来た昼食をぶら下げて屋上へ向かおうとした泰時を、背の高いひとりのイケメンが呼び止めてきた。
この青年こそが将来の宿敵であり、特装戦志団のリーダー格たる紅斬戦鬼こと火野勇樹だった。
(うわー……見つかっちゃった……)
泰時は情けない程に顔が青ざめた。
逆に勇樹の方は幾分興奮した様子で足早に近寄ってきて、妙に感激した表情でいきなり手を取ってきた。
「キミが、叶邑君だね……昨日はオレの大切な妹が、本当に世話になった。オレからも、心からの感謝をいわせて欲しい」
明るく、快活で、それでいて真摯な態度が多くのひとびとを惹きつける魅力になっているのだろう。
そのリーダーシップは10年後には凄まじく厄介な強敵として発揮される訳だが、今の時点でも結構なアピールポイントとして多くの生徒や教師達から好意的に見られている様子だった。
ところが、そんな彼から感謝の言葉を投げかけられるということは、泰時としては最も避けたい目立つシーンを迎え入れてしまうということだ。
流石にこれは、看過できない。
「あの……もしお話が、あるんでしたら……その、屋上で、良いですか?」
相変わらずの軽いコミュ障な感じで口ごもりながら呼び掛けると、勇樹は勿論だともと快活に応じ、ふたりして屋上への階段に足を向ける運びとなった。
そして周囲に余りひとの目が無くなったところで、勇樹は泰時の手を握って何度も何度も頭を下げた。
「妹から聞いたぜ! キミは本当に勇気があって素晴らしい男なんだな! 普通、あんな命懸けの行動はそう簡単に取れるもんじゃない! なのにキミは何の躊躇いも無く、魅璃華と瑠菜を命の危機から救ってくれたんだもんな! オレは……オレは、もう最高に感激した! もし良かったら、オレの友達になってくれないか?」
この時、泰時は内心で思いっ切り天を仰いだ。
まさか瑠菜に続いて勇樹までもが――これは一体、何の冗談なのか。
悪の組織の幹部が若かりし頃のヒーロー達と友誼を結ぶなど、聞いたことが無かった。