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4.怪人、人命救助す

 その日の放課後、泰時は近所のスーパーへと立ち寄った。

 親元を離れてのひとり暮らしである為、日々の家事は全て自分で賄う必要があった。

 それにしても、恐ろしく疲れた一日だった。

 あの数学の小テスト以降、何かにつけて瑠菜が声をかけてくるようになったのだ。泰時としては彼女のファンを敵に廻さぬ様にと気を遣いながら無難な対応に終始したものの、兎に角ずっと緊張しっ放しであり、心安らぐ瞬間が片時も無かった。

 男子トイレに居る時でさえ、四方八方から変な視線が突き刺さってくる様な気がした。

 勿論、これは単に泰時の自意識過剰に過ぎなかったのだろうが、それでも気になって気になって仕方が無かった。


(これ……もしかして、いじめられてる方がマシだった?)


 遂には、そんなとんでもない発想が出てくる始末だった。

 常人であれば、いじめを受けるなど以ての外の状況であろう。しかし今の泰時は、ヒストリーハッカーの能力とずば抜けた知識が大きな武器となっている。

 高校生程度が考えるいじめなど、今の彼には歯牙にも掛けないお子様の遊戯に過ぎなかった。

 寧ろ今の方が、精神的に中々しんどい。

 将来自分を殺しに来るであろう相手と何かにつけて接触が生じるというのは、本当に気の休まる瞬間が無いのである。


(ヤバい……胃に穴空きそう)


 そんなことを考えながら、ひと通りの買い物を終えて大通りへと出た泰時。

 後はこのまま自宅のワンルームマンションへと引き返し、ヒストリーハッカーの能力を自在に操る為の特訓に時間を割くだけだった。

 今でも自分以外の時間を止める『ポーズ』や、時間そのものを巻き戻す『リワインド』はそこそこ使える。

 しかしある瞬間から別の瞬間までの時間を消し飛ばして、起こったであろう事実を無かったことにする『スキップ』は、どうにも上手く使いこなせない。

 ヒストリーハッカーの記憶通りにやっても正常に機能しないのは、恐らく能力と肉体、精神が上手く融合していないからだろう。

 こればかりは何度も特訓を重ねて、今の自分に馴染ませるしか無かった。


(あー、もう、やめやめ! 難しいことは飯食った後に考えよ!)


 泰時は夕食の献立に思考を切り替えた。

 先程購入した特売品やその他諸々から、オムライスとサラダに即決。微妙に腹も減ってきた。

 と、その時だった。

 周囲でいきなり、おびただしい悲鳴や怒号の連鎖が鳴り響いた。


「きゃああああ!」

「危ない!」


 何事かと思ってその方角に視線を向けると、一台のバンが蛇行しながら歩道に突っ込む光景が視界に飛び込んできた。

 その軌道上に、人影が見える。髪の長い女性だが、その服装はどう見ても秋真高校の生徒だった。どうやら逃げ遅れた小学生ぐらいの子供を庇おうとしているらしい。


(拙いぞ……あのままじゃ轢かれる!)


 何の躊躇いも無く、泰時は駆け出していた。


「ポーズイン」


 機械的な音声が脳裏で響く。

 あの夜、初めて自分の能力に驚いた時は無意識のうちに発動させていた様だが、今は違う。泰時は明確な意図を持って、己の能力を行使した。

 その瞬間、泰時以外の全てのものが静止した。

 時間を止める能力『ポーズ』は、止めようと思えばいつまでも止め続けることが出来る。但し、その分泰時の精神力が消耗する。

 もし己の精神力の続く限り時間を止め続ければ、いずれは気絶してしまうだろう。そして気を失った瞬間に時間が再び動き出すというからくりだ。

 だが精神を消費するということは同時に、肉体を動かす気力をもすり減らせることになる。

 如何に時間だけを止めても、轢かれそうになっている女子高生と小学生を、暴走する車の軌道上から移動させなければ意味が無い。


(あのふたりを動かすとなると……止めていられる時間はせいぜい、十数秒ってなところか)


 泰時は駆けつけると同時に、危うく車に轢かれそうになっているふたりをバンの暴走軌道上から大きく外れた位置へと引っ張り出した。

 ここまで移動させれば大丈夫だろうと思ったところで、能力を解除した。


「ポーズアウト」


 その直後、件のバンは電柱に激突して動きを止めた。

 周辺に居たひとびとは惨劇を予想していたのか、恐怖に引きつった表情でその場に凍り付いていたものの、しかし犠牲となる筈だったふたつの人影が全く別の位置にあったことで、ちょっとした歓声が沸いた。


「え……叶邑、くん? きみが、助けてくれたの?」


 どこか艶のある声を鼓膜に受けた瞬間、泰時は一気に顔色を失った。

 まさかと思ったが、間違い無い。

 たった今、彼が命の危険から救い出したのは瑠菜だった。


「あ……いや……えっと……」


 泰時は狼狽して何とか弁明しようとしたが、今の彼は瑠菜と小学生の女の子の手を引いた状態で、暴走バンの軌道上から大きく外れた位置に立っている。

 この状況を覆すだけの合理的な説明など、咄嗟に思いつかなかった。

 そして周囲からは一斉に、称賛と労いの声が飛んでくる。

 その一方で瑠菜と、彼女が庇おうとしていた小学生の女の子が涙目になって、ふたり揃って感謝の言葉を何度も繰り返していた。

 対する泰時はというと――。


(ひぃぃぃぃぃぃ! や、やっちまったぁぁぁぁぁ!)


 全く別の意味で涙目になりながら、心の内で甲高い悲鳴を上げていた。

 もうこれ以上絶対に、必要以上に関わってはならぬと心に誓ったばかりの相手の命を救ってしまったのだ。

 何にも優る、最強の接点を自ら作り出してしまったことになる。


(ヤベーよぉー! マジでヤベーよぉー!)


 この時、泰時の頭の中は真っ白になっていた。

 正常な思考など、最早不可能だった。

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