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22.怪人、腹を括る

 一年A組の優勝打ち上げ会が終わり、ひとり家路に就いた泰時だったが、自宅ワンルームマンション近くの路上で思わず凝り固まってしまった。

 街灯に照らし出された夜の路上。

 そこに、スーツ姿の男性が静かに佇んでいた。


(……まさか)


 泰時は、その男性の顔つきに或る人物の面影を重ね合わせていた。

 最初は他人の空似とも思ったが、しかしその人物は泰時が生活道路の角を曲がったところから、じっとこちらの顔を凝視していた。

 であれば、間違い無い。

 この人物は泰時の存在を認識していたのだ。


(やっぱり……間違い無い……んだよな……?)


 絶望と恐怖が、一気に胸の奥に広がってゆく。可能性があることは頭では分かっていたが、しかしいざこうして目の前に形となって現れてくると、感情が追い付かない。

 出来れば今すぐにここから逃げ出したかったが、背を向けたところでどうこう出来る相手でもなかった。

 この場はもう、諦めるしかないのか――泰時は心臓を鷲掴みにされた様な息苦しさを感じながら、それでもゆっくりとその人物に向けて歩を寄せていった。


「叶邑泰時君だね?」


 相手の方から呼びかけてきた。

 泰時はお互いの顔がはっきりと認識出来る距離で立ち止まり、小さく頷き返した。


「本名は存じ上げませんが……メビウスハンドラー閣下、で間違い御座いませんか?」

「……紅林と申します。はじめまして……ではないみたいだけどね、どうぞ宜しく」


 その人物――猟道衆の首領にして最強の猟鎧兵メビウスハンドラーの若かりし頃の男性は、自らを紅林佳孝(くればやしよしたか)と名乗った。

 それにしても、完全に想定外だった。

 まさかこんなに早く見つかってしまうとは、思っても見なかった。

 泰時はこれまで、何の変哲もないひとりの男子高校生としてじっと息を潜めてきた筈だ。にも関わらず、ヒストリーハッカーの記憶を受け継いでから一カ月もしないうちに素性がバレてしまった。

 一体どこから、情報が漏れたのか。

 幾ら考えてもさっぱり分からなかった。


「何故、バレたのか……と、思っている様だね」


 若き首領は静かに微笑んだ。その面には、ヒストリーハッカーの記憶の中に在る冷徹さと憤怒の激情は微塵にも感じられない。

 寧ろ、優しさに満ち溢れた紳士の如き穏やかさを感じる。

 本当にこの人物が、あのメビウスハンドラーなのか。

 しかし紅林は泰時の存在を知っていた。猟道衆の首領でなければ持ち得ない知識であろう。

 となると、矢張りこの人物がメビウスハンドラーであると見て間違い無さそうだった。


「実は私は或る企業グループの総裁でね……それなりに情報網を持っている。その情報網の中に、弱冠15歳で天才的な手腕を発揮し、多額の金融商品を華麗に捌いている少年が引っかかった。私はすぐに確信したよ……彼こそがヒストリーハッカーだ、とね」


 泰時はごくりと息を呑んだ。

 将来に備えて、今の内から十分な資金を用意しておこうと証券運用や為替取引などに手を出したのが、失敗だったか――何とか身バレしない様に慎重を期していたが、その筋から情報を辿られるとは、想定外だった。

 しかし、正体を嗅ぎつけられてしまったものは仕方が無い。

 問題はこの後だ。

 どうやってメビウスハンドラーの追跡を躱し、再び地下に潜るのか。このままでは破滅は免れない。

 ところが紅林は、ここで思わぬひと言を投げかけてきた。


「安心したまえ。私は今の君をどうこうするつもりはない。真嶋さんもそうだし、特装戦志団の彼らにも手を出す気はないよ」

「それは、どういうことですか?」


 泰時は尚も警戒心を解かず、伺う様な目で紅林の落ち着いた顔つきをじっと凝視した。

 そんな泰時に対し紅林は苦笑を滲ませ、小さく肩を竦めた。


「君は、未来の私が猟道衆を率いることになった理由を知っているかね?」


 この時、紅林がその面に浮かべたのは微かな苦悩の色だった。だが同時に、その瞳の奥には何故か希望の輝きも見え隠れしている。

 彼の言葉には嘘は感じられず、泰時を騙そうとしている風にも見えない。

 ならば、この場はまず紅林の話に耳を傾けるべきか。

 泰時は黙然と口を閉ざしたまま、相手からの次なる言葉を待った。


「今から数日後、私の妻と娘は或る男の手によって無残な最期を遂げる……その犯人は現政権の有力な議員の息子でね。奴らは身内の醜聞を隠し、私の妻と娘の死を闇に葬った」


 愛する家族の命と尊厳を奪った連中が、平然とこの国のトップに居座り続けている。だから紅林は猟道衆の首領として君臨し、人類の敵に廻った、ということらしい。

 そういえばヒストリーハッカーを始めとした猟道衆幹部はいずれも人類に対する恨みを、その原動力としていた。あのウェザードルイドでさえ、例外ではなかった。


「だがね、今はまだ、その悲劇は起きていない。メビウスハンドラーとして世界を敵に廻した10年後の私には申し訳無いが、しかし現在の私はまだ、希望を捨てる訳にはいかないんだ……妻も娘も、今は生きているんだからね」


 そこまでひと息にいい切ってから、紅林はその視線を半ば呆然としている泰時の凡庸な面に再び据えた。


「叶邑君、私が君に会いに来たのは、メビウスハンドラーとしてヒストリーハッカーを断罪する為ではない……是非とも君の力を恃み、君の助けを得たいが為に、私はここへ来た」


 紅林はピンと背筋を正して直立不動の姿勢になり、そして深々と頭を下げてきた。


「頼む……君の持つヒストリーハッカーとしての力を貸して欲しい……私の妻と、娘を守る為に」


 この時、泰時の喉はからからに渇いていた。

 全く予想外の展開が今、目の前で繰り広げられている。

 現代の最大の脅威と思われていたメビウスハンドラーが、泰時に力を貸してくれと頭を下げているのだ。

 流石に泰時も、こればかりは想像出来ていなかった。

 だが冷静になって考えてみれば、十分に筋は通っている。

 そもそも紅林が己の人生を襲った悲劇を回避することが出来れば、メビウスハンドラーとして泰時の敵に廻る理由は失われるのだ。


(そうか……僕が、このひとを助ければ……)


 どうやら運が巡ってきたらしい。

 泰時は幾らかの逡巡の後、腹を固めた。

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